表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/49

使い道

 前線基地から撤退する数、おおよそ3,500人。


 少ないという印象を受けるけど、“魔族の力は人間の3倍から5倍”と言われている。つまり人間だと1万から1万7千ほどの兵力だ。行軍速度は速いし必要な物資も少なくて済む。敵からすれば実に厄介だ。


 味方からすれば実に頼もしい集団と共に動くこと約1週間。いよいよ“女神の道”が限界を迎えようとしている。明らかな亀裂が入って“魔力”の通りが悪くなった。動くには動いているけど。



 あの後、大佐の指示の元わずか数時間で撤退を可能にした。食料も保存食を中心に足の速い食材は全部おいてきた。軍関係の書類も不要と判断して全て燃やした。色々とギリギリの脱出では書類に使い道なんて無い。そんなものを運ぶ余裕があるなら水や食料を運んだほうが遥かに有意義だ。


 “女神の道”の使用頻度は日に10回前後。ある回数を超えると途端に効率が悪くなる。その段階で使用をやめて焼入れ、焼き戻しに近い作業を行って魔道具のケアを行っている。

 一応効果はあったらしく、次の日からまた元気に森を凍らせては爆発させていたんだけれども……これはそろそろ本気でヤバイかもしれない。


 一日の移動距離は10キロを超えているのは確かだ。低く見積もっても80キロほどは移動しているはず。それでも未だに合流予定の後方が見えない。どんだけ広いんだよ、この森は。これだけ移動すれば道だった痕跡の1つぐらい見えてもいいだろうに。

 もう、本来のルートを外れていると考えるのが現実的なレベルだ。ちょいと大佐たちと相談だ。






 相談がてらに行軍そのものを一旦停止させる。大佐、俺、そしてなぜかアーミラ。居てくれるのは心強いけど君は輜重隊だろ……。

 

「さて、これだけ移動して道だった名残の一つも出ないのはちょっとおかしい。そもそも後方とこんなに離れているもんなのか?」


このペースだと軽く100キロ以上離れてるぞ。


「ふん。人間のやわな足腰と一緒にされては困る。ここまできて大体半分といったところか。」


そうか、大佐の言うとおり力が人間の3倍から5倍なら移動速度も当然倍々になるのか。恐ろしいな、帝国民。


「しかし大佐。コウジ様の仰る通り、道の痕跡が全く見当たらないというのは少々おかしいかと。定期的に上から見ていますが辺り一面、完全に森ですね。方角だけはあっています。」


これだけの人数が居ながら唯一飛べるアーミラが定期的に上空から色々探してくれている。結果はご覧のとおりだけど。


 予定では森が自己再生するエリアを突破すればどこかで開拓した道の名残を見つけてそれを辿って北上。最後は帝国側に同じく存在しているであろう自己再生エリアを魔道具で破壊して後方に合流するはずだった。


「このままじゃ魔道具のほうが先に壊れる可能性のほうが高いな。」


「そこまで深刻か?」


魔力の通りが着実に悪くなって亀裂が入っていることを大佐たちに伝える。現状、60%ぐらいまで落ち込んでるんじゃなかろうか。


「気の所為……の一言で済ませられればどんなに楽か。もともと数日に一回使えれば良いところを無理に使っておるからこうなるのも当然か。」


打開策が全く浮かばない。ジリ貧で基地で全滅するか、行動を起こして全滅するか。結局この二択しか無かったのだろうか。


 少し整理しよう。


 まず、存在していた道が綺麗サッパリ消えている。こんなことができるのは以前、大佐が話してくれた九尾だけだろう。魔法に長けた獣人の存在なんて王国でも聞いたこともない。

 これを見つけて従えることができればずべての問題が一気に片付くだろうけどどこにいるかもわからなければ力量もわからない。賢者だなんだとは言われても結局のところ魔法に関してはこっちは初心者だ。俺自身、言うほど活躍はできないだろう。


 魔道具の問題だ。修復する手段がない。もともと壊れたものを無理やり動かしている欠陥品だ。そんな欠陥品を無理に使ったものだから半分壊れてしまった。

 俺が魔法で再現するという手もあるにはあるけど、威力も効果範囲も格段に落ちるだろう。


 薬の在庫も問題だ。これが一番やばい。最悪の場合、統率が取れなくなって壊滅する可能性がある。もって後一週間ぐらいか。







 結局、具体案の出ないまま解散となってそのまま休憩という流れになった。


 考えるのはどうやって魔道具を俺が再現して威力を底上げするかだ。どこに居るかわからない九尾を探すよりかは遥かに現実的だ。


 温度差を利用した爆発を起こすにはどうしたら良いか。まずは冷やさないといけない。

 とある災害映画のように上空の寒気を地表に叩きつけるどうだろう?

