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召喚ハゲ無双! ~剣と魔法と筋肉美~  作者: ぽんこつ少尉@『転ショタ3巻/コミカライズ2巻発売中』
第四章 親譲りの遺伝子で子供の時からハゲかけている。

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56/90

ハゲ、もうわけわからんことになる

前回までのあらすじ!


勇者様暴走中!

 アイリアの手数が増えてゆく。

 瞳を上弦の月のような形状にして、口もとに笑みを浮かべ、左の妖刀でデレクの光の剣を押さえながら、右の妖刀をその首へと振るった。


「――ッ」


 デレクが首を倒して妖刀をやり過ごし、肉体をぐるりと回転させて後ろ回し蹴りを放つ。低く跳ねて躱したアイリアへと、今度は光の剣を薙ぎ払う。

 アイリアは身体を大地に倒して光波をやり過ごし、前の大きく開いたスカートを翻してデレクの腹部を蹴った。その瞬間、デレクの進行が初めて止まった。


 かはぁ~と艶やかな唇から不気味な吐息が漏れる。

 直後、跳ね起きたアイリアは両脚を限界まで曲げて、高く跳躍する。まるで野生の獣のような動きに、デレクの視線が初めて甚五郎から魔人狩りの女へと向けられた。


 二振りの短刀を空からデレクの頭部に突き下ろすが、デレクは青白く輝く刀身でそれを受け止め、左腕一本で力任せにアイリアを再び空へと高く跳ね上げた。


「……!」


 アイリアの肉体が空に弾かれた直後、デレクが浮いた彼女へと光波を放つ。

 アイリアは空中で長い足を振った勢いで体勢を変え、かろうじて光波を躱し、両手両足をも使用して大地に降り立つ。


「す……ごい……」


 シャーリーが大きく目を見開く。

 片腕、利き腕の機能を失っているとはいえ、デレク・アーカイムは紛うことなき人類最強の勇者だと言われている。


 だが、食い下がる――!

 軽い身のこなしで光波を躱し、妖刀を振るい、スカートを翻して蹴りを放ちながら。褐色肌の娼婦は、この場に産まれた三体目の獣のように地を駆けるのだ。

 あるいはデレク・アーカイムの利き腕が動いていたら、こうはならなかったかもしれない。けれどもアイリア・メイゼスは、二振りの妖刀を携えて踊り狂う。


 だが、もはや彼女はデレクの左腕を狙ってはいなかった。首を、心の臓を、動脈を、正中を狙って短刀を振るっている。

 殺すことは不本意なのだ。それでもやらなければならない。そんなことは見守ることしかできなくなったシャーリーにだって、わかっていた。


 シャーリーはただ地面に立って歯がみする。力の無さを悔しく思う。甚五郎やデレク、魔人ヘドロはおろか、ライバルであるアイリアにさえも遠く及ばない。

 戦いに加わることさえできない。


 泣きそうな顔を上げた瞬間、ほんの一瞬だけ正気の瞳を取り戻したアイリアが、責めるような視線をこちらに向けた。


「……」

「あ……」


 光波を躱し損ねたアイリアの左腕から、旅の服の布きれが焦げ散った。だが両足を大地につけると同時に、アイリアはデレクの心臓をめがけて妖刀をかまえ、走り出す。


 腕。左腕――わざと?


 意図を悟る。アイリアは躱し損ねたのではない。わざと掠らせたのだ。

 左腕を狙え、と。自分が全身全霊で戦っているうちに、デレクの左腕を貫け、と。


 決して手を抜いているわけではないだろう。そんなことをすれば殺される。つまりアイリアは、自分がデレクの命を絶つより先に、デレクの左腕の機能を奪いなさいと伝えていたのだ。


 やる。やるしかない。そうでなくては、もうあの方との旅を続ける資格がない。


 シャーリーが薄い胸に大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出した。緑の風が徐々にその色を濃くしてゆく。


「――お願い、シルフ。力を貸してください」


 とてもではないが、混ざれない。あの剣戟には。ならば一瞬にかけるしかない。


 アイリアがデレクの脇腹へと妖刀を突き立てるも、デレクは前蹴りで彼女の腹を押す。後方によろけたアイリアに、光波が飛ぶ。

 アイリアが跳躍でそれを躱した直後、またしてもヘドロの背中に光波が直撃した。


「ぎゃああああぁぁぁっ!」


 爆音が響き、魔人肉の焦げる嫌な臭いが漂った。


「あ……が……っ……」


 ヘドロが白目を剥く。一瞬、甚五郎の左腕を拘束していたヘドロの緑色の両腕が弛んだ。

 甚五郎が動き出す――!

