ハゲ、本気になる
前回までのあらすじ!
爽やか金髪ロン毛野郎にハゲの嫉妬が大爆発だ!
――速い!
疾走しながら、想定よりも二歩早く甚五郎が身体をふわりと浮かせた。その直下を薙ぎ払うように、デレクの光の剣が通過する。
振り切った体勢のデレクへと、勢いのままに肘を打ち下ろす。
「そおりゃあッ!」
だが、デレクは濃紺色の外衣を翻らせてかいくぐると、着地する寸前に甚五郎の足を低い回し蹴りで払った。
パン、と肉の弾ける音が針葉樹林に響く。
ぬぅ――ッ!?
甚五郎の視界が、上下逆さまに回転した。
しかし甚五郎はその巨体をものともせず、片手で大地をつかむと肘を曲げ、脚部を伸ばす反動を利用してもう一度中空へと跳ね上がり、距離を取る。
両足を大地につけた甚五郎が、レスラー独特の両手を前に出すかまえを取った。
一瞬の攻防。だが、両者の表情は変化した。
「その巨体でよくやる。すごいな、あなたの身体能力は。まるで手練れの魔人だ」
「フ、こちらの台詞だ。その若さで驚いたぞ。なかなかの錬を積んだと見たが」
なんというでたらめな技量か。
力こそさほどのものではないが、もっとも有効に働く一撃のみを狙って正確に入れてくる。
その戦い方は己やヘドロとはまるで別物。シャーリーや金狼とも違っている。あえて言うならば、アイリアに似た戦い方だ。
強い。肌で感じるよりも、ずっと強い。
力のみの勝負ならば上回って見せよう。速度のみならば線を見抜いて点で捉えよう。だが、技量特化は――。
思考を中断する。
冷たい大地を蹴ってデレクが迫る。突き出された青の刀身を、首を傾けることで紙一重でやり過ごし、デレクの頭部をつかもうとした瞬間。
「く――ッ」
突きから突如として斬撃に変化した光の剣の刀身が、甚五郎の肩を薄く斬り裂く。身をひねって躱し、バックステップで距離を取る。
危なかった。
あのまま反撃に転じていたら、左腕一本を失っていたところだ。それに、肩口が灼け爛れている。どうやら光の剣とやらは、刃部分に現代で言うところのレーザー光線のようなものをまとわせているらしい。
手術用具のレーザーメスや、レーザー光線のみならばまだ対処法も考えつこうものだが、その中心に金属の刃が存在しているとなれば、話はまったく違ってくる。
冷たい汗が背中を伝う。
たん、とん、と、デレクは弧を描くようなステップで斜め前方から迫る。おそらくはレスラーのかまえを警戒し、正面に立たぬようにしているのだろう。
「ハッ!」
デレクが刀身を真横から薙ぎ払った。起点となった右手は、甚五郎の視界には入らない位置だ。斬撃は、当然甚五郎の死角となる。
「――ッ!」
だが、たとえその刃が視界になくとも、この男には、このハゲには無数の経験がある。命をかけ、四角いリングの上で何度も何度も培ってきた経験が。
死角から放たれた刀身を、火傷覚悟で肘で払い上げる。
「――なッ!?」
デレクが驚愕の声を上げた。
「ぬふぅっ!」
甚五郎がデレクの外衣を左手でつかんで持ち上げ、全力で乱暴に大地へと叩きつける。
「そおぉぉりゃああぁぁぁ!」
だが。
手応えナシ。デレクは外衣をとっさに切り離すと、自らはよろめきながら右手方向へと逃れていた。
「ハ、ハハ、なんであれが防がれるんだ? あなたは本当に人間か?」
「フ、ひどい言われようだが、もちろん人間だ。さあ、ご託はもういいだろう。本気で来い、デレクとやら。遊びはしまいだ」
「バレてたか。いいぜ。後悔するなよ」
甚五郎が身体を斜めに向け、外衣を投げ捨てると、挑発するかのように左手の指をクイっと曲げた。
正面からぶつかり合うことだけを想定したレスラーのかまえでは、あまりに相性が悪い。
ならば。打撃技を完全に解禁する。
「――羽毛田式殺人術のひとつ、悲しき瞳のドラゴン先生」
とん、とん、とその場でステップを踏み、截拳道のかまえを取る。
その表情が喜びに弛んでいたことに、ハゲ自身は気づいていない。デレクもまた、自らの頬が笑みを浮かべていたことに、気づいてはいなかった。
彼らが理解したことはただひとつ。
自らが相対する相手が、喜びに満ちているということ。戦うことが好きで好きでたまらず、血を熱くたぎらせているということのみ。
同類、同族――!
