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ハゲ、怒髪天を衝けず

前回までのあらすじ!


砂漠越えに耐えきれず倒れる小娘!

だがこの格好いいハゲは小娘を背負い、ハゲた大地を突き進むのだった!

 どれくらい歩いただろうか。徐々に光は強くなり、その全容を映し出してゆく。


 火、火だ。助かった。


 自然、足早になる。

 だが、いくらも進まぬうちに、その異様さに気がついた。


 夜の暗闇を引き裂いて、炎の輝きが空を照らしている。雑然とした四角い建物の並ぶ町並みが、炎に包まれていた。

 否。町並みほどもない。両手の指で数えられる程度の建物しかないのだ。燃えているのは、通りを挟んで片側に並んで建つ建物のみだ。


「祭り……ではなさそうだな」


 人がいない。

 ここがシャーリーたちの目指していた砂漠の街なのか? 思ったよりも小さい。いや、違うな。


 そもそもこの規模の集落では、建物が燃えていなかったとしても合同討伐隊の五十名からなる人数を許容できるだけのスペースはない。

 少女を背負ったまま、魔獣の侵入対策と思しき、集落を囲う低い壁を乗り越える。


「――! 何が起こったらこのようなことになるのだ?」


 燃えていないほうの建物も、半分は倒壊している。

 歩きやすいように固められた砂の地面には、様々な方角へと向かう数名分の足跡が残されていた。

 膝をつき、瞳を細めて足跡に注視する。


「……乱れているな。走って逃げた痕跡か」


 まだ無事な白く四角い建造物の前を歩き、その角に立って左右を見る。木くずと化した屋台らしきものの残骸と、赤や黄色のリンゴが転がっている。


「略奪? 野盗でも出たのか?」


 焦げ付いた臭いが鼻につくが、通りを挟んで天を染める炎はまだ収まりそうにない。風向きから燃え移る気配はないとはいえ、無事な建物に入るのはさすがに危険か。

 しかし今は一刻も早くシャーリーを休ませねばならない。


 甚五郎は黄色いリンゴをひとつ拾い上げ、付着した砂をジャケットで拭き取った。周囲に視線を向けても人影はない。

 財布はある。だが、おそらくこの世界では日本の通貨である円には、なんの価値もないだろう。かといって、他に残せるものなど何もありはしない。


「誰の店かは知らんが、すまんな。とりあえずこれで勘弁してくれ」


 屋台の残骸に有り金の入った財布を丸ごと置くと、甚五郎はゆっくりとシャーリーを降ろして板の上に寝かせた。

 黄色のリンゴをシャーリーの口の上に持ってきて、両手の握力で圧縮しようとし、少しためらう。


「……念のために味見をしておくか」


 片手に持って黄色の皮の上から齧り付き――。


「ぶーーーーーーーーーーーーーーーーーッ! ぶはッ!? がはッ、げほッ!」


 盛大に噴射した。

 口もとをジャケットの袖で拭って、甚五郎は黄色の果実に目を剥いた。

 見た目は完全にリンゴではあるが、リンゴではない。

 口のなかがぴりぴりして、スパイシー且つふくよかな香りが鼻から抜けてゆく。


「カレーだコレ。驚いて噴射してしまったが、意外とうまいではないか。摺り下ろして米にかければカレーライスになるな」


 この世界に米があるのかはさておき、喉が渇いている今はちょっと避けたい味だ。シャーリーの口に直接入れなくて良かった。

 今度は赤の果実を持ち上げて、訝しげな瞳で見る。


「おい貴様、まさか唐辛子ではあるまいな? あまり私を――長き友ら(頭髪)を驚かせるんじゃあないぞ?」


 恐る恐る皮を削るように囓る。


「む、これは……」


 もう一口、今度は実を囓り取る。


「………………米だ…………」


 なるほど、セットで売られているわけだ。などと考えてから頭を抱える。


「……何なのだ……この世界は……わけがわからん……」


 今必要なものは喉を潤す水分だ。

 他に何かないかと探していると、路地裏から甲高い悲鳴が響いた。


「む? 絹を引き裂く乙女の悲鳴!」


 走り出そうとしてすぐに引き返し、眠ったままのシャーリーを屋台の残骸に隠してから甚五郎は再び走り出す。


