賢者の戦い方
喉の口内炎治りました。
歴史上の有名な戦争とその作戦は知っていても、立案となると話は違ってくる。と言う訳で餅は餅屋。戦争は軍人にだ。
急遽、作戦会議を開くことになった。
「このまま背後から奇襲をかけて敵陣を突発したいところではあるが、残念ながら我々は数はあっても敗残兵並にボロボロだ。途中で力尽き袋叩きに遭う可能性が非常に高い。そこでだ。」
大佐が広げた地図を指差す。当然、測量技術が未熟だから精度は悪い。大まかな位置関係がわかる程度だ。
地図上には妖狐によって消された道と川が書いてある。砦の位置は川の中央にぽつんとある三角州の上と対岸に建っているようだ。
と、大佐が地図上の一点、対岸の砦と三角州の砦の延長上にある俺達がいる側の岸に印をつけた。
「分断される前の計画通りならこの位置にも砦が建造されているはずだ。アーミラの報告ではそれらしきものが見えたそうだ。本来、我々に回す予定であった建材を使用しているなら完成しているはずだ。」
敵からすれば非常に嫌な配置だ。
泳いで渡ろうにも休憩に使える三角州は抑えられている。川の流れに逆らいながら一気に渡ろうとしても対岸の砦に射掛けられる。
渡るために舟の準備とか大掛かりなことをしようとすれば一番新しい砦がそれを潰しに来る。
前が戦って真ん中が警戒すれば後ろは補給に専念できる。実にいやらしい。
「敵は総数も拠点の位置も不明だ。」
更に、と付け加えながら地図に新たな書き込みが。一番新しい砦を中心に扇状の線を書いていく。
「砦を中心に扇状に土地が開けている。ここにたどり着くのが我々の条件だ。そこでだ。」
地図上に置かれた俺たちの位置を示す石が砦から下流に離れた場所に移された。
「敵の拠点が置かれている可能性がある場所を大きく迂回して下流側から砦を目指す。ついでに横っ面を叩く。」
大佐と目があった。
「賢者殿、魔道具はまだ動くな?」
「ここまで温存できたから取り敢えずは。ただ、いつ壊れてもおかしくないことには変わりないぞ?」
ヒビは入っているし威力は目に見えて落ちている。次に壊れなければ運がいい状態だ。
「あの広範囲を吹き飛ばしたやり方はどうだ?」
広範囲というのはツングースカ再現バージョンのことか。魔道具を労るという点でなら優秀だけど。
「試したのはあの時の一回だけだ。碌なデータがないから被害規模を予測できない。最悪の場合、敵、味方、ついでに砦まで巻き込むかもしれない。下手したら俺が死ぬ。」
あれはダメだ。
ツングースカ大爆発並の威力はなくても十分驚異的な破壊力を持っていた。
最大の問題は爆発させる高さが予測よりも地上に近くなるからか、爆風で折れた木が巻き上げられて予想外の方向に飛んでいくことだ。実際、上空で呆けていた俺とアーミラの方にも飛んできて肝を冷やした。
「ふむ。ならば今までと同じ使い方か。」
ようやく土木工事から卒業か。
「さて、ここからは時間との戦いだ。日が暮れる前になんとしても砦に辿り着くぞ。」
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さて、日が高いうちに川の下流に到着できた。
行軍の要である妖狐をどう説得しようかと思っていたら意外とすんなり言うことを聞いてくれたのだ。もうタマモを使って言う事聞かせようと考えてたから、拍子抜けというかなんというか。楽でいいんだけどね。
むしろやる気に満ちているのが不気味だ。さっきもマサムネに、絶対前に出るなと念を押された。
妖狐が前に出るほうが俺としてはやめてほしんだけど。君ら俺の貴重な人的資源よ?