「――デレク・アーカイムの名に於いて。血盟の印を示せ、汝、光の精霊ウィルオウィスプ」
デレクの光の剣が、青白き輝きを増してゆく。光量が増したということは、それだけ灼熱領域も増しているということだ。
ただのロングソードが、一瞬でデレク自身の身長をも凌駕する巨大な剣、グレートソードと見紛うほどにまで変化する。
つぅと、甚五郎の頬を汗が伝った。
具合を確かめるように、その場でデレクが光のグレートソードを振り回す。わずかな光波が散って、針葉樹が数本崩れ落ちた。切り口には、わずかな炎が躍っている。
メル・ヤルハナの灼熱の剣などとは比較にならない斬れ味だ。あの高熱では白羽取りもできそうにない。
「まさか人間相手に奥の手を出すことになるとはな。古竜や魔人の王以外にも、こんなに強いやつがいるなんて驚いたよ、羽毛田甚五郎」
「フ、私が腑抜けていた間に出さなかったことを、その身に後悔させてやろう、デレク・アーカイム。――ホァッ、ホァッ、ホァァァァ!」
奇声を上げてステップを踏みながらも、心臓は痛いほどに高鳴っていた。
だが、それでも。大いなる恐怖に支配されているのに、肉体は震え上がらず、それどころか動きたがっている。
このデレク・アーカイムと名乗る若者に、全力をぶつけたがっているのだ。
「……滾らせてくれる……」
「来い、甚五郎!」
沸騰する血液、高揚する気持ちを抑えきれず、甚五郎が先に動いた。
赤い森林土を蹴って迫る。デレクが迎撃の光波を放った瞬間、身を低くしてかいくぐった甚五郎は、片足で跳ね上がると同時にもう片方の脚を、デレクの顎を狙って高く蹴り上げた。
「ホァァ!」
「~~ッ!?」
光の剣を振り切った状態でかろうじて首を倒したデレクの頬から、血液が弾けた。
甚五郎は左脚のみで着地し、膝を曲げた右脚を鞭のようにしならせ、デレクの側頭部へと放つ。
「ワラァ!」
「く!」
デレクが上体を倒して紙一重でそれを躱した直後、甚五郎は蹴り脚を一瞬たりとも地につけることなく、デレクの胸部へと放つ。
「ァタ!」
「ぐお……ッ!?」
ずどん、と鈍い音が響いてデレクの肉体が大きく後方へと吹っ飛んだ。
だがデレクは空中で体勢を整え、両足で力強く着地する――と同時に、光の剣を大きく引いて、横薙ぎに払った。
「光波一閃!」
「――ぬぁッッフン!」
放たれた巨大な光波を無様に転がって躱し、甚五郎が背後を確かめる。巨大な光波は針葉樹を次々と斬り飛ばし、遙か遠方で岩石に命中して破壊し、ようやく消滅した。
な、なんという斬れ味……! それに……!
ふぅ、と大きく息を吐いたデレクは、平然と光の剣をかまえ直す。甚五郎の蹴りが貫いた胸部中央は、光の剣でしっかりとガードされていたのだ。
「ぬ……?」
甚五郎の瞳が大きく見開かれた。だが、その視線はデレクにはない。光波によって薙ぎ払われた針葉樹林。そこにルーがいない。
先ほどまで立っていた位置に、少女の姿がなかったのだ。
「どこを見ている! おれを見ろ、甚五郎!」
「待――ッ!」
叩き下ろされた斬撃を素早い体捌きで躱す。先ほどまで立っていた大地が真っ二つに割れ、光の生み出す高熱に白煙を上げた。
呼吸を乱せば殺られる。
やむを得ん――! 先に始末をつける!
