点火
森が爆ぜた。
一族の若い衆から「結界が破られた」と報告を受けて確認しに来てみれば、目にした光景は一直線に森が爆ぜるという信じがたいものじゃった。一体何だというのじゃ。
「族長……アレは一体……。」
「ワシにもわからぬ。」
魔族……いや、帝国の砦に施しておった結界は「深緑の封」というものじゃ。結界が完成するまでに時間を要するが一度完成すれば木々に囲まれたやすく突破できなくなる。
多少、木が傷ついたとしてもわずか数日で元に戻る強固なものじゃ。本来はワシ等、妖狐の一族の隠れ里を守る結界じゃが……あのような楔を打ち込まれては修復は難しかろう。
「マサムネ様!ここはやはり魔族に直接鉄槌を!」
「それだけはならぬ!」
一部の血の気の多い若い者の声を怒声で封じる。それだけはやってはならんのじゃ。
遥か昔に召喚された勇者との盟約じゃ。“決して魔族に牙を向けるな”、“決して勇者と敵対するな”。これを破るということはかつて古の勇者と共に戦ったご先祖様にツバを吐くのと同じである。詳しい内容まで知るのは代々マサムネの名前を継いできたものと継ぐもののみじゃ。
この盟約があるから国の表舞台に立つことなく平和に暮らしてきた。何せ獣人の国で“まともに魔術が使える”のはワシ等、妖狐の一族のみじゃからな。獅子の一族が国の頭を務めておるがワシ等にかかれば序列を覆すことなぞ容易い。
国の政に口を挟まぬことを条件に戦への参加も断っておった。よもやバカ息子が原因でこのようなややこしい事態になるとは思っても見なかったがな。
結界で帝国の兵を足止めしておるのも盟約スレスレじゃ。結界だけ張って監視は別の一族に丸投げしておるが。
「しかしボンテン様は獅子王と共に魔族と戦っておられます!ボンテン様の奥方でありタマモ様の母君であるカエデ様の仇、我らにも取らせてください!」
「ならぬと言っておろう!ちとしつこいぞお主ら。ボンテンは追放しておる。あれはもう妖狐でも何でもない。」
そう、バカ息子のボンテンが里を抜け帝国に牙を剥いたのじゃ。盟約の恐ろしさはアレにも教えておったはずなんじゃがな。破れば即、妖狐が滅ぶというわけではないが滅ぼされる可能性が高い。それも“勇者”の手によってじゃ。
突如、ワシを囲っておった集団の後方が騒がしくなった。人垣が割れるようにして現れたのは白銀の髪に黄色い瞳で尾が六本の娘、我が孫であるタマモじゃ。付き人も一緒じゃが少し慌てた様子なのが気になるぞ。
この娘の母親であるカエデは彼女が幼い頃にオークの手にかかり殺された。腹の中に居った二人目の孫と共に。
身籠った妖狐は術の力が極端に弱くなる。そうでなければオークごときに妖狐が遅れを取るはずがない。ましてや次期族長の妻の座を射止めるほどの力を持っていたのじゃ。なぜカエデがそんな危うい時期に里の外をうろついていたのか今となってはわからぬが、あの一件がボンテンとワシの間に埋めがたい溝を作ったのは確かじゃ。
同時にタマモにもいらぬ苦労をかけさせる羽目になったわい。
「おじい……族長。報告があります。」
普段は“おじいちゃん"と甘えてきて可愛いが今は周りの目があるから仕方ない。ちと残念じゃ。
「なんじゃ、タマモ。結界のことなら今しがた耳にしたぞ?」
「え?じゃあなんでおじいちゃんこんなところに居るの?」
これ、皆の前では族長と呼ばんかい。今回は大目にみるがの。
「どうもこうもアレだけ派手に結界を壊されては修復は難しいぞ。それにこれ以上の介入は盟約に関わる故、ワシが許さん。」
少々怒気をはらんだ声を出せば周りの者がたじろいだ。その中にはもちろんタマモも含まれておる。
いつもならこれでタマモも、口を閉じるのじゃが今日は少々違った。
「長老、その盟約は既にワタシ達の手で破られた可能性があります。」
「なんじゃ、お主も母親の仇を取りたいと申すの……。」
「魔族の先頭に“人間”がいました。」
ワシの言葉を遮ってタマモが発した言葉の意味が理解できなかった。周りの妖狐たちにも動揺が走っておる。
「本当に“人間”じゃったのか?」
「間違いないです。」
馬鹿な。帝国にもわずかながら“人間”が暮らしているとは聞いておる。じゃが、軍の先頭に立つ“人間”なぞ聞いたことが無い。
「その者の特徴は?」
「服装は魔族と一緒だけど王国や皇国の“人間”と顔つきや雰囲気が全然違います。」
あってほしくない。ありえないという考えが頭のなかでぐるぐると回り始める。しかし無情にタマモが放った次の言葉がワシを現実に引き戻した。
「それと……左手の甲に入れ墨のようなものが。」
「……どのような紋様じゃった?」
