報酬会議
おかしい。
城内の待合室から通された部屋は、誰がどう見ても会議室だ。
そして会議室に居るのも、これまた誰がどう見てもこの国の重鎮達だ。
おかしい。
注文したダークブルーで無地のダブルのスーツにラペルピン、カフス。ネクタイはスーツよりも少し明るい色。そんでもって髪型はオールバックにして来た。
いつも、何かしら話し合いがあるときは勝率の良いこの格好だ。
いま、893って言った人。後でお話があります。
いや、違う。そうじゃない。
どう考えてもこの状況は異常だろ。普通、こういうのって“話は持ち帰って検討します”みたいなのを繰り返して、ある程度シナリオが出来上がってから、みんなの前で茶番劇を繰り広げるもんなんじゃないの?
気合を入れて来きたはずなのに、その気合が吹き飛んでしまいそうだ。
楕円形の机には向かって左側に軍関係者と思しき人達、反対側に内政担当と思しき人達が座っている。何人か明らかに人型じゃないのも居る。
そして、向かって正面の上座に居るのが………あれ、どう見ても皇帝陛下にしか見えないんですけど?
年齢不詳。若いようにみえるけれど、どこか老齢な雰囲気も漂わせている。アーミラが病的な青白さに対して、皇帝は目に見えて青い。より正確には、ヨウ素デンプン反応で見られる青紫色というべきか。
髪は白色で俺と同じオールバック。眼光は鋭く、虹彩は真紅だ。
イケメンというよりは一種の美術品だな。
俺が下座に座ったところで皇帝が口を開いた。
「ようこそ、ヴィルヘルム魔導帝国へ賢者“コウジ・サカキ”。我は皇帝、ディーター・ライムント・ヴィルヘルムだ。まずは、我が国の兵、3500ほどを救出した働き、大儀であった。」
低く深みのある声だ。聞いているでけで背筋が伸びてくる。カリスマってこういうのを言うんだろうか。
「働きには相応の褒美を取らせねばなるまいて。何か欲するものはあるか?」
それを皇帝自ら聞くの!?下手なこと言ったら俺の首がチョンパの可能性もあるのに!?
金品……は、当初の予定からだいぶ外れる。
だめだ。地雷原の真っ只中に放り出された気分だ。逃走も視野に入れて、一か八か……。
「我の命が欲しいとでも言わぬ限り、そう簡単に首をはねたりはせぬ。」
言質、頂きました。
「では、召喚の陣と対をなす帰還の陣をお願いします。」
会議室のあちこちで嘲笑が起こる。やっぱりか。
「そんなものがあるのなら、城の入口に仕掛けてとっとと勇者どもを排除してくれる。」
ですよねー。俺も同じ意見です。
しかし、最初から予想はしていたものの実際に存在しないことが確定するとショックは受けるな。心の何処かでは存在していて欲しいと思っていたし。
「ふむ、そうなると我が帝国は武勲をあげた者に納得できる報奨を与えられないとなる。それは余りに情けない。宰相よ、何かよい案はあるか?」
「それならば、彼の者が助けた3500の兵をそのまま与えるというのは如何でしょうか?」
……ちょっとまて。人が“やっぱそう簡単に帰れないかぁ”って感傷に浸っている間になんか勝手に話が動いているんですけど!?
「それはいい考えだ。賢者に与える報酬は兵3500とその指揮権。所属は我の直属とする。異議のあるものが居ればこの場で申せ。」
耳が痛いほどの沈黙。誰も異議を唱えない。
おかしい……と言うより、怪しい。
話がうますぎる。帰還方法がない場合は帝国に勝利してもらうプランは確かに俺の中に存在している。
そのプランも、帝国の一兵として戦争に参加して徐々に地位を上げて、少なくとも数カ月から年単位で皇帝が提示した条件にたどり着けるようなものだ。
こんな風にトントン拍子で行くのは異常だ。そもそも俺は皇帝と会うのは今日が初めてだ。俺が一番欲しいカードを知っているはずが………。
「アーミラか……!?。」
自分にしか聞こえないぐらい小さな声でつぶやいたはずなのに、いま一瞬だけ皇帝が笑ったような気がした。
ヒトじゃないから聞こえてもおかしくはないか。皇帝の種族はそのうちでいいや。
確かに、アーミラには“ちょっと帝国に戦争で勝ってもらう”みたいなことを言った記憶がある。大佐に言った記憶は……無いな。まぁ、アーミラが大佐に話しているか。
どちらにしろ、あの二人が何かしら話したのだろうというのは分かった。分からないのは囲い込みが随分あっさりとしていることだ。帝国の思惑が全く読めない。
単純に馬鹿なのか、戦力の分断か、はたまた毒を喰らわば皿までの精神なのか。
思惑がどうだろうとあまり関係ないけどな。あっても食い破ってやる。
「異論はないな。では後日、正式に申し渡す。」
そう言って皇帝とその周りにいた数名が退出した。
「これからはお仲間だな。よろしく頼むぜ、賢者サマ。」
さて、解散かと思いきや左手の一番近い一に座っている、これまた一番背の低くシワの深い男に話しかけられた。
いや、まぁ会議室に若い奴がほとんどいない感じではあるんだけどね。政治の中枢だし。
「第一大隊長のハンネスだ。歩兵を束ねている。見ての通り子鬼だ。」
…………………………。
…………。
……。
「は?」
え、ゴブリン?どう見ても小さいおっさんですよ?いや、よく見ればちっちゃい角があるな。
「ぶははははは!ハンネスよ、お前さんやっぱり緑色に化粧するべきだったんじゃないか?」
「くくくくく、それは良いですね。ついでに腰蓑と棍棒も用意しましょう。」
あちこちで笑いと野次が飛び交う。
「ちくしょー!いつもこうだ!っというか、貴様らも似たようなもんだろうが!」
全然話についていけない。どういうことよ?
