ハゲ、絶望する
前回までのあらすじ!
ヒャッハー! ゲオルパレスの井戸を奪い取れェ!!
暴走魔車が雪煙を巻き上げながら凄まじい速度で山道を爆走する。
肩に羽織ったスーツジャケットと残り少ない頭髪を向かい風に踊らせ、甚五郎は御者席で右足を高く振り上げた。
「粉――ッ!」
そうして必死の形相で馬車ならぬ魔車を引き続けていた赤魔人レディルガンドの後頭部へと踵を落とす。
骨のぶつかり合う鈍い音が響き渡り、レディルガンドの首が縮んだ。
「いがッ!? ぐ、く……っ」
「阿呆が。この速度では曲がりきれんだろう。我々を殺す気か? それとも貴様らの頭脳は馬以下なのか?」
レディルガンドは怒りに満ちた表情をしながらも、その足を徐々に弛めた。
「いちいち蹴るんじゃねえよ! 口で言えクソ人間がッ!!」
だが甚五郎はどこ吹く風だ。左手で口もとを押さえ、右手の人差し指でレディルガンドを指さす。
「ぷぶっ、ぶふぉぉぉ~~っ! また目玉が飛び出ているぞ! 超ウケるな、貴様の顔面は!」
レディルガンドが自らの手で目玉を頭蓋に押し戻しながら歯がみした。ハゲは自らの膝をばしばし叩きながら腹を抱えて笑っている。
「……ぜってえ殺す……っ、……いつか殺す……っ」
その様子を横目で眺め、隣を走っていた青魔人ブラストフラムは、レディルガンドに合わせて走る速度を弛めながら、心の底から思った。
おれ、あの斑にハゲてる顔の怖い気持ち悪い変人筋肉ダルマの前に配置されなくてよかった~……。
ブラストフラムの背後の御者席には、美しい女性アイリア・メイゼスが座っている。
人間どもが速度を上げたいときには、このアイリア・メイゼスが自分の後頭部を蹴ってくるのだ。むろん女の蹴り足では、あの気持ち悪い感じのする変人筋肉斑ハゲの蹴りと比べて比較にならぬほどに弱い。
弱い? 否。そうではない。
それはむしろ甘美なる行為とさえ形容できよう。
美しき女が懸命に我が身に与えしその苦痛は、まるで柔肌に蕩けゆく愛撫のごとく優しく裡へと染み入り、心地よき快楽の暴風に身を任せながらも、熱く煮えたぎる肉体を冷徹に責め苛み、この身を焦がさんばかりに突き動かすのだ。
進め、進め、と――。
さあ、姐さん。俺の後頭部を蹴ってくれ。
もっとぉぉぉ、ンもっとぉぉぉ~~~~ン!
「うわっ、この魔人また気持ち悪いこと言ってる……。――ちょっとジンさん! いい加減そっちのと変わってよぉ!」
「ふはははっ! 声に出ているぞ、青魔人よ!」
「……かまわない……! 貴女が俺を足蹴にしてくれるのならッ!!」
青魔人ブラストフラムが、キリリと引き締まった表情で御者席のアイリアのほうを振り向いた。視線の高さは、ちょうど美脚の合わせ目で。
「きゃあっ!?」
直後、アイリアが前開きのスカートを押さえて、ブラストフラムの顔面に靴裏を突き立てる。
どむっ、と鈍い音がしたあと、アイリアが真っ赤に染まって怒り声を上げた。
「あ、あ、あっち向いてなさいよッ!! このど変態魔人!」
だが返す刀で、ブラストフラムは魔人特有の黒い鼻血を垂らしながらも、快感に歪んだ表情で叫ぶ。
「……ぁぁあンりがとうございますぅぅッ!!」
「もういや~~~~~~~~~~~~~~っ!」
一方、客車ではシャーリーがルーの耳をそっと塞いでいた。
爆走する魔車のさらに後方では、雪道を縄に引きずられながら太った黄魔人イエカリィはひとり呟く。
「……慣れたらこれ、めっちゃ楽だわ」
〓〓〓CAUTION!〓〓〓
彡⌒ミ
ヽ(´・ω・`)ノ
(( ノ( )ヽ ))
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〓〓〓CAUTION!〓〓〓
