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ハゲ、されど希望は輝き

前回までのあらすじ!


ハゲの頭部を指さして爆笑したいけど、ひたすら我慢する小娘!

一方、ハゲは真摯な気持ちで己の過去を語ったのだった!

 朝、砂漠の気温が上がり切らぬうちに旅の支度を調える。

 甚五郎は微かな朝日に瞳を細めながら、オアシスの泉で顔と頭を洗った。

 頭皮の油脂分を落とすための洗髪は、毎朝毎晩の習慣だ。いつか死滅した毛根たちが甦ることを信じ、これからもずっと続けてゆくのだろう。


 着の身着のままにこの世界に迷い込んだため、荷物らしきものはほとんどない。強いて言うなら空のペットボトルが二本と、無用となった手帳やケータイ、筆記用具が入っているだけのビジネスバッグくらいのものだ。


 この世界でシャーリーたち合同討伐隊と偶然遭遇できたことは実に運が良かった。おかげで飢えずに済んだのみならず、うまい夜食にもありつけたのだから。


 まあ、いざとなればオーガやワイバーンを食すという方法もあるにはあったが、聞いた話ではやつらは人間を喰らうモンスターなのだという。間接的な共食いでは、さすがに食欲も失せようというものだ。


「ふむ……」


 夜のうちに泉で洗って乾かしておいたハンケチーフで顔と頭皮を拭い、周囲を見回す。

 鎧を脱いだ王国騎士たちや、彼らと比べて比較的軽装の冒険者らが、泉から革袋で水を汲んでいる。

 どうやら砂漠の街とやらまでは、まだしばらくかかるらしい。


 ペットボトルの蓋を開けて泉へと沈める。こぽこぽと泡が立って、ペットボトルに透き通った水が満たされてゆく。

 蓋を閉じてビジネスバッグへ戻していると、背後から声がかかった。


「おはようございます、ジンサマ」

「おはよう、シャーリー。美しい朝だ」


 胸当てや肘当て、膝当てを装着したシャーリーが、銀色の髪を少し揺らして微笑んだ。

 まだまだ年若い娘ではあるが、そのうち絶世の美女に成長することだろう。


「はいっ。きらきらしてますね」

「うむ、朝日から来る水面の反射が眩しいくらいだ。水が澄んでいるから余計にな」


 シャーリーの視線はなぜか甚五郎の頭部へと向けられているが、甚五郎はそれには気づかない。


「昨夜のお話、考えていただけましたか?」

「ああ。だが、すまない。私にはこの世界でやるべきことがひとつできてしまった」

「え……」


 甚五郎が苦笑いで呟くと、シャーリーが面食らったような顔をした。少し躊躇ったあと、両手の指をくるくると絡ませながら上目遣いに尋ねてくる。


「それは、お訊きしても?」

「うむ。昨夜眠る前に冒険者たちの声が聞こえてきてな。なんでも、この世界には万病に効果があることはもちろん、死者すら蘇生させるほどの薬物があるだとか」


 シャーリーが首を傾げて、口もとに指を当てた。


「死者蘇生となると、エリクサーのことでしょうか?」

「うむ。私はそれを探さねばならない」


 シャーリーが瞬きをして、眉根を寄せる。


「どなたかを甦らせるのでしょうか」

「そうではない。一口、否、掌を湿らせるほどもあればそれで事足りる。目的を達成したあとであれば、残りは困っている者に少しずつ分け与えてやるつもりだ」


 おそらくは、これが最後のチャンスとなるだろう。

 失った長き友(頭髪)、そして死滅した毛根たちを、蘇生させるための。


「ああ、なんだ。蘇生って、毛生え薬に――」

「え?」

「あ、いえいえいえいえ! あの、エリクサーはただの伝説です。市場には出回ったりしませんし、王族ですら入手できた試しはないのです。製造法もわかりませんし、どこにあるかも不明です。それに、その、ジンサマに……効果があるかどうかも……」


