前線基地
現在、時刻は夜。高度200m。速度、おおよそ時速50km。進路を地図上で北に向かって飛行中。
王国から脱して今日で6日目になる。追っ手に追いつかれることもなく、日程としては不気味なぐらい順調だ。
トラブルらしいものと言えば野生動物の襲撃と一日だけあった天候不順ぐらいだろうか。
てっきり虎の子の竜騎士を使って追撃をかけてくると思ったんだけどな。……あの国の竜騎士5人しかいないけど。お隣のファーレイン皇国にはわんさかいるらしい。さすがは軍事国家だ。
まあ、魔族の侵入、結界の崩壊、公爵とユカイな仲間達の死亡、おまけに勇者戦闘不能(殺してないよ)に賢者(俺)の裏切りだ。よく考えれば追手を出す余裕がある訳ない。追いかけてくるなら叩き潰そうと思ってたのに。
こんなことなら城の竜舎を飛び出すときに破壊しておけばよかった。
目下、最大の問題はアーミラの胸が俺の理性をものすごい勢いで削ってくることだろう。
と言うのも、脇に抱えるのは意外と運びにくいと言われてしまった。おんぶは背中の羽を塞いでしまう。だからといって正面から抱きつくのは絵的にどうよ?
そんなわけで今はお姫様だっこでおとなしく運ばれている。当たるは視界に入るはでなかなか精神衛生上よろしくはないが耐えるしかない。
あ、アーミラの服装に関しては今は割りと普通の格好だ。割りとというのは俺がアーミラの服の準備を完全に失念していたから俺の予備のシャツとかを着てもらっているからだ。男物のシャツだからちょいとサイズが合わなくてあっちこっちを絞ったり縛ったりしているせいでワガママボディがかなり強調されている形になっている。実にエロいです。
因みに、飛ぶときには羽を動かす必要はなく羽に魔力を流すと飛べるらしい。詳しくは本人にもよく分かっていないようだ。何せ子供の頃から自然とやっていることだから感覚として身に付いているから言葉にしにくいと。
俺も二本足でどうやって歩いているのか説明しろって言われても出来ないからな。感覚的なものは仕方ないだろう。
さて、日程的にはそろそろ獣人の国側の帝国軍前線基地が見えてくるはずだ。ここまで前線基地を目指してまっすぐ……とはいかず、かなり蛇行しながら飛んできている。なるべく人目につかないように移動時間を夜にしていたけれど獣人の中には夜行性で夜目が効く輩もいるらしい。幸い、獣人の国に飛行能力のある種族はいないらしいから俺を抱えたまま空中戦に、といった事態にはならなけど見つかれば地上に降りたところを探されてしまう。
なので、人の営みである火が少しでも見えたら大きく迂回するルートを取り続けている。タイムロスは大きいけど安全には変えられない。
獣人の国だけど、気候は亜熱帯で蒸し暑くほぼほぼジャングルだ。不快指数が半端じゃない。
ちょうど反対側に位置にある通商連合国は逆にカラッと乾いた気候らしい。たぶん西から来る湿った温かい風が中央の霊峰に当たってこの蒸し暑い気候を作り上げているんだろう。山を挟むと気候が変わるのは地球でも割りと見られてものだからここでも似たようなことが起こっていると考えられる。
「コウジ様、前線基地と思しきものが見えてきました。」
「わかった。気をつけて接近してくれ。」
名前の呼び方だけど、俺は彼女を呼び捨てで彼女は俺を様付けで呼ぶことに落ち着いている。最初に「アーミラさん」って呼んだときはこの世の終わりみたいな顔をされてしまった。こっちもずっと「賢者様」は嫌だから下の名前で呼んでもらおうと思ったら頑なに様付け。2日ほど押し問答が続いてこの形になったわけだ。
名前のことはどうでもいいんだった。今は前線基地だ。遠くの方の森の切れ間に確かに明かりが見える。徐々に近づくに連れて全容が見えてきた。
伐採した太い木々で作られた高い壁とその内側に作られた、もはや街と言える規模の建物の数々。壁には歩哨が歩くための通路とネズミ返しのような梁も見える。予想よりも遥かに大きい。
暗い森の中に突如現れた城塞都市は揺らめく松明の灯りに照らされて幻想的でありながらも不安定に蠢く影によって巨大な生物のようにも見える。安易に近づけば喰われてしまうのではないかと、根拠のない恐怖を感じてしまう。
ところで、気をつけて近づいてとお願いしたはずなのに何故か一直線に門に向かっているんだけど?向こうもこっちに気づいたみたいで警備に当たっていた兵たちが警戒を強めているのがよく分かる。櫓にいる兵なんか弓構えてこっちに狙い定めてるよ。
「アーミラ?これ本当に大丈夫?」
「外壁を越えようとする動きを見せれば撃たれるでしょうが外に降りる姿勢を見せれば大丈夫……なはずです。」
はず!?不安だ!
