ハゲ、群青勇者と恋色娼婦
前回までのあらすじ!
ヘドロォォォォ~~~ッ!?(ノД`)・゜・。
最前列、七名。以降は数えるだけ時間の無駄。
視界を埋め尽くす王国騎士の数だ。彼らが足甲で雪を踏みしめるたびに大地が細かに震動し、いくつもの鎧が盛大な金属音を発している。
突撃させた甚五郎とシャルロットには「雑魚には目もくれず走れ」と伝えた。この戦い、防衛に終始していては勝ち目がない。いつかは必ず数に押し切られる。だからふたりには、シャナウェル王の身柄を奪わせに行かせたのだ。
首魁を討てばシャナウェル王国騎士団の動きは止まる。
だがしかし、それはつまり――。
デレク・アーカイムは、肩で荒い息を整えている背後のアイリアを見やる。
「第五陣が来るぜ。まだやれるか、魔人狩り殿?」
「……はぁ……ッ……、……ああ、もう! やるしかないでしょ!」
アイリアが吐き捨てた。端正に整った顔を歪めて。
――それはつまり、渓谷をたったのふたりきりで防衛する役割を担うデレクとアイリアには、最も負担がかかる作戦ということに等しい。
だが、だからこそやりがいがある。
デレクは渇いた唇を舐めとった。
すでにふたりの背後には、一〇〇を超える数の王国騎士たちが倒れていた。
足の腱や腕の腱を斬って動きを奪ってはいるものの、殺さずに無力化させるのは難しい。
アイリアの体力がどこまでもつか、だ。
「たったふたりを相手に何を手間取っている!」
「行け、行け、行けぇーーーーーーッ!!」
「おおおおおぉぉぉぉぉーーーーーーッ!!」
七名の王国騎士らが槍の穂先をこちらに向け、降り積もった雪を蹴散らしながら突撃してくる。
「……やれやれ。加減が難しいからあまり使いたくはなかったんだが――」
今はアイリア・メイゼスを休ませる必要がある。ある程度の負担は引き受けねばならない。
視線を素早く巡らせて状況を判断し、デレク・アーカイムは両手に持った光の剣を背後まで引き絞った。
金色の輝きを放つ長い頭髪を風に躍らせ、若き勇者は静かに穏やかに口にする。
「――デレク・アーカイムの名に於いて。血盟の印を示せ、汝、光の精霊ウィルオウィスプ」
ぽっと輝く白光の球体。目を凝らせばわかる。その中には自ら光を放つ、幼い少女のような容姿の小さな妖精がいることが。
一端の淑女に対してそうするように、青年は甘く静かに囁いた。
「ウィスプ、可憐な妖精のキミ。すまないが、また力を貸しておくれ」
彼の愛する少女シャルロット・リーンがハゲオヤジ筋肉紳士を愛する偏愛主義者であるように、デレク・アーカイムもまた歪んだ偏愛主義者である。極めてたちの悪いことに、それは未成熟な肉体を持つ女性に向けられるものだ。
けれどもウィスプは嬉しそうに、ふよふよとデレクの周囲で踊る。そうしてしばらく。彼のかまえる光の剣に吸い込まれるように同化した。
直後、ふつうのロングソード程度の大きさだった光の剣が高熱を放つ白き光に包まれ、己が身長にも匹敵するほどの刀身を持つグレートソードへと変貌する。
アイリアが長い黒髪をがしがしと掻いて、二振りの短刀を持つ両手を広げた。
「最初っから使いなさいよ! この腐れロリコン!」
「はぅあ!? ロ、ロリ――!? そ、そういうわけじゃ、な、ないんだ……が……?」
デレクが不安げな表情をアイリアへと向けた。
「目ぇ泳がしてないで前見なさい、バカ勇者! 集中! あんた、そんなだからシャーリーに見捨てられるのよ!」
「ほぐぁ!? ぅ、ぅぅ……わ、わかってるさ。だが光波は本当に加減が難しいんだ。一歩間違えば皆殺しにしてしまう」
アイリアが心底面倒臭そうな表情で小さく吐き捨てる。
「わかってるわよ。頼りにしてる」
「ああ」
七つの穂先が迫る。残り五歩。
デレクがガギリと歯を食いしばった。膝を曲げて体勢を低くし、身体をねじって引き絞っていた光の剣を地面すれすれで真横に薙ぎ払う。
「――光波一閃!」
残り三歩の位置。王国騎士らの持つ槍の穂先がデレクの胸鎧へと届く直前、横一文字に放たれた光の刃が王国騎士らの鎧に包まれた大腿部を撃ち抜く。
