ハゲ、激闘の果てに
前回までのあらすじ!
適当な方角で砂漠を去ろうとするハゲの頭部を、小娘が容赦なく罵った!
そしてハゲは心に哀しい傷を負うのだった!
だが、キャンプ地へと戻ろうとして数歩も行かぬうちに――。
「……む? なんだ?」
「どうかしましたか、ジンサマ?」
甚五郎が視線を黄土色の砂へと向けた直後、重い地響きとともに、一斉に砂の大地が盛り上がった。
「きゃっ!」
「ぬおっ!? うわ! な、なんだ!?」
変形した大地に足を取られて甚五郎が背中から転がり、砂まみれの顔を上げる。ひらりと飛び退いたシャーリーが、着地と同時に腰に吊していた新しいレイピアを抜いた。
「サンドワーム! もう、こんなときに……!」
薄桃色の長い物体が天高くそそり立ち、その全身から滝のように大量の砂を流している。体長は目測でおよそ五メートル、胴回りはおよそ二メートルといったところか。
ぬらぬらと艶光りしており、異様な臭いを発している。口腔と思しき場所には、上下左右問わず無数に棘のような牙が生えており、一瞬でも呑まれればズタズタに引き裂かれるであろうことは想像に難くない。
「巨大ミミズか。これはまた、ずいぶんと卑猥な形状をしているじゃあないか。まるで巨大なナニだな」
「何をのんきに言っているんですかっ! オーガほどの危険はありませんが、人喰いですよ! 粘液に気をつけて!」
叫んだシャーリーの背後で、またひとつ砂の大地が盛り上がる。
「うそ……っ、挟まれた! キャンプからは見えていないのッ!?」
「何をしている! 避けろ、シャーリーッ!!」
甚五郎が叫び、手を伸ばして駆け出す。
間に合わん――!
ふいを衝かれたシャーリーへと、砂煙とともに砂から飛び跳ねた卑猥な形状のサンドワームが勢いよく落ちた。
まるで爆弾でも爆発したかのような衝撃が砂の大地に走り、砂塵が一気に舞い上がる。ジャケットを揺らしながら甚五郎が叫んだ。
「シャァァーリィィィ!!」
だが次の瞬間、砂塵を突き破って銀髪の戦士が姿を現した。その足下には、緑の風が渦巻いている。
「大丈夫です!」
シャーリーは砂上とは思えぬほどに軽やかにステップを切って、サンドワームの卑猥な頭部の追撃をあっさりと躱した。
「む……」
甚五郎が目を見張る。
ステップを切っているというのに、砂の大地にシャーリーの足跡が残っていない。まるで一陣の風であるかのように、砂の表面だけがさらさらと流れている。
長い銀髪と短いスカートを躍らせて、シャーリーは目にも止まらぬ速度で鋭角にステップを切る。
あれが彼女の言った魔法というものなのだろうか。足の運びのみで言えば、もはや格闘技の達人の域に達しているように見える。
「ジンサマ後ろ!」
「む!」
何が迫っていたのかもわからないが、振り返ると同時に身体を横にして躱す。砂の大地に落ちた白濁の粘液が、白煙を上げた。
酸か――!
「そのような形状から液体を飛ばすとは、なんと卑猥な。もしも私の頭部に付着していたらどうなっていたか。……貴様、許さんぞ」
躱したと同時に鎌首をもたげているサンドワームへと走り、その胴体に両腕を回してから足払いをかける。
どむっと鈍い音が響いた。
「羽毛田式殺人術のひとつ――!」
痛みを吐き出すかのように口から粘液を噴出したサンドワームが傾いた瞬間、甚五郎は持ち手を変えて巨大なサンドワームを肩に担ぎ、その背骨を折るべく両腕に力を込めた。
「粉砕バックブリーカァァァ……ぁあれ?」
ぐにゃり、とサンドワームの身体が曲がって、そのまま甚五郎の肉体へと巻き付いてゆく。
「お? おお?」
気づいたときには、全身が軋むほどの強さで絞め上げられていた。
「あががががっ!? いでええええええっ!? え、ちょ、これ、逃げられん――え、何これ、まじ? うごごごごごご! おごぐがあああぁぁッ!?」
みしり、みしり、肋骨が体内で悲鳴を上げている。内臓はその位置を変えて上下に寄せられ、やがて呼吸が詰まり、息ができずに空を見上げた。
あ、これ死ぬ。
「ジ、ジンサマ! なんで骨のない相手に骨折りなんて仕掛けたんですかあぁぁ!?」
あ~……骨……ないんだ……。
シャーリーが自らと対峙するサンドワームの胴体部奥深くへとレイピアを突き刺して、足をかけて引き抜く。
「も~~う! サンドワームは全身筋肉ですよぉ!」
体液をまき散らしながらのたうち回るサンドワームに背を向けて緑の風に乗り、甚五郎を拘束していたもう一体へと駆け寄り、飛びかかり様にその頭部へとレイピアを突き刺した。
「やあっ!」
