ハゲ、さよならは言わせない㊦ ~完~
前回までのあらすじ!
置き去りにしてきた幼女が先回りしてた。
ようじょからは にげられない。
うつむく幼い少女――。
背中を向け、甚五郎はため息交じりに呟いた。
「シャーリー、アイリア。すまないが、今夜はここで動かずに待っていてくれないか。私はルーを連れ、今日中に魔人砦まで引き返す。遅くとも明日の昼までには戻る」
「ジンサマ、でも……」
「わかったわ。気をつけて、ジンさん」
甚五郎は涙目で立ち尽くすルーを一瞥すると、金狼に告げた。
「リキドウザン先生。ルーを乗せて私についてこい」
――ウォウ。
言葉が通じているかのように、金狼はいつも的確に返事をする。
二度手間になってしまうが、リキドウザン先生をゲオルパレス領へ導くにはちょうどいい機会でもある。
「じんごろー、ちがう……」
「少し黙っていろ。私は怒っている。おまえには、ほとほと手を焼かされる」
不機嫌を装い、吐き捨てる。
甘い顔は見せられない。弱さを見せてはならない。ルーには帰るべき場所と、待っている人がいる。
幼さはその判断を誤らせる。だからこそ大人である己が律せねばならない。
もはやともにあるべきではないのだ。
途はすでに、分かたれた。もはや交わることはない。
「ちがう……」
弱々しく絞り出された幼い声を黙殺し、甚五郎は事務的にローブのフードを片手でつかんでルーを持ち上げ、金狼の背へと放り投げた。
巨大な金狼の背で転がり、それでもどうにかしがみついて、ルーが泣き顔を鬼面の男へと向ける。
「じんごろー、ルーは――!」
「ご両親のもとへ帰れ。もはや私といるべきでは――」
「ちがう!」
金切り声だった。
訪れた冷たい夜気が、ぴんと張り詰める。
それでも、男は眉一つ動かさなかった。
「ちがうよぉ……」
決壊した涙腺から溢れ出る涙を小さな両手で拭い、ルーはその言葉を告げる。
「……ルーは……ルーはただ、おわかれをいいにきた……」
呆気に取られた。
そして、剥がれ落ちる。甚五郎がつけた鬼の仮面が。
「あんなさいごは、いやだよぉ! あんなおわかれはぁ、いやだぁ!」
シャーリーも、アイリアも、言葉はなく。
泣きながら悲鳴のように叫ぶ幼い少女へと、ただただ視線を向けて。
「……ルーはそんなこどもじゃないって、ゲオルパレスでいった! じんごろーのことばのいみ、わかってるっていった……っ!」
そうして弱々しく、風の音にすら流されそうなか細い声で。
「……わかってないの、じんごろーだ……。あんなこと、もうルーにいわないで……。……つらいでしょ……かなしいでしょ……?」
毛布でできたローブの胸を、小さな手で握り潰して。
喉が詰まり、甚五郎がかろうじて声を絞り出す。
「ルー……」
「……じんごろーがいたいの、ルーはわかるから……」
ああ、まただ。また己は読み誤った。
真に尊きは若者の眩いばかりの成長速度か。
引き替え、己は何度も何度も同じ間違いを繰り返す。
甚五郎の頬を涙が伝った。
言うべき言葉を間違えた。あのような言葉を言うべきではなかった。ルーのためにも、己のためにもだ。
教えられた。小さな子に。
甚五郎は表情を潰し、歯を食いしばり、むりやりに笑みを浮かべる。
そうして両腕を伸ばした。幼い少女へと。
「ルー。私はおまえを、もう一度抱きしめてもいいのか?」
返事は言葉ではなかった。
ルーは大きく口を開けて叫び声を上げ、大粒の涙をこぼしながら巨大な金狼の背中を蹴って飛ぶ。男の両腕を目指して。
男は柔らかなぬくもりをそっと抱きしめ、頬を寄せる。ルーがはにかみながら、甚五郎の頬を伝う涙を両手で拭った。
「じんごろー。ルーは、はなれていても、じんごろーのなかまでいい?」
