首なし騎士
遅くなりました。
エルフ領の端に位置する静かな田舎町。周囲の村からの品が集まる交易拠点として、もしくは都会に出稼ぎに行く若者の宿場町として機能するこの小さな町は深夜にもかかわらず大きく賑わっていた。
「早く!町の外に!」
賑わいは悲鳴と恐怖と怒号に染まりきり、住人は一つのうねりとなって町の出口に向かっていく。
そんな逃げる住人を遠くから破砕音と地響きがじわじわと追いかけ余裕と正気を弄ぶ。
駐屯する兵も居ないような小さな町であり、少しばかり腕に自信のある若者が自警団として町を守っていた。
兵として訓練されたわけでもなく、せいぜい弱い魔獣と害獣を追い払う程度の実力しか持たない者たちだ。
明確な指揮系統もなく、町を守る義務もない。中にはすでに逃げ出した者もいるだろう。
それでも小さな正義感を奮い立たせ、ひ弱な武器を手にし住民を誘導しながら、この現況に立ち向かおうとする者たちもいた。
「もたもたするな!」
避難は遅々として進まず、自警団は己の喉を嗄らしながらも必死に声を張り上げる。
ここ最近、町に奇妙な噂が流れていた。
曰く、いくつかの村が大型の魔獣に襲われたと。
曰く、魔族がエイン砦を落としたと。
曰く、領内で魔族を見かけたと。
全て、酔っぱらいの与太話か笑い話として処理された。
魔獣の被害にあった村は確かにあったが、大型の魔獣が暴れたと言うには怪我人こそ多かったものの死者が極端に少な過ぎた。
エイン砦が落ちることなど想像もできない。砦が健在なら当然、魔族が領内を闊歩するなどありえない。
そう思っていた。
この夜までは。
路地から奇妙な仮面を着けた集団が飛び出してきた。気づいた数人の自警団がとっさに剣を抜くも、
『カシュン!』
と、少し間の抜けた音ともに自警団の頭が吹き飛ぶ。
仮面の集団の手には見たこともない道具が握られていた。
何をされたのかもわからず、ただただ立ち尽くす。脳を支配するのは仮面の集団に背を向ければ、同じように頭を吹き飛ばされるのではという恐怖だけだ。
均衡はなく、ただ一方的に殴りつけられる様な緊張が限界に達した時、一際大きな破砕音が響き、逃げ惑う人々の前に“それ”は現れた。
漆黒の鎧に見上げるほどの巨体はまさしく……、
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「首なし騎士だと?」
報告を耳にした初老のハイエルフは困惑の声を上げた。
場所はエルフ領、通商連合国寄りに位置する中央都市。ハイエルフが執り行う評議会だ。
10人ほどのハイエルフが机を囲んで誰もが頭を捻っている。
「なぜ辺境にそんなものが現れる。」
デュラハン、或いはスリーピー・ホロウと呼ばれる魔物は死霊系の魔物として有名ではあっても、メジャーな存在ではない。
処刑場や大量の死者を出した戦場といった多くの血と怨嗟を取り込んだ土地で稀に発生するようなものだ。ゾンビやスケルトンの様な魔物のほうが遭遇する確率が高く、こちらのほうが遥かにメジャーである。
報告に会った場所は古戦場でもなく粛清が行われるような場所でもない。デュラハンが発生する条件を満たしているとは到底言えない。
「正確には辺境での報告を皮切りに各地で被害情報が上がっている。被害と言っても村や町が襲われた程度で大したものでは無いが。」
報告書の束を読み上げるのは神経質な顔つきのメガネを掛けたハイエルフだ。
「大したことは無いと言うが、実際に被害は出ているのだろう?魔物程度に梃子摺るのは我々の沽券に関わるだろうに。」
でっぷりと腹に贅肉を蓄えたハイエルフが不愉快な感情を隠すことなく噛み付いてきた。
「そう急くな。報告書の続きを聞けば考えが変わる。」
メガネを掛けたハイエルフが太ったハイエルフをたしなめて報告書の続きを読み上げる。
「報告ではデュラハンと共に仮面を着けた奇妙な連中も目撃されている。しかも見たこともない術を使うそうだ。更に……。」
「まて……そんなものを従えるデュラハンなぞ……」
「話は最後まで聞けといった。……更に、目撃されたデュラハンは人の2,3倍の大きさだったそうだ。」
評議会が沈黙に包まれる。
馬に跨っている点を除けばデュラハンの大きさは人と大して差がない。そしてデュラハンは徒党を組まず単独で行動するのが基本である。