 甚五郎がひとつうなずいて、ゆらりと立ち上がる。

 上がり始めた太陽の光が、頭髪無き頭皮できらりと反射した。その眩しさにシャーリーは手をかざすが、甚五郎はそれに気づかない。


「承知の上だ。たとえそうだとしても、希望の光を見た男には、決して退いてはならないときがある」

「はあ……。そうなのですか……」


 ワイシャツを失い、裸ネクタイにスーツジャケットのみとなった甚五郎が、弛めていたネクタイを強く絞めた。


「後悔はせぬよう、生きねばならない。どこで生きるかではなく、どのように生きるかだ」


 甚五郎がビジネスバッグを手に、シャーリーに深々と頭を下げた。


「そのようなわけで世話になったな、シャーリー。昨夜のパン、うまかったぞ」

「え、ちょっと待って、ジンサマ。今から探しに行かれるおつもりなのですか!? 場所はご存じなのですか!? 王国や冒険者ギルドでさえつかめていないのですよ!?」


 自信満々にニヒルな笑みを浮かべ、甚五郎が首を左右に振った。


「フ、運命が私を導いてくれる」


 そうして歩き出す。

 数十秒もの間、呆気に取られたあと、シャーリーが大慌てで追いかけ、砂漠をでたらめに去ろうとする甚五郎の腕に両手を絡めた。


「だ、だ、だめですって、ジンサマ! そんな都合の良い運命はありません! 砂漠をでたらめに歩くなんて無謀にもほどがあります! 絶対に干からびて死んじゃいますから、おとなしくわたくしたちと来てください!」

「ははは、心配はいらない。この羽毛田甚五郎、そう簡単には死なん」

「死にますって! 絶対に死にますからぁ! ていうか、頭の一部はもう死んでるじゃないですかあ!」

「ふははははっ、言い過ぎだシャーリー! 私でも傷つくのだぞ?」


 少なくとも今歩いている方角は、丸三日歩き続けても砂の大地を越えられない方角だ。


「だめ~~~~!」

「はははははっ」


 しかし怪力と細腕。

 シャーリーを引きずって、甚五郎はどんどん進んでゆく。すでにオアシスのキャンプ地からはかなり離れてしまった。


「ああんもう! わかった、わかりましたから、少しだけお話しする時間をください!」


 シャーリーを引きずっていようとも、甚五郎の歩調に狂いはない。だが、このまま進めばこの無垢なる乙女も危険な旅に引きずり込んでしまうことになろう。

 そんなことを考えて、甚五郎は足を止めた。


「どうしたというのだ、シャーリー」

「や、やっと止まった。え、えっとですね。さすがにたったひとりででたらめに探し回るよりは、遠回りでも情報が集まる組織に身を置いたほうが発見率は高いですよ。冒険者ギルドにはトレジャーハント部門もありますし、未発見のお薬の伝説を探すことを生業としている人たちも少なからずいますから」

「ふむ……」

「それにやはり王都は情報の収集もしやすいです。至高薬エリクサーともなれば、王族でさえ賞金を懸けて情報を欲しているくらいなのですから、自然と王都に未発見薬の情報が集まりやすくなっているのです」

「よかろう。ならば私は、王族とやらから直接その情報を聞き出すため、王都を守る王国騎士となろう」

「ばかぁ! 絶対だめ!」


 シャーリーがぶんぶんと頭を振った。


「む?」

「あ、いえ、無理ですよぉ! 成功報酬しか出ない冒険者ギルドと違って、お給料制の王国騎士というのは、ものすごくなるのが難しいんです!」

「ほう? 参考までに何が必要なのか訊いておこうではないか」

「力と知識、そして確かな家柄、王様への忠誠心、それらすべてか、もしくは魔法を使えることが必要最低条件なんです! 魔法使いはこの世界にもほとんどいない稀な存在ですし、ジンサマには力以外は髪すらないじゃないですかあ!」

「フ、今日はずいぶんと辛辣(しんらつ)ではないか。おっと、すまない。涙が出てしまった」


 (おとこ)の流す美しき涙に、シャーリーが一瞬たじろぐ。


「な、泣いてもだめですからねっ! それに王国騎士たちはお務めの際に鎧を着ることが規律となっているのですっ。もちろん兜だって必要ですから、ジンサマの頭皮だって蒸れますっ! もうムンムンに蒸れまくりますっ! ――抜けますよっ!?」

「な――!? そ、それは……く」


 シャーリーが一転して、優しい口調で微笑んだ。


「そうはなりたくないでしょう? だから、一緒に冒険者ギルドに行きましょう? ジンサマと、わたくしと、長き友たちで。みんなそろって」

「……そうだな。やむを得ん。やはり冒険者ギルドに所属するのが近道のようだ」


 シャーリーの表情に花が咲く。

 この人、案外ちょろい。


「そう、そうですよ! わたくしもトレジャーハント部門に異動して、ジンサマのエリクサー探しに協力いたしますから!」

「うむ。でもなんとなくこっちの方角にあるような気がするんだがなあ」

「そちらの方角はすでに冒険者ギルドが探索済みですっ! 砂しかありません! だから帰りましょ? ね? ジンサマの頭が砂漠化してしまう前に!」

「フ、あまり私を不安にさせるんじゃあない。おっと、また涙が……」


 来たときとは真逆に、今度はシャーリーが甚五郎の腕を引っ張ってオアシスのキャンプ地へと引きずるように歩き出した。


いくらなんでも言い過ぎィ!

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