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ハゲ、頭髪なき戦士

前回までのあらすじ!


愉快な魔人が現れて、さすがの甚五郎もびっくりだ!

 異形が甚五郎を指さして喚く。


「魔人は窮屈な服とかいちいち着ねえんだよ! つか、なんかもっとあンだろうがッ! 肌の色とか質感とか鱗とか牙とか角とかよォ!? 俺様は王国騎士や魔法使いでさえ泣いて幼児返りする魔人だぜ、魔人!」

「笑止! 私は見かけで差別などせんッ!」

「や、差別とかじゃなくて……」


 びゅうと乾いた風が吹き抜ける。


「つーか、おめえも俺様とそんなに変わんねえ格好してっからなッ!? お乳首様丸出しだからなッ!?」

「やかましいッ! 他人のせいにするんじゃあないッ!!」


 異形が唇を尖らせて眉根を寄せ、困ったように表情を歪めた。


「あーもーいいや。めんどくせえ。ほんとは女をさらうだけのつもりだったが、おまえは死ね」

「その前にそのご婦人を放せ。ならば相手をしてやらんこともない」

「きひひ、嫌だね! この女はもう俺様のものだァ!」


 異形が髪をつかんだ女を引きずったまま走り出す。女が髪を押さえて声にならない悲鳴を上げた。


 風を切って異形の拳が迫る――!


 どすんという重い音がして、甚五郎の両足が固められた砂の大地をわずかに滑った。

 突き刺さる。甚五郎の鼻面へと。だが、それだけだ。

 甚五郎は金属のハンマーで殴られたかのような衝撃にも、膝を落とすことはもちろん、眉すら歪めない。


「なんだあ?」


 異形が目を見開く。


「ヒャハ、おもしれえな、てめえ! 俺様たち魔人は、魔獣や人間どもとは違い、己の肉体で直接魔力を生み出す。その魔人の拳を避けようともせずにまともにもらうバカは初めてだぜェ?」