それ故、発生要因も絡んで孤高、復讐、反逆の象徴としてよく物語に描かれている。
「徒党を組む巨大なデュラハン……。それはもうデュラハンでも何でも無いだろ。」
軍服に身を包んだ筋肉質なハイエルフがこめかみを押さえながら呻くように言葉を吐き出した。
「まあ十中八九、魔族が絡んでいるだろうな。エイン砦が落ちたのが3ヶ月ほど前。改装するには十分すぎるほどの時間だ。デュラハンもどきが出現した時期と国境際の砦が攻撃を受けた時期が重なっている。魔族連中はどこからこんなものを引っ張り出してきたのやら。」
「やはりエイン砦が落ちたとわかった時点で奪取に動くべきだったのだ。」
メガネのハイエルフが考察を述べたところで軍服のハイエルフが噛み付いた。
「そうしたいのは山々だったのだが状況が読めなさすぎた。実戦経験がないとはいえ、あの代で最も優秀だったイレネイが伝令を出す暇もなく砦が落ちるというのは異常だ。それに行動するには遅すぎた。補給部隊が落ちた砦を目の当たりにして初めて我々は落ちたことを知ったのだ。敵はとうに防備を固めていただろう。」
メガネのハイエルフの正論に軍服のハイエルフはただただ歯噛みする。
報告書の束をパラパラとめくりながらメガネのハイエルフは今日一番の重い溜息を吐いた。
「報告書の後ろに書かれている内容を考えれば、イレギュラーなデュラハンも落ちた砦も些末な問題だがな。」
その発言に評議会の面々はギョッとした。
どう対処しようかと頭の中で算盤を弾いていたところにその計算をひっくり返すものがまだあるというのだ。
「実は……」
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帝国とエルフ領の国境沿いにあるフレイライ砦。国境を守る大規模な砦の一つに数えられている。
砦の防壁に魔法が刺さり轟音を立て、矢の応酬が群れで飛ぶ鳥のように空を埋め尽くしている。
帝国が砦の仕掛けてきてから今日まで、これがこの地での日常となっている。
「これでは話しにならんではないか!」
砦の最高司令官は今しがた目を通した書類を指揮所の机に叩きつけた。
あまりの剣幕に周囲のエルフたちは話しかけるのを躊躇う。
恐る恐る、副司令が叩きつけられた書類を手に取りその内容に顔を顰める。
「まるで足りませんね。」
司令が激怒するのも無理はない。書類の内容は補給物資の目録なのだが、予定していた量の1/3も届いていない計算になっている。
「前回よりも更に減っていますね。」
「全くだ!中央はこちらの状況を把握しておらんのか!?」
補給物資の減少は最初こそ誤差に収まる程度のものだった。運搬中のトラブルで物資が駄目になって途中で処理することはこれまでにもあり、たまたまそれが続いたのだろうと思っていた。
しかし誤差は違和感に、違和感が確信に変わったときには取り返しのつかない状況になっていた。
「食料はまだいい。問題は薬と武器だ。魔族共の勢いがこのまま衰えなければ我々は戦うすべもなくただ亀のように砦に引きこもるだけになるぞ。」
帝国がエルフ領に攻勢しかけて早一ヶ月。帝国の波は衰えるどころか一層激しさを増してきている。
最悪なことにフレイライ砦の目と鼻の先に砦を構築し始めたのだ。
最初こそ吹けば飛ぶような木組みの小規模だったものが、時間と共に強固になり今や石組みの立派なものに様変わりしている。
「こちらに遠征してきている魔族のほうが元気というのも納得行かない話ですね。」
「全くだ。」
遠征というのは酷く物資を消耗する。
到着までに食料を消費して、現地に着いても武器・薬・食料を大量に消費する。帰還、撤退のことも考えると恐ろしいことになる。
にもかかわらず、帝国は昼夜を問わずまるで物資の心配がないと言わんばかりに攻め込んできている。
「中央と周辺都市への伝令は?」
「既に出しています。返答までにはまだ時間がかかるかと。」
その時、一際大きな轟音が砦全体を揺すり、指揮所の天井から大量のホコリが舞い降りてきた。
指揮官は苦々しく天井を睨みつけ僅かに思案した後、重い口を開いた。
「砦の放棄も視野にいれるべきか。」
評価とかあれば嬉しいです。
次回:未定。




