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閑話 狐の親子

今回、すごく短いです。

 お互い、刺し違える覚悟で対峙した。


 方や己の妻と産まれるはずだった我が子の復讐を貫くために。

 方や実の息子を排除してでも己が一族を生かすために。


 出来れば二度と会うこともなく何処か互いに知らない場所で死んだことだけ知れればよかった。


 そうすれば()()()()()()()()()()()()()()()


 獅子王に対して無詠唱で繰り出される魔法。そこに彼らの知る魔法の常識は存在しない。



 彼らの知る魔法とは、一回の詠唱につき一つの事象を引き起こすものだ。同じ魔法を同時に複数、さらに混ぜ合わせるというのは彼らの常識からすれば不可能に近い。



 初級魔法と言われるファイアーボールが発動するまでの行程を“もの”に例えよう。


 魔力を砂糖、着色料が属性として、ファイアーボールの発動条件は“赤く着色された砂糖200キロを100メートル先まで30秒以内に運ぶ”とする。

 魔法の才能がない人間は砂糖を赤く着色できなかったり、運ぶ手段に乏しくて時間切れになる。

 では、才能がある者は?

 荷車を作ってさっさと砂糖200キロを運んでしまう。この荷車の部分が詠唱だ。運ぶ量、運ぶ距離は決まっているのだからその都度、荷車を一から設計するのは非効率的だ。

 詠唱というのはこの荷車の設計図である。200キロという重量に耐えられ、自ら引っ張って時速約12キロを出せる性能を持つ、それ以上でも以下でもない。


 魔法の研究とは荷車の改良であり、無詠唱とは設計図の暗記だ。彼らの常識では自分達の知る材料でいかに効率的な荷車を作り、そしてそれを一つでも多く記憶に焼き付けることが魔導の追求である。


 さて、人力の荷車で四苦八苦している彼らからすれば、それはあまりに非常識で馬鹿げたことだろう。

 言ってしまえば酒木浩二という男がやっていることは“トラック”に2トンの砂糖を積み込んで人力荷車よりも早く、強引に運んでいるようなものだ。

 200キロで一発なら2トン運べば同時に十発撃てる。或いは2トン分の力を一発に注ぎ込むことも可能だろう。


 最もそれは、内燃機関、ベアリング、空気タイヤやサスペンションといった“自動車”という概念を知らなければ同じことは出来ないだろう。



 常識を覆すということは容易ではない。


 昔、生命とは空気中から生まれるものである、というのが常識だった。自然発生説という学説だ。具体例を挙げるなら「生肉を放置すると蛆は“自然”と湧き出てくる」だ。

 現代人が聞けば“そんな馬鹿な話があってたまるか”と一笑するような内容だが19世紀の細菌学者、ルイ・パスツールが否定するまで常識とされていた。


 例えば“人間は猿から進化したものである”というのが一般的な常識だ。

 実際には進化の道筋に空白があり、なぜ人間に至ったかは分かっていない。ミッシングリンクと呼ばれるものだ。

 ではここで、“人間とは猿がウィルスにより突然変異した存在であり、究極的に言えば人間はウィルスが進化した存在である”と言われたらどうだろうか?


 多くの人が“人間がウィルスと同じだなんて非常識だ、冒涜だ”と言うだろう。

 要は常識や固定概念を瓦解させるというのはなかなかに容易ではないという事だ。


 既存の魔法形態を根本から無視する“賢者”という存在は彼らの目に得体の知れない化物のように映るだろう。



(あんなものと俺は張り合おうとしていたのか。)


ボンテンが見ているのは、その一撃で何もかもを砕いてきた獅子王の剣を火花を散らしながら防ぐ酒木の姿だ。


 彼にとって父であるマサムネから聞く勇者の伝承は、その歴史の中で尾ひれが付いて膨れ上がったものだった。

 だがそれは、誇張でも何でもなく純然たる事実として目の前に現れた。


(あんなのと敵対してしまえば仇討ちの前に死んでしまうな。)




 マサムネは賢者が上空から氷の矢を雨あられのように振りまいている光景を目にしていた。


(非常識じゃとは思っておったが、ここまでとはな。)


道中、出会った時の意趣返しにと妖狐の秘術を無詠唱で見せたにも関わらず、どういう訳か術のつかみ(・・・)を得ていた。

 無詠唱、手の内を見せたわけでもないのにだ。


 実際に酒木が行っていたのは細胞の自壊と再生を強引に行う力技だったわけだが。


(始末を付ける前に今一度問いかけてみるか。)

 



「ボンテンよ、これが最後じゃ。一族に戻るつもりはあるか?」


感想、評価、報告お待ちしています。


来週から第2章的なものに入れ……ればいいなぁ。

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