ハゲ、妖刀来たりて拳を落とす ~第三部完~
前回までのあらすじ!
呪いの武器を手にしたアイリア!
おや、なんだかアイリアの様子が……。
甚五郎が腕組みをしたまま、武器屋のオヤジに尋ねた。
「妖刀? 魔法剣ではないのか?」
「さあな。正直なところ、わからねえとしか言いようがねえ。そいつぁ東国より渡ってきた得体の知れんカタナとかいう代物だ」
「やはり刀か」
アイリアから表情が抜け落ちたことに気づかず、シャーリーが甚五郎を見上げた。
「ジンサマ、カタナをご存じなのですか?」
「うむ。私のいた日本という国が、かつて戦乱の時代に使用していた剣だ」
武器屋のオヤジが言葉を継いだ。
「そのニホンとかって国にゃ聞き覚えはねえが、東国のやつらは得体の知れねえ民族よ」
「と言いますと?」
シャーリーが銀色の髪を傾ける。
「いったいどういう魔法が練り込まれてんだかわかんねえが、特定一族にのみ対して特攻効果がありやがる」
オヤジがアイリアの刀を指さした。
「そいつに関しちゃ魔人特攻だ。それも趣味の悪いことに、斬れば斬るほど相手の精神力を削り取り、毒に冒されたかのように動きを奪っていくときたもんよ」
「他種族には効果はないのですか? それだと使い物にならないような気が……」
「バカ言っちゃいけねえ、半裸の嬢ちゃんよ。特攻効果がねえだけで、こいつはただの武器としても、折れねえ欠けねえ一級品よ」
「半裸……」
シャーリーが顔をしかめて外衣の前を両手で寄せた。
しかしオヤジはそのような様子には気づかず、表情を曇らせて吐き捨てるように付け加えた。
「刺突剣使いの半裸ちゃんにゃあ、ちぃっとわかんねえかもしんねえが、おれたちの扱う剣は力と重さで叩き斬るものよ。だが東国の刀ってのぁ、技と速度で斬るのよ。むろん斬れ味ぁ、半端ねえ」
シャーリーがそそくさと甚五郎の背中に隠れて、顔だけを覗かせる。
「は、はあ……」
「ついでに言えばよ、使用者がおかしくなっちまって……そう、こんなふうに刀身を舐めた後、多くの使い手が殺人を犯し――ふぇ?」
無表情のアイリアが、冷たい視線をオヤジへと向けていた。オヤジが上擦った声で早口に尋ねる。
「えっと、おっぱいちゃん? なんで舐めた!? ねえっ!? 今なんでそれ舐めたの!?」
「……」
こたえはない。
武器屋のオヤジの顔面に大量の汗が浮いた。
「あの、えっと……」
アイリアが舌から刀身を離して、不気味に口角を引き上げる。嗤ったのだ。瞳を細めずに、ただ口もとだけで。
這い出した舌が、妖艶な唇を舐める。まるで血に飢えた吸血鬼のように。
「ふむ」
甚五郎がビジネスバッグに手を突っ込んで、片手で大量の金貨をつかんだ。
「ときにオヤジ、こいつはいくらだ?」
「え、あ、や、か、金はいらねえ……ってか、あの……おっぱいちゃんが妖刀に乗っ取られてねえ……か……?」
アイリアが妖刀を逆手に持ち、瞳の高さにまで持ち上げた。鈍く輝くどす黒い刀身の向こう側には、完全に脅えたオヤジの姿が映っている。
甚五郎が紳士なスマイルで小さく首を左右に振って、片目をぱちんと閉じた。
「フ、そうはいかんさ。ただより高いものはないという格言が、私のいた国ではあったくらいだ。それに、オヤジも商売であろう。遠慮してはならんぞ?」
「や、や、そんなことより、あんたのお仲間、あきらかにおかしくなっ――ひぃ!?」
アイリアの妖刀を持っていないほうの手が伸びて、オヤジが布越しに持っていたもう一振りの妖刀をつかみ取る。
そうして歯で鞘を噛んで引き抜き、今度は濁った瞳を細めた。
だが、アイリアの変化に甚五郎は気づかない。
この男は、このハゲは、細かいことなど気にしないのだ。ましてや呪いなどという形なきものなどは、信じるにも値しないと考えている。
ゆえに――。
「厚意には感謝する。だが、ならばこそ片方の料金くらいは払わせてくれ」
――始まる値段交渉。
空気など読めたものではない。
「おいこら! そんなこと言ってる場合じゃねえんだって!」
「ふははっ、なんと人の好い謙虚なるオヤジよ」
甚五郎が右手につかんだ金貨数十枚を、無造作にカウンターへと落とした。飾られている刀剣類の値段の、およそ十倍といったところだ。
だが、命のかかったオヤジはそれどころではない。
「か、か、金なんざいらねえから――」
「む!? これはまだ足りんか」
アイリアが両手の妖刀を高く持ち上げた。その視線の先で、オヤジの脅えた瞳が大きく見開かれる。
「聞けよオイッ!? おっぱいちゃんを止めろって言ってんだ、このツルッパゲェ! じゃなきゃ、みんな殺されっちまうぞッ!!」
オヤジが凄まじい剣幕で甚五郎のジャケットをつかんで前後に揺さぶる。揺れるネクタイの両端からお乳首様がちらりちらりと覗いて、シャーリーが少し頬を染めた。
「やん……」
あ、だめだ。この人たち。
オヤジがそんなことを考えた瞬間、その脳天に拳骨が落とされる。どごん、と重い音が店内に響いた。
