ハゲ、熱き血潮を語れば
前回までのあらすじ!
体制に背くテロリスト・ハゲが爆誕!
王都も魔人も敵に回すぜ、ヒュゥ!
港湾都市ウィルテラ――。
徹底的に区画整備された王都シャナウェルとは対照的に、この都市はどこか雑然としていながらも、人々の暮らしの匂いがそこかしこに漂っている。
それは他者のぬくもりと言い換えても問題はないだろう。
食料品や日用雑貨、武器など、店の集まった市場区域はあるが、住宅街のなかにあっても、ところどころに食堂や雑貨店はもちろんのこと、露店までもが出ている。
砂漠の街ロックシティのように、歌って踊っている輩もいるし、行き交う人々からも、どこかエネルギッシュなものが感じられる。
王都シャナウェルよりも、人の生気に満ち溢れているのだ。
すっかりとハゲ上がった大男を中心に、左側を銀髪の小娘が、右側を黒髪の女が、散策するように街並みを楽しみながらゆっくりと歩いていた。
数人で走って追い抜いていった種族混交の子供たちに目を向けて、甚五郎がわずかに頬を弛めた。
魔人の子に、亜人の子、そして人の子たち。
「あらためて、ウィルテラは良き街だな」
「そうね。旅立ってまだいくらも経っていないのに、ロックシティを思い出してしまいそうだわ。家を買うならシャナウェルかウィルテラかで迷っていたけど、こっちのほうが断然良さそうね」
故郷に思いを馳せるような表情で呟いて、アイリアが歩きながら甚五郎を見上げた。
「ジンさん、一緒に暮らさない?」
「ふははっ、それも悪くないな」
アイリアが悪戯な視線をシャーリーへと向ける。
しかしいつもなら間髪容れずに噛み付いてくるはずのシャーリーは、潮風になびいた銀色の髪に手を入れて、ぼうっと視線を前方に向けたまま歩いているだけで反応を示さなかった。
アイリアが左右の眉の高さを変えて、シャーリーの碧眼の前で手を振る。
「お~い」
「……ふぇ? あ、はい。なんでしょうか、アイリアさん?」
「あたし、ウィルテラに家を買ってジンさんと暮らそうと思うの」
「はあ。それでしたら聞こえてましたけど」
シャーリーの銀髪が斜めに揺れた。
首を傾げたシャーリーと同じ角度まで首を傾げて、アイリアが問い返す。
「え、いいの?」
「立地的にはよくないですよ。わたくしでしたらウィルテラは選びません。このままですと、戦火に巻き込まれるので。シャナウェルの王族は、代々そうして勢力を広げてきましたから」
アイリアが眉根を寄せて呟く。
「や、そういう話じゃなくて……」
「ウィルテラが今も無事なのは、他の大陸との親交や、南方の魔人王との交流が多少なりとも残っているからです。もしあの爽やか金髪ロン毛野郎――失礼、シャナウェルの放った勇者が魔人王を討ってしまったら、もうシャナウェルの侵攻は避けられないかと思います」
甚五郎がくわっと目を見開く。
「金髪ロン毛――ッ!」
ある種の言葉に過剰反応を示した甚五郎を置き去りに、アイリアが口を開いた。
「そ、そうね」
「だからそうなる前にわたくしがなんとかしないと。ウィルテラの方々にも約束してしまいましたから」
アイリアが悲観的な表情で空を見上げて嘆く。
「なんかあたし、今ものすごく恥ずかしい……」
「ふはははっ!!」
豪快に笑った甚五郎の胸に、アイリアがどんと肩をぶつけた。
「当事者が笑うなっ」
「うぬ!? す、すまん……」
とたんにシャーリーが牙を剥き、甚五郎の左腕にしがみついた。
「ちょっと! イチャイチャしないでくださいよっ!」
「そう! それよ、それ! 今のすごくいい! 嫉妬に狂ったいい顔してた! なんでそれを最初に出してくれなかったの!?」
「な、なんでって……」
少し言葉に詰まった後、シャーリーが唇を尖らせて呟く。
「だって、ウィルテラにおうちを買ったとしても、戦争になったら潰されちゃうんだから、ジンサマとアイリアさんがここで一緒に暮らすなんてあり得ない話じゃないですか。わたくしたちがうまく魔人王を説得できたなら、ジンサマが誰と生きるかはその後に考えればいいことですし……」
アイリアが両手で自らの顔を覆った。
