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会議

 酒木浩二が最初に皇帝と会った楕円形の机がある会議室にはあのときと同じメンバーが揃っていた。違いがあるとすれば、あの時立っていた酒木が軍事側の端に座っていることだろう。


「さて、集まってもらったのは他でもない。第八大隊の実験(・・)によって幸か不幸かエイン砦が陥落した。これによって獣人の国とエルフ領を相手取った二面作戦を取らざるを得なくなった。各々の意見を聞きたい。」


エトヴィン宰相の言葉で会議が開かれた。


 宰相は実験と言ったが酒木を除くこの場にいる誰もがその言葉を信じていない。余計なことをして、と思うものも居ればその手腕に驚いている者もいる。

 酒木から見れば実験のお釣りで砦が落ちたぐらいの感覚なのだが。


「二面作戦って言ってもなぁ。戦局が変わる度に兵をあっちこっちに移動させるのは無理があるだろう。」


「そうだな。第一(歩兵)は数が多いし、第二(重装兵)第三(攻城兵)は装備の数が多すぎる。」


「現場で破城槌やハシゴは作れるかもしれない。ただ即席はどこまで行っても即席だ。砦が頑丈だとまともな効果は期待できないな。」


第一大隊長、小鬼(ゴブリン)のハンネスに続く形で第二大隊長、ボアヘッドのヴェルナーと第三大隊長、トロール(巨人)のロルフが同調する。


第四(騎兵)第六(竜騎兵)は移動は可能でしょうが厳しいことには変わりはありません。我々は戦局を変える一撃は加えられますが変えた戦局を維持する力がありませんから。」


「然り。それに加え戦闘回数が増えれば損耗も激しくなる。落とされれば騎獣や竜の育成からやらなければならぬ。簡単に補充はできぬぞ?」


第四大隊長、羽毛の一族のオスヴァルトと第六大隊長、竜翼人(ドラゴニュート)のフーベルトゥスも何色を示す。


「それに関してだが、時間が掛かるが改善できるかもしれない案が第八大隊から出ている。」


宰相の一言で各自に資料が配られる。それは酒木が作成し提出した帝国内輸送網改善計画案だった。


「んー?テツドウってのがいまいち分かんねえが、街道の整備なんかやっちまったら敵に利用されちまうんじゃねえか?」


「……いえ、そうとも限りません。」


ハンネスの言葉をオスヴァルトが否定する。


「何の障害もなく一直線に道が伸びていれば問題でしょうが、一定間隔でに砦を設置すれば帝都を中心とした防御網を設置できます。味方は後方に撤退しやすく、後方も前線に増援を送りやすい。時間を稼げば稼ぐほどこちらは堅牢な防御を築くことが可能です。」


