閑話 爆弾資料
『火薬を用いた火器の運用』『火器による兵の訓練期間の短縮』『配備体制の確保』
「よくもまぁ、これだけのことを思い付く相手を殺そうと思いましたわね。あの無能公爵は」
城の倉庫から引っ張り出されたオイルランタンで照らされた自室で断片的な情報をまとめた紙をアメリアは頬杖をつきながらパラパラとめくる。
大小関係なく王都にあったすべての魔道具は賢者の手によって破壊された。復旧率は城内で4割、王都全体で見れば2割を切っている。魔道具より暗く、そしてやや油臭いランタンは彼女の気分を下げる理由の半分を占めていた。
ため息をつきながら視線を横にずらせばめくっていた紙の束と似たようなものが積みあがっている。アメリアの気分を下げているもうもう半分だ。
農業、軍事、交通、上下水道、衛生……etc
これらは全部、賢者がこの国にもたらすはずだったものだ。
残念ながら当の本人はエルガルド王国の陰謀を察知して、大量の魔道具を破壊するという強烈なカウンターを置き土産に去っていってしまったが。
公爵が死んだことでアメリアが今まで手が出せなかった所に自身の駒を送り込めるようになった。初めてこの資料を手にしたときは心躍るものがあったが、昼間の勇者たちとの会話を思い出すと彼女の目にはただの危険物の塊にしか見えなくなっていた。
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「ちょっとあの人何考えてんの!この国にこんな情報与えたら危ないじゃない!」
「うーん、何でしょうこの違和感。散々この国を警戒しておいてこれだけの資料を残すのは不自然極まりないですね。」
収集した賢者の資料を見た聖騎士・堀カンナは激昂し、聖女・宮村有紗はどこか腑に落ちない表情を浮かべている。
そして肝心な勇者・八代優一はというと……なんとも表現しづらい表情を浮かべていた。例えるなら確実に失敗する愚か者を見るような感じだろうか。
「アメリアさん、この資料どこで手に入れた?」
「主に文官への聞き込みです。ですが取っ掛かりは賢者様が利用されていた部屋の暖炉から見つかった断片です。」
「やっぱりかぁ。」
優一が資料のことを訪ねてきたのでアメリがそれに答えると彼の表情に苦いものが含まれた。
「絶対、ベイトだこれ。」
「ベイト?なにそれ?」
優一はカンナの呟きを拾うとしばらく考え込んだ。そして、ネットゲームという概念をアメリアに説明して彼女がおおよそ理解したところでカンナの質問に答え始めた。
「オレと酒木さんが遊んでたゲームだと月の終わりに対戦カードが決まったギルド戦があったんだ。そこであの人がやってたのが故意に作戦を漏らすことだったんだ。
漏らした作戦内容は一見すると完璧に見えるんだけど、いざ実行に移すと絶妙に噛み合わないようにできてさ。噛み合わない部分をどうにかしようとすると別の部分が崩れて、そこからは無限ループ。ギルド戦の練習が始まったら相手ギルドが急に特定のアイテムを集め始めたり、ジョブの構成に変化が出るからそこを読み取って対処するのがまるで魚釣りみたいだからいつの間にか仲間内で釣り用語の”餌”とか”囮”って意味でベイトって呼ぶようになったんだよ。」
「なるほど。有紗が感じてる違和感もそこなのね?」
優一の説明を受けて改めて資料を見ていた有紗はカンナの言葉で顔を上げた。
「優一くんの説明でわかりました。この資料を鵜呑みにするとかなり痛い目にあいますね。一定の成果は出るっていうところがいやらしいです。」
有紗は火縄銃関連の資料の一部を指差してアメリアに説明していった。
資料をもとにすれば一定量の火薬は生産できるが、戦争で消費する量を考えると材料、特に硝石の量が絶対的に足りない。
火縄銃の大まかな理論はあっても明らかに重要な部品についての記述が曖昧。
黒色火薬のデメリット、危険性について控えめに表現されている。