「あたりまえだ。おまえが助けを求めるときが来るなら、私は海を飲み干してでも、空を走ってでも戻ってきてやる」
ルーが濡れた瞳を細めて、白い歯を覗かせる。
「だったら、じんごろー。リキドウザンセンセーのことは、ルーにまかせろ。ルーがゲオルパレスのオオカミたちのところ、つれてくから。それがじんごろーのなかまとしての、ルーのしごとだーっ」
甚五郎が屈託のない笑みを浮かべた。
シャーリーとアイリアに視線を向けると、目もとを拭いながらふたりがうなずく。
「……ああ、おまえにまかせたぞ、ルー! 砦通過に難色を示されたら、ブリィフィに私の名前を告げろ。あれは話せる魔人だ」
そうしていつものようにルーをひょいと肩に担ぎ上げて座らせ、尻尾を振っている金狼の胸を太く逞しい腕で、どんと叩く。
「リキドウザン先生、貴様はルーの安全に注力するのだぞ」
――ウオオオゥ。
「だが、今夜は――」
「そうね。一晩くらいは」
「はい、今日だけは」
「みんないっしょだーっ」
語ろう。多くを語ろう。
出逢った頃から順を追って、何一つ取りこぼさぬように、すべてを語り合おう。
さよならなど、言えないくらいに。
〆⌒ ヽ
(´・ω・`)
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ー´ー 彡 ミ
朝、みなで朝食を摂り、旅支度を調えて廃宿前で立ち止まる。
向かう先は別だ。
「リキドウザン先生、ルーのことをしっかり頼む。ゲオルパレスまでちゃ~んと送り届けるのだぞ」
――ウォウ!
金狼は尻尾を振りながら、甚五郎の頬を一度だけ舐めた。対する甚五郎は、いつものように豪腕で金狼の胸を叩く。
本来であるならば狼はもちろんオーガでさえも肉片と化す凄まじい威力ではあるのだが、この金狼にとってはちょうどよい挨拶らしい。
潮風に長い銀髪をなびかせ、シャーリーがルーの前で膝を曲げた。
「ルーさん、また逢いましょうね。え~っと、次は結婚式で! きゃぁんっ!」
「あれ? あんたって、あたしとジンさんの式に出てくれるの?」
赤面してくねくねと身体をねじっていたシャーリーが唐突に表情を一変させ、凄まじく病んだ形相でアイリアを睨む。
「わ・た・く・し・の、です」
「……デレクと? わあ、おめでとう! あたしも出席するわ!」
「はあ? どうしてわたくしがあの便所虫と結婚するんですか?」
ルーが割って入る。
「もーっ、ねーさんたちは、もっとなかよくしなさいーっ」
甚五郎がルーの両脇に手を入れて、今度はそっとリキドウザン先生の背へと小さな彼女を乗せた。
「いいのだ、これで。あれは少々過激なコミュニケィショ~ンというやつだからな」
肩高が甚五郎の身長ほどもある金狼の背中だ。自然、ルーの視線が高くなる。
甚五郎は満面の笑みでルーに告げた。
「ルー。健勝でな」
「あはー、そんなにしんぱいするなーっ。ルーは…………」
突然、ルーの言葉が止まった。何気なく視線を追った甚五郎は、あわてて自らの頭を手で押さえて隠し、赤面した。
「む、な、何を見ている? このような砂漠には何もないぞ! そ、そのようにじろじろと見つめるものではない!」
身長が高く、ふだんは見下ろす立場にあるため、このようにまじまじと見つめられることにはあまり慣れていない。
だが、直後。
ルーの瞳が大きく見開かれる。
「ぎ、ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
そうして、先日の金切り声以上の大声でルーが悲鳴を上げた。
「ひゃぅ!」
「な、な、何よ!?」
首から上を真っ赤に染めてキョドる甚五郎の頭を目指し、ルーが金狼の背で立ち上がって両手を伸ばす。
「危ないですよ、ルーさん!」