 だが。


「ッてえなコラァ……! ンのやろ、いい加減にしやがれてめェらコラァ! 次あたったらおれ様ほんっとに逃げッからなァ! ボケカスコラァッ!!」


 ヘドロは背部から黒の血を流しながらも、必死の形相で叫んで甚五郎の左腕を再び深く抱え込んだ。

 あちらも限界が近い。


 シャーリーはレイピアの切っ先を高速で動き続けるデレクの左腕に照準し、膝を深く曲げた。

 アイリアは曲芸のように飛び回り、次々と斬撃を繰り出している。その中心で、デレクは光の剣を振るう。


 火花、音、呼吸――。


 シャーリーが瞳をすぅっと細めた。緑の風がシャーリーの足下に集中してゆく。

 つま先に体重をのせて、レイピアの刃に左手を添える。

 集中。集中。集中……。


「ふー……ふー……」


 右の妖刀を回避し、左の妖刀をデレクが青白き刃で受け止めた瞬間――!

 風が吹いた。ほとんど無意識に大地を蹴ったシャーリーは、金狼をも凌駕する速度で一歩。たったの一歩で、長い距離を詰める。レイピアの切っ先を突き出しながら。

 銀色の切っ先が、デレクの左上腕二頭筋を貫いた。


「……やった!」


 だが、肉を貫いた細い切っ先などものともせず、上腕を引き千切りながらデレクがシャーリーの首へと刃を振るう。


 アイリアの瞳が歪む――。


「シャ――ッ」


 間に合わない。

 だが、次の瞬間、青白き刃は赤熱の刃によって叩き落とされ、大地を光波で抉っていた。


「ハァァァ!」


 燃えるような赤の髪をなびかせ、突如として躍り込んできた剣士――いや、騎士は、弧を描くように赤熱の剣を振るう。

 デレクが、アイリアが、とっさに飛び退いて距離を取った。

 そこにいたのは、シャナウェルの近衛騎士メル・ヤルハナだった。


「な、何事だ、これは!? なぜシャルロット姫と勇者殿が殺し合っている!?」

「メル!? デレクは正気を失っています!」


 シャーリーの叫びに、メルがデレクに視線を向けた。

 デレクは取り落とした光の剣を左手でつかもうとしているが、上腕部を貫かれているためか、血まみれの柄をうまくつかめずにいた。

 メルが静かに呟く。


「サラマンダー。力を貸せ」


 彼女の左手に小さな球体状の炎が浮いた。メルはデレクに歩み寄ると、その鼻先で炎を破裂させる。

 瞬間、デレクがびくんと震えて、まるで深い夢から覚めたかのように、ゆっくりと視線を上げた。

 針葉樹にもたれ、腰砕けとなって呟く。


「な、なん……だ……? おれは……何をしていた……? ――シャルロット……? そこにいるのはシャルロット姫か……?」

「話は後です、デレク」


 シャーリーが胸を撫で下ろし、メルに告げる。


「メル、ジンサマにもお願いします。あの……色々あって恨む気持ちはわかりますが、どうか今だけは」

「……ご命令とあらば」


 その段になって、アイリアがようやく二振りの妖刀を腰の鞘へと収めた。両膝をついて四つん這いとなり、全身から汗を流しながら胃液を吐き出す。

 口もとを拭い、アイリアがメルに声をかけた。


「何……それ……? ジンさんに変なことしないでよ……」

「安心しろ、魔人狩り。精神のみに作用する炎だ。人をある程度なら操ることもできないではないが、正気に戻すこともできる」


 呟きながら、ヘドロに拘束されていた甚五郎へとメルが歩み寄る。ヘドロとメルの視線が交叉した。


「く! ま、魔人ではないかっ! しかも貴様、羽毛田甚五郎に手を貸して先日シャナウェルを急襲した個体か!」

「ああ? さっさとやれやコラ? 殺すぞ人間コラァ!」


 メルが不快そうな表情で、赤熱の刃をヘドロへと向ける。

 シャナウェルの騎士と魔人は、種族の対立以上に互いを憎み合っている。


「おい、おいおいおいおいコラ! おま、何する気だコラァ!」

