点火準備
「これが問題の魔道具。」
「そうだ。」
ルーカス大佐の案内で魔道具が保管されている場所までやってきた。魔道具の他にはなんにも置いてない部屋だ。そこまで広くなく、10人も入れば身動きが取れなくなる。
魔道具は軸が複数あるアンティーク調の地球儀みたいな感じだ。ただ、地球が収まる部分には特大の赤い水晶が填まっている。大きさも両手に収まるサイズだ。
「それで、効果は?」
「知らん。」
………は?
「魔道具の効果なんぞ製作者と使用者ぐらいしか知らんぞ。どの魔道具がどんな効果を持っているかなぞ見分けもつかんわ。」
大佐が細かいところを気にしないから知らないなんてこと無いよな?念のためアーミラの方を見ると、
「事実です。実際に運ぶときも“魔道具があるから慎重に運べ”ぐらいしか指示がありません。盗まれても知らなければ答えようがありませんし。有名な魔道具でしたらヒントがあれば特定できるかもしれませんが。」
なんという大雑把な……。知らなければ答えられないっていうのはセキュリティ的な意味では完璧かもしれないけどさ。
「その結果がこの状況か。泣けてくるね。」
「ぐ……すまん。」
「申し訳ありません。」
この二人に当たっても仕方ないか。上の命令に逆らえないのはどこも一緒だろうし。
面倒だけど一からこの魔道具を解析するしかないか。
さて、魔道具とは何か?ものすごくざっくりと言うなら「異世界の電気製品」だろう。
魔法の才能の有無にかかわらずある程度の魔力を持っている、もしくは魔力が貯まっている魔石があれば基本的にだれでも使える。電気があればスイッチ一つで誰でも部屋を明るくできるのと同じだ。
俺が王国でぶっ壊した杖も魔道具の一種だ。あれはスタンガンやアンプみたく入力された魔力を増幅する機能を持っていた。実際に使おうと思ったらある程度、魔力を充填しないといけなかった。無詠唱で手数を増やした方が効果的な場面の方が多かったから全然出番なかったけど。
電気製品も魔道具も回路が存在している。電気製には電気回路、魔道具には魔法陣だ。理不尽なのは電気回路の場合は抵抗やコンデンサ、ICチップ等を配置しないといけないのに対して魔道具は魔法陣を書くだけでその効果を発揮する。代わりに融通が利かなくて出来る機能も一つだけではあるんだけど。そういう意味では刻まれた魔法陣さえ解読できれば効果が分かってしまう。この点はありがたい。
話は変わるが、王国で城の結界を落としたのは“魔法陣≒電気回路”の発想からだ。
EMP、電磁パルスが無防備な電気回路にあたるとサージ電流というものが流れる。詳しい説明は省くが、要は電気回路上に出鱈目な誘導電流が流れるわけだ。この電流が耐えられる範囲ならエラーが起きる程度で済むだろうけど上限を超える電流が流れた場合は回路そのものを破壊することになる。
城では杖が壊れるレベルで俺の魔力を流し込んだ。耐えられなくなった杖はため込んで増幅させた俺の魔力を周囲に爆発させた。爆発というのは観測すると細かい波形として現れる。魔法陣側はそんな細かい波形を想定した作りにはなっていない。魔法陣の法則を無視して回路上に毎秒数百から数千の間隔で魔力が流れるわけだ。その結果、魔術回路は処理しきれずに暴走して崩壊する。……予想以上に効果が出たのには内心焦ったけど。
閑話休題。
大佐もアーミラも知らないとは言ったけどちょっと時間をかければ解析できなくはない。仕様書もない状態で集積回路の中を見るのに比べれば遥かに楽だ。
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開けて次の日の昼。誰だよ、簡単って言ったやつは。俺だよ。ばかやろー。
解析二日目にしてすでに心が折れそうだ。
まず、使われている文字が王国と微妙に違う。魔法陣には魔法文字という特殊な文字を使う。地球でいうルーン文字や漢字のように一文字で複数の意味を持っている。それを組み合わせることで様々な効果を発揮する。例えば『飛』『火』『球』で『ファイヤーボールを飛ばす』といった具合だ。
今、俺が直面している問題を説明するなら王国が日本漢字を使っていて帝国が中国漢字を使っていた。そんな感じだろうか。読める部分と読めない部分の落差が激しい。
わかったことはこの魔道具が“冷却”の効果を持っていることだけだ。効果範囲もどのくらい温度が下がるのかもさっぱりわからない。
こういうときは“取り敢えず起動してみる”に限る。まさか起動した本人が死ぬような間抜けな設計にはなっていないだろうし、たぶん大丈夫だろう。
わからないといえばもう一つ。この世界に来たときに刻まれた左手の紋章だ。いつの間にか×から※変化していた。
実際には※の各点がそれぞれ違う形をしているんだけど……四属性でも表しているんだろうか?火、水、土、風みたいに。
寄生虫みたいで非常に気味が悪い。乗っ取られたりしないよな?
「どうだ?なにかわかったか?」
あーだこーだ考えていたら大佐とアーミラがやってきた。
「冷やすということは。他はさっぱり。」
アーミラと大佐が少し驚いた顔をしている。突破口となる魔道具なのだろうか?
「冷やす……。氷の魔道具か。炎の魔道具なら山ほどあるが氷となると数が限られる。心当たりが3つほどあるな。」
3つ。意外と少ないな。冷やすこと自体が難しいと考えればそうでもないのか?