「この辺の内容は私も少しわかりますが優一くんのほうが詳しいんじゃないでしょうか?」
「まぁ、歴史の授業で戦国時代に入ったら男子は一回調べるだろうね。」
硝石の入手手段で有名なのはトイレの土を使った古土法だろうが取れる量が少なく、安定した供給を考えるなら硝石丘もしくは培養法が必要になってくる。仮に今から仕込んでも採れるようになるには3年から5年はかかる計算になる。錬金術は一定量を超えると生産効率が悪くなるので向いていない。
火縄銃は引き金のカラクリはどうにかなっても”尾栓”が作れないと意味がない。尾栓とは火縄銃の銃身後部を塞いで火薬の圧力を逃さないようにするネジだ。ISOやJISのような規格がないので銃身もネジもすべて手作りになる。当然ながら精密な技術が必要となるので大量生産となると確実に足を引っ張るだろう。
「極めつけが黒色火薬にあんまり危険性が無いように書いてあるのがえげつない。ほぼ確実にずさんな保管をして爆発事故が起きるか湿気て使い物にならなくなるかのどっちかだろうね。オレたちの世界でもシャレにならない事故が過去に起きていたはず。」
優一の説明にアメリアの顔から表情が抜け落ちていく。
「つまりこれらの資料はこちらの動きを読んだり誘導するためのもの……。」
「多分そうだと思う。そもそも酒木さんが部屋の暖炉で資料を中途半端に燃やすってことが無いと思うんだよね。あの人なら完全に燃やすか、できないと判断したなら持ち出して処分するかのどちらかだろうから。とりあえずその資料を使うなら慎重になったほうがいいのは確かだよ。歴史の授業で火縄銃とか火薬のことはある程度知ってるからオレたちでも最低限の対策はできるだろうけど、他の資料はどこに落とし穴があるか全くわからない。」
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賢者の資料を使えば姉を負い落とせるかもしれない。その衝動に駆られながらも勇者たちに相談を持ちかけて本当に良かったとランタンに照らされながらアメリアは心の底から思った。
手にしたものは諸刃の剣どころか周囲を巻き込む盛大な自爆装置。使い所を間違えれば槍玉に挙げられるのはアメリア自身だ。そうなれば、ただでさえゼロに等しい自分の発言権は完全に封殺されることになる。待っているのは今よりも自由を奪われた家畜の様な未来だ。
勇者の言うことが正しのであればこちらが資料を集めるところから賢者の目論見は始まっていたのだろう。
情報収集能力。
実行する技術力。
そして問題と相対する応用力。
いずれ賢者はエルガルド王国の力量を目にすることになる。それはまるで親が子に”課題はどこまでできたか?”と問うように。達成できればまた課題という名の新たな鉄槌が振り下ろされる。何せ今ここにあるのは賢者が持つ知識の一部、それもほんの序章にしか過ぎないのだから。
そうなるとアメリアの頭に一つの疑問が浮かんだ。
《なぜこれほどの知識を公爵一派は潰したのか?》
暖炉に残された断片はともかく、賢者は各分野の文官にも情報を与えていた。当然、公爵の耳にも届いていたはずだ。にもかかわらず賢者を排除する方向に舵を切った。
賢者と向き合い、この資料を十全に生かしたなら王国はあらゆる分野で他国より一段高いステージに着けただろう。国で王と同等、或いはわずかに上回る発言力を築き上げた公爵とは思えないほど稚拙な動きだ。
つまるところ、公爵からすればこの情報が塵同然と思えるほどの”何か”があるということになる。ではそれは一体?
確信できる根拠もない。が、アメリアにはただの考えすぎだと思えなかった。
公爵の死で動ける範囲は広がったものの、あの狸が丁寧に隠していた情報となるとまだまだ手が届かない。駒を強化するか、もしくは土台そのものを揺さぶって隙を作るか。
その後、侍女が就寝を促すまでアメリアは”次の一手”を模索し続けた。