「決まっている。魔人は人類の敵だ」


 ヘドロが緑色の汗をだらだら流しながら、涙目で首を左右に振った。


「バ、バカかてめぇ! 状況わかってんのかコラァ!?」

「メル! だめです! ヘドロさんは良い魔人さんですから!」

「あ~ん? 誰が良い魔人だとォォ? 勘違いしてんじゃねえぞボケ娘ェ! 適当なことぶっこいてっと、ぐちゃみそにしてやんぞコラァ!」


 なぜか粋がってしまったヘドロの首筋に、赤熱の刃がわずかに触れた。じゅう、と黒煙が上がる。


「あひっ!?」

「貴様! たかが魔人の分際で、我が国の姫になんという無礼な口を――」

「あ、熱い! ちょっと、やめて、やめ、やめさせてくださいコラァ! おれ様が今ジンゴロを離したら、てめえらマジ全滅すっからなッ!?」

「ほんと、ほんとなんです、メル! その魔人さんの言うことを信じてください! デレク同様、ジンサマも正気を失ってます!」


 メルの問いかけるような視線にシャーリーがうなずいた後、メル・ヤルハナは大きなため息をついて左手に炎の玉を浮かべた。

 甚五郎の鼻先で、炎の玉が弾ける。

 甚五郎の全身がびくんと震えた。血と傷だらけのハゲ頭をぶるんぶるんと振って、視線を周囲に散らす。


「……む? ん?」

「お……? ジンゴロ、ようやく正気に戻りやがったかよコラァ」


 ヘドロがわずかに笑みを浮かべた。


「ヘドロか?」

「へへ、よせやい、礼なんざいらね――」


 ヘドロがようやく甚五郎の左腕を拘束していた両手を弛めた瞬間、甚五郎は緑色の頭部を鷲づかみにして、高く持ち上げる。


「貴ッ様ァァ、このハゲ魔人がッ! いきなり何をするかぁぁぁぁッ!!」

「おへ? あっ!? ちょ――っ!?」


 怒号一発。ヘドロの頭部を針葉樹林の大地へと叩きつける。

 どごん、という凄まじい音と震動がした後、ヘドロは上半身を樹林の大地に埋め込まれていた。


「まったく。ヘドロめ」


 シャーリーとアイリアが同時に白目を剥いて、半身を埋めた緑色魔人に合掌する。ごめんなさい、と心の中で謝りながら。


「……油断も隙もない……魔人…………だ………………」


 力を使い果たしたのか、甚五郎がその場で前後に揺れて、突然樹林の大地に背中から傾いた。


「ジンサマ!」


 シャーリーが大あわてで駆け寄って甚五郎の巨体を全身で受け止め、ゆっくりと大地に寝かせる。

 数秒後、シャーリーの膝にハゲ頭をのせて、甚五郎は静かに寝息を立て始めた。


 メル・ヤルハナは眉をひそめて視線を回す。


 数百名もの王国騎士を張り倒した大犯罪者、羽毛田甚五郎。

 シャナウェル王国の姫、シャルロット・リーン。

 行方不明だったはずの伝説の魔人狩り、アイリア・メイゼス。

 魔人王を屠るために旅立った大陸最強の勇者、デレク・アーカイム。

 王国騎士数十名をわずか数十秒の間に薙ぎ払った緑色魔人、ヘドロ。

 古竜種に次ぐ巨額の手配魔獣、金狼。

 その背に乗っているのは魔人と人間のあいの子のようだ。


 人間。魔人。魔獣。性別や種族はおろか、正義と悪までごちゃ混ぜだ。

 メルが指先でこめかみを押さえ、うめくように呟いた。


「……何がどうなってこのようなことになっているのだ……。まったく、貴様らと関わっていると、わたしの頭がおかしくなりそうだ……」


なんかもうごめんな、ヘドロ……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「緑色魔人、ヘドロ」、うっ……ヘドリアヌスさん、私はちゃんと名前覚えています……結構好きなんです、だから……なんか……皆さんがごめんなさい……。
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