下ごしらえ
閑話入れて今回で30話目。
PVも5,000超えました。
「ふははは!笑いが止まらんな!兄よ!」
「なははは!そうだな!弟よ!」
精錬されて積み上げられた鉄の山を前にして、馬鹿みたいに大口を開けて大笑いをしているのは年老いたドワーフの双子、ヘルマー兄弟だ。兄がハミトで弟がハリル……だったはず。
見分けがつかないからいつもヘルマーで呼んでいる。
二人とも組合が寄越してくれた一流の職人だ。年齢からの体力の衰えで二人ともそろそろ引退を考えていたらしく、どうせなら最後に面白いことをやろうと俺の話に乗ってくれた。
笑いの原因は組合長が怒鳴り込んでくる勢いで作られた鉄だ。
作りすぎて余ったからと市場に流して予算の足しにしようとしたのがまずかった。
きっかけは俺だけど、余るほどバカスカ作ったのはこの兄弟だから俺は悪くないと思いたい。
鉄の精錬技術は地球の物とさほど変わりはなかった。鉄鉱石から銑鉄を作り出して最後に精錬する。
行程の殆どが手作業だったから、そこにゴーレムを使ったオートメーション化と地球の技術を加えてさらに錬金術による化学反応を起こした結果、生産効率が大幅に上がった。
生産量が今までの倍以上に跳ね上がれば、そりゃ笑いも止まらんだろうさ。
まぁ、おかげで俺の方もゴーレムを大量生産できているわけなんだけど。
そうそう、ゴーレムを作るときにメートル原器とキロ原器を制作した。
大まかな基準はこの世界にもあったんだけど、職人の指の長さだったり工房ごとに長さの基準が微妙に違ったりとかなり大雑把だった。
そこで、予算に糸目はつけないから温度や環境で大きさと重さが変わらない絶対的な基準を作ってくれとヘルマー兄弟に頼んだ。
基準は俺が地球から持ち込んだものを参考に割り出しておおよそ1メートルと1キロだ。
本当なら地球と同じように光の速さから求めたりしたいところだけど、残念なことに機材もなければ時間もない。
そんなわけで俺が使い慣れているものを基準にした。
出来上がったのが長さ1メートル、重さ1キロの希少金属アダマンタイトの延べ棒で表面にベアトリクスの手で状態を維持する魔法陣がびっしり掘られていた。
渡された請求書にも当然、びっしりと数字の羅列が……。
設計とか仕事はすごくやりやすくなったんだけど、ちょっと無視できない額だった。
予算を遥かにオーバーしたので、帝国に“基準”の必要性をプレゼンして買い取りをお願いする羽目になったけど。
今後、帝国内で規格化が起こってくれればこっちも大助かりだ。
ところで、ゴーレムと錬金術が予想以上に便利なんだけど。
錬金術は魔法を使って物質の抽出や合成を行う学問なんだけど……正直、地球に持って帰りたいぐらい便利。
高価な機材もいらないし長い時間かけなくても、魔法一つでポンと出来ちゃうから初めてみた時は開いた口が塞がらなかった。
この世界では原子、分子の概念がまだ発見されてないからか、結果は出せるけど地味でカネがかかる学問という認識が一般だ。もちろん、そんな状況を見過ごせるわけ無いからメティヒルデにその辺りを教えこんで広めてもらっている。
これでメティヒルデが研究予算を取れればこっちも仕事を頼みやすい。
今は錬金術を使って魔石として使える人工結晶を大量生産したりしている。
残念なのが抽出や合成で、一定の量を超えると途端に効率が悪くなることだ。錬金術での製鉄が普及していない原因でもある。
それでも十分すぎるんだけどね。
ゴーレムはなんかもう、なんで土の塊から発展していないのか分からない。
モーターと組み合わせれば立派な工作機械になるし、“新型ゴーレム”は今までの比じゃないし、この練兵場だけ近代化されているような状態だ。
“新型ゴーレム”は鉄製の骨格に関節をもたせて、モーターと油圧で動くロボットタイプになる。