高熱を持った光波は鉄の鎧を砕き、鎧に守られていた肉を斬り裂いた。
「ぎッ!?」
「あがァ!」
「ぐぁッ」
七名、空を舞った。大腿部から鋼鉄の破片と血、肉片を飛び散らせながら。
「ひとり行ったぞ!」
七名の王国騎士らはデレクの横を舞うように通り過ぎ、うち六名が着地できずに転がった。
「素人じゃないんだから見てればわかるわよ!」
一名。たった一名の騎士だけが自らの足で雪面に着地し、デレクの背後にいたアイリアへと槍の穂先を向けて突撃する。
大腿部への攻撃を察知し、自ら跳躍して光波を躱したのだ。
「オオオオオォォォォッ!」
王国騎士は無我夢中で駆ける。
救国の勇者デレク・アーカイムには勝てずとも、目の前に立つこの女を刺し貫き、ゲオルパレスまで最初に達することができれば、任務に従事した証を王に知らしめることができる。それだけで恩賞物だ。
王国騎士の槍の穂先が悠然と立つアイリアの左胸に迫った。
「~~ッ」
アイリアは左手に持った妖刀の刃で穂先を滑らせて逸らす。きりり、と金属のこすれる音と火花が散った直後、王国騎士は女を見失っていた。
低く、低く。
両膝を折った体勢で、アイリアはローブとスカートを翻し、正確に鎧の継ぎ目、膝関節の隙間へと右手に持った妖刀を突き入れる。
引き抜くと同時に立ち上がり、アイリアは何事もなかったかのように血を吸った妖刀を振って払った。
雪面に赤い雫が降り注ぐ――。
数歩走り、王国騎士が雪面に転がった。
何が起こったのか理解できていない。そんな瞳で。そうしてようやく痛みに気づき、自らの膝を両手で押さえて耳をつんざくような悲鳴を上げた。
「うるさ……」
デレクとアイリアがそろって数歩前に出る。
倒され悶絶している七名の王国騎士を背後に置き去りにし、大挙して押し寄せるシャナウェル軍へと向けて、前へ。
そうしなければ、文字通り足もとをすくわれる。ふたりは王国騎士の誰も殺してはいないからだ。
骨や腱を断って動きを封じているとはいえ、その場に留まったままでは足をつかまれる恐れがある。そうなれば待つのは死だ。
「魔人狩り殿! 第六陣、来るぜ!」
「はいはい……。いちいち喋らせないでくれる? 呼吸が整えらんないでしょ。あんたやジンさんと違って、あたしはふつうの女なんだから」
ふつうの女が聞いてあきれる。
そんなことを考えながら、デレクはわずかに頬を弛めた。
数えることはあきらめた。数を口に出すのもバカバカしくなってきた。
光波を放ち、駆け抜けようとした騎士を蹴って転がし、槍や剣を弾く。勇者の証たる群青色の外衣を翻して剣を避け、光波を放ち、槍を打ち上げる。逃した数名が、背後で悲鳴を上げるのが聞こえた。
雪面に咲く赤い雫の花を踏みしめ、また少し前へ。
「第七陣!」
進むたびに敵本陣に近づき、当然のように戦況は厳しくなってくる。
「ハァァァ! ――光波一閃!」
吹っ飛ばす。二桁を超える数の王国騎士を。
突き出された槍を掌でつかみ、王国騎士を高く持ち上げて雪面へと頭から叩きつける。その間に数名、側方を走り抜けて行った。
「……」
抜けた騎士の数を口に出すことはもうやめた。
魔人狩りアイリア・メイゼスがどうにかしてくれる。ここまで彼女の実力を計りながら様子を見てきたが、背中を預けるには充分な戦力だ。
さすがは甚五郎の横に立つ女だと、心の底から思える。
ローブとスカートを翻らせ、まるで艶姿の踊り子のように汗を飛ばしながら長い黒髪をなびかせ、時には獣のように荒々しく、時には穏やかなせせらぎのごとく、時には鳥のように自由に、次々と王国騎士らの動きを奪っている。
その動きたるや、偏愛主義者である己を以てしても目を奪われるほどに美しい。
「……ぁ……っぁっぁ……っ……かひっ……くきききき……っ」
なぜか時々、不気味な笑みで口角を異様に上げ、巨大な邪気を発しながら笑い声を上げているけれども。
まあ、彼女の使用武器が特定一族にのみ呪いをもたらすとされる妖刀村正だと言うから、それの影響だろうとは思うが――背中を刺されそうなくらいの殺気を味方にまで叩きつけてくるのは勘弁して欲しい。
しかし――!