瞬間、サンドワームの全身から力が抜けて、砂の大地にぐでっと萎え落ちた。その上に膝をつき、甚五郎は胸に手を当てて酸素をむさぼる。
「ぶはーっ! お、おお……生き……てる……」
「よ、よかった。あんなに長い時間サンドワームに絞められて生きていられるなんて、やはりすごい。鎧を装着した騎士でさえ、簡単に圧し潰されてしまうというのに。サンドワームは剣や刃で倒したほうが楽に処理できます。素手では相性が悪すぎますよ」
「うむぅ、正直かなり危なかった。だが――」
言葉が終わるよりも早く、甚五郎はシャーリーを押し倒した。
「きゃっ! ジ、ジンサマ! い、いきなりそんな――!」
目を丸くしたシャーリーの上からすぐに起き上がり、甚五郎はシャーリーへと襲い来るサンドワームの首に腕を回し、小脇に抱えるようにして受け止める。
「ぬぅんッ!」
シャーリーが胴体部に穴を空けた個体だ。この程度ではまだ死なないらしい。
噛み付こうとしてくるサンドワームの頭部を右手で乱暴に突き放し、薙ぎ払われた尾を左手で無造作に払い除ける。
「そりゃあっ!」
肉の弾ける音が響いて、サンドワームがわずかに下がった。
「ジンサマ、ここはわたくしが――!」
だが、甚五郎はシャーリーの言葉を手で制し、仄暗い視線を上げていた。
「サンドワームとかいったか。貴様ら、私に過度なストレスを与えてくれたな……」
なおも首を振り回し、粘液を吐くサンドワームの攻撃を華麗に躱して、甚五郎は両腕を広げたまま、じわじわと迫る。
「見ろ、また少し後退してしまったぞ……。……額が……面積を増し……ッ、……頭皮が……縮小した………………気がする………………。――ぐっ、貴様らのせいだァァ!」
その難癖ともいうべき言葉にシャーリーが生暖かい視線を向けるなか、甚五郎はサンドワームの頭部の振り回しに合わせ、深く踏み込み右の掌打を放った。
「すりゃあっ!」
肉の弾ける凄まじい音が鳴り響き、サンドワームの上体へと掌打が食い込む。
しかしここまではまだ、甚五郎の類い希なる筋力のみを使用した攻撃に過ぎない。つまりは一段階目だ。
真価はインパクトの直後――。
サンドワームの筋繊維を掻き分けた掌打は、コンマ以下の溜めののち、手首をねじりながら関節を入れて腕を伸ばし切ることで二段階目に入る。すべては、体内奥深くで守られている内臓へと衝撃を伝達するために。
弾ける。肉だけではなく、内臓までもが。鈍く低く重い炸裂音とともに。
サンドワームが大きく波打ち、口腔から粘液と血液の混ざり合った液体をぶじゅりと溢れさせ、苦悶に全身をくねらせた。
だが、甚五郎はさらに一歩踏み込んで、今度は左手の掌打を放つ。
「そいィ!」
そして手首をねじりながら関節を入れる。内臓が破裂したかのような鈍い音が響き、サンドワームが大きく揺れた。
それでも終わらない。終わらないのだ。長き友に害なす相手には。
なおも足を踏み込み、右の掌打を放つ。そしてねじり込み、関節を入れる。
「うおおおぉぉっ!」
弾かれたサンドワームが苦しげに粘液を吐き出して、身をくねらせた。
甚五郎はさらに連打する。
「そい、そい、そい、そいッ!! ふははははっ、どうしたどうしたぁ!」
一片の容赦もなく、ただひたすらに打つ、打つ、打つ!
右へ左へと弾かれて揺れるサンドワームがようやく動かなくなったのを見て、甚五郎は禍々しき怪物に背中を向けて静かに呟いた。
「羽毛田式殺人術のひとつ、昇天張り手。あの世へイクがいい、卑猥なる形状を持ちしセクハラ生物よ……」
びくん、と大きな痙攣をひとつして、パンパンに腫れ上がったサンドワームの上体がゆっくりと倒れてゆく。口もとから酸性の粘液をブビュっと撒き散らしながら、去りゆく甚五郎の背後へと。
「フ、生命の危機を乗り越えたことにより、私の戦闘勘も少しは戻ったか」
「あ、ジンサマ、危ないです」
「え?」
サンドワームが甚五郎の真横に落ちた瞬間、粘液が一滴、甚五郎の頭部に飛散した。
じゅぅ……。
「あ、あーーーーーーーーーーーーーーーっ! 私の髪がぁぁぁ!」
「ンくぅ、ばふんっ! ン、ク、プフォォ……んんうっ! けほ、こほん!」
噴出した笑いを咳で誤魔化して、シャーリーが甚五郎へと駆け寄った。
「ぷぷ、大丈夫ですか、ジンサ――…………臭ッ!? 粘液、すごくイカ臭いですっ! ……は、早くオアシスで洗い流しましょう、ね?」
「あ、ああぁぁぁ……」
脱力して膝をついた甚五郎の腕に両手を絡め、シャーリーは嬉しそうに大男を引っ張ってゆく。
「ほらほら、大丈夫大丈夫。大丈夫ですよ~、ジンサマ。よ~しよし」
シモネタかよ! シモネタかよ!