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森の迷子にご用心

「ゲェアアアアア!ゲェァ!……ガッ……」


緑色の皮膚をした小柄で酷い臭いを放つ醜悪な生物、通称ゴブリンの眉間を放ったストーンバレットが貫通していく。ストーンバレットと言いながらもライフル弾に近い何か別物なわけだけど。オリジナルのストーンバレットはこぶし大の石を全力で投げた感じだ。うまく当てれば殴殺できるかもしれないけど確実性にかけるから魔改造してみた。


 さて、今いる場所だけど城から約半日離れた場所にある森の中だ。俺の他に人影はなし。出会うのはゴブリン、オーク、あと野生動物が少々。はっきり言おう。


 絶賛迷子中です。



 召喚されて二週間が過ぎた頃、今までは城内でお披露目パーティーや訓練を行ってたわけだけど流石にそれだけじゃ戦えるようにはならないから実地訓練ということで比較的安全な森のなかで魔物や野生動物相手に戦闘経験を積むことになったわけだ。

 最初の数日は、当然生き物を殺した経験なんて基本的には無いわけだから最後の止めを刺す段階で阿鼻叫喚地獄絵図だった。

 俺?大学の研究室でネズミを何度かね。おかげであの三人ほどショック状態にはならなかったかな。


 問題が起きたのは5日目、つまり今日だ。いつもの訓練エリアよりもう少し奥に行ったところにゴブリンが巣(小さな集落)を作ろうとしているからそれをサクッと討伐&壊滅しようという話になった。戦力的にはかなり楽勝な……はずだった。

 蓋を開けてみればゴブリンの数は当初の予想を上回り、更にはどこからともなく増援まで来る始末。態勢を整えようにも完全に現場は混乱、乱戦状態で気づいた頃には俺だけ集団からはぐれていたわけだ。

 俺自身、ゴブリンという存在はゲーム序盤のチュートリアルモンスターって認識が抜けてなかった部分もある。数の暴力がこれほど恐ろしいものだとは思いもよらなかった。

 おかげで完全に遭難者だ。森の中を駆けずり回った上に不幸にも曇り空で太陽の位置まで確認できない。おまけに地図もコンパスもない。結構詰んでる。



 この状況、俺を消すには最高のシチュエーションだな。

 そう考えるとあのゴブリンの討伐自体が仕組まれたものとも考えられるか。どうやって魔物であるゴブリンを誘導できたのかは気になるところだけどそれはこの際考えないでおこう。まずは現状打破だ。


 ベストは優一君たちとの合流だけど俺を探しに来た連中が敵かどうかの判別がつかない。返り討ちにしても俺が乱心したと適当な理由をつけて殺しにかかってくる可能性が高い。

 そうなると、このままうまいこと魔族領まで逃げるほうがいいのかも。城においてある私物と優一君から借りてる教科書の類が惜しいところだけど命には変えられない。これはこの際諦めよう。路銀はいま身に着けている耐久性抜群の国産腕時計を売ればなんとかならないかな。

 他の持ち物は水の入った革袋、非常食(不味い)、国から支給された大層豪華な身長ほどある杖。この杖は売ったら一発で足がつきそうだ。準国宝って言ってたし。これ使わない方が魔法の発動が早いから邪魔なだけなんだけどなあ。

 問題は国境だ。

 この世界、とういうか大陸は星の形に近い歪な五角形の形をしている。大陸の中央には万年雪が残る霊峰「女神の玉座」が存在して南西の麓に聖地、神聖国が存在している。

 国の位置関係は時計の位置関係で言うと、


11時から3時の部分がエルフ領。


3時から5時が通商連合国。


5時から7時がファーレイン皇国。


7時から9時がここ、エルガルド王国


9時から9時半の位置に獣神の国。


9時半から11時の領域に魔族領。


魔族領から突き出す形で存在する半島に竜の巣が存在している。


各国の面積は通商連合国>エルフ領≒魔族領>ファーレイン皇国>エルガルド王国>獣人の国>神聖国といった感じだ。正五角形じゃなくて歪んだ形だからね。


 エルフ領と獣人の国は国家というか都市国家群というべきなんだろうか。エルフはハイ・エルフを中心には置いているけれど基本的には各氏族が独自のルールを築いている。獣人の国は非常にシンプルで物理的に強い氏族がトップに君臨している。