今はアーミラに上空から戦場を監視してもらっている。というのも、このまま魔道具を使用すると砦の前方に展開している兵を巻き込む危険があるからだ。
タイミングは両方が一度兵を引く瞬間、日が傾きだした時だ。
と言うのも、夜間の戦闘は基本的にやりづらいからだ。味方は判別できない、敵の攻撃は見えない、損害がわからないとナイナイ尽くしになる。
そんなわけで余程、後ひと押しでどうにかなる場合じゃない限り一度引いて大勢を立て直すのがセオリーだ……と大佐が言っていた。
夕日とまではなっていないけど傾き具合からしてそろそろのはずだ。アーミラから合図が……来た!
ここから砦までは約二キロ。もちろん砦から外れた位置を狙うが普通に起動しても射程は二キロには届かない。
魔力の通りが悪くなって言うことを聞かない“女神の道”を力でねじ伏せ、更に魔力を流し込み過剰装填させる。
“女神の道”が自らの熱に耐えられなくなり表面が融解し始めた。ここからじゃ見えないけれど感覚として二キロ以上凍らせることが出来たのが分かる。
仕上げに溜め込んだ熱量を指向性を持たせて一気に開放する。同時に“女神の道”が音を立てて砕け散った。
腹に響くような轟音が駆け抜けていく。
発生した水蒸気は一瞬だけ視界を塞ぐもすぐに晴れ、後には土がむき出した一直線の道が出来上がっていた。
「突撃ぃ!」
大佐の号令を皮切りに約3500+αの兵が雄叫びを上げながら突き進む。
余った物資には火を着けて回収されることを未然に防ぐ。
普通、全力でニキロ走れと言われれば途中で力尽きるものだろうけど、さすがは魔族と恐れられる存在だ。彼らからすればニキロなんて中距離走ぐらいな感覚なんだろう。あっという間に走り抜けていく。
因みに俺は絶賛アーミラに運ばれている。お姫様抱っこで。
いや、魔力を使った身体強化の術とかあるから走れなくはないんだよ?じゃないと俺より身体スペックが高い優一君と城を脱出するときにやった殺陣の演出なんて出来ないからね?
大佐の号令と一緒に流れるような動作ですくい上げられて気づけばこの状態です。
出来上がった道はうまいこと砦前の広場をかすめたみたいだ。このまま砦まで流れ込めれば上々だけれども事はそううまくいかないようだ。チラホラと武装した獣人が飛び出してきた。
先頭に立っているのは憤怒の表情を顔に刻み込んだ身長2メートル以上の金髪の偉丈夫。身長と同じ大きさの大剣を軽々と片手に構えている。恐らく獅子王だろう。何あの化物。
そしてその横には……ちょっとまて!なんで妖狐が!?
マサムネが前に出るなって言った理由はこれか!?
タマモは……かなり後方か。首輪の効果は直接命令を与えないと効果がない。このまま攻撃されると俺が与えた命令をタマモが実行してしまう。それは非常にマズイ。
マサムネの指揮系統にいない妖狐の存在を失念していた。これは完全に俺のミスだ。
獅子王も良くない。こっちに被害が出ることもそうだが、彼が今ここで倒れるのも問題だ。
やることは山積み。だが時間がない。
焦るだけ無駄。冷静になれ。研究と同じだ。最適化しろ。
条件を確認しろ。
成功条件は獅子王の撤退、及び指揮系統外の妖狐の排除。可能ならタマモへの命令の一時凍結。
失敗条件は獅子王の死亡、捕獲。妖狐からの攻撃。こちらの壊滅。
妖狐は放置してもマサムネ達が対処するはずだ。でなければタマモが危ない。マサムネの位置を確認すれば俺より前方に数名固まって走っている。
対処は後回しだ。
獅子王は俺が対処しよう。
冷静に対処すれば大丈夫だ。そう、冷静に……出来る気がしないな!
いったいどれほど我慢したことか。この世界に来て魔法という未知の存在に触れたにも関わらず、召喚されたエルガルド王国では連中が“まだコントロールできる”と思える範囲内に魔法を制限して、王国を出てから基地に辿り着くまではひたすら隠密に隠密を重ねて、基地を脱出してからは中途半端な魔道具のご機嫌をひたすらうかがい、先の見えない道程から魔力と体力をひたすら温存して!