「第八陣! ……前列が変更された! 大盾の騎士だ!」
大盾の騎士。敵の突撃が強力なものであるほど効果を発揮する、王国騎士第七師団だ。
デレクが舌打ちをしながら光波を放った。
およそ二十枚の大盾がすかさず隙間なく並べられ、光波を防ぐ。中央七枚、大盾を灼いて断ち切りはしたが中の騎士はわずかに後方へと足を滑らせただけに過ぎない。
まずい――!
光波の威力を絞りすぎた。
光波を放つには、その威力に比例して光精ウィスプの魔力を溜める時間が必要だ。だが、大盾の騎士を完全に吹っ飛ばせなかった時点で、その背後に控えていた騎士たちの突撃には間に合わない。
そう思った瞬間には、失われた大盾の隙間から次々と漆黒の鎧をまとった騎士らが走り出てきていた。
「近衛騎士団――!? くそっ、よりによって――!」
さらに悪いことに、彼らの手にする武器には魔法の輝きが満ちている。どうやら一定以上の力を持つ騎士には、魔法剣が配布されたらしい。
どう……する?
炎の剣を避け損ない、群青色の外衣が燃え上がった。デレクはとっさに外衣を剥ぎ取って、向かい来ていた近衛騎士へと投げてかぶせる。
「ぎゃッ!」
鎧の腹を蹴って下がらせ、なおも炎の剣を薙いだ近衛騎士の一撃を、巨大化したままの光の剣で弾き上げた。
すかさずアイリアが飛びつき、近衛騎士の腕部関節の隙間へと妖刀を差し込む。
「すまない!」
「抜けられるわよ!」
く……っ!
「背中を頼む! 時間を稼いでくれ!」
一斉にふたりの横を走り抜けた王国騎士の背後を目掛け、数秒の溜めの後、光波を放った。うねりながら高速で疾ぶ光の刃は、走る王国騎士らの足甲を割って吹っ飛ばす。
「次、前!」
アイリアが左右の妖刀で一本ずつ魔法剣を受け流し、顔をしかめながら吐き捨てる。
「横も!」
「く……そっ! 跳べ、アイリア殿!」
アイリアが直上に跳躍すると同時、金髪ロン毛を振って、デレクは肉体を横に回転させながら光波を己を中心とした円状に放った。
ふたりに迫っていた漆黒の鎧をまとう近衛騎士らが、全方向に放射された光波を受けて一気に吹っ飛ぶ――が、うち半数は魔法剣で受け止めたらしく、再び襲いかかってきた。
「デレクを仕留めろ!」
「攻撃の間を開けるな! 光波を撃たせるんじゃない!」
「行け行け行け!」
「穢れた勇者に近衛騎士の誇りを見せつけろ!」
魔法で輝く刀身を刃で弾き、デレクとアイリアが背中合わせとなって凌ぐ。
その間に近衛騎士を除く王国騎士らは、次々と渓谷の出口へと走ってゆく。
作戦は失敗だ。
アイリアが険しい表情で水色の剣を受け流し、黒鎧の隙間に刃を突き入れながら悔しそうに吐き捨てた。
「殺さずが仇になったわね」
「……すまない。おれの考えが甘かった」
最初から皆殺しにする覚悟でならば、こうも易々と防衛ラインが破られることはなかった。だが、心にちらつくのだ。
屈託なく笑う、羽毛田甚五郎の顔が。
もしも王国騎士らを皆殺しにしていたとしたら、あの太陽のように輝く頭皮――あ、いや、笑顔を正面から見られただろうか。あの漢のように、おれは正義なのだと胸を張って言えただろうか。
あいつはおれを、友と呼んでくれるだろうか。そして。
――シャルロットは、大量殺戮を行ったおれを見てくれるだろうか。
この場に残ってデレクとアイリアを囲んだ近衛騎士を除く王国騎士らは、すでに渓谷の出口付近まで達してしまっている。