「賢者サマが思ってル、ゴブリンは混ざり物、魔物ネ。」
そう言って話しかけてきたのは右側に座っていた下半身蜘蛛、上半身女性の人物だ。
「名前、メティヒルデ。よろしク。研究の代表ネ。錬金術やってル。」
言葉は若干たどたどしいけれど、研究者特有の退廃的な空気を感じる。
「浩二だ。よろしく。で、混ざり者って?」
「大昔に帝国を離れた盗賊とか犯罪者のなれ果てだよ。性欲を満たすためにヒト、エルフ、獣人と見境なく襲って、気づけばあんな緑色の化け物が生まれたわけだ。」
さっきまで騒いでいたハンネスが話に戻ってきた。
「基本的ニ、違う種族は子供できにくイ。ハーフはかなり珍しイ。だから緑色の繁殖力は異常。」
……なるほど。
オリジナルのゴブリンとヒトの間にハーフが生まれて、そのハーフが今度はエルフとの間に子供を……と。結果的にほぼ全ての種族の遺伝子を保有しているから種族関係なく孕ませることが出来ると。
種の保存っていう観点からなら優れてるな。増えたところで害にしかならないから駆除するけど。
そうなるとあっちこっちで繁殖している、魔物と言われているオークやオーガもゴブリンと同じなわけか。
…………。
その理屈で行くとすると……。
「ヒトが原因で生まれた魔物もいる?」
「いるネ。翼人種とヒトのなれ果てがハーピィ。でも一代じゃ無理。時間がかかル。」
王国で捕らわれていたアーミラのことが頭に浮かんで、一瞬冷えたがあまり問題はないみたいでよかった。いや、良くないけどな。
その後も会議室でアラクネ、ゴブリンの他にもいろんな種族を紹介された。
ルーカス大佐と同じ鬼。
アーミラと羽の形が違う翼人種。アーミラのようにコウモリの羽を持つのが翼手の一族で天使のような羽が羽毛の一族というそうだ。
オークのオリジナル、ボアヘッド。
ドワーフ、吸血鬼、リザードマン等など本当に多種多様な種族で成り立っている。
驚いたことに人間もいる。それも奴隷階級とかではなくちゃんと市民階級でだ。
なんでも、農業関係では他の追従を許さないとか。
しかし、わからない。
これだけ多種多様な種族を統治している帝国が、なぜ王国では国家形態も取らないただの魔物の群れのような扱いを受けているのか。
単なる、宗教的な理由だけじゃない気がしてきた。
■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆
城の奥、皇族のために設けられたプライベートな空間を二人の男が歩いている。
一人はこの国の皇帝、ディーター・ライムント・ヴィルヘルム。
もう一人は宰相、エトヴィン・シンジェロルツ。
周りに護衛の姿もなく、完全に二人だけだ。
「まさか本当に来るとはね。エトヴィンは僕の顔が引きつっているの気づいた?」
「顔面の筋肉を総動員して耐えていたな。笑いを堪えるのが大変だったぞ。」
そこにある空気は皇帝と宰相ではなく、旧知の間で交わされる気さくな会話だった。
「彼女からは“裏社会を束ねるボスのそのまた黒幕みたいな顔”って聞いてはいたんだけどね。」
「どんな冗談かと思いきや、本当に絵に描いたような極悪人面だったな。彼が玉座に座っている方が魔王らしくて良いんじゃないか?」
「笑えないよ!?」
笑えないと言いながらも笑い合う二人。
そんな二人が一つの扉の前に差し掛かったところで、表情を引き締め足を止めた。
「あの方はこの世界に触れすぎた。だから最後に決断できなかった。」
「そうだね。それに彼女は優しすぎた。でも、彼は違う。」
「根拠は?」
「勘だよ。」
そうか、と宰相のつぶやきを合図に二人してまた歩を進める。
「さぁ、積年の恨みを晴らすぞ。」
先週5000PVを超えたと思ったら3日ほどで6000PV突破しました。
急にPVが増えると感動より先に恐怖を感じる小心者ですがこれからも頑張りますので応援よろしくお願いします。
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