物を冷やすというのはけっこう大変だ。空間から熱を奪うことで温度が下がり、その奪った熱を何らかの方法で別の場所に移してやらないといけない。
「3つの内、2つはこの状況では使えんから実質1つではあるか。」
「詳しく聞いても?」
「国が秘匿したい部分なんだがなぁ。まぁいい。それぞれ“氷の華”、“静かな冬”、“女神の道”だ。今、目の前にあるのは恐らく“女神の道”だろう。」
「理由を聞いても?」
「“氷の華”は拠点防衛魔道具だ。使用すれば周囲を一瞬で凍土に変えて氷の要塞を作り出す。使うのは最後の手段だ。いま帝国にあるものは全て最終防衛線に配備している。少なくとも攻めの拠点に置く意味はない。」
「“静かな冬”は天候を操作する魔道具です。狙った場所に冬の嵐を引き起こすのですが……平地での運用を想定しているのでここのような深い森ですと効果が薄いかと。」
「アーミラの言ったとおりだ。雹や雪を降らせてまともな冬支度をしていない敵に損耗を与えるのが目的だ。これだけ燃料になる木がある状況では使う意味はない。」
どちらも敵軍を蹴散らして道を切り開く様な兵器じゃないな。
「なるほど。で?“女神の道”の効果は?」
「直線上にあるものを凍りつかせる。まるで道を作るようにな。」
「……それだけ?」
「それだけだ。ただし、鉄も凍る冷たさだがな。」
効果はすごそうだけどなんとも地味な感じが。
「もともとは別の魔道具だったそうなのですが破損した際に魔法陣の読み取れる範囲で修理を行ったために今の形になったそうです。オリジナルの破壊力は今の物と比べ物にならないほど強力だったと聞いています。」
「欠点は一度使用すると数日は使えなくなる。手で触れることも出来んほど熱を持つのでな。冷やすのに二、三日は必要だ。」
万能な兵器、この世に無し、か。ただ凍らせるだけな上に再使用に二、三日かかるようじゃ脱出には使えないな。それにしても、
「魔道具について知らないと言いながら随分と詳しいんだな。ホントは魔法言語も解読できるんじゃ?」
「軍人なら自国の有名な魔道具をある程度知っていると思うがの。とは言っても、実際に戦場で見ることなんぞ殆ど無いから名前と効果は知っておっても形や使用方法まで知っている者は極僅かだ。」
使い方は知らなくても銃や戦闘機に詳しいミリオタ的な発想か。
「魔法文字も普通はコウジ様のようにスラスラと読めるものではありません。一つの文字が複数の意味を持っていますから本来なら意味が通るように何度も検証するものです。」
その辺は触れていた言語の違いだろう。魔道具の特性を言ったときに驚いた顔をしていたのはそういうことか。
「ところで、解析に時間がかかると分かっていながらわざわざここに来たのか?」
「明日ぐらいに何かわかれば御の字と思ってはいた。社交辞令のつもりが予想以上に解析が早くて少々驚いたがな。ここに来たのは完全に別件だ。良い知らせと悪い知らせだ。どちらから聞きたい?」
「気分転換に良い知らせから。」
「塩の補充が出来そうだ。ここから西に移動したところに塩の木が見つかった。」
「塩の木?」
「地中の塩を吸い上げて土壌を浄化する特殊な木です。木から塩を採ることもできますが近くに岩塩がある指標にもなります。」
「他にも何かないか探索しながら帰ってきておるから正確な距離がまだわかっておらん。ただ、報告ではそこそこの規模だと聞いておる。」
「そりゃ朗報だ。で、それをぶち壊す悪い知らせというのは?」
途端に大佐たちの顔が苦いものに変わった。そんなにマズイものなのか。
「かなりの数の嗜好品の横領が見つかりました。」
「犯人はベンノの部下だ。一応ベンノの名誉のために言っておくがアイツはプライドは高いがその分、仕事はキッチリこなす。部下が数をごまかしてそれをベンノに報告しておったようだ。」
嗜好品か。無くても生きてはいける。問題は士気に直結するってところか。
あと、あのナルシスト。実は有能だったんだな。
「酒ぐらいなら作れるんじゃないのか?」
「酒ならマズイものをいくらか作っている。問題は横領した中にかなりの数の薬が入っていたことだ。食べ物ならまだ何とかなるがアレだけは材料が手に入らん。」
「……薬?それって気分が良くなったり幻覚見たりするような?」
「そういう薬です。基地の中には中毒者が数名いますから事態はかなり深刻です。横領したものは基地内で売りさばいたり自ら使用したりしていたようです。」
「なんでそんな物騒な薬が嗜好品に?」
麻薬取締法みたいのは存在しないのか?
「初めて戦場に立つ者のためだったり戦場であった嫌なことを忘れるためにと結構使えるぞ?酒じゃ味わえん快楽を得るために使うものもおるが。賢者殿の国では違うのか?」
「国が取り締まっている。過去に薬で滅んだ国もあるし中毒患者による事件もあったからな。」
「儂には息苦しそうな世界だな、それは。」
大佐なら意外と格闘界で楽しくやっていけそうだと思うんだが。
「薬に関してですが中毒者に優先的に回しても恐らく持って一ヶ月も無いかと。いま牢に入れられていたベンノも引っ張り出して正確な時間を再計算しているところです。最悪の場合持って二週間の可能性もあります。」
「二週間はだいぶ短いな。もうちょっと時間稼げない?」
「お酒に逃げてもらうことも考えていますが根本的な解決にはなりません。そもそも効果があるかどうかもわかりませんからあまり期待しないでください。」
酒に逃がすか……。逃がす……逃がす?
「脱出できるかもしれない。」
その二日後。
獣人の国帝国前線基地から帝国領に向けて森の一部が爆ぜた。
ユニークが500超えました。これからも頑張っていきますので応援よろしくお願いします。
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