その数、およそ三十名。
ゲオルパレスの兵役にない魔人に、被害が及ぶ人数だ。
それでも。この期に及んでアイリアもまだ、近衛騎士を殺さずに無力化させている。それはきっと、己と同じ思いを抱いているからだ。ましてや愛した男が甚五郎であるならば。
だとするなら、これはやはり男である己が背負うべき罪なのだろう。
「すまない、シャルロット――」
心から愛していた。だが、おれはこれから修羅道に堕ちる。もう二度と貴女の前に現れることはないだろう。
……さよならだ……。
甚五郎。シャルロットのことを、頼む。
若き勇者デレク・アーカイムの身体から、濃厚にて巨大な闘気が、殺気となって噴出された。
そのあまりの威圧に、絶え間なく攻撃を続けていた近衛騎士たちが一斉に後ずさった。
「征くぞ! おおおおおおっ、光波――」
それは――。
それは、デレクが歯を食いしばり、光の剣を強く握りしめた瞬間だった。
緑の疾風が通り過ぎのだ。近衛騎士らをいともあっさりと、吹っ飛ばしながら。
「~~っ!?」
「きゃあ! え、うそ……!」
直後、空から。
遅れて空から、先ほど防衛ラインを突破したはずの、三十名もの王国騎士らが降ってきて――雪面に叩きつけられて跳ね上がり、気絶した。
緑の疾風はなおも正面にいた近衛騎士を軽々と吹っ飛ばす。
「な――ッ、なんだ、こいつはッ!?」
「捉えきれん! は、速すぎる! 風精か!?」
そうして、ようやく。緑の疾風はデレクとアイリアの近くにまで戻ってきて、その足を止めた。
デレクが大きく瞳を見開く。
「シャ、シャルロッ――?」
違う。角を失ってハゲた緑色魔人がいた。
「ヒャアァハハハハハハァァ! まぁ~だまだ暴れたんねえからよォ、おれ様来ちゃったぜェェェ!? へいへいへ~ぃ!」
べろんべろんと舌を出し、目を剥いて威嚇してくるヘドロに、希望に満ちていたデレクの表情があからさまに歪められた。
「……なんだ、ハゲロか」
「……だよな。へいへい。そうだよ。まただよ。おれ様だよ? そう言われると思ったぜ? なんだよ、人間。人間ってなんだ。助け甲斐のねえアレだな、てめえら。死んでりゃよかったのに。なんだ、人間ってよォ? おう、こら?」
若干諦観の念に満ちていた魔人は、しかし唐突に怒り出す。
「――なんだ人間コラァッ!! ちっ、もうなんでもいいからさっさと仕切り直すぜ、クソ勇者にクソ娼婦ゥ! あと、おれ様の名前はヘドロって言ったでしょうがよォォ~~~ッ!?」
感情豊かに表情筋を変えまくるヘドロに、アイリアが突然噴出した。
「ぷぶっ、ぶふぉ~~っ! はぷっ、ふぁ、ふぁぁぁぁぁ~~~~~~~っ! ぷぶ、ん、うん、ん。うん。ごめん、ちょっと雪煙に噎せたわ」
「ちっ、笑ってんじゃねえよ。殺すぞコラ?」
「噎せたって言ったでしょ。ところであんた、あたしたちにヘドリウヌスって呼ばせるのはもうあきらめたの?」
イキっていた魔人が、ふいにきょとんと目を丸くした。
「お……。おお。え、お、おれ様の名前、おぼえててくれたのォォ!?」
ヘドロの顔がパァ~っと明るく花開く。
それは圧倒的不利な状況に陥った戦場に、薄汚え緑の花が咲いた瞬間だった。
うおおおおっ、ヘドロォォォォ~~~~ッ!!
イエイイエイイエ~イ!ヽ(`Д´)ノ
※ただ名前を呼ばれただけである。