 通商連合はほぼほぼEU、ヨーロッパ連合に近い形だ。パワーバランスは存在するけれども明確なトップは存在しない。各エリアの代表による議会制というんだろうか。そんな感じだ。

 ファーレイン皇国は完全に軍事国家だ。一番お近づきになりたくない。

 エルガルド王国は……勇者召喚したぐらい。腐れ根性な国。

 神聖国はよくわからない。ただ、この世界でほぼ唯一の宗教であるから信者数を国民と考えるとここも相当にヤバイ。

 魔族領、魔王がいる。以上。……いや、これ以上の情報がないんだよ。よくこれだけで戦争しようなんて思ったな。


 獣人の国は本来はもっと北、時計で言うなら10時ぐらいの位置まで領土が有ったんだけど魔族に圧されて国土の約半分を失っている。エルフ領の方も戦端は開かれているけどエルフ領の深い森が戦況を膠着させている。



 魔族領に行くルートは2つ。獣人の国経由かエルフ領経由だけど、エルフ領は時間がかかりすぎる。そうなると獣人の国経由になる。

 獣人の国に行くにはエルガルド王国の北にある関所を通るかファーレイン皇国を通っていくか……後は獣人の国とエルガルド王国の間にある船で丸一日かかる大きさの湖を使うか。


 どれもハードルが高いな。



「グェゲ!」



考え事をしてたら前方からゴブリンと思しき鳴き声が。すぐに魔力を一瞬だけ鋭く放出してレーダーのように使う。有効範囲は半径10メートル程度だけど視界の効かない森の中じゃ非常に有用だ。10メートル以上は反応がぼやけて何かわからなくなる。今のところ一人で何とかなってるのはコレのおかげだ。


 標的はゴブリン2、オーク1ってところか。あと後ろの方、範囲外にもなんか反応っぽいものが。近い順に対処しよう。


 さっきのゴブリンみたいにストーンバレットで対処したいところだけど一発撃つのに大体10秒前後かかってしまう。火属性は延焼が怖い。あまり派手な音を立てても呼び寄せなくてもいいモノを呼び寄せそうだ。周囲に巻き込んじゃマズそうなものもないしここはウォーターボールでいこう。

 ただし、「フッ化水素」で作ったウォーターボールだ。「強い酸」では無いけどガラスを溶かす高い腐食性とスプーン一杯程度飲んだら死ぬ強い毒性、さらには皮膚からの吸収性もいい。揮発性もそこそこあるから仮に直撃しなくても効果があるはずだ。

 危険性は高いけど頻繁に実験で使っていたから魔法で生成するのは難しくない。


 ハンドボールほどの大きさを作り出してレーダーで確認した場所に撃ち出す。バシャッと水風船が割れるような音がして、


「ブルゥア!ギュア!ギ!ギ!」


「ゲェア!ゲェエエェアアァア!」


「ガアアァアァ!」


三つの悲鳴が同時に聞こえてきた。どうやらきれいに当たったみたいだ。痛みで動けないだろうし放って置いても死ぬだろう。近づくと揮発したものを俺が吸い込む可能性があるからわざわざ確認には行かない。

 環境破壊?知らんね。



 あとは後ろの正体不明か。もう一度レーダーを打ってみるけど反応は相変わらず有効圏外でぼやけたまま。ゴブリンたちの方は完全に沈黙している。


 なーんかこっちの様子を伺ってるような感じだな。反応した場所がさっきから動いている感じがしない。このままにしておくのもスッキリしないしこっちから動くか。


 王女の部屋に侵入したときに使った光学迷彩とか諸々、ステルス機能を発動して少し様子を見る。すると反応があった辺りから「何か」がものすごい勢いでこっちに向かってきてるのが遠目に見えた。見えたというか藪で視線は通ってないけど直線上にあるものをいろいろ巻き上げてる。

 イノシシ……じゃないよね。相当慌ててる感じだ。


 もし、俺を消そうと考えてる人間の手先なら背後関係を漁っておきたい。なるべく生け捕りで。無理ならさくっと殺そう。


 もう少しで目の前の藪から相手が飛び出してくる。何の捻りもなくお約束ではあるけれど「スタングレネード」を御見舞してやろう。

 ステルス機能にリソースの大半を割いているからこの状態ではスタングレネードは使えない。勝負は一瞬だ。


 もう少し……もう少し……。…今!