アーミラの言うとおり警戒はしているものの門の手前に着地する意思を見せていれば問題なく着地できた。そのままゆっくりと俺も降ろされる。
ところでお姫様抱っこされた状態で登場した俺は警備兵の目にはどう映っているんだろうか?何人か明らかに俺から目を逸らしているのもいるし……。よし、こっち見るまで見つめてやろう。
「コウジ様、あまり兵を睨まないでください。怯えています。」
睨んでないやい。目つきが悪いだけだ。
「何者だ?ここがどこかわかっているのか?ってあなたは!?」
明らかに階級が上だとわかる兵がこちらに問いかけてくる。ここは俺よりもアーミラに任せたほうが穏便に進むかな。アーミラに目配せをして一歩後ろに下がっておく。
「第725小隊、アーミラ・ヴォルフ中尉です。重要人物をお連れしたので指揮官に取次をお願いします。」
帝国じゃ部隊に通し番号が付いているのか。王国じゃ色に例えられていたな。蒼騎士団とか紅騎士団みたいに。
でだ。今さらっとどえらいことが聞こえてきたんだけど。中尉って言ったか?この女。
「ヴォルフ中尉!?生きていらっしゃたんですか!?」
「725小隊ってだいぶ前に全滅した……おい!誰か第7のお偉いさん呼んでこい!」
「ああ、女神よ感謝します。俺の、俺たちのアーミラ中尉が生きてたよ…。」
中尉ってことはたぶん小隊長ぐらいなんじゃ……。捕まったりしてたからそんな優秀じゃないって思い込んでたよ。めちゃくちゃ優秀じゃないか。
あと、顔とスタイルがいいから戦場の華だったのね。最後の奴、涙流して喜んでるよ。
「申し訳ありません、中尉。確認が取れるまでお通しすることができません。詰め所でお待ちいただいてもよろしいでしょうか。」
「まだ規則は覚えているので大丈夫ですよ。それとこの方は先程も言ったように今後の帝国に関わる方です。失礼のないように。」
うん、帝国巻き込んで大騒ぎするつもりだからね。少なくとも毒にはなるかもしれないけど猛毒になるつもりはない。まずはアーミラの上司経由で売り込みを……。
「ッシ!」
振り向きざまに腰に下げていた水筒から水を撒く。それを魔力で凍らせて氷の矢を作り暗い森の中に数発放った。遅れて肉を打ち付けたような音が数回聞こえてくる。
「一人生きてるな。捕まえて尋問するなり好きにしたらいい。」
探知魔法の範囲内でさっきからチョロチョロしていたのが6人ほど。帝国の兵かと思ったけど挙動が明らかにおかしい。特に仕掛けてくる様子がなければ見逃そうと思っていたけど、急にこっちに近づいてきたから始末した。
アーミラが生きていたことで空気が弛緩したのを読み取ったんだろうな。
水筒の水を使ったのは魔法の行程省略のためだ。足がかりとなる部分があるとすごくやりやすい。おかげで一から魔法を構築するよりも半分以下の時間しかかからないようになった。
「すげー。今、無詠唱だっただろ。」
「魔法も早かったぞ。」
「無駄口叩いてないで確認に行くぞ。」
応援を呼びに行ったり、明かりを確保しながら森に入っていったりと、夜中に騒がしくしてしまってなんか申し訳なくなってくる。だからと言って昼間に移動するのはリスクが高すぎるから勘弁してもらいたい。
さて、後処理は帝国の兵隊さんにおまかせして基地に案内してもらおう。