姿勢制御を楽にするために二脚型ではなく四脚タイプだ。移動のときに土魔法で関節を変形させていた部分をそっくりそのまま油圧の制御に割り当てたから、モーターの助けもあってパワーもスピードも全然別物になっている。
ゴーレムがゴーレムを作っている光景は自動車の生産ラインを見ている気分だけれど、この世界の人間から見るとかなり奇妙な光景のようだ。
便利ではあるけれど当然ながら欠点もある。
単純精密作業はできても複雑なものになると人の手でやったほうが早い。
部品の削りだしなんかはコンピューターのような図面の入力をしようとしたらコアの情報を逐一書き換えないといけないから、職人の手で見本を作ってそれを真似させなければいけなかったりする。
高さ5メートルのゴーレムをハンドメイドで組み上げるのはなかなか骨の折れる作業だ。
ここはいつか改善したいな。
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ルーカス大佐と2人で帝国の東にあるエルフ領との国境の地図を睨んでいる。
途中まで攻め込んでいる南の獣人の国もあるのにエルフ領に手を出すのは得策ではないのは確かなんだけれど、このまま南下するとエルガルド王国と接することになる。
そうなるとエルガルド王国が優一君たちに無茶な命令を出す可能性が高くなる。
獣人の国での戦況はかなり安定している。政治的な面でも獣人の国はエルガルド王国の戦力を国内に入れたくないだろう。プライドの高そうなあの獅子王なら尚更だ。
そういうわけで個人的な願望で獣人の国は今の戦線でお茶を濁してもらって、国境線でぬるい戦闘をやっているエルフ側に手を出す。
エルフ、長寿なことで有名で自分たちこそが最も優れた存在だと主張して他種族を見下すかなり排他的な種族だ。一般的にエルフとはエルフ領に住む種族のことで正確には森エルフ、或いは緑のエルフという。
ベアトリクスは海エルフ、青のエルフと呼ばれている種族で活動拠点が海側になり、漁をしながら移動する完全に別種族だ。肌の色からダークエルフと呼ばれることもあるけれど、実はこれ森エルフが海エルフを呼ぶ時の蔑称だったりする。
ベアトリクスは「肌がすこし黒いからねー」とあまり気にしてない。むしろ海エルフが積極的にダークエルフって名乗ってる。
……なんか日本で擬人化された“あれ”みたいだ。
政治形態は“女神の御使い”とも呼ばれているハイエルフが執り行っている。すこし特殊でうまい表現が浮かばないけれど王政や議会政とも違い、一番しっくり来るのが親族経営の大財閥だろうか。
誰もハイエルフに文句を言えないし、仮にトップが失脚しても次のトップもまた同じハイエルフから選ばれる。足の引っ張り合いが少ないし民衆の支持も関係ないから内側からの切り崩しも難しい。
一番厄介なのが“女神の御使い”として崇められている部分だ。
信仰の対象としての側面もあるから、仮に帝国が支配しようとしても民衆がすんなり受け入れる可能性は少ない。ゼロだと言ってもいい。
もし本気で統治を考えるなら、一番手っ取り早い方法でハイエルフの根絶だ。種の保存なんてものは考えない。
万が一、妙な手心を加えた結果ハイエルフが民衆の手によって匿われようものなら悲惨だ。たとえ民衆を拷問しようとも信仰の対象を簡単に手放すとは思えないから、探し出すのに時間と人員を大幅に割くことになって膨れ上がるコストの面から捜査を途中で打ち切る可能性が高い。
待っているのは生き残りのハイエルフを旗印にした反乱と泥沼の内乱だ。
統治するに当たってのリスクが非常に大きい。
恐らく帝国も同じような考えだから積極的な攻勢に出ていないんだろう。
なら、もし“女神の御使い”が裸足で逃げ出すような状況を作り出せれば?