ルーが足を滑らせ、頭から地面に転落――しかけて、あわてて両手を伸ばした甚五郎によって受け止められた。
「大丈夫か、ルー?」
だがルーは甚五郎の心配など余所に、その肩によじ上って頭皮に齧り付くかのように、頭頂部を凝視する。
「あわ、あわわわわ……ね、ねねねーさんたち!」
ルーを受け止めた状態で屈み込んだ甚五郎を、シャーリーとアイリアが上から見下ろした。
「え、え?」
「こ、こんなことってっ!?」
「な、なななんなのだ! よさないか、みんな! このような恥辱、ご子息様をまじまじと見つめられるよりも恥ずかし――」
大あわてで再び頭皮を隠そうとした甚五郎の右腕にシャーリーが、左腕にはアイリアがしがみつき、それを阻止した。
「ジンサマ! 生えてます! 生えてるんですっ!」
「頭のてっぺんから一本だけ、毛が生えてるわよ!」
甚五郎の動きがぴたりと静止する。
「うぇふぇ?」
シャーリーが女衆を代表して呟く。
「いえ、まだです。毛は黒色なので、もしかしたらアイリアさんの毛がうまく頭に乗っかっているだけかもしれません。……グビッ……ぬか喜びかもしれないので、わたくしに、た、た、たしかめさせてください」
シャーリーが頭皮に伸ばした手を、アイリアがすかさずつかむ。
「待って待って! 手で触れちゃだめよ! ジンさんの毛根なのよ!? それだけで枯れかねないわ!」
甚五郎の胸に言葉の刃が突き刺さる。
「それにあんた、さっきからハァハァ呼吸が荒いけど、ジンさんの頭皮を触るのが目的じゃないでしょうね!?」
「そ、そそそんなことあるわけないじゃないですか! そりゃちょっとはその――えへへ……」
「言っとくけどあんた、べろべろに酔って触りまくったことあるんだからね! ロックシティで!」
シャーリーが悲しげに首を左右に振った。
「昨夜も言われましたが、わたくし、それをおぼえていません~……」
「わ、私の毛のために争うのはよさないか!」
言い合いを始めた大人衆を余所に、ルーがふぅと息を吹きかける。
甚五郎の全身がびくんと跳ね上がった。
感じたのだ。微かな風を。毛根で。間違いなく、これは。
――自毛っ!!
「あの夜の……エリクサーの残り汁が……」
ならば!
ならばレアルガルド大陸で銀竜の血液、すなわちエリクサーを発見できたならば、我が哀しみの砂漠は確実に実り高き緑の大地と変貌する!
謎のパゥアーが肉体から無限にわき上がり、男は突如として美しき筋肉を肥大化させた。
「こうしてはおられん。行かねばならぬ。レアルガルド大陸で私の助けを待つ人々が、失った友らの希望のエリクサーが、立ちはだかる悪どもが、私を待っている」
そうして男は力強く立ち上がった。
「がんばれ、じんごろー! ルーとリキドウザンセンセーは、とおくからでも、ずっとおーえんしてるからなーっ」
「うむ!」
仲間と別れ――。
「では、参りましょうか」
「ふふ、楽しみね」
「ああ! ――取り戻すのだ、これまで失ったすべてを!」
新たなる大地へと旅立つために。
そして男は陽光を頭皮で反射させ、輝かしきその一歩目を踏み出すのだった。
~Fin~
落ち着け、ハゲ。
何万本の犠牲の末に生み出された一本だよ。
どマイナスだよ。
※ほんとのあとがきは活動報告にあります。
http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/417132/blogkey/1408402/
※ハゲ無双と同じ世界観の別大陸を舞台にした、
『竜×侍』
という作品も連載中です。
よろしければそちらのほうもお楽しみいただけると幸いです。
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