大地に深くめり込んだ刃を踏みつけようと足を上げた瞬間。
「う……おおおおぉぉっ!!」
デレクが大地を斬り飛ばし、逆袈裟に光の剣を振り上げる。甚五郎はとっさに革靴の裏で剣の腹を蹴って軌道をずらし、数歩後退した。
巨大な光波が上空へと消えてゆく。
すかさず距離を詰めるデレクの剣を躱しながら、視線を散らす。
このようなことをしている場合ではない。やはりどこにもルーの姿はない。
オーガにやられたか。いや、オーガならばその場で食らい付く。ワイバーンならば接近の羽音で気づいたはずだ。
逃げたか。それならばそれでいい。幸いにも針葉樹林を破壊しながら追いかけてきたおかげで、帰り道に迷うことはないだろう。廃宿まで戻れば、あとはアイリアがなんとかしてくれるはずだ。
気がかりではあるが、気を取られていては私が殺される。
昇天張り手ではない、握り込んだ拳を繰り出す。豪腕は空を貫き唸りを上げるも、デレクには届かない。
単純な肉体の大きさから生み出される間合いは圧倒していても、光の剣から発生し続けている光波の間合いには遠く及ばない。
この男――!
剣の振り終わりに合わせて蹴り脚を放つ。躱され、デレクの蹴りを左腕をたたんで受け止め、反撃に転じようとしても、次の瞬間には光の剣の斬撃が来る。
剣術だけではなく、体術にまで長けている。
本来、剣や槍ならば振り終わりに合わせて隙ができる。だが、デレクはその隙を蹴り技主体の体術で補っているのだ。
「むう!」
なかなかに踏み込めない。間合いでは勝てず、隙を衝くことも難しい。だが。
「く!」
決め手がないのはデレクも同じ。先に一撃をあてたほうが、圧倒的有利な立場を得る。
デレクの間合い深くまで踏み込み、左の豪腕を右から薙ぎ払うと同時に肘を曲げ、軌道を変えた拳を放つ。だが、デレクは己の頬を掠めさせながらも全身を横倒しにして躱し、すくい上げるような軌道で光波を放つ。
「ハァ!」
「ぬお!?」
甚五郎がとっさに身体を傾けて躱す。
首筋にちくりとした痛みが走り、熱い液体が散ったのがわかった。
「ハ――ッ」
「ふ――ッ、ぐおらぁぁ!」
甚五郎が針葉樹を片腕でへし折って、デレクへと投げ飛ばす。だがデレクはそれをあっさりと斬り飛ばし、反撃に転じる。
鬼神のように、悪魔のように。ふたりの形相が変化した。
甚五郎の脳裏から、目の前の男以外の情報が徐々に消えてゆく。
笑う。嘲笑う。凄まじい形相で、嗤う。
「ハハ、ハハハハハハハッ!! 愉しいなッ、甚五郎ッ!!」
「ふはッ、ははははははははッ!! ハァァァァァ!」
踏み込んだ足で大地が上下に揺れ、突き出す拳は拳圧で赤の大地をもめくり上げる。鋭い光波は遙か遠方の針葉樹を灼き斬り、その高熱の輝きは大地をも焦がし付ける。
「ぬぉぁぁぁっ!!」
「ガアァァァッ!」
針葉樹が次々と倒れ、戦いの震動で大地はめくれ上がり、空気は焦げ付いてゆく。
受け止め、振り払い、躱し、放ち、蹴る。
それでも互いに小傷や小さな火傷ばかりが増えるだけで、致命の一撃は入らない。息もつかせぬ超高速での拳と蹴り、剣と光波の応酬が続く。
汗が、血が、意地が、叫びが、二体の獣の肉体から散ってゆく。
……まじめにやるなよ。