「――ぅにンッ!?」
オヤジが白目を剥いて、足下の床を割って突き刺さる。その瞬間、シャーリーと、そして瞳に光を戻したアイリアが、大あわてで甚五郎の両腕に飛びついた。
「ちょ、ちょっとジンさん! 何やってんのよ!」
「だめですよ、ジンサマ! 強盗でもされるおつもりですかっ! そんなことをしたら、わたくしたちはウィルテラからも追われる身になってしまいますよ!」
甚五郎が目を見開き、自らの拳に視線を落とす。
武器屋のオヤジは釘のように床へと突き刺さったまま、気を失っていた。その口もとからは泡が溢れている。
「は――っ!?」
ハゲた頭部を抱え込み、甚五郎が両膝をつく。
「わ、私はなんということをしてしまったのだ。く、こやつが我が長き友らを侮辱するかのような言葉を吐いたから、つい殴ってしまった」
「侮辱って……」
シャーリーが額に手をあてて天井を見上げた。
「だ、だってこやつ、私の髪がまるで一本もないみたいな感じのこと言ったのだぞぉ! こんなに、こんなに健気に元気に生きているのに、まるでいないかのように!」
「わ、わかりましたってば。けれど、やりすぎですよ。オヤジさん、釘みたくなっちゃってるじゃないですか。もうやっちゃだめですからね」
「うむ……すまん……」
甚五郎が泣きそうな顔をすると、アイリアが妖刀を素早く鞘に収めて自らの腰へと吊し、甚五郎のビジネスバッグを奪い取った。
「もう! 貸して!」
大急ぎでなかに手を入れて金貨を次々と引っ張り出し、カウンターへと置いた。
「だいぶ払いすぎだけど、これなら妖刀を持って行っても、目覚めた後にお役人に通報することはないでしょ。治療費に口止め料まで全込みよ。店を建て直してもお釣りが来るわ。文句ないわね、ジンさん?」
「うむ」
「行きましょう、ジンサマ。ほら、立って。早く早く」
美女と美少女に手を引かれて、半泣きの大男が引きずられるように立ち上がる。そうして武器屋を出て、扉を閉めた。
「ま、待つのだ、ふたりとも」
アイリアが腰に両手をあてて、眉根を寄せる。
「もたもたしてると、厄介ごとになっちゃうでしょ」
「だが、このまま放置しては店に客が入ったときに、置いてきた金貨を持って行かれかねん。少々待っていてくれ」
甚五郎は再び扉を開けると、店内のカウンターに戻って小さな吊し看板を手に取って、外へと戻ってきた。
「シャーリー、これはなんと書いてあるのだ?」
「開店準備中です」
甚五郎は深くうなずくと、扉に開店準備中の吊し看板をかける。
「鍵を持ち出すわけにはいかんからな。とりあえずはこれでよかろう」
シャーリーがぱんと両手を合わせて微笑む。
「さすがです、ジンサマ」
「フ……、非はこちらにある。できる限りのことはしておきたいのだ」
「あんっ、ジンサマったらお優しいです」
「フ、よすのだ。照れるではないか」
アイリアが白目を剥き、一旦苛立ったような顔をしてからため息をついて、諦観の念の混ざった笑みを浮かべた。
「早く。もう行くよ、ジンさん」
「うむ」
甚五郎の丸太のような腕に両手を絡めて胸を押しつけ、巨体を急かすように引っ張ると、シャーリーが大きな背中を両手でぐっと押す。
「行きましょう、ジンサマ。南門はもうすぐそこですよ」
「リキドウザン先生も、いい加減待ちくたびれてるんじゃない?」
少し迷うような素振りを見せた後、甚五郎は照りつける太陽を手でかざして、広大な海へと視線を向けた。
「そうだな。行くか」
そうして男は力強く歩き出す。南へと向けて。
「次は魔人の国ゲオルパレスだ」
美女と美少女と――。
その背後から気配を消して、頬を染めながらこそこそとつきまとう赤熱の剣を持った赤髪のストーカー騎士と――。
「おのれ、羽毛田甚五郎……様。貴方様がわたしを辱める気になるまで、わたしは偉大なる戦女神リリフレイア様と騎士の誇りにかけて、挑み続ける!」
ウィルテラ南方の丘より、南門を歩く彼ら一行を憎しみの瞳で見下ろす、角を失いし緑色の魔人と――。
「ジンゴロ、このおれ様をここまでこけにしやがった野郎は、てめぇが初めてだ。貴様に奪われた角の恨み、絶対にぶっ殺す……ッ」
――ウォウ!
「ヒギャアッ!? て、てめえ、かわいい凶暴なやつぅぅ! い、いつの間に背後に――あぎッ!? イダダァァ~イダァ~イ! やめ、あっ、あっ……」
緑色魔人の背後から現れ、尻尾を左右に振りながらその顔面をがぶりと一噛みにした巨大な金狼を引き連れて。
一方その頃、ウィルテラ南門近くの武器屋では。
ぶるり、と身を震わせて、床に下半身を埋められていたオヤジが目を覚ます。
「うおおっ!? ……お? おお、い、生きとる……生きとるぞ~ぅ! ……なんで?」
このハゲは妖刀より気が短い。
第三部完!
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