肩を揺さぶられていた。
「ジンサマ、ジンサマ……」
「ん……」
薄目を開く。
どうやら少しまどろんでいたようだ。深い眠りをあきらめてから、浅く短くまどろむことが多くなった。
視界にすっかり見慣れた銀色の髪を持つ、整った顔の少女が入った。横からぴょこんとルーが覗き込んできた。
「じんごろー、どしたー?」
甚五郎が額だか頭皮だかもはやわからぬ箇所を片手で押さえ、頭髪の9割以上を失ってすっかり寂しくなった頭を振った。
いつの間にか魔車は停まっていた。信号魔人が逃げ出したわけではない。彼らは魔車に縄で繋がれたまま、泥のように眠りについている。
周囲を見回す――。
町だ。町だった。ただし、寂れた臭いの漂う町。城壁はおろか囲いすらなく、森の一角を切り開いて造られた、ちっぽけな町だった。
金狼の住処近くの集落に似ているが、乾した農作物や家畜はもちろんのこと、雪景色に畑すら見あたらないあたり、いっそ不気味ささえ感じられる。
住宅らしきものは暖かみのある木造ではなく、すべてが冷たく歪な形の石造りの家屋のみで、気配はあるのに物音はなく、死んだように静まりかえっていた。
朝日はまだ昇っていないが、東の空が明け始めている。
「……シャーリー、私はどれくらい眠っていた?」
「え? 眠っていたのですか? 散々レディルガンドさんの後頭部を蹴っていらっしゃったので、てっきり起きているものだと思っていました」
なるほど。レディルガンドは眠りについているが、角の先が欠けてしまっている。どうやら寝ぼけて加減を誤ってしまったようだ。
またひとつ、私は罪を犯してしまった……。
だがその罪、あえて背負い、私は進もう。
「アイリアはどうした?」
「それが……」
シャーリーとルーが困ったように顔を見合わせて、客車を指さした。
甚五郎が振り返る。
アイリアは客車に腰を下ろし、両肩を抱いて震えていた。艶やかな赤だった唇は紫に染まり、顔色は蒼白となっている。
「アイリア? 具合でも悪――」
気づいた。気づいてしまった。なぜ今の今まで気づかなかったのか。
甚五郎の動きがぴたりと静止する。
「だめよ……ジンさん……、……帰ろう、すぐに……っ」
震える声。そこに伝説の魔人狩りアイリア・メイゼスの勇ましさはない。
静止した甚五郎の額に脂汗が浮いた。零れては浮き、浮いては零れ、際限なく溢れ出る。
一瞬の後には全身に悪寒が走り、手足はもちろん肉体から頬に至るまで粟立った。
「ジンサマ?」
「じんごろー、どしたんだー?」
バッ、と甚五郎が汗を飛ばして振り返った。寂れた町の他には何もない。石造りの家屋には魔人らしき気配はあるが、それではない。それではないのだ。
甚五郎が血走った目を見開く。
「お……っ、お、おお……っ」
震えが走った。
町の最奥。遠くに見える一際大きな石の屋敷に、何かがいる――。
「……アイリア、ここはどこだ?」
女はごくりと喉を鳴らした。可能な限り声をひそめ、静かに囁く。脅えるように。
「ゲオルパレスよ」
「ここが!? こんなところが魔人の王都ゲオルパレスだというのか!?」
まるで時代を遡ったかのような文明レベルだ。とてもではないが、知的生物の暮らしていける環境だとは思えない。
いや、しかし今はそのようなことを考えている場合ではない。
「あたしが以前潜入したときには、こんな禍々しい気配はなかったわ……」
「……うむ。魔人王か、それとも……」
ゲオルパレスを包む巨大な気配。息が詰まりそうになる。まるで空気に首を絞め上げられているかのようだ。
これはなんだ? 生物か? それとも神仏や悪魔の類か?
