ハゲ、改造馬車大爆走
前回までのあらすじ!
赤魔人の目玉が飛び出したけど、ぐいぐい押し込んだぞ!
深夜の山道を、一台の刺々しい装飾を施された馬車が――否、魔車が雪煙を巻き上げながら爆走する。
わずか一台分の横幅しか持たぬ雪道。左右から伸びる枯れた木枝を車輪につけた金属製の穂先で斬り飛ばし、綱で繋がれた三体の魔人の引く魔車は片輪を持ち上げながら急カーブを抜けてゆく。
「わっ、わっ、おおおーっ!」
「きゃああああっ! あははははははっ!」
客車に座るルーの身体が傾いて、同じく笑いながら身体を傾けたシャーリーの腕へとぽてっと倒れ込んだ。
雪道で車輪を横滑りさせ、魔車はあり得ない速度でカーブを曲がる。
「はやいはやーい!」
先ほどまで眠っていたというのに、ルーは大はしゃぎだ。
「ふははははっ! さあ、遠慮なく踏むのだ、アイリア!」
「ええ……、ほんとにいいの……?」
「うむ。青は進め、だからな」
アイリアが不安そうに青魔人の後頭部に声をかける。
「じゃ、ごめんね。踏むわね?」
甚五郎とともに御者席に座ったアイリアが、馬の代わりに繋がれた三体の魔人のうち、青魔人ブラストフラムの後頭部を革製の靴裏で踏みつけた。
「よいしょ。……あの、えっと、痛かったら言ってね?」
「――あぁ、もっとぉぉぉ! もっと激しくぅ!」
身をくねらせて、ブラストフラムがわずかに速度を上げた。
「……うわっ、き、気持ち悪いこと言い出したんだけど……」
「ふははっ、こやつら、やっぱり笑えるなっ!! 望み通り激しく踏んでやってはどうだ?」
「ええ……もう……。なんであたしがこんなこと……」
アイリアがぼそりと呟いて、心底厭そうに顔をしかめながら靴裏でブラストフラムの後頭部を蹴った。
「あふンっ! はぁぁぁん、もっとぉ!」
「うう、あたしもう知らないからね!?」
今度はつま先で強く蹴り飛ばす。ゴスっという音がして、ブラストフラムがくわっと目を見開いた。
「あぁぁりがとうございますぅぅ! うおおおぉぉぉーーーーっ!!」
謎のかけ声を上げ、ブラストフラムが両足をフル回転させた。魔車がさらに速度を増し、馬が引いていた頃よりも速いペースで雪を弾き飛ばしながら突き進む。
そのあまりの速度に、太った魔人イエカリィはついてこられない。
「ひぃひぃひぃぃぃぃ、待っ待っ――あっっぎゃああぁぁぁっ!?」
短い足をもつれさせて転がり、魔車の車輪に轢かれ、後方で引きずられ始めた。
雪が積もっているため、あのまま引きずっても問題はないだろう。そんなことを考えながら、甚五郎は視線を前方へと戻す。
ちなみに馬は戦っている間に逃げてしまっていた。だから仕方なく、信号魔人に馬車を引かせているのだ。決してマニアックな大人のプレイに勤しんでいるわけでも、世紀末ごっこをしているわけでもない。
イエカリィを後方で引きずったまま、魔車は爆走し続ける。
「ぎぃぃゃああっ! 擦れちゃう、僕のお肉が擦り切れて痩せちゃうぅぅぅ!」
それにしても凄まじいスピードだ。馬が引いていた頃とは比較にならない。これならば思ったよりも早くゲオルパレスに到着できそうだ。
そんなことを考えていると、先ほどまで夢中ではしゃいでいたルーが、突然真顔になって客車の上で立ち上がった。
「ルーさん! 落っこちますよ!」
シャーリーがあわてて小さな身体を抱きしめる。
だがルーは瞳を閉じて鼻をひくつかせ、耳裏に手を添えた。
「……じんごろー」
「む? どうしたルー?」
「リキドウザンせんせーのにおい、する? してない?」
甚五郎が眉をひそめてアイリアに視線をやると、アイリアが首を左右に振った。
「そんなはずないと思うけど。さすがに先生でもアトラス山脈を越えるのは不可能よ。魔人砦を抜けてきたとも考えられないし。――ジンさん、気配は感じる?」
「いや。私は何も」
半径にして一〇〇メートル以内であれば、隠れていたとしても強力な気配ならば感じ取れる。あれほどの金狼ならば、それ以上の領域であってもわかるはずだ。
「気のせいじゃないですか? さ、危ないから座りましょ?」
シャーリーの言葉に、ルーが不満そうに唇を尖らせた。
「むー?」
「臭いか……まさか、な」
「何か気になるのですか、ジンサマ?」
「うむ。少しな。……調べてみるか」
ルーの鼻がどの程度のものかはわからないが――。
御者席の甚五郎が右足を上げた。そのまま馬車馬のように走り続ける赤魔人の後頭部へと踵を落とす。ごっ、と骨の音が響いて、レディルガンドの目玉が再び飛び出した。
「イギャ!? な、何しやがんだてめぇ!」
自らの手で目玉を頭蓋に押し戻し、レディルガンドが甚五郎を振り返った。
「何をしている。赤は止まれ、だ。先ほど教えたではないか」
「ぐ、く、くそがーっ!!」
