閑話 秘書の胃痛
どうもお久しぶりです。
ぼちぼち再開していきます。
「はあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!?」
目の前で宰相がちょっと人様に見せられないような表情で叫ばれています。
昨日、コウジ様から預かった書状を城に届けに来たらタイミングよく宰相にお目通りかなって、この状況です。一体何だというのでしょう。
「へ、陛下に報告を……いや先に軍を!」
「あの、書状に一体何が書かれているのですか?」
「……秘書の貴様が何も知らんのか?」
「恥ずかしながら。」
書状を渡されたときも、
『ちょっと実験しに行ってくる。この書状を明日、城に持っていって。』
でした。書類の中身も行き先も全く何も聞いていません。
「書状の中身だがな『ちょっとエイン砦落としてくる』だ。」
……………………………………は?
エイン砦というのは“難攻不落の代名詞”だとか、“籠城の法則崩し”とか言われるあの悪名高き砦ですよね?
間違っても『ちょっと実験』しに行くような場所ではありません。
「砦を落とすと言っているのだ。どれぐらいの規模で出立したかは流石にわかるだろう?」
「……兵500にゴーレム50です。」
エトヴィン宰相、顔が青いですよ?私の顔はもっと悲惨でしょうけど。
「策があるのか、それとも救いようのないアホなのか……。どうにせよ失ってはならない人物だ。早急に救援部隊を派兵しなければ。」
今から兵を集めるとなると戦端が開かれるまでには間に合わないでしょう。コウジ様は比較的少規模で移動しているので行軍速度はかなり速いはずです。
戦闘中に横槍を入れる形で引き剥がすことになるのはほぼ確実でしょう。
最悪なのは壊走状態のコウジ様の部隊を収容するときです。
とにかく一人でも多く必要なことは確かです。
「動かせる者を可能な限り集めてきます。」
「そうしてくれ。こちらも陛下に報告して軍を編成する。」
胃の辺がこうチクチクしてきました。
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コウジ様が砦に向かわれてから三日してようやく救出軍の編成が終わりました。
掻き集められるだけ持ってきた兵、5千以上。率いるのは第一皇太子のエッカルト・ライムント・ヴィルヘルム。
皇太子の派兵は独断専行に近い行動を行ったコウジ様への説教の意味合い含んでいます。
今回、私も軍人としてこれに同行しています。建前は自分が招集した兵を指揮するためですが、本音はかなりの無茶をしたコウジ様に釘を刺すためです。
継続した戦闘を目的とした派兵ではないので、休憩は最低限のかなり強行軍な日程です。
それでも戦闘開始には間に合わないでしょうけど。
エイン砦まであと1日か2日の距離になったところで砦方面から数騎の馬が走って来ているとの報告が来ました。
早速その場に行って目にしたのは気絶している兵達と絶望的な表情を浮かべている皇太子殿下です。
気絶しているのはコウジ様の兵ですね。………妙に引っかかるものがありますが。
「我々を見て安心したのだろう。彼らが起きるまで小休止とする。報告を聞いてからは全速力で向かうぞ!」
周囲が絶望的な雰囲気に飲まれそうになったところで殿下の鼓舞が響き、空気がわずかばかり持ち直します。
しかし……気絶した兵の身なりがあまり汚くないのが気になります。
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「エイン砦が……落ちている?」
殿下が“この兵は何を言っているんだ?”と目で訴えていますが、どうやら聞き間違いではないようです。
エイン砦はすでに陥落していて伝令の兵は報告と人員追加の要請のために送られたとか。
しかも被害らしい被害はゴーレムだけで砦そのものもほぼ無傷な状態。
聞けば聞くほど出来の悪い冗談のように聞こえます。
そのはずなのですが……何故でしょうか。私だけ妙に説得力があるように聞こえるのは。
エルガルド王国の時からそうです。思えば隷属の首輪を破壊するときも成功するかどうかわからないのにいきなり実行に移しました。
城の結界を破壊するときも、これと言った詳しい説明はありませんでした。
恐らく、コウジ様の頭のなかでは“こうすれば上手くいく”と言うものが出来上がっているのでしょう。
そしてその内容を誰かに言う必要性を感じていない。
そしていま確信しました。
コウジ様の考えは自己完結していて、周囲の存在は自分の足を引っ張る可能性を孕んでいる障害ぐらいにしか思っていないことを。
信用してもらえないやるせなさ?悲しみ?
いえ、違います。この胸の内にあふれる感情は怒りです。
エルガルド王国の王城のときも魔道具“女神の道”のときもそうです。ちょっとした思い付きや軽はずみな行動で周囲に多大なる影響を及ぼしていることをコウジ様自身が理解されていません。
今回もどれほどの考えがあったのかは私にはわかりませんが、結果として宰相を始めとした方々に多大なる迷惑をかけています。
大量の鉄を市場に流したときのトラブルも解決の際に城から少し圧力があったとの話も耳にしています。
立てた功績で反対勢力を捻じ伏せるつもりなのでしょうが、歪んだ圧力は必ず爆発するでしょう。それも恐らくは最悪の形で。
そもそも、その辺りの調整をするために秘書である私がいるのに肝心な私に全く情報を伝えないというのはどういう了見なのでしょうか?
信用していただけないというのなら、何を持ってすればその信用を得られるのでしょうか?
そして何故、コウジ様が私の目の前で両膝をついていて殿下が仲裁しているのでしょうか?
私が怒りのあまり我を失っていた?
……そうですか。
あ、胃が痛い。
ブランクが……。
正直納得の行く出来ではないですが、それに甘んじていると何時までたっても筆を執らない気がしなくもないので戒めも含んでます。
あと2,3話ほど閑話でリハビリさせてください。