「ふむ、こちらは移動しやすい道ということを知っているが敵からすれば不気味なことこの上ないだろう。罠を警戒して足が鈍る可能性は高い。」


オスヴァルトを補足したのは第五大隊(魔術兵)長のグンターだ。


「それにこのテツドウとやらも額面通りのスペックであるなら文句のつけようもない。」


グンターの言葉に会議室が同調する中、渋い顔をしているのが二名ほどいる。

 資源を管轄する大臣と、改革案を提出した酒木だ。


「どうした?」


芳しくない表情を浮かべる二人に宰相が問いかける。


「資料を見るかぎり膨大な量の鉄が必要と見受けられますが。正直なところ必要な量を供給できるか非常に疑わしいです。」


「提案しておいて何だが、こっちは純粋に手が回らない。」


酒木の言葉はともかく大臣の発言に宰相は首をかしげる。


「鉄の生産量は上がったのではなかったか?」


「生産量と同時に原料となる鉄鉱石の消費も大幅に増えています。生産しようにも採掘量が釣り合っていません。」


大臣の目はちらりと酒木の方へ向く。


「新型のゴーレムを鉱山に供給できれば話は変わってくるでしょうが。」


その視線と言葉に酒木の表情はより苦いものへと変わる。


「……念のために聞くが鉱山は坑道を掘り進んでいるんだよな?」


「?……ええ、そうですが?」


質問の意図がわからず大臣の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。


 酒木は大臣の口から“露天掘り”という言葉をわずかながら期待していたがそれはあっさり裏切られることとなった。

 残念ながらこの世界では鉱山と言えば坑道を掘るのが常識で露天掘りの概念は存在していない。


「坑道に入れる大きさのゴーレムを制作して、コアも専用に作り直す。一騎だけじゃ効率は上がらないから当然複数。」


酒木の頭の中でそろばんが弾かれるが、


「ダメだ。機密、魔石、魔力供給……解決できないわけじゃないが手が全く回らない。」


第八大隊の現状はゴーレムの増産を行いながらコアの自動修復機能の改修を行っている。同時に完熟訓練もだ。

 魔石への魔力供給も酒木と帝国魔術顧問のベアトリクスの二人体制で回してやっとの状態だ。

 ここに来て外部のゴーレムのメンテナンスにまで手を出すのはどうやっても無理がある。


 無理なのだが、酒木としてもこの話を蹴って鉄の供給量が下がるのは痛い。

 鉄は必要だが手が回らないジレンマが彼をより一層悩ませる。


「ではせめて魔石だけでも融通して頂けないでしょうか?噂では大きな鉱脈をお持ちだとか。」


「なんだそれは?」


酒木の言葉に大臣どころか会議室全体の空気が凍った。


 大量のゴーレムを作るだけの魔石の鉱脈を賢者は持っている。


 それがこの場にいるほとんどの者がもつ共通認識だった。宰相と皇帝を除いてだが。


 この会議、軍官は二面作戦についてのものであるが文官にとっては賢者が保有するリソース、ゴーレムや技術を少しでも市場に流す場でもある。


「ははは、ご冗談を。あれだけのゴーレムを作るには相応の量が必要ですよ?」


「そりゃ自分で作っているからな。」


「いえ、確かに魔石は自分で刻んで作るものですが……。」


「だから人工的に自分で作っている。」


「……は?…………はあ!?」


この世界での魔石の定義は宝石の類に魔法陣を刻み込んだものだ。結晶、もしくは結晶に近い構造をもつ素材が必要となる。

 帝国内にもいくつか水晶などの鉱床があるが埋蔵量の関係から市場に流す量を制限している。


 一般的に市場に出回っている魔石は低級と呼ばれるもので琥珀のような結晶に近い構造を持つ非晶質を素材に作られている。結晶に比べると魔力の通りが悪かったり込められる魔力が少ない。

 代わりに産出量がそこそこあって結晶に比べて加工がしやすい。

 中級と上級は結晶を使っているが中級は刻まれている魔法陣が歪んでいたり、加工の際に亀裂が入ったものだ。


 一度刻んだ内容を簡単に変更できないので“女神の道”のような大掛かりなものでない限り応用が効くような魔法陣が刻まれている。


 因みに人族の間では製法が失われて久しいが、入手経路の大半はエルフ領頼みとなっている。あとは光り物を集める習性がある魔物の巣から発見されたり、過去のものを再利用している。

