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召喚ハゲ無双! ~剣と魔法と筋肉美~  作者: ぽんこつ少尉@『転ショタ3巻/コミカライズ2巻発売中』
第五章 ハゲは曙。やうやう薄くなりゆく、生え際すこし明りて、斑が目立ちたる頭髪も細くぶち切れる。

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64/90

ハゲ、仏の心で

前回までのあらすじ!


もう……あかん……。

 沈黙が重い。


 一晩、暖を取った小屋を出てから半日が経過していた。膝まで埋まる雪の中、前を歩く大男の背中ではスーツのジャケットがはためいていた。


 シャーリーはため息をつく。

 後続の女たちのためにと、雪を強く踏み固めながら歩く逞しき漢の広い背中。

 けれども、それ以上は。

 そこから上、首から上は直視できない。とても。


 あまりにも無惨なズル剥けの後頭部となってしまっているから。


 いいや、側頭部もまた斑だ。むしろもう広大なる砂漠にわずかながらの植物が点々と生えている様に似ている。

 昨日は思わず盛大に笑ってしまったけれど、これは。

 あらためて見ると、笑えない……とても。


 ざっ、ざっ、ざっ。


 雪を踏みしめる音だけが響いている。

 海沿いから離れたおかげで風は弱まったけれど、雪だけはずっとちらついていた。


 無言――。

 気まずい。


 今朝は普通だった。いつものように起床し、みんなで心配そうに見守る中、彼は残りわずかとなった自らの頭髪を、両手で優しく慈しむかのように整えていた。

 その表情に怒りや哀しみといったものは感じられず、何か悟りを開いた穏やかな瞳をしていたように思う。

 東国の神、仏様のように。


 大丈夫……なのだろうか……本当に……。

 今の甚五郎は儚いと思う。

 ある朝目覚めたら、誰の目にも映らぬよう、ふっと消えてしまいそうなほど。


 そう、たとえるなら。たとえるなら、いつの間にか旅立ってしまった、彼の長き友(頭髪)たちのように。


 びゅうと風が吹いて、降り積もった粉雪を大きく舞上げた。

 シャーリーの視界が白に覆われ、前を行く甚五郎の姿が見えなくなって、思わずその背に手を伸ばす。


「待って、ジンサマ……!」


 手。外衣から抜けた白い手が、気色悪いほど人間離れしたクッソ硬い筋肉に覆われた背中にあたった。

 ああ、いる……。よかった……。

 思わずそのジャケットを強く握りしめる。


「どうかしたか、シャーリー?」


 いつもの声。低く、優しく、お腹の奥底を震わせる暖かな声。

 貼り付けたような穏やかな笑顔で、甚五郎が振り返った。


 思わず呼んでしまったけれど、用などない。儚く消えてしまいそうで怖くなったからだなどと、恥ずかしくて言えようはずもない。


 言葉を出せずにいると、ルーの手を引きながらシャーリーの後ろを歩いていたアイリアが、甚五郎に話しかけた。


「ジンさん、疲れたでしょ。あたしが先頭に立とうか?」


 アイリアはオーガの皮で作られたかんじきを履いている。雪に沈まぬよう、底を広く取った履き物だ。甚五郎の革靴(ビジネスシュゥ~ズ)などとは比較にならぬほどに、雪道には強い。