 対照的に、甚五郎が己の顔面に突き立てられた拳を意にも介さず、鼻から流れ出た血液を親指で弾き飛ばして口を開く。


「うむ? ま? 麻呂苦……? ……わけのわからんことを言うんじゃあない! そのような小難しいことはわからん!」

「……あ、そう……」


 魔人が同情の視線を甚五郎に向けるが、甚五郎は察しない。


「だが、マジンとやら、もう一度言うぞ。ご婦人の頭髪をつかんでいるその変な鱗とか付いてるちょっと気持ち悪い感じの薄汚い手を放せ」

「おめえさっき見かけで差別しねえっつっただろ!? 魔人っつっても傷つくんだからな!?」

「やかましいッ! 悪人風情が人権を主張するんじゃあない! いいから放せ!」

「けっ、絶対嫌だねェ」


 髪をつかまれたまま、女がすがりつくような視線を甚五郎へと向ける。


「……あ、ああ……、……たす……けて……」

「安心しなさい。貴女は私が必ず救おう」

「ヒャッハァ! ヤってみろよォ!!」


 異形の魔力を帯びた手刀が甚五郎の頸部へと叩き込まれる。またしても鈍く重い音がして、今度は甚五郎の膝が大きく揺れた。

 飛び散った甚五郎の血液を浴びて、女が小さく息を呑む。


「ヒャハ、ヒャハハハハ! おら、やり返してみろ! 俺様が吹っ飛んだら、この女の髪も頭皮ごと頭からおさらばだけどなァ! バリバリィ、やめてぇってなもんよォッ!」

「ぐぅ! 髪を人質に取るとは、なんと卑劣な……ッ!」


 だが、怒りに歪んでいた甚五郎の顔が、次の一言が放たれると同時に無へと変質する。


「おめえの頭みてえによォ? なっちまうんだよォ! ヒャハハハハハ~ゲ!」


 一瞬の虚を衝いて、異形の拳が甚五郎の鳩尾(みぞおち)へと突き刺さる。


「がはッ!?」

「おやあ? 隙だらけになったぜェ? どうしたよ、このツルッパゲさんよォ?」


 肉体をくの字に折って甚五郎が呻く。だがその直後、甚五郎は瞳を限界まで見開いて叫んでいた。


「ま、待つんだ! やめてくれ!」

「ハァン? さてはおめえ、その頭のことを、そぉんなに気にして――」


 だが、違う。甚五郎は異形を見てはいなかった。


「――よさないかァァァァ! シャアァァーーーーーリイィィィィィーーーーーッ!!」


 静かなる足音、異形が振り向く動作を開始したときには、すでに少女の放ったレイピアの刃は、異形の手につかまれた女の髪へと振られていた。


「髪を切るんじゃあないッ!!」

「~~ッ!?」


 すんでのところでレイピアの刃が止められる。


「てめッ! 小娘ェ!」


 異形がシャーリーへと向けて、強靱な鱗に覆われた腕を薙ぎ払った。

 だが――。

 異形の視線が一瞬。甚五郎からも囚われの女からも離れた、その一瞬。


「な――ッ!?」


 甚五郎は距離を詰め、異形の両腕を強くつかむ。薙ぎ払ったはずの腕が、あっさりと引き戻されるほどの力で。

 甚五郎の筋肉が肥大する。まるで四角いリングの上で戦い続けてきた頃のように。


「なんのつもりだッ、ハゲ! さっきの力比べで実力の差はわかったはずだろうがッ!」

「……」


 女の髪をつかんでいた異形の腕に、表情無き甚五郎の膝が突き刺さる。


「イギッ!?」


 異形が呻いた瞬間、腕の鱗が剥がれて飛び散る。その一瞬の隙を衝いて、シャーリーが女の手を引いて路地裏へと逃げ込んだ。


「走ってください早く!」

「え、ええ!」


 完全に回復できていないのか、シャーリーの足取りはまだ覚束ない。異形がその気になれば、簡単に追いつかれるだろう。


 だが、ここにはいるのだ。

 それをさせぬほどの実力を隠し持っていた、頭髪を失いし(ハゲ)が。

 そして男は表情が消えてしまうほどに、怒り狂っていた。

 少女に手を引かれて逃げてゆく女を見送って、異形が首を引く。


「いい加減放しやがれ――ッらあ!」


 直後に放たれた異形の頭突きが、甚五郎の額へと突き刺さる。角と骨のぶつかり合う音が鈍く響き、甚五郎の額から鮮血がパッと散った。

 じんとした痛みが頭蓋を伝って後頭部へと抜けてゆく。


 だが、微動だにしない。野外興業の際にリング外のコンクリに頭から落ちたときのことを思えば、これしきのことは。

 異形の両腕を拘束し、その瞳を見据えたまま、甚五郎は口を開いた。


「正確には――」

「あ?」

「正確には、私の後頭部と側頭部にはまだ、額軍の侵略から防衛ラインを維持し続けている生存部隊がいる。ゆえに私はハゲではない」

「あん? てめえ、何を言ってやが――」

「だがッ!! 仮にッ、…………ぐぅ……! これは仮だぞ、仮の話だ!」


 目を剥いて鬼面と化し、ガギィと食いしばった歯が鳴る。


「仮にッ、万にひとつ、よしんばッ、ともすればッ! 一千万歩譲って、私がハゲだとしよう!」


 まごう事なきハゲじゃねえか。

 そう言いたげな視線を黙らせるかのような迫力で、甚五郎はまくしてたる。


「だが、貴様はどうなのだ。貴様の頭など、頭髪の一本すら生えぬ砂漠ではないか!」

「ああ!? 魔人を人間ごときと一緒にするんじゃねえ! 人間どもは無意味に頭髪とかいう貧弱な組織を生やすらしいが、俺様たち魔人は違う!」


 含み笑いを漏らして、異形が嘲るように唇を歪めた。


「魔人はァッ、攻撃をするために角を生やす! すなわちこれはッ、貴様らで言うところの髪と同等以上の価値を持つ頑強なる武器なのだァッ!! ハッ、髪だと? くだらん! 魔人たる俺様の肉体に、そのような脆弱なる組織は不要!」


 異形が再び頭部を引き、甚五郎の額へと尖塔形の角をぶつけた。

 ゴッと骨を削るかのような音が響いた直後、甚五郎の額から血液が勢いよく流れ出て、再び怒りに歪められた瞳に流れ込んだ。


「ヒアァァァ、どうだァ!」


 それでも、このハゲは微動だにしなかった。


「それが……どうかしたか……?」


 それどころか、皮膚と肉の破れた額で角を押し返す。

 ゆっくり、ゆっくり。ごりごりと、骨の軋む音を響かせながら。


「な――ッ!?」

「……貴様は……我が長き友(頭髪)を……侮辱した……ッ」


 異形の腕をつかむ甚五郎の手が、上腕二頭筋が、背中の僧帽筋が、血管を浮かせてさらに肥大化してゆく。それまで拮抗していたはずの膂力が、魔力で強化されているはずの異形をも徐々に上回ってゆく。


「ぐ、く……ッ、たかが人間風情に……ッ、この俺様が……ッ、肉体に魔力を宿す魔人が力負けするだとォ……!?」


 異形が片膝を突いた瞬間、甚五郎は両腕に込めていた力を一気に抜くと同時に手を放す。


「ッ!」


 勢い余って甚五郎の腹部へと頭から突っ込んだ異形の全身に腕を回し、魔人を逆さに持ち上げ、甚五郎は静かなる声を発した。


「ならば見せてもらおう。貴様のその頑強なる角とやらの強度を。――羽毛田式殺人“禁”術、毛根死滅スクリューパイルドライバー」

「な、何をするつも――!」


 甚五郎が異形を逆さに抱えたまま天高く跳躍し、空中で異形の頭部を己の両脚で固定する。


「ま、まさか……よせええええぇぇぇぇ~~~~~ッ!」

「――おおおおぅぅぅるぁぁぁぁぁッ!」


 ふたり分の体重をのせ、スクリューのように凄まじい勢いで激しく横回転しながら異形の頭部が固められた砂の大地へと突き刺さった。


 圧し固められた砂の大地が大きく震動する――!

 衝撃を吸収し切れなかった大地は割れて爆ぜ、一帯の地面には四方八方に亀裂が走った。


 もうもうと立ち籠める砂埃のなかから、甚五郎が飛び跳ねて距離を取る。

 異形はその頭部を完全に大地に埋めたまま、動かない。

 当然だ。並のレスラーであれば、(たわ)んで衝撃を吸収するリングでならばともかく、このような大地では毛根はおろか首の骨や頭蓋ですら破壊されかねない技なのだから。


こ、こいつ、自分はハゲじゃないと思ってやがる……。

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