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召喚ハゲ無双! ~剣と魔法と筋肉美~  作者: ぽんこつ少尉@『転ショタ3巻/コミカライズ2巻発売中』
第五章 ハゲは曙。やうやう薄くなりゆく、生え際すこし明りて、斑が目立ちたる頭髪も細くぶち切れる。

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76/90

ハゲ、失う

前回までのあらすじ!


シャーリー、アイリア、ルーを三本の髪にたとえたハゲ!

もうあらゆる方面から非難囂々だ!

ごめんね!

 向かい合い、立つ。

 それだけで全身に悪寒が走り、本能が足を下がらせようとする。だが、下がらない。本能を超越する頑強なる意志が、男を、羽毛田甚五郎を踏みとどまらせた。


 魔人少女がゆっくりと頭を上げた。

 つぅと汗が伝う。


 仄暗い視線を正面から受け止めたとたん、威圧が増大した。まるで肩から地面へと圧し潰されるかのような圧迫感に呼吸が乱れる。


 びくん、と上腕二頭筋が反応を示す。

 落ち着け。まだだ。

 防衛本能が自動的に起動しかけるのを、強靱なる意志で押さえつける。先ほどと同じ轍を踏めば今度は命を失う。それはすなわちルーを見捨てることに等しい。


 生きねばならん。生きて勝たねばならん。

 ――勝って帰らねばならんのだ!