 建物と建物の間、炎の明かりすらろくに届かない薄暗い路地裏で、二つの人影が揉み合っていた。男性らしき人影が女性らしき人影の長い髪をつかんでいるのだ。

 やがて女性らしき人影は地面へと引き倒され、腹を蹴られてうめき声を上げた。


「貴ッ様ァ、やめないかーッ!」


 不逞の輩につかみかかるべく、甚五郎が両手を前に走り出す。

 暗闇のなかでその胸ぐらへと手を伸ばし、つかもうとした手が相手の胸で滑った。


「く、つかめんだとッ!?」

「……」

「ならば羽毛田式殺人術のひとつ、昇天(エクスタシー)張り手(スパンキング)を喰らうがいいわッ!!」


 右手を掌底にして放つ。

 だが。


「――な!?」


 つかまれる。指の隙間に指を絡められ、掌で。正面から。

 当然、二段階目、手首をねじり込むことも関節を入れることもできない。


「む、ぐ……?」


 甚五郎の掌打が、ゆっくりと押し戻されてゆく。


「ば、莫迦なッ!?」


 やがて人影は掌を甚五郎の手首へと素早く持ち替えると、力任せに引いて甚五郎の体勢を崩させ、つんのめらせたところで足を踏み出し、彼の巨体を軽々と投げ飛ばした。


「ぐお!?」


 宙へ放り投げられた甚五郎が路地裏から投げ出され、後方回転で受け身を取って膝を立てる。


 相手の力を利用した技だ。魔獣やちんぴらとは違い、ちゃんと格闘技というものを理解していると見て間違いない。


 甚五郎を追って、人影が堂々と路地裏から炎の明かりに照らされた屋台の通りへと姿を見せた。


「――ッ!」

「ヒャハ、ヒャハハハハハ! ンだあ? 用心棒かあ? あらかた逃げられちまったかと思っていたが、活きの良いのがまだ残ってんじゃねえかよォ?」


 その姿、異形――。

 人の輪郭こそ取っているものの着衣はなく、全身の肌は薄汚れたグリーン。目は爬虫類のようで、瞳孔は縦長。腕には鱗が生えていて、そして頭部には一本の角がある。体格は甚五郎よりもわずかに大きい。


 異形は先ほどの女の髪をつかんで引きずったまま、甚五郎へと一歩踏み出した。

 そのあまりの異様さに、甚五郎は一歩後退する。


「おいおい、さっきまでの威勢はどうしたよ? ヒヒャヒャ、おら、かかってこいよ? だめ? 僕ちゃんもうだめになっちゃったのォ? これだからひ弱な人間ってやつはよォ。母ちゃんに習わなかったかァ? 魔人様には逆らうなってよォ」

「き、貴様……ッ」


 つぅと、甚五郎の頬を枯れたはずの汗が伝う。

 その様子に異形は、小馬鹿にしたような表情で自らの耳に手を当てて続けた。


「はぁん? 恐怖でもう言葉も出ねえか? 根性見せてみろ、ほら、ほら! じゃなきゃあ、この女ぁ救えねえ~ぞッ? もしかして俺が強すぎィ? 強すぎちゃったァ? ごめんなさ~いって言ったら許しちゃうかもよ? うっそだっけどっ!」


 異形が鬱陶しくスキップを踏み、甚五郎を挑発するかのように表情筋を豊かに動かして顔を歪めている。


 だが、この羽毛田甚五郎という男は乗らない。見ているだけで万民を不愉快にさせる、いかに優れた挑発行為であろうとも。


「なぜだ……」


 そう。決して乗りはしないのだ。


「お? お? 聞こえねえ~! 大きな声で~、さん、はいっ!」


 一度言葉を呑む。

 甚五郎がジャケットを乱暴に脱ぎ捨て、裸ネクタイとなって大声で叫んだ。


「貴様はなぜそのような破廉恥な格好で町をうろついているのだァーーーーーッ!!」

「………………はい?」


 甚五郎がゆっくりと異形を指さす。


「お乳首様は丸出し! 粗末なご子息までプラプラと見せつけおって! こンの破廉恥男が! 恥を知れィ!」


 灼け焦げた風に乗って、甚五郎のネクタイが鍛え上げられた裸身で左右に揺れた。

 呆気に取られた異形が咳払いをひとつして、首を左右に振りながら叫ぶ。


「…………………………気になるとこ、そこなのォォ!?」


なんか愉快なやつが出てきたぞ!

楽しそうで何よりだ!

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