「いや。まだ大丈夫だ。アイリアにはルーを守ることに専念してもらいたいしな」


 甚五郎が大地に積もる雪に視線を落とした。


「さすがにこの足場では、私も自由には動けないだろう」

「わかった。温存しとく」


 ルーがあわてて力こぶを作り、大きな声を出した。


「じんごろー、ルーのことは、まもらなくていい! ルーはな、じぶんのことはじぶんでできる! あしは、ひっぱらないぞー!」


 シャーリーもアイリアも口をつぐみ、ルーに視線を向けた。

 ルーは毛布のローブに付いているフードを跳ね上げると、金色のふわ毛を振って不安そうな表情を微笑みで誤魔化そうとしている。


 心の奥底では、まだ置いて行かれる恐怖が抜けきってはいないのだろう。

 誰もが気づきながら、誰もがそのことを口には出さない。

 甚五郎がルーに笑顔を向けた。


「うむ。そうだったな。頼りにしているぞ、ルー」

「おーっ! ルーにまかせろーっ! やくにたつぞーっ!」


 そう。だからである。だからこそ、甚五郎はアイリアを頼らなければならない。己が身を真っ先に矢面に立てるには、ルーの暴走を完璧に押さえ込める人物が必要となる。


 甚五郎がアイリアに視線を送ると、アイリアが無言で小さくうなずいた。

 シャーリーは白いため息をつく。

 甚五郎に頼られるアイリアがうらやましいと、心の底から思う。同時に、自分もまた甚五郎にとっては、ルーと変わらぬ守るべき対象に過ぎないのだ、とも。


「シャーリー?」

「え? あ、はい! なんでしょう?」


 突然名前を呼ばれて、シャーリーが瞳を丸くした。甚五郎が左右の眉の高さを変えて、わずかに首を傾げる。


「ぼーっとしているな。疲れたのであれば、かまくらを作って少し休むか?」

「へ?」


 アイリアの手刀が、シャーリーの銀色の頭髪にポテっと落ちた。


「むいっ! な、何をするんですかっ!」

「何をするも何も、あんたがジンさんを呼び止めたんでしょ。どうしたのよ?」

「あ……」


 そうだった。


「えっと……あ、そうだ。ジンサマ、この街道をまっすぐに進むと魔人の砦があるそうですが、迂回はしないのですか? デレクとメルは小舟で海からいくと書き置きを残していましたが……」

「何を言っている。そのような必要などなかろう。デレクとは違って、我々は魔人と戦いに来たのではない。正々堂々と正面から訪ねねば、和平交渉もできないだろう」

「あとエリクサーも譲ってもらわないと、でしょ? ジンさん?」

「うむ。ほんのついでにな」


 誰もが思う。それが主目的でしょうが、と。


「そっか。そうですね」


 甚五郎はまた少し微笑んで背中を向けた。


「では、進むぞ」


 そう言って歩き出そうとして、己のジャケットをシャーリーがつかんだままだったことに気づいたのか、再び立ち止まった。


「あ……、す、すみません!」


 あわてて手を放そうとしたシャーリーの肩口を、甚五郎が軽く叩いた。


「フ、かまわんぞ。このままでも」

「え? え?」


 顔が発熱する。


「はぐれるよりはな」

「あ、そ、そうですよね! では、お言葉に甘えて――」


 彼の言葉は想像とは少し違ったけれど、それでも。嬉しくて。

 優越感に浸るため、背後のアイリアを振り返る。


 だが、その瞬間。

 アイリアはシャーリーと甚五郎ではなく、東方の樹林を見ていた。

 一瞬の後、甚五郎が唯一の服であるジャケットを脱ぐ。自然、シャーリーの手に甚五郎のジャケットがぶら下がった。


「……ふう、やれやれ。少し預かっていてくれ、シャーリー」

「あ、え? ――ジンサマ? アイリアさん?」


 露わとなった気色悪いほどの筋肉がさらに膨張して、そこに舞い落ちた雪を一瞬にして溶かし、蒸発さる。

 戦闘態勢だ。


「気をつけろ、シャーリー」

「……かなり多いわね」


 その段に至って、シャーリーはようやく異変に気づいた。

 樹林の枝、降り積もっている雪が、ものすごい勢いで揺れながら振り落とされていて、それが徐々に近づいてきているのだ。

 つまりは、樹林の枝を伝って何かの群れが移動してきている。


 ――ホウ、ホウ、ホウ!