 無意識に止めていた呼吸を深く繰り返し、甚五郎は静かに尋ねた。


「貴女が魔人王か」

「……ええ……」


 耳もとで囁くかのような、静かな声。幼さを残した、鼻にかかる甘い声。

 胸部と腰部にボロ布をまとっただけの魔人少女は、金属の光沢を持つ指先をしなやかに動かし、自らの薄い胸に置いた。


「……魔人王グリイナレイ……」

「やはりそうか。私の名は――」

「……甚五郎……」


 甚五郎の眉が跳ね上がった。

 なぜ知っている? 否、そのようなことはどうでもいい。


「ルーを返してもらいに来た」

「……あの子は魔人……それはできない……」


 圧力が増した。

 臓腑すら吐き戻しそうなほどの威圧に、だがしかし甚五郎は朗々と告げた。


「いかに己より強き魔人王といえど、女性に手を上げるは本意ではない。だが、こればかりは譲れん」


 魔人王グリイナレイがほんのわずかに口角を上げた。


「……ふふ、お気になさらず……」


 やはり避けられぬか。

 甚五郎が両手を持ち上げて前に出す。

 出し惜しみはできない。限界まで血管を広げて熱を送り出し、筋肉を膨張させ、発汗を促す。


「ならば魔人王グリイナレイよ。貴女を倒してルーを連れ帰るが、よろしいか?」

「……できるの……?」

「――ッ!」


 突如として背後から聞こえた声に、甚五郎は跳躍する。

 前にではない。横にでもない。逃げたのではない。

 上。直上に。

 足下数センチを暴風が横切った。魔人少女の細い足だ。ローキック。だが回避した。

 見切ったわけではない。視覚に頼らなかっただけだ。


 直上に跳躍した甚五郎は、身をひねりながら後ろ回し蹴りを繰り出す。

 ずどん、と臓腑に響く音がして、片手でそれを受け止めたグリイナレイが石のフロアを滑って大きく後退した。

 着地。甚五郎は再びレスラーのかまえを取って、静かに告げる。


「羽毛田式殺人術のひとつ、首狩りローリングソバット」


 受け止めたグリイナレイの左の掌が、ぶすぶすと黒煙を発していた。

 やはり決まらんか。

 人の首ならば、あるいは並の魔人程度の敵であるならば、今の一撃で頸骨を砕けたはずだった。

 だが、グリイナレイは。


「……」


 無言で黒煙を発する左の掌を閉じた。拳を握りしめて瞳を細める。

 遙かなる高みから、甚五郎を見下ろすかのように。


「……おいで……人間……」


 牙を剥き、目を剥き、喜びに打ち震えるかのような表情で。


「……遊んであげる……」


 その言葉が終わるよりも早く、甚五郎は神に祈りを捧げるように両手の平を組み、すでにフロアを蹴っていた。


「――羽毛田式殺人術のひとつ、脳漿爆砕ハンマァァァァァッ!!」


 囮技(フェイント)だ。このようなものがあたるわけがない。速度で遙かに劣る己が単発の技を繰り出したところで、グリイナレイは回避することなど造作もないだろう。

 先ほどのソバットは、意識の虚をうまく衝けただけに過ぎない。


 甚五郎はグリイナレイの鼻先で低く跳躍し、両手で作り出したハンマーを振り抜く。回避されれば勢いのまま、もう一度蹴り技を出すつもりだった。

 だが――。

 凄まじい金属音が響き渡った直後、グリイナレイの顎が大きく上がり、その首が骨の音を発しながら長く伸びた。


「……ッ」


 あ、あたった?

 グリイナレイは激痛に耐えるかのように歯を食いしばり、裸足でフロアをつかんで踏みとどまる。

 直後に生まれる、一瞬の隙。


「ぬおおおおっ!!」


 甚五郎はグリイナレイの股ぐらに手を入れてもう片方の手で頭部を固定し、その小さき身体を逆さに持ち上げ、背面跳びの要領で高く跳躍した。


「羽毛田式殺人術のひとつ、噴飯ブレェェェンバスタアアァァァーーーーーーッ!!」


 石床のフロアへと自らの全体重をかけ、グリイナレイの頭部を叩きつける。

 凄まじい音が響いた直後、叩きつけられたグリイナレイの額を中心として四方八方にフロアに亀裂が入った。魔人王の館が激しく震動し、柱や天井がひび割れる。

 甚五郎は跳ね返った勢いを利用し、その場から飛び退いた。


 どくん、どくん、心臓の鼓動がやかましいほどに響いている。

 だめか……!


 濛々と立ち籠める砂埃の中、頭部を石のフロアに埋めたグリイナレイが自らの細腕で頭を引き抜いて、ぶんぶんと首を左右に振った。

 黒髪に付着した小石や砂粒がぱらぱらと落ちる。

 そうして立ち上がった。平然と。額に傷ひとつすらなく。


「……今度は、わたし……」


 呟いた直後に突き刺さる拳。正確に甚五郎の筋肉という名の鎧の隙間を貫き、鳩尾へと。

 肉を貫くような鋭い音は、遅れて聞こえてきた。

 甚五郎は血走った目を見開き、大口を開ける。


「ぁ……が……っ!?」


 口内と鼻、そして瞳からも、同時に血液が噴出する。

 かつて味わったことのなかった激痛。死を真横に感じる痛みに、鳩尾だけではなく、全身がくまなく悲鳴を上げていた。

 ガクガクと揺れる膝。まるで己の脚部ではないかのように力を失って。


 こ……んな……っ。

 内臓が破れたのだと、一瞬で理解した。


 グリイナレイが左の拳を握りしめ、軽い跳躍と同時に裏拳で甚五郎の頬を払う。

 前後不覚。己がどちらを向いているのかすらわからぬまま、フロアを転がり、跳ね上がり、石の柱を破壊し、壁に全身を叩きつけられ、めり込んだ。


 だが――。

 男は、全身を破壊された男は、自らの腕で壁を押し、今一度大地に足を下ろした。ぼたぼたと血液が流れ落ち、フロアを濡らしてゆく。

 その鼻先に立って、グリイナレイは優しく微笑む。


「……次は、あなた……」


 その言葉に、甚五郎は――。


「ああ、そうだな」


 笑った。懐かしき感覚を呼び覚まされた。

 グリイナレイはおそらく知らないだろう。プロレスリングという格闘技を。そして無意識だっただろう。


 けれども、たしかに――。

 けれどもたしかに、この魔人少女は、魔人王グリイナレイは、甚五郎にプロレスを挑んだのだ。


 相手に敬意を払い、相手の技を全身で受け止める!