エルフ領は獣人の国と同じように森に囲まれた国だ。獣人の国が密林ならエルフ領は樹海で群生している木の種類が違う。気温もあまり高くない。
木々に囲まれているという同じ条件にも関わらず侵攻の度合いが違うのは帝国のやる気だけでなく、エルフがかなり組織だった動きをするからだ。
獣人の国ではあまり見られなかった砦がそこかしこに建っていて帝国からの侵攻を跳ね返している。国境沿いの主要ルートはほとんど抑えられていて、砦が建っていないルートは行軍に不向きな険しい道だ。
「それで、少人数で管理できそうな規模の砦で相手に痛打を与えられそうな、そんな都合のいいのはあるのか?」
十を超える砦の記号のうち、三分の二はすでにバツ印がつけられている。
「そんな都合のいい砦は無い……と言いたいところだが残念ながら候補が見つかった。」
不承不承といった表情で地図を指差していく。
「賢者殿の言う条件に当てはまったのは北から順にクロノヘス、アルパジル、エインの三つじゃな。」
視線でそのまま続きを促す。
「クロノヘスは獣人の国と帝国の堺で見た橋と砦を兼ねたタイプだ。規模は帝国が建てたものに比べれば遥かに小さい。川の流れも早く、抑えることに成功すればそう簡単に奪還されることはないじゃろう。問題は帝国から砦に行くまでの道が細く長い。行軍の列が伸びて奇襲を受ければ壊走は必須だ。」
他の二つがダメならここかな。
「アルパジルは賢者殿の条件に当てはまっているが……恐らく無理じゃろう。」
「その根拠は?」
「アルパジルは昔からある古い砦じゃ。改修は重ねておるが防御の面では大きく劣っておる。この三つの中でも最小の砦じゃな。道は普通で行軍にも問題はない。簡単に落とせる砦じゃが、それは餌じゃ。」
「砦が餌?」
「一日ほどエルフ領に入った所に森に隠れるようにして大規模な砦が建てられた。わざと砦を取らせて、固まったところを一網打尽にする目的じゃ。昔、功を焦った馬鹿がそこで死んでおる。」
「意外と小狡いな、自称最優秀種族。」
「連中の嫌なところはプライドが高いくせに全く慢心せぬところじゃな。アルパジルは小規模だからと無視をすれば挟撃され、まともにやりあえば手痛いしっぺ返しを食らうから、今はもう誰も手を出さん。」
アルパジルは無しだな。
「そして最後のエインじゃが……賢者殿の条件は満たしておるから一応名前は出したが、これは無理だな。」
おや、ずいぶんあっさりと断言するな。
「この砦は“女神の玉座”の麓にある。もう立地が最悪じゃ。周囲は岩山で足場が悪くまともに歩けん。谷底を通るルートが一つだけあるが、そこをエイン砦が押さえておる。」
そう言ってエイン砦の地図を引っ張り出してきた。
観測技術が未熟だから大まかな位置関係しか書かれていないが一箇所だけ、砦付近だけは情報量が多い。
まるでサーキットのヘアピンカーブのように折れ曲がった箇所があり、その部分のアウトコース側の壁がそっくりそのまま砦になっているようだ。
「元々は大昔にドワーフが掘った坑道じゃったらしい。その跡をそのまま砦に改修したようじゃ。攻めようにも相手は壁の中で入り口も通路も狭いから戦いにくい。当然、隠し通路もあるじゃろうから、どこに敵が居るか把握しづらい。駆け抜けようにも谷の曲がり方が急すぎて、行軍速度が落ちるから狙いたい放題じゃ。さらに悪い事に、砦に向かって道が下っておる。砦からは指揮官がどこに居るか丸見えになる。指揮官を潰せば身動きの取れない的の出来上がりじゃな。」
最後の最後にとんだ大物が来たな。
「もしエインを落とせたとしたら、その効果は?」
「エルフ領との国境に塞ぐことの出来ない傷をつけることが出来る。相手も難攻不落の要塞の一つと考えておるから、対応は後手に回るじゃろう。おまけにエルフ領の端っこじゃから前線の管理がし易い。……まさかとは思うがエインを落とそうなどと考えてはおらんよな?兵を無駄に殺すことになるぞ。」
「それはどうだろうな?」
さて、まずは攻略対象のデータを取ろうか?
エルフ領「おい、ヤクザみたいなのがこっち見てるぞ。」
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