「遠くから見ただけなので詳しい形までは……。ねぇ、おじいちゃん。あれって勇者か勇者の仲間じゃないかな?」
エルガルド王国が勇者召喚に成功したことは既にワシの耳にも届いておる。思ったよりも状況がよろしく無いようじゃ。
……これはワシも腹をくくるしか無いようじゃな。
「大丈夫じゃよ、タマモ。何があってもワシがお前を守る。」
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森が爆ぜた。
比喩じゃなくて文字通り爆ぜた。使用したのは“女神の道”+α。αは俺が勝手にやった部分だけど。
気温が上る前に“女神の道”の起動実験でもやろうと思って日の出とともに色々やったら目の前の惨状が出来上がった。幅50から60メートル、距離1キロ以上にわたって木々がなぎ倒され土がむき出しになっている。
ついでに寝ていた兵たちも起き出して目の前の光景に呆然としている。
遠目にアーミラと大佐の姿も見える。どう見ても怒ってるなありゃ。
“女神の道”の効果は素晴らしかった。起動に必要な魔力は普段使っている魔法に比べれば遥かに多いものの枯渇するほどのものじゃない。かなりエコに作られている。
起動した途端、目の前に木々が一瞬にして凍り始めた。同時に魔道具そのものが熱を帯び始めてあっという間に手で触っていられる温度を超えた。
話を聞いたの段階でこの魔道具が壊れたものを修復してできた産物というのを耳にしたときから1つの仮説がずっと頭の中をよぎっていた。もし、この魔道具のオリジナルが熱を吸収してそれを“逃がす”……つまり放出するものだったら?だとすれば魔道具が異常な熱を持つのもうなずける。修復した際に“熱を放出する”式が書かれていない可能性が高い。
そんな安易な考えで魔道具が溜め込んだ熱を魔力操作で取り出してこねて、凍っているところに放てば延焼しないだろうなとか思っていたら、ご覧の有様です。
予定ではキレイに森の一部を焼き切って道を作るはずだったんだけど。
いやー、考えてみりゃ温度差でこうなるよね。大規模な水蒸気爆発だよ。蒸気の力って結構恐ろしくて、よく溶鉱炉の爆発事故が起きている。原因は水分が付着したままの材料を炉に放り込んだからで、その威力は工場の天井を崩落させるほどだ。
どうしよう、これ?
「コウジ様!お怪我はありませんか!」
「賢者殿、これはいったい?」
「怪我はないよ、アーミラ。ちょっと実験のつもりが大事になってしまいました。申し訳ありません。」
「それは構わんのだが……これは“女神の道”……なのか?」
大佐がかなり困惑している。
「恐らくこれが本来の“女神の道”の姿かと。失われた部分を俺が肩代わりすることで再現しています。」
水蒸気爆発まで計算に入れた物かどうかは解らないけど本来の機能は貯めて吐き出すことだ。周りの熱を利用することで魔力の消費をかなり抑えられる。
「ふむ……賢者殿。これは連続運用できるのか?」
「へ?いや、どうでしょう?かなり強引にやっているんであんまり酷使するのはやめたほうが良いかと。」
「後方と合流することだけを考えればどうだ?」
いけるか?魔道具にかかる熱負荷がかなりのものになるけど。オリジナルはそのあたりの負荷も考えて設計していたはずだ。
蓄えた熱を片っ端から俺が吸い上げる……無理だ。俺が持たない。
となると蓄える熱量を抑える……威力が落ちるからこれも駄目。
そういえば、金属は熱を加えることで固くなるんだったよな。熱処理と言われている。
複数の金属からなっている合金の場合、鉄は鉄、銅は銅と言った感じに見た目は混ざっていても分子レベルでは全然結合していない。この同じ金属同士の結合は700度から800度ぐらいの熱を加えて急冷することで取り除くことができる。これを軟化熱処理、焼入れという。
この後にもう一度熱を加えてゆっくり冷やすことで違う金属同士で結合が生じてさらに内部に溜まっていた余計な力も取り除くことができる。これを硬化熱処理、焼戻しだ。
溶けるほどの温度には至っていなくても温度変化による内部の歪はすごいはずだ。これを取り除く作業を行ってやればある程度、無茶な運用ができるんじゃないだろうか?
「完全な博打、それもこちらの分が悪い。それでもいきます?」
「ここで果てるか、道半ばで尽きるか。どこに違いがある?」
大佐が悪い笑みを浮かべている。かくいう俺も相当に悪い顔をしているだろう。
「総員!荷物をまとめろぉ!家にかえるぞぉ!」
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