どれだけ試したいことが頭に浮かんだことか!
どれほどこの時を待ち焦がれたことか!
あれならそう簡単に壊れないはずだ!
さぁ、獅子王よ。簡単に倒れてくれるなよ?録りたいデータは山のようにあるんだからな。
「アーミラ、降ろしてくれ。」
「いえ、このまま砦まで……。」
「アーミラ。“降ろせ”。」
少しだけ語気を強める。
「っ!かしこまりました。」
お姫様抱っこから開放されて地面を踏みしめた。
獅子王の方を見れば数名の帝国兵と対峙している。どう見ても帝国側は実力が足りていない。足止めにもならないだろう。
「少し離れていろ。巻き込むかもしれない。」
「分かりました。」
何も聞かずに止めないでいてくれるのは助かる。この高揚感に水を指されたくない。
取り敢えず血液に魔力を流し込むイメージで身体強化を行う。イメージは人それぞれらしい。俺はこの方法が一番効果が高かった。
「まずは挨拶と行こうか。」
距離は50メートルほどか。そこら辺に転がっている砕けた石をライフル弾のように成形して5〜6発、獅子王に撃ち込む。
不意打ちだったにも関わらずあっさりと剣で打ち払われた。音速ぐらいは出てたはずなんだけどな。
重量級の大剣を枝のように振り回す力はかなり脅威だ。
もちろん接近戦なんてしない。今は魔法の可能性を模索することが優先だ。遠距離からどんどん行く。……大丈夫。本来の目的は忘れてないから。
「ーーーーー!」
獅子王が何か叫んでいるけど距離が離れていて周りがうるさいから全く聞こえない。
ほら、叫んでないで構えろ。次行くぞ。
もう一度ライフル弾を作成。今度は内部に術式を封入。同じように音速で射出。
さっきの焼き直しのように獅子王が打ち払おうとする……が、今度は当たると同時に爆発した。
威力は大した事ない……はず。その証拠に獅子王の表面が僅かに煤けているだけだ。少しは火傷をしているかもしれないけれど。
信管のイメージから魔法の発動に条件づけをすることに成功。次だ次。
3度目のライフル弾を放つ。今度は少し多めで10発ほどだ。
今度はわざと外す。
自分に当たるコースにないことが分かっていたからか避けるような素振りも見せなかった。外れた弾をしばらく見た後にこっちを小馬鹿にしたような表情を見せた。
直後に爆発。
地中で爆発したから土が巻き上げられ、後には泥まみれな獅子王が立っていた。
着弾後爆発まで5秒の条件づけに成功。今後、秒数と魔力消費の相関を調査する必要あり。
獅子王と目が合う。無表情だけどあれは多分、怒りのあまりに表情が抜け落ちてるんだろうな。そのまま突っ立っていられると次の実験ができない。小馬鹿にする様に鼻で笑って挑発する。
次の瞬間、獅子王がいた辺が爆ぜて大剣を構えた大男が物凄いスピードでこっちに突っ込んできた。
身体強化の方向性を知覚速度に極振りする。体感時間が僅かに延長されて行動を起こす余裕が生まれた。
物理障壁を球状に展開。展開した障壁を水平方向に毎分2,000の速度で回転開始。
障壁を展開し終えたタイミングで獅子王が目の前に現れ、ここまで走って来た勢いを乗せた強烈な兜割りを放ってきた。回転している障壁によって弾かれたが、すぐさま押し込む様な二撃目を放ってきた。
ギイィィ!と金属を削るグラインダーのような音と火花が俺と獅子王の間で弾ける。
「てめぇナニモンだ!魔族にテメェのような奴がいるなんて聞いたことねぇぞ!」
「ただの通りすがりの賢者だよ。それより王と言うには随分と言葉が貧相だな。程度が知れるぞ、獅子王?」
「ぶっ殺す!」
本当に王様かよ。そこら辺のチンピラと大して変わらないんじゃないか?
