使い道 その2
喉に口内炎が出来て辛いです。
2017/08/16 誤字修正。
振り下ろした剣がマサムネの白髪交じりの髪を僅かに切って地面に当たった。
急に動くなよ。本当に切り落とすところだったぞ。
勇者=無条件に救ってくれる存在って言われたときはちょっとイラッとは来たけど、それだけでぶっ殺してやろうなんて物騒な思考はあいにく持ち合わせていない。
それはさておき、冷静になってみれば彼らが俺に救いを求めることがそもそも分からない。何かに怯えているのは何となく分かる。じゃあそれは何か?
帝国に滅ぼされそうだから帝国に庇護を求めるというのは色々おかしい。
一番面倒なのはこの戦争に介入してこれるような力を持った第三勢力だ。裏組織のようなものか、はたまた別大陸か。どっちにしろこっちの計画を壊されるのは困る。
首の代わりに髪を切られたマサムネはなんとも言えない表情でこっちを見上げている。
「なぜ………?」
「なぜ?死体が何の役に立つ?」
照れ隠しでも何でもなく本音だ。いや、死体も使いようによっては役に立つんだけどね?疫病流行らせたりとか、解剖学とか。
生かした理由は単純に保険としてだ。
もともと帝国軍を助けているのは俺自身を皇帝、つまりは魔王に売り込むためだ。一週間ほど一緒に行動していたせいで自分はもう受け入れられていると変な勘違いを起こしていた。大佐が妙にいい人なのも勘違いに拍車をかけてる気がする。
つまりはこのまま帝国に行っても売り込む交渉材料はあっても確定的な材料が手元にない。妖狐の一族は交渉が失敗したときに手元に残せる人材としても保険だ。
そのために俺がタマモに首輪をはめて主人を俺ということにした。帝国所有ではなく俺個人の所有物だ。
もちろん交渉が成功したときにも帝国の息がかかっていない駒として十分に機能する。
帝国からすれば面白くない話だろうけどこっちも使える手札が多いに越したことはない。
さて、“族長の孫”というポジションを担っているタマモを人質に取れたんだ。これを利用しない手はない。
“俺が死んだら自害しろ”という命令は俺が死んだ後も効果があるかわからないし、何より自己犠牲精神で仲間の自由のために自分の命を簡単に捨てる種族かもしれない。仮にそうでなくても効果的なのは……
「タマモ、命令だ。“攻撃されたら全力で反撃しろ。俺が妖狐の一族に攻撃されたらお前の手で一族の子供を嬲り殺せ”。」
「そんな!?」
タマモの顔が目に見えて青くなった。……なぜか帝国側からも人間じゃねぇという声が聞こえる。解せぬ。
全力で反撃はアーミラが使った抜け道を塞ぐためだ。
子供を嬲り殺せ、は今ここにいる面子に子供が見当たらないからだ。彼女なら一族が隠れている場所も熟知しているはず。これで俺が攻撃された場合、タマモを殺してでも止めるか子供を見捨てるかしかない。不本意な同族殺しの図式が出来上がったわけだ。仮に強硬派がいたとしてもそう簡単に身動きが取れるとは思えない。
「……ワシ等に何をさせるおつもりか?」
マサムネがいろんな感情を押し殺したような声で聞いてきた。
「俺のために働いてもらう。まさか孫を生贄にすればそれで終わりなんて思ってないよな?」
やり方が強引なのは自覚している。嫌われるならそれでもいい。
彼らは現時点で俺が保有できる独立した戦力だ。使い潰したりできるわけがない。
ただ、勘違いされたままというのも癪だ。
「安心しろ。しっかり働くなら手厚く保護する。その気がないならそれまでだ。」
取り敢えず、大佐に頼んでタマモ、マサムネ、その他の3つのグループに分けて監視してもらうようにする。
急な訪問者のお陰でどっと疲れた。明日のことは起きてから相談しよう。
「賢者殿は物語の魔王のようにえげつないのぉ。」
大佐うっさい。
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明けて翌日、目の前で道を阻んでいた木々がアーチを作るようにして左右に分かれて行く。
