賢者という生き物、科学者という化け物
本日二話連続更新です。
31話があります。ご注意ください。
理解が追いつかない。
「どうだ?」
「前列組はA-3とA-4の魔力消費がすこし気になりますが他は概ね予定通りです。」
「最初に攻撃が集中したからな。自己修復に回す魔力の割合を修正する必要があるか。」
これは“戦争”なのか?
「E-2の魔力が急激に低下。F-2と入れ替えます。」
「構造的に弱い部分に当たったかな。記録しておいて。」
エイン砦から見えない位置に築かれた陣には砦から響く絶叫が木霊して聞こえ、より一層不気味に思える。
見えないが故に恐怖が膨らむ。
砦の惨状が儂の目の前で小さな灯りが点いたり消えたりする装置を弄っている二人の妖狐と指示を出している一人の人間の手によって引き起こされているなど、誰が想像できようか。
指示を出していた人間と不意に目が合った。
新たに仕立て上げられた漆黒の軍服は体のラインを強調し、鋭利な印象をもたらす。その上に羽織る純白の白衣は戦場に不釣合いだが彼によく似合っていた。
それは妖狐に「大きな変化があれば伝えろ」と言ってこちらに向く。愛用のマグカップに目覚まし用の茶をなみなみと注ぎながら。
「不満そうだな大佐。言っただろ?楽な仕事になるって。」
ここに来る前、確かに賢者殿は“無抵抗な砦の掃除”と儂に言った。
だが……。
「これが……こんなものが戦争なのか?」
ただ一方的に、無抵抗な相手を嬲る行為が?
「ああ、戦争だよ。俺の知っている形だけどな。」
そう言って茶を一口すすり、ふぅっと息を吐いた。
これから吐き出すものの準備運動のように。
「なぁ大佐。帝国にも奴隷っているよな?」
「無論じゃ。」
犯罪奴隷に貧困からの身売り。一部違法な奴隷が存在していることももちろん知っている。
不快感を示すものもおるが、犯罪への抑止や貧困層の救済と必要なものである。
唐突になんだというのだ。
「じゃあ俺が“奴隷は可哀想だ”って言って、問答無用でそこら中の奴隷を解放して回ったらどうする?」
「当然、力ずくで止める。」
「“俺の居た世界では奴隷は違法だ”って言ったら?」
「それはそうかもしれんが……。」
「“ここは賢者殿の居た世界とは違う。ここにはここの法律が有る。ここにいる以上、ここのやり方に従ってもらう”、だろ?」
言いたいことを先回りされてしまった。
「奴隷を解放しようとしたわけじゃないけど、王国で同じことを耳にタコができるほど言われたよ。“助けてください”って呼び出しておいてそりゃ無いよな。」
……笑えない話だ。話を聞いたからこそ「帝国は違う」と言えるだろうが、もしそうでなかったなら?
「俺は元の世界に愛想を尽かしていなかった。やりかけの実験とか未練のほうが大きい。それでも、もし本当にこの世界に魔王が居て、人類の生存圏が絶望的な状況にまで追い込まれているって言うなら、色んなものかなぐり捨てて全力で助けただろうさ。」
言葉の端々に苦悩が見て取れる。
諦めたい。忘れ去りたい。それができれば苦労はしない。
そんなところじゃろうか。
他の勇者達も同じ心境なのだろう。
「蓋を開けてみれば魔王なんて存在しない。それどころか追い詰められているって状況から程遠い。」
独白は続く。
口調こそ儂に配慮しているのか明るく務めているが、声色はまるで呪詛のように濁っており冷たい。
「異世界の知識が欲しいのかと思ったこともあったさ。けど違った。連中が欲したのは俺や勇者のような特異な力を付与された人間だった。俺達の世界を真っ向から否定された気分だったよ。歴史、文化、技術。その全てにおいて“聞く価値もない”ってね。」
王国が否定した物を儂は見せられたわけか。
ゴーレムの概念そのものを覆しかねない発想。鉄の生産を大幅に増やす技術。そして今回の攻城戦。
いったい彼の世界はどれほど発展しているのか。
「だから、お望み通り“この世界の法律”で戦ってやることに、俺達の世界の“枷”を外すことにしたんだよ。」
「“枷”……とは?」
「この世界……いや違うか。帝国ってさ、他の国と“戦争に関する条約”とか“戦争のルール”みたいなのって締結してる?」
「帝国とそんな条約を結ぶ国があると思うか?他の国でも同盟程度で“戦争のルール”なぞ聞いたことがないぞ。せいぜい捕虜のやり取りに慣わしがある程度じゃ。」