挑発を繰り返してどんどん獅子王をヒートアップさせているけど、実は初撃で障壁が6割ほど持って行かれて内心かなりビビってる。とんだ脳筋の王がいたものだ。
膠着したのはほんの一瞬で獅子王が障壁を壊そうと大剣を大きく振り上げた。体感時間が伸びていても気が抜けない。大きく後ろに飛び退いて、今度は身体強化の方向を筋力に極振りしそのまま風魔法で上に飛び上がる。
かなりきつい負荷が体にかかるな。これは身体強化以外の方法で対策しないと。
「なっ!?飛んだだと!?」
残念。跳んだだけでこの後落ちます。
相手の攻撃が届かないアドバンテージはそのまま利用するけどな。
30メートルほど上昇したところで頂点に達してほんの僅かに滞空する。身体強化の割合を知覚と筋力に半々で振り分けて腰に下げていた水筒の水をぶちまける。
本来、身体強化はこの半々の状態が成功と言われているらしいけどそんな常識は知ったことではない。
撒いた水を基点に空気中の水分を取り込んで氷の弾を作り出す。弾の生成にほんの僅かな時間差を付けて撃ち出すまでをルーチン化。次の実験は魔法のマクロ化だ。
落下しながらマシンガンのように氷の弾を次々と獅子王に向かって撃ち出す。水を凝集、凍らせて弾の形にして、射出。たまに爆裂の術式を混ぜるのを忘れない。
魔法の処理にかなりリソースを持っていかれる。狙いをつけたりだとか細かい作業が疎かになるな。改善の余地大幅にあり。
獅子王の方は「うおおぉ!」と雄叫びを上げながら氷の弾を弾いているみたいだ。
地面が近づいたところで射出をやめて風魔法で勢いを相殺させる。
改めて獅子王を見ると肩で息をしながらこっちを見ている。かなりの数を撃ったから全てを捌ききれなかったみたいだ。あちこちに傷が見える。
獅子王の周囲だけ地面がめちゃくちゃになっている。
「詠唱もなくバカスカ魔法を撃ちやがって。賢者ってぇのは嘘じゃねぇみたいだな。」
傷ついても全然堪えた様子が見えない。予想以上の頑丈さだ。
腕の一本でももぎ取らないと撤退しそうにないな、これは。どうしたものか。
ふと、周囲の空気が変わった。
砦のほうが騒がしくなり、獅子王以外の獣人に怯えが見て取れる。
「ちっ!砦に引っ込んだ連中がまた出てきやがったか!」
これは決着が着いたかな。
「くそ!撤退だ!殿は俺様が務める!」
大将自ら殿を買って出るのはどうかと思うが、まあいいか。
「おい、テメェ。名前は?」
撤退と言いながら何故か俺に剣を向けながら聞いてきた。
「聞く前にに名乗れよ獅子王。礼儀がなってないぞ。」
正直、こういう脳筋タイプはかなり嫌いなので今のうちにヘイトを稼ぐだけ稼いでおこう。思い出すだけでムカつくが良い。
「小うるせぇ人間だな。獅子王、ウジヤス。それで?」
「酒木浩二。不本意ながら賢者だ。」
名前を聞いて満足したのか背を向けて森の中に消えていった。去り際に「次は殺す」と言って。
うん、実に有意義な時間だった。取り敢えず砦に着いたら休む前に結果と課題を書き起こしたいな。たしか王国から持ってきた荷物の中に優一君のルーズリーフがあったはず。あれを使おう。
何はともあれこれで帝国の支配領域に入れた。しばらくは楽になるはずだ。
追伸
獅子王とガチバトルしたことをアーミラと大佐に絞られた。
「周りの被害を考えろ!」「周りの被害を考えてください!」
解せぬ。
お盆の間ストック作ろうとして失敗した。
感想、評価、誤字報告お待ちしています。