 不気味な鳴き声がいくつも重なって、曇天の空に響く。

 大木の枝から枝へ、巨大な雪の塊のような白い影が、飛び跳ねながら移動している。血のように赤く輝く、ふたつの瞳を持つ何かが。

 それを確かめた瞬間、シャーリーの背筋に悪寒が走った。


「イエティの群れ!?」

「最悪だわ……」


 アイリアが吐き捨てる。

 一体一体がオーガ並みの膂力を持ち、その性格は極めて凶暴な上に雑食。特に寒冷地にいるものは食料を選ばない。

 加えてオーガとの違いは知能が高く、仲間意識が強いため連携を取る。跳躍力に至っては一息で地面から大木の枝まで届くほどだ。おまけに常に大群で行動するため、魔人であっても単身ならば襲われ、喰われることもある。

 冒険者ギルドには、はぐれイエティの討伐依頼こそあるものの、イエティの群れそのものの討伐依頼はない。群れを相手にすることは、古竜一体を相手にすることよりも危険度が高いといわれている。


 ――ホウ、ホウ、ホウ、ホウ、ホウ!


 シャーリーがあわてて甚五郎の腕を引いた。


「か、海岸側の樹林に隠れましょう! ジンサマ、アイリアさん、早く!」

「無駄だ。もう見つかっている」


 甚五郎に追随するようにアイリアがルーの手を放し、腰から一対の妖刀を引き抜きながら呟く。


「それに、樹林に逃げ込むのは愚策よ。やつらの領域(テリトリー)だから、前後左右どころか上にまで気をつけなきゃならなくなるわ。街道で迎え撃ったほうがいい」


 シャーリーが悲観的な表情でレイピアを抜いた。

 もう腹をくくるしかない。そもそも、これから向かう地は人間を敵とみなしている魔人が多く棲まう地だ。危険度でいえば、ゲオルパレスはイエティの群れの比ではない。


「シャーリーとアイリアはルーを中心として、街道中央で待機。私が討ちもらした個体の処理を頼む」

「了解。死なないでよ、ジンさん」


 最初に襲い来たのは臭い。強烈な獣臭だ。

 目の前の大木が揺れたと思った瞬間、十数体もの純白の毛皮を持つ巨大な人型魔獣が、樹林の途切れた街道に次々と着地した。


 ――ホウ、ホウ、ホウ、ホホホホホホホウ!


 まるで笑っているかのような、不気味な鳴き声が街道に響く。

 一体一体が甚五郎やヘドロ並みの体躯を誇っている。

 先頭の個体に至っては、甚五郎をも凌駕する肉体だ。あれがボスなのだろうか。


 獲物を目の前にしてもすぐには襲いかかってこず、白目のない真っ赤な瞳で観察しているあたり、知能の高さが伺える。

 いや、待っているのだ。群れを街道に広げて、獲物を逃がさぬように完全に取り囲んでしまうのを。


 ――ホホホホゥ! ホホホホウ!


 怖い……。

 震える足。叩く。レイピアを持つ手で。折れるな、膝、心。

 囲まれた。後ろも前も横も、完全に。


 来る――。

 先頭の個体が、声ではなく表情で笑った気がした。

 だが、違う。笑ったのは別の個体だ。それも、イエティではなく人間の個体。


「ふ、ふははっ、そうか、その姿。貴様ら、あてつけか。私への――」


 ごきり、ごきり、両拳の骨を鳴らして。潤んだ瞳を好戦的に血走らせながら。ハゲた頭に、青白く脈打つ血管を鮮明に浮き出させて。

 がぎぃ、と奥歯の軋む音がした。


「――魔獣の分際で、そのような美しき純白の毛を持ち、毛のない私を嗤うのかァァーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」


 あ~~~~~~っやっぱり気にしてたぁぁぁ~~~~~~っ!!


謝れ女ども。甚五郎に謝れ(ノД`)・゜・。

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