勝者が歴史を作る。
無能な指揮の結果、際どい勝利を収めても“相手が手ごわかった”と言えばそうなる。
卑劣な作戦を用いても勝利すればその作戦は妙案になる。
それがこの世界での戦争のルール。
「俺達の世界には存在するんだよ。戦時国際法に国際人道法、国際連合憲章もそうだったかな?俺も全部覚えているわけじゃないけど大雑把な内容は知っている。“戦争は軍人同士で行う”、“民間人を殺さない”、“不必要な苦痛を与えない”。そんな感じの内容だ。」
「異世界にも戦争はあるのか。」
「おとぎ話みたいに平和な世界とでも思ったか?残念ながら程遠いよ。未だにあちこちで宗教戦争だとか内戦が続いているさ。過去には世界規模の大戦が二度もあって軍人、民間人あわせたら8000万から1億ぐらいの死人が出てるぞ。さっきの法律は全部、俺達の世界で起きた戦争を教訓に出来上がったものだよ。」
「まて。1億は流石に……。」
大袈裟すぎるという言葉は遮られた。
「70年前の大戦当時で人口は20億だったかな。今は70億だ。俺たちの故郷、日本でも1億3千……を確か切ってたな。海を挟んだお隣なんかは10億だけど。」
人が増えるということはそれだけ食料があるということだ。
そして人口の多さはそのまま軍の大きさにつながる……。
もし、賢者殿の国がこちらの世界に渡る術を持ったとしたら?そして自国の人間が兵器のように扱われていると知ったら?
彼らに攻め入る大義名分を与え、エイン砦に降り掛かっている災難がそっくりそのまま儂等に向けられるのでは……。
いや違う。もう既に、この男の手によって向けられている。
「そんでもって今、エイン砦に使っている兵器。あれな、俺達の世界じゃ“使用禁止兵器”の一つなんだよ。B・C兵器って言って大雑把に説明すると故意に病気や毒を撒き散らすんだ。」
「なぜそんなものを!?」
確かにこの世界には“使ってはならない兵器”というのは存在しない。
だからと言って異世界で使用が禁止されているようなものをこの世界で平然と使うというのは!
「あれでも化学兵器の中じゃ相当弱い部類だぞ。マスタードガスとかVXとかもっとヤバイのもあるし。事後処理を考えなくていいならクラスター爆弾なんて言うもっと物騒なものもある。」
「あれで……弱いのか……。」
「砦を無傷で手に入れたいから、これでもかなり加減してるぞ。言っただろ?この世界の法律に従ったって。さっきのは戦争関連の法は全部、異世界人にとって“枷”だ。別の言い方をするなら、俺達にとって譲れない部分でもあるんだけど……お望み通り俺達の世界の枷を綺麗さっぱり取り払ったんだよ。」
く、狂っている。
「連中は俺達の世界の戦い方を知ろうとしなかった。だから対処できなかった。連中は俺達の世界の悲劇に興味がなかった。だから禁止できなかった。連中は異世界がどういうものか理解していなかった。もし知っていれば、俺はこの世界には呼ばれなかったはずだ。」
「あれが……賢者殿の世界の戦い方なのか。」
「化学兵器は違うけれど……本質的にはね。水準としては全然足りてないよ。俺達の世界には魔法もなければ勇者みたいな一騎当千の武人は居ない。人は人であって非力な存在だ。だから武器、兵器に関してはこの世界と比べ物にならないくらい進化している。」
いや違う。この男は狂ってなぞおらん。
この男の、賢者殿の化け物の“枷”を外したのは……我々じゃ。
「もし、同じ水準を再現できたとしたなら帝都に居ながらエイン砦を今以上に、かつ一方的に攻撃できるだろうな。砦を完全に破壊するなら一時間もかからないだろうよ。」
「それはもはや虐殺ではないか……。」
「大佐は相手が石器の武器を持ち出したらわざわざ同じ物を用意して応戦するのか?」
それは……ありえない。
言っていることが正しいとは理解できる。だが肝心の頭がそれを拒絶して不快感だけが積み重なっていく。
「悲鳴がだいぶ収まってきたな。」
夜が本来の静寂さを取り戻し始めた。
いつの間にか冷めきった茶で喉を潤し、賢者殿はいつもの微笑を顔に貼り付けこう言った。
「さぁ、休憩は終わりだ。やることは山積み。だが時間がない。仕上げに取り掛かろう。」
誤字報告もろもろお待ちしてまーす(雑)