 ステルス機能を解除してできたリソースの余裕をすべてスタングレネードの「再現」に注ぎ込む。

 藪から飛び出してきた相手に向けた右手から爆音と閃光が同時に放たれた。音は指向性を持たせたけど光はどうにもならないから、目をつぶってやり過ごす。相手に通用していなかったらマズイのでそのまま横方向に、けっこう無様に、転がって距離を取とった。


 顔をあげると、さっきまで俺が立っていた場所に人型の物体が倒れ込んでいる。


 恐る恐る近づいてみると青白い……というよりも青っぽい肌の色をした、コウモリのような羽の生えた、麻のボロ布をまとった髪の長い女性が呻きながら倒れていた。

 取り敢えず復活して暴れられたりすると面倒だから両腕を後ろに回して親指を魔法で作った石で固定しておく。ついでに足の方も親指を固定。このまま回復するまで待ってみよう。




 3分経つか経たないぐらいで女性は視覚と聴覚を取り戻した。今は赤い瞳でめっちゃ俺を睨んでいる。気の強そうな黒髪の美人さんだ。ちょっと視点を下げればボロ布を押し上げている豊かな膨らみが。これは、有沙君と同じかそれ以上かな。無骨な首輪が衣装と相まってなんとも言えない背徳感を……。

 思考がそれた。本来の目的に戻ろう。彼女が予想通りの存在なら計画を大幅に進められる。



「さて、質問です。あなたは何者ですか?」


「……。」


「だんまりですか。質問を変えましょう。あなたは魔族ですか?」


城で聞いてた特徴と一致するから念のために。


「フ……。ああそうだ。貴様ら「人間」のいう「魔族」と言うやつだ。さらに言うとお前を殺そうとした。どうだ?憎いだろ?怖いだろ?さっさと殺すといい。」


「いや、殺しませんよ。」


「なんだ。貴様も他の「人間」みたいに私の体を弄ぶのか……。もう…好きにしろ。私は疲れた。」


すごい勘違いされている上にすごく不快な単語が聞こえてきた。着けている首輪はそういうことか……。せっかく魔族とのパイプができると思ったのに。これじゃあ無理かもしれない。

 さっきまで俺を睨んでいた瞳も今は完全に諦めの色に染まっている。


「あなたを殺して楽にしてあげるのは構いません。ですが、俺を狙っている連中の情報ぐらいは置いていってもらはないと割に合いません。」


「残念ながらその情報はこの首輪のせいで話せない。割に合うかは分からないが私の体でどうだ?もうだいぶ穢れてしまっているがな。いまさらもう一人増えてもかまわない。」


そんな泣きそうな顔で言われて抱けるか……。胸糞悪い。


「結構だ。そんな報酬はいらない。」


「なるほど。それがお前の素か、賢者?」


「俺の事は知ってたか。」


「殺す相手だからな。当然だ。」


「最後にもう一度、お前は何者だ?」


「知ってどうする。私の「飼い主」でも探すか?」


「それも面白そうだけど墓標になんて刻めばいい?」


「フ……。変なやつだな、おまえ。まあいいだろう。私は“ヴィルヘルム魔導帝国、帝国軍所属、アーミア・ヴォルフ”だ。まぁとうに死亡扱いだろうがな。」


……………は?いまなんて?


「すまん、今なんて言った?」


「アーミア・ヴォルフだ。面倒ならアーミアだけでも構わんぞ。無名の墓よりはましだ。」


「違う、その前だ。」


「ヴィルヘルム魔導帝国、帝国軍所……。」


「いま、帝国って言った?」


「そうだ。それがどうした?」


「ちゃんとした“国”なのか!?」


「バカにするな。まぁ何度言っても「人間」は信じないがな。……おいどうした?顔が青いぞ?」



この世界の「人間」は救いようのない大馬鹿者共だ。


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