レディルガンドが歯がみしながら足を止めると、ブラストフラムもまた徐々に速度を落とし始めた。イエカリィは疲労困憊で魔車に引きずられ、あいかわらず白目を剥いている。
魔車の御者席から降りた甚五郎が、客車のルーに手を差し伸べた。
「ルー。臭いのする方向に案内してくれ」
「おお。まかせろじんごろー。ルーはやくにたつようじょだからなーっ」
嬉しそうにルーが甚五郎の腕へとしがみついてきた。そのまま地面に降りることなく、甚五郎の肩へと這い上がって腰を下ろす。
「シャーリーとアイリアはここで信号魔人の監視を頼む。こやつらが逃げんように見張っていてくれるとありがたい」
「え、でも……」
シャーリーが不安そうに魔人たちに視線をやった。
「アイリアがいれば問題ない。こやつら、威勢こそよいもののヘドロとは比べものにならんほど弱い。せいぜい王国騎士十人分といったところだ」
レディルガンドとブラストフラムの顔色が変わった。イエカリィは仰向けで白目を剥いたままだ。よく見れば口から吐瀉物が垂れている。
「それにシャーリー。キミが風精召喚をすれば、もう誰もキミを捕まえられるものはいない。それこそ、リキドウザン先生以外にはな」
「そっか。そうですね。わたくしに逃げられたら、信号魔人さんたちも魔人王に殺されるかもしれないのでした」
「そうだ。こやつらがおかしな動きをしたら、風精召喚で逃げてしまえばいい。そうなって困るのはこやつら自身なのだからな」
レディルガンドが舌打ちをして視線を背けた。
図星のようだ。
「わかりました。そうします」
シャーリーが安堵の息をつくと、甚五郎はアイリアと視線を交わしてうなずき合った。
「では行ってくる。すぐに戻る」
「わかった。気をつけてね、ジンさん」
「お待ちしております、ジンサマ」
甚五郎が歩き出す。ルーの指さす方向へと。
幸い、吹雪いてはいない。帰り道を失うことはないだろう。
「こっちだ~。ちょとうごいた」
「ふむ」
風がないことも幸いしているかもしれない。臭いが流されないのだ。どうやらルーにしかわからない対象物は、移動しているらしい。
闇になれた目とはいえ、足場は深い雪。慎重に進まなければ、崖下転落などという事態になりかねない。
だが、いくらもしないうち――。
気配。金狼ではない。なぜなら、いくつもの気配があったからだ。
「こっちー。ふんふん、やっぱリキドウザンせんせーかなー」
ルーは気づいていない。気配ではなく臭いで追っているからだ。
それは、つまり――!
どくん、と心臓が跳ねた。
足場の悪さも忘れ、甚五郎が走り出す。雪を跳ね飛ばし、樹木につかまり、凍った息を吐きながら。
いた。
拓けた場所。森の中の一角。いくつもの輝く瞳。
「はっ、はっ、はっ……」
甚五郎が喉を鳴らした。ごくり、と。荒い息はやがて、笑いへと変化してゆく。
「は、はは、はははははははっ、そうか、やはりそうだったか」
「おおおおっ」
甚五郎が肩に座るルーの髪を撫でた。
救われた。救われたのだ。砂漠に隣接した森に棲む、たった一頭の金狼は。最後の仲間を看取り、孤独となったはずの金狼は。
「生きて……いた……。絶滅などしていなかったのか……」
孤独になどなってはいなかった。
そこには灰色の体毛を持つ、狼たちの群れがあった。まだ子供の狼が、母親らしき狼のあとに続いて短い足で必死に追いかけている。
みなぎる生命力。目に見えるオーラのように輝いて。
狼は絶滅などしていなかった。少なくとも、このゲオルパレス領地内の山間部においては。
「なんという……光景か……これほどまでに……美しい生命が……」
愛しい。心からそう思える光景だった。
見せてやりたい。たった一頭の金狼にも。
ルーが満面の笑みで、甚五郎のハゲ上がった頭部に抱きついた。大男の視線を、その目を、自らの毛布のローブで隠すように覆って。
「リキドウザンせんせー、きっとよろこぶなーっ」
「ああ……っ」
「だからわらえー、じんごろー。なくなー」
「……あぁ……っ」
声が裏返り、掠れた。
群れの中で一層大きな肉体を持つ、銀色の狼がふいにこちらに視線を向けた。眉間に皺を寄せてうなり声を上げたとたん、他の狼たちが一斉に威嚇を始めた。統率のよく取れた群れだ。だからこそ、魔物のいる地域でも生き残れた。
甚五郎はルーの腕を下げて、優しげな瞳で囁く。
「行こう、ルー。是が非でも、シャナウェルとゲオルパレスの国境を壊したくなった」
「そしたら、リキドウザンせんせー、このおおかみたちにあえるな」
「ああ」
「よろこぶだろーなー。しっぽふりふりするな」
「ああ!」
「……なあ、じんごろー。ルーは、やくにたてたか?」
「あたりまえだ!」
そうして大男は幼女を肩に乗せ、新たな決意を胸に、群れに背中を向けて力強く歩き出す。
銀狼は追ってはこなかった。
危うく頭○字D編か世紀末覇者編に突入するところだったぞ!