「こんなもんですかな。」
マサムネが投げやりに声をかけてくるが目の前の光景は圧巻の一言だ。
これで魔道具を気にしなくていいから行軍速度が一気に上る。
妖狐が得意なものは何かと聞いて帰ってきた答えが“自然を利用した術”だ。
この自然というのは環境という意味らしく木が多い場所では木を利用した、岩が多い場所では岩を利用したと行った具合に周りにあるものを利用するみたいだ。
人工物の多い街中でも使える術はあるらしい。具体的には人の認識をずらしたり方向を惑わしたりと結構やり方がずるい。さすがはキツネか。
帝国が作った道が予想より早く塞がっていたのは彼らの仕業というわけだ。
しかし、これどうやっているんだろうな?俺のやっていることは所詮は物理法則の延長でしか無い。マサムネがやったみたいに木を思いのままに動かすというのはどうにも理解の範疇を超えている。
どう見ても盆栽みたいに木に重りを仕掛けて枝を曲げるのとは違うよな。
「すごいなこれは。」
「賢者であるあなたなら容易いことかと思いますが?」
言葉の端々に棘が見えるな……。孫を人質に取っているから仕方ないんだけどさ。
王国で習った魔法も長々と呪文を唱えて馬鹿みたいに魔力を消費してアホみたいに効率の悪い破壊魔法だったりと応用部分じゃお話にならなかったし。
例えるなら肉の表面丸焦げで中は生のまま。
「枝葉を伸ばすのならなんとなく理解できるけど、根っこごと移動させるなんてどうやるんだ?」
「魔力で木々と対話し、ちょいと退いてもらうだけです。」
「それは妖狐の秘術か何かか?」
「いえ、風と土の応用ですぞ。種族による得手不得手はありましょうが、余程のボンクラでもない限り全く使えないということはないでしょう。」
まさかボンクラじゃないよな、と喧嘩を売られているよね?
目に入った木に向かって“対話”を試みるけど……なんか拒まれてる?
「いきなりそのようなしっかりと根の張った木は無理かと思いますぞ。まずその辺に生えておる若い草に試されたほうが良いじゃろう。」
言われた通りにその辺に生えている草を対象にしてみる。ぷるぷる震えているけど動く様子がない。
「初めのうちはそのようなもんじゃ。後は練習あるのみですぞ。」
少しだけ声色が柔らかくなったような気がする。
長い付き合いになるかもしれない。行軍が始まるまでまだ少し時間かかるだろう。今のうちに少し腹を割って話しておこうかな。
「人質を取られて不満か?」
「不満に思わぬ理由がありませんな。孫を犠牲に生きながらえていると思うと余計にじゃ。」
俺も憎いがこの状況を作った自分も憎いってところか。
「一つお聞きしたんのじゃが、賢者様は異世界から来られたのか?」
「来たくてきた訳じゃないけどな。」
「やはりか。」
耳と尻尾が下がって完全にしょげている。俺が異世界から来たのが何か問題なのか?
「頼みがあります。」
「聞くだけ聞いておこう。」
「この先、“ある事”を知ったとしてもタマモと一族の子供だけは助けていただきたい。」
「ある事?」
「“ある事”は一族の長としては知って欲しくなく、ワシ個人としては知ってほしいと思っていることじゃ。」
「内容がわからないと確約ができないんだけど。」
「賢者様が帝国に行かれて何をなさろうとしているのかは分かりませぬ。ただ、いつかは知ることになると確信しております。その時を少しでも先延ばしにしたい年寄りのわがままです。」
帝国……ね。
なんとなく察しがついたけど、果たしてそれが俺の考えている範疇に収まっているのか、それとも上回っているのか。
「程度にもよるけど、可能な限り我慢することは約束しよう。」
「その言葉だけでも十分じゃ。」
行軍速度が大幅に上がってから三日後、アーミラが上空から後方の砦を視認した。
戦闘中の可能性アリとの報告と一緒に。
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