 極稀に装備品ごと食らった魔物の腹から見つかることもある。

 人族の間で定説となっている魔物から魔石が取れるというのは実はこれが原因だ。


「それを売っていただくことは!?」


「そうしたいのは山々だが宰相に止められている。市場への影響が大きすぎるとか。」


天然の結晶は形は歪で不揃いだ。魔法陣を刻むに当たっては加工しやすいように形を整える必要がある。

 加工の際にはなるべく無駄のないように魔法陣が刻みにくい角を落とすだけにとどめていたりするので同じ大きさで同じ品質の魔石というのはなかなか作りにくい。

 さらに歪な形の結晶に合わせて魔法陣を刻むには熟練の腕が必要になる。


 対して酒木の作った人工結晶は初期の物こそ気泡や不純物の混じった低品質のものだったが今は透明度の高いものをある程度量産できている。

 作られる結晶は大きく、最終的に魔法陣が書き込みやすい形に切り出し加工される。

 魔法陣も職人の手ではなく専用のゴーレムで刻むのでトラブルのない限り同じ品質のものを作ることが可能だ。


 もし人工魔石が市場に流れることになれば低級から中級の魔石を作っている職人は失業し、採掘業者にも影響が出る。

 失業者が出れば都市の治安にも影響が出て取締のために余計な人員を割かなければならなくなる。戦争中で一人でも多く欲しいときに回避できる悪影響に国として突っ込んで行きたくはない。


 さらには民間に委託するにしても得られる利益が大きすぎて利権を巡って争うのは目に見えている。


 酒木としてはとっとと魔石の生産を外部に回したいというのが本音だ。

 というのも結晶ができやすい環境を維持するのにそれなりに時間が取られているのと、外部に売ることが出来ないため材料費で予算が圧迫されているからだ。コストを下げる方法として大量生産も考えたが、取られる時間が増えるだけであまり利にならない。

 ToDoリストが詰まっている酒木からすれば自分の手が他の事に回るのであれば、誰が利益を得ようとあまり興味がないのだ。

 

「じゃあウチで作って国が買い取るというのはどうネ?」


誰もが頭を抱える中、名乗り上げたのは国家研究機関の代表を務めるアラクネのメティヒルデだった。


「人工魔石の研究は過去に頓挫してル。データさえあればあまり賢者の手を煩わせずに生産できると思うネ。それニ、あの時は成功したら国が買い取るのが条件だったっはずヨ。戦争中で魔石の需要は上がってル。しばらくは国と軍の需要を満たしテ、その後に市場に流せばいイ。それでどうネ?」


メティヒルデが提示した内容は現状では最良だろう。

 人工魔石を普及させる土壌を国が耕して、段階的に民間に権利を委譲すれば国内に安定した魔石市場を構築できる。


 頭の中で今後のロードマップをある程度完成させた宰相はこの件をメティヒルデに一任することにした。


 これで魔石の問題は解決された。


 残るは酒木が提案した輸送網と鉄鉱石となる。


 会議室の視線が自然と酒木に注がれる。とりわけ資源担当の大臣の視線はかなりのものだ。


「………いくつかの条件さえ飲んでくれれば、出来なくはない……と思う。」


酒木の歯切れの悪い言葉に会議室を微妙な空気が漂う。

 取り敢えず条件を聞こうと宰相が続きを促した。


「予算と諸々の書類申請を緩和してほしい。後は土地に関する裁量権を。大まかな計画案は提出するが細かい変更をいちいち提出するのは面倒だ。それと土地の権利でもめて中央の役人を毎度喚ぶ手間も省きたい。」


それを聞いた宰相の顔は実に渋い。

 なにせこの男、いい加減な書類を提出してとんでもないことをしでかす前科持ちなのだから。だからといってこの大掛かりな計画を頓挫させるのは愚策だ。

 勇者という存在が召喚された今、遅かれ早かれ多方面の作戦を強いられるのは目に見えている。


「一つ確認したいが、どれほどの期間で完成するのだ?」


「下見も何も一切やっていないからなんとも。ただ何処に鉄道を通すか決めてしまえば、後はトントン拍子で行けるはずだ。」


「わかった。先程の条件はこちらで何とかしよう。」


劇薬のような男だが、毒も薬も使いようとばかりに宰相は輸送網の構築にGOサインを出した。




 その後の会議は大規模輸送網が完成することを前提に進んだ。

 途中、エルフと獣人、どちらを攻めるかで揉める場面はあったが酒木が“南下しすぎて勇者を刺激したくない”と言ったことですんなり決まることとなった。


「では、今後はエルフ領を侵略していく。」


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