ぞくり、と肉体の裡側に悪寒が走った。
「……お願い、お願いだから帰ろう……ジンさん……? ……エリクサーがこの大陸にないなら、レアルガルド大陸に渡ればきっと見つかる……! ここは小さな大陸だもん……。……とにかく、ここにいてはだめ……一刻も早く――」
「アイリアさん、何を仰っているんですかっ! せっかくここまで来たのに、何もせずに引き返すだなんて――っ」
アイリアがシャーリーの外衣をつかんで引き寄せた。
「もうそんなレベルの話をしているんじゃないのッ!! 金狼のときともわけが違う! ……あんた、ジンさんを殺す気なの……?」
アイリアのその剣幕に、シャーリーの喉が大きく動いた。
ルーがおろおろとふたりの間に入る。
「や、やめよーよ。アイリアねーさん……。なんかおかしいよ……」
「――もしそうなら、あたしがあんたを殺すけど」
アイリアが腰の妖刀へと手を添えた。
「そんなこと――わたくしはッ!」
シャーリーの口を大きな手で塞ぎ、甚五郎はうめく。
「こらこら、よさないか」
迷っていた。見積もりが甘かったことは認めざるを得ない。これは、この気配の持ち主は、人間はおろか魔人ですらどうこうできる存在だとは思えない。
まるで道具もなしに拳骨のみで大山を砕けと言われているようなものだ。
油断すれば全身が震えて動けなくなってしまうほどに、力の差は歴然としている。
だが――。
甚五郎がシャーリーとアイリア、そしてルーへと順番に視線を向けた。そうして笑顔を見せる。
「エリクサーのことは、……もういい……」
シャーリーが口を塞いだ甚五郎の手を振り切って視線を上げた。
「もういいって、ジンサマ! ここまで来てそんな――! 生やすんでしょう!? 髪を! そのためにここまでやってきたのではなかったのですか!?」
「ああ。だがそのようなことよりも、私にはシャナウェルの侵攻を放置してもよいとはどうしても思えんのだ」
「――ジンさんッ!」
アイリアが悲鳴のように叫ぶ。
だが次の言葉を遮るように、甚五郎は柔らかな声で告げた。
「ゆえに、ここから先は私ひとりだ。な~に、戦いに来たわけではない。長き友らについては、レアルガルド大陸とやらに渡ってから考えるさ。そのときにはまた、貴女がたの力を借りたいと思う。シャーリー、アイリア、ルー」
そうして甚五郎は仲間に背を向けた。
「おまえたちはウィルテラへ戻れ」
肩越しに手を振って、禍々しき気配へと向けて一歩を踏み出す。
「――では、な」
「ジンサマ、わたくしも――っ!」
「だめ! あんたが行けば足手まといになる!」
シャーリーの腕を強くつかんで引き留め、アイリアが叫んだ。
「正義のために死ぬ気なの!? あたしたちを残して!」
甚五郎は振り返らない。
振り返ってはならない。戦いとなれば、おそらく秒すら保たずに殺される。
そのようなことに巻き込んではならない。ならないのだ。
「このバカッ、男の責任くらい果たせッ! あたしはあんたのためだけに娼婦やめたんだから!」
振り返らない。
アイリアが歯を食いしばり、金切り声を上げた。
「――ふざけるなッ、ハゲ! 斑ハゲ! あんたの髪の毛なんて一本残らず散ってしまえッ!」
見え見えの挑発には乗らない。たとえその言葉が挑発ではなかったとしても、この男はゆるすのだ。彼女らの言葉だけは、すべて。
シャーリーの手を強く握ったまま、アイリアがゆっくりと両膝を折った。その瞳から涙がこぼれ落ちる。
甚五郎は振り返らない。
けれども。けれども言葉ひとつを残し。
「ふははっ、愛しているぞ。三人とも」
禍々しき気配の主は――。
瞬時にして魔車の背後へと移動した気配の主は、ただ黙ってそれを見つめる。
おいこらハゲェェェ!
おまえのひとり旅とか誰特状態になるやんけぇぇぇ!
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(ハゲが次に渡る予定の、レアルガルド大陸での物語です)