 次は己の番。

 相手に敬意を払い、己の技を全力で叩き込む!


 甚五郎は歯を食いしばり、肉体を軋ませながらグリイナレイの両脚へとタックルをかました。そのまま魔人少女の身体を天井付近まで投げ上げ、それを追って跳躍する。


「羽毛田式殺人術のひとつ、毛根死滅スクリューパァァイルッ、ドライバァァァ!!」


 少女の頭部を両脚の腿で固定し、両手で両脚をつかんで、凄まじい横回転を加えながらグリイナレイの頭部をフロアへと再度叩きつける。

 一度目の殺人術とグリイナレイの一撃でひび割れていた魔人王の館の壁が、大きく崩れ落ちた。石造りのフロアは底が抜けてめくれ上がり、その下の凍土にまで魔人王の頭部を深く埋め込む。


 それでも起き上がったグリイナレイが、首を押さえて頭を左右に振った。割れた額から、黒の血液がわずかに飛び散る。

 グリイナレイが優しい微笑みで、追撃に来ていた大男の脇腹へとミドルキックを放った。

 左腕をたたんで受け止めた甚五郎は、しかし魔人王の館の壁と天井を全身で貫いて凍土の地へと投げ出された。


 立ち上がった甚五郎は、左腕が折れて――否、砕けていることに気づく。筋肉も皮膚も突き破り、骨が出てしまっている。

 けれども、胸は躍るばかりだ。


 甚五郎を追って出てきたグリイナレイの右足を片手でつかみ、振り回し、崩れかけの館へと頭から叩き込む。

 甚五郎が笑顔で叫んだ。


 ――殺人術、ポイ捨て厳禁ジャイアントスイング。


 石の壁を突き破ったグリイナレイの小さな身体に、地響きと同時に抜けた天井が瓦礫となって降り注ぐ。

 グリイナレイは瓦礫をはね除けると、一度の跳躍で甚五郎の肩へと取り付き、両の太ももでその頭部をつかんで強引に巨体を投げ飛ばす。


 変則フランケンシュタイナー。

 むろん、魔人王は技名など知らない。


 流血の跡を瓦礫に残し、甚五郎は崩れた館へと戻される。

 もはやどの内臓が破裂していて、どこの骨が折れているのかもわからない。悲鳴を上げた気もするが、音などすでに聞こえない。

 立ち上がった甚五郎は、真っ白な歯を見せながら全力で走り、両脚を揃えて跳躍する。


 ――殺人術、爆裂32文ロケット砲。


 まともに胸で受けたグリイナレイが背中から転がり、折れた柱に後頭部をぶつけて粉砕した。けれども平然と立ち上がる。

 屈託のない笑顔で。


「……楽しいね、甚五郎……」

 ああ……。


 無音の世界で、そんな会話をした気がした。

 頬を貫かれる痛み。ごぎり、と首の骨が鳴った。

 不思議なことに、足で立っているにもかかわらず視界が逆さになっていた。

 同時に右の掌を開き、甚五郎はグリイナレイの薄い胸へと掌打を放つ。


 ――殺人術、昇天張り手エクスタシースパンキング


 打撃に加え、関節をねじり込み、二段階目を発動させる。

 けれども――。

 けれども、もう魔人王グリイナレイが吹っ飛ぶことはなくなっていた。弱々しく、胸を押されただけで。

 全身を赤に染めた甚五郎の腕が、ずるりと下がった。


「……おやすみ……甚五郎……」


 両膝が揺れる。これまで戦い続けてきた男の膝が。

 魔人王グリイナレイは薄い胸で、倒れた男のハゲ頭を優しく抱え込むのだった。



まじめかっ!


※最終章、最終パートに突入します。


※『燃えよドラゴン侍!』という一人の侍と一体の竜の連載物語を開始しました。

よろしければこちらのほうも覗いていただけると嬉しいです。

http://ncode.syosetu.com/n2275de/

(ハゲと世界観を同じくする、まったく別の物語です)

人斬り侍とドラゴン嬢がいちゃいちゃ旅する話です。

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