  無理だな。映画ではマイナス100度を下回る寒気が上空にある設定だったけど、あんなもの異常気象でないと発生しない。どんなに低く見積もってもせいぜいマイナス20~30度ぐらいだろう。そんな気温じゃ魔道具みたいに凍らせることはできない。却下。


 液体窒素を作り出して……効率が悪すぎる。却下。


 やっぱり冷やすのは難しい。


 そうなると思いっきり吹き飛ばすか。

 気化した燃料に着火して大爆発を狙う……周りの酸素もろとも消費して窒息死する未来が見えるな。却下。

 太陽光を収束させて地表を焼く……収束させるレンズをどうするか。仮に収束させることに成功しても被害規模が予測できない。却下。


 そういえば森林をなぎ倒すといえば思い浮かぶのはツングースカ大爆発だ。ロシアのツングースカ川上流で起きた爆発で半径30~50kmの木々がなぎ倒され、1,000km離れた家の窓ガラスが割れたと言われているものだ。

 原因は隕石が上空で爆発したからで、TNT火薬にして5メガトンの威力だったとか。参考比較として長崎に落とされた原子爆弾、ファットマンの威力は約22キロトンだ。隕石恐るべし。


 今までは魔道具に効果範囲の熱量をそのまま食わせていた。これをもっと小さいものに限定して、尚且つ上空で爆発させれば?

 

 これは試す価値があるな。





………………


…………


………


 結論を言おう。大成功(大惨事)です。




■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆




 夜中、突然の来訪者が現れた。


 狐の獣人……妖狐の一族だ。先頭に立っているのは尾が九本ある白髪の老人だ。背筋もピンとしていて眼光も鋭い。ロマンスグレーという言葉を形にしたような存在だ。

 服装は和服、と言うかアイヌのようなデザインだ。

 彼の後ろには男女合わせて20人ぐらいの集団が控えている。子供の姿は見えないけど一人だけ異様に若い子が居る。伝令曰く、“敵対の意思はなく話し合いに来た”とのことだ。

 そうは言ってもそんなことを馬鹿正直に信じるわけもなく彼らの周りには数多くの武器を構えた帝国兵が囲っている。


 さて、どういう訳か彼らのご所望は俺らしい。


 一応、大佐達も近くに居るけど基本的には俺に丸投げのようだ。


 ロマンスグレーの視線が一瞬だけ俺の左手に集中した。なるほど、彼も“これ(紋章)”について何か知っているみたいだ。


 声は届くけれど、されど何かをするには一歩足りない。そんな絶妙な距離まで誘導された彼らは先頭から順に俺の前で跪いた。


「御初お目にかかります、賢者様。妖狐の一族を束ねておりますマサムネと申します。」


一族の長が随分と低姿勢だ。大学では気味が悪いくらい下手に出るやつは大概、腹に何かを抱えている奴か爆弾案件を持ってくる奴の二つだったから正直、嫌な予感しか無い。

 警戒度を一段あげておこう。


「酒木浩二、浩二が名前だ。それで、一族の長とやらが一体俺になんの用だ?」


明らかに“お呼びじゃない”オーラ全開で迎え撃つ。こちとら日本でタヌキみたいなジジイ共を相手にしてきたんだ。今更キツネごときで怯むか。


「妖狐の一族を救っていただきたい。もちろんタダでとは申しませぬ。」


「なぜ俺がお前たちを救わなきゃならん。」


全くもって理由がない。具体的な報酬を提示されていないけどこいつらを助けた場合の“得”となる部分を計算してみる。ここに居るのが全員でないとしても20人程、何が狙いかわからない連中を手元に置く……火種にしかならない。