「……あたし、裸で街を歩くのと同じくらい恥ずかしい……」
「ぶはははっ!」
「笑うなっ」
「ぬふぅ!? す、すまん……」
今度はシャーリーが甚五郎を睨み上げた。一度深呼吸をしてから頬を真っ赤に染めて尋ねる。
「そもそも論として、ジンサマはどうしたいのですか? わたくしと優雅で楽しい暮らしをしたいのか、それとも、アイリアさんと惨めで寂しい暮らしを送りたいのか、どちらです?」
「おい、小娘ェ……」
アイリアが未だかつて見せたこともない表情で、シャーリーを睨んだ。
だが、甚五郎は考えるまでもなく、すっぱりとこたえる。
「この大陸に平和が満ち、我が頭皮に長き友らが戻った暁には、私は海を渡ろうと思っている」
スーツのジャケットがはち切れんばかりにごつごつとした右腕を見下ろし、甚五郎が頬に笑みを浮かべた。
「フ、騒ぐのだ。滾るのだ。熱き血潮が、我が筋肉たちが、この大陸に降りたったときから正義と冒険を求め、この力をもっともっと使えと囁きかけてくる。ゆえに私は、この大陸だけではなく世界中に平和をもたらすため、海を渡らねばならない」
シャーリーが凄惨且つ、見下したような笑みをアイリアへと向ける。
「あらぁ、アイリアさんはウィルテラにおうちを買うんでしたっけぇ? わあ、すっごく残念ですっ。わたくしは偶然にも海を渡ろうと思っていましたから、ジンサマとどこまでも旅を続けようと思いますが、アイリアさんはさよならですねぇ。うふふ!」
「あはっ。いいのよ、おうちなんて。いつか帰ってくる場所がここってだけだから。旅の延長なんて願ったり叶ったりよぉ」
引きつった笑顔で睨み合う。
「よさないか、ふたりとも。このような途方もない旅についてきたいなどとと言ってくれるものは、私は誰も拒まんよ」
甚五郎は嬉しそうに呟いて、指先で鼻を掻く。
「……感謝しているぞ、ふたりとも」
シャーリーとアイリアが面食らったように顔を見合わせた。
しばらく後、どちらからともなく相好を崩す。
アイリアがため息混じりに呟いた。
「大人になったわね、あんた。もうキティとは呼べないわ」
「わたくし、もともと大人ですから」
棘のある言葉とは裏腹に、シャーリーが楽しげに笑った。ふたりの話題がウィルテラの海に移ったところで、甚五郎は瞳を閉じて考える。
魔人と人類の戦争を回避するためには、いくつかの方法がある。
ひとつは魔人王とシャナウェル王女であるシャーリーに平和条約を結ばせた上で、シャナウェルの現国王を失脚させる。
もうひとつは魔人王を、もしくはシャナウェル現国王を討つというものだ。
だが、こちらは軍事バランスが大きく崩れるため、可能であれば避けておきたい。この大陸をシャナウェル王が支配しようが、魔人王が支配しようが、悲劇は避けられないからだ。
ウィルテラ評議会による支配であれば、いささかの問題もないのだが、さすがにこの都市にそれは求められない。
理想はシャナウェル、ウィルテラ、魔人の国の三国同盟だ。
魔人王を討とうとしている金髪ロン毛の爽やか勇者とやらが、現状どの程度まで進んでいるのかわからないが、こちらも早い段階で止めさせなければならないだろう。
――そう、たとえ、彼の者の金髪を毟り取ってでも。
「く……っ」
痛みをこらえるように顔をしかめた甚五郎の袖口を、シャーリーが指先でつまんで小さく引いた。
「ジンサマ、あれじゃないですか? 武器屋さん」
「む? おお」
気づけばウィルテラの南門近くにまで来てしまっていた。ここまで来ると、さすがに街の様子も一変する。港に負けず劣らず、旅人の姿が多いのだ。
荷馬車や旅人たちの歩く街道の向こう側に、その武器屋は存在した。
まるで馬小屋のようにぼろぼろの建物の二階には、風で回転する円形の錆びた看板がかけられている。
潮風による経年劣化だろうか。看板ももう何が描かれているのか、よくわからない。かろうじて剣と盾らしき模様があることだけはわかるけれど。
甚五郎は木造のドアに手をかけて、ギィと押した。
「頼もう!」
「へいらっしゃいッ!! なんにする!?」
今日はいいカツオが入ってるよ!