「な、なあ?あんた賢者なんだろ?」


損得勘定をしていたら妖狐の男が一人、震えながら立ち上がって何か言ってきた。


「なんで魔族と一緒にいるんだよ?そいつらは敵だろ!?あんたは勇者の仲間で世界を救うんだろ!?なら俺たちを助けてくれよ!」


………。


「なるほど?」




●●●●●●●●●●●●●●●●●●


《妖狐の一族 族長 マサムネ》


「なるほど?」


その一言でコウジと名乗った男の空気がガラリと変わった。


「なるほど、なるほど。あなた方が用意した報酬がどれほどのものかは知らないが、“私”があなた達を助けるのは“当然”だと。そう言いたいわけだな?」


先刻まではワシ等を見る目に疑念の中に僅かながら優しさが見て取れたが、今は完全に汚物を見るような眼になっておる。


 元々姿を見せる予定はなかった。このまま帝国までいくのであればワシ等には止める理由はない。

 今までの5倍ほどの面積が吹き飛ばされる光景を見るまでは・・・・・・じゃが。

 あれを見た瞬間、背筋が凍った。魔法が使えるからこそ分かる異常。ほんの少し前にこの世界に召喚されて“賢者”という力を与えられた存在が見せた力の爪痕。あれを防ぐのはワシには恐らく無理じゃ。


 


 勇者が世界を救ってくれる。

 なぜそんな事が言い切れるのか。


 勇者は完全なる善である。

 誰が保証するのか。



 ワシ等の一族がかつて“見て見ぬふり”をした事にこの男が気づいた時、果たして妖狐は救う価値があると思ってくれるのか。


 恐らく無理じゃろう。その証拠にこの男は帝国とともに歩むことを“是”としておる。確証が得られているわけではなかろうが何かしら、この世界の違和感に気づいておるのじゃろう。


 じゃからワシは彼の違和感が確たるものになる前に動くことにした。たとえどんな罵りを受けても一族が滅ばない可能性のために。


 だと言うのに。


「そ、そうだ!それがあんたの使命だろ!?」


このアホのせいですべてが台無しじゃ。


「そんな使命は知らんな。たとえ使命があったとしてもあなたのような“救ってもらうことが当然”と考えているような奴に差し出す手は持ち合わせてない。」


取り敢えず……


「そん………あ、れ?」


これ以上こじれる前にこの男を魔力で永眠(ねむ)らせる。背後で息を呑む音が聞こえるがワシを差し置いて意見するなんぞ到底許せるものではない。ましてやこんな大事な場で。


「一族の者が粗相をした。二度と馬鹿な真似ができぬようにしたので水に流していただきたい。」


「はぁー……。それで、条件は?」


先程よりほんの僅かに棘が取れたか。それでも剣呑であることに変わりはない。


「一族の長であるワシの首。そしてワシの孫、タマモを差し出します。」


「っ!」


思わず漏れたタマモの声が耳に入ってきた。本来なら最後に切る手札じゃったが、予定が狂ってしまった。心が痛むがこうなる可能性はタマモには伝えておった。


「一つ聞きたい。お前たちは何ができるんだ?」


「自然を味方につけ、隠れ欺くことに関しては右に出るものはいないと自負しております。」


卑怯ということなかれ。これこそ我が一族の強みじゃ。



 しばらく重い沈黙が続いた後、賢者がおもむろに後ろに控えていた翼の生えている者に指示を出し始めた。何かを取りに行き戻ってきたその手に握られていたのは。


「悪いがあなたの孫にはこの“奴隷の首輪”を着けさせてもらう。異論はあるかな?」


ある。が、そうとは口にできない。


「致し方ありませんな。」


その後、賢者の前に連れ出されたタマモの首に賢者が自ら首輪をつけた。痛ましい姿じゃ。

 タマモと視線が合う。悲痛と覚悟の入り混じった表情がわしの心を抉る。


 どの口が守ってやるなんぞほざいたのやら。なんと無力か。


「さて、後はあんたの首を落とすだけだな。何か言葉は?」


いつの間にか剣を片手に持った賢者が傍らに立っていた。


「一族を頼みます。」


すすり泣く声が聞こえるが果たして誰のものなのか。

 賢者が剣を振り上げたのが分かる。


「ところで、俺は一言も引き受けるとは言ってないが?」


驚愕し、跳ね上がった首が見たのは迫りくる剣先だった。


災害映画……デイ・アフター・トゥモロー(2004年)


感想、評価ともにお待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