ハゲ、ガラスのハートのツンデレラ
前回までのあらすじ!
ハゲが女騎士を、おパンティー丸出しの刑に処したぞ!
シャーリーが手配した宿に辿り着き、丸太作りの部屋に入室する。室内は少し古びた樹木の匂いと、やはりというべきか潮の香がした。
だが、悪くはない。居心地は実に良さそうだ。
簡素ではあるが、ベッドもふたつある。身体の大きな甚五郎がひとつと、シャーリーとアイリアは同じベッドで良いだろう。
王国騎士メル・ヤルハナの両手首を片手で拘束していた甚五郎が、ようやくその手を放して戒めを解く。
メルが室内で距離を取って壁を背に、憎しみを込めた瞳で甚五郎を睨む。
「くっ、馬鹿力でつかみおって。騎士の腕だッ、折れたらどうしてくれるッ」
「フ、騎士の腕など知ったことではない。女の腕ならばいざ知らず、な」
「黙れ! 私は女ではない! 騎士だ!」
むろん、赤熱の剣はアイリアが取り上げたままだ。触媒となる赤熱の剣がなければ、当然魔法も発動しない。
不安と恐怖のためかメルの顔は紅潮し、呼吸が荒くなっていた。
「こんなところに連れ込んで、わたしをどうするつもりだッ!」
「大声を出すんじゃあない。他の宿泊客にご迷惑がかかるであろうが。王国騎士というのは世間の常識がないのか?」
諭すように甚五郎が呟く。
「わたしを黙らせたくば、さっさと殺せばいい!」
メルは膝下までのスカートのなか、両足を擦り合わせるようにもじもじとしながら凄まじい形相で叫ぶ。
「このような下賤の宿に連れ込みおって! 貴様のようなハゲに陵辱されるくらいなら、死んだほうがマシだ!」
それまではどこかしら優しさを宿した目をしていた甚五郎が、突如として鬼面に変化する。額はおろか、ハゲ上がった前頭部にまで青白い血管を浮かび上がらせ――。
「おい、メルとやら。これ以上私を怒らせるんじゃあない」
「ひ……っ」
一瞬脅えた視線を向けたメルだったが、騎士の誇りがそうさせるのか、すぐに牙を剥いて叫んだ。
「怒らせるだと!? 陵辱は貴様のような下卑た輩の常套手段だろうが! 陵辱し、性奴隷にして、散々もてあそんで、孕ませたら蛮族に売り飛ばすのだろう! エッチ、バカァ、ハゲ、変態!」
シャーリーがげんなりした表情で訂正する。
「見当違いです。そこらへんのことではありませんよ、メル・ヤルハナ」
「姫様は黙っていてもらえますかッ!」
メルの視線が甚五郎の背後に立つふたりの女性へと向けられる。
げんなりとしているシャーリーの横では、アイリアが生真面目な表情で己の頭部にこつこつと指先をあてていた。
「こっちこっち。ジンさんが怒っているのは陵辱じゃなくて、こっちのことよ」
「は? あ? ……え、ハゲ?」
直後、天をも焦がす稲光のごとく、ハゲの怒号が轟く――!
「ぬぁんだと貴ッッ様ァァァァァァ~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!! 一度ならず二度三度とぉぉ~~~~~~~ッ!!」
突然として全身の筋肉を膨張させ、凄まじい熱量を肉体から発した甚五郎に、メルは息を呑んで全身を震わせる。
「~~っ」
「かはぁぁぁぁ~~…………っ」
体内から発生する高温が、口から白の湯気となって吐き出される。
メルは思った。
あ、これあかんやつや、と。
悪鬼羅刹の形相に、メルは背に壁を背負っていることすら忘れて後ずさろうとする。
「ひぃぃぃ! む、むり! むりむり! わ、わたし、こんなやつに乱暴されたら壊れちゃう……!」
しかし悪鬼羅刹の背後に立っていたふたりの女性が甚五郎の前に回り込み、左右からその胸をパシパシと叩いた。
「はいはい、どうどう。ジンさん、他の宿泊客に迷惑がかかるから大声はだめって、さっき自分で言ってたでしょ?」
「ジンサマ? 相手は色々おかしくても、一応性別は女性ですよ。殴ったりはしないのでしょう?」
「む」
甚五郎の筋肉が収縮する。
「うむ。もちろんだ。――だがおぼえておくがいい、メルとやら。私はハゲではない。少々人様より薄いだけ。つまりあくまでも薄毛だ」
「あわ、あわわわわ……、わ、わたし、こ、壊されちゃう……」
しかしメルは聞いているのかいないのか、涙目で紅潮したまま、両足を擦り合わせながら震えていた。
その様子を見つめていたアイリアの視線が一度下がり、顔の高さにまで戻される。
「……ねえ、ジンさん」
「ん?」
「この子、どうするの?」
メルの肩がびくりと震える。
シャーリーが勢い込んでこたえた。
「そんなの決まってます! 身ぐるみ剥いでウィルテラのお役人に突き出しましょう! いくらシャナウェルの王国騎士でも、ウィルテラ領内で旅人であるわたくしたちに向けて剣を抜いたのですから当然です! 証人もいっぱいいますから!」
メルの顔色が青白く変化する。
それをめざとく見つめ、口もとを手で覆ってアイリアがため息をついた。
「そうしたいんだけど、曲がりなりにも近衛騎士でしょ? ヘタしたらシャナウェルにウィルテラを攻める口実を与えてしまうことになるかもしれないわよ」
「うっ、そ、それはちょっと……。じゃあどうすればいいんですか~……」
少しの逡巡の後、アイリアが平然とした顔でとんでもないことを呟いた。
「あたしたちは別の部屋に行ってるから、ジンさん、こいつのこと襲って従わせてみる?」
メルの顔色が真っ赤に戻った。そして例によって、太ももあたりをもじもじと動かし始める。
シャーリーがすかさず叫ぶ。
「アイリアさん! 絶対だめ!」
「私もムリヤリは気が進まんな」
メルが足を動かす仕草をやめた。
「本気にしないで。言ってみただけだから」
アイリアが不信感をあらわに、半眼となって赤髪の騎士を見つめる。
「…………あんた、マゾヒストでしょ」
「――なっ!? き、貴様、誇り高き王国騎士、それも近衛騎士たるこのわたしを侮辱するのか!?」
「や、だってさっきから、陵辱の流れになったらものすごく期待したような態度を――」
メルが顔をさらに赤く染めて激昂する。
「だ、黙れッ! 聞くに堪えん戯れ言を! そのようなことがあるものかっ! わたしは騎士として生きるため、とうの昔に女の性など捨て去ったのだッ!!」
シャーリーが表情を消し、仄暗い三白眼となってレイピアをすらりと抜き放つ。
「殺しましょう。ジンサマにたかる蠅は殺しましょう。あと、なんかこの人、気持ち悪いです」
「ひぃぃぃ!」
甚五郎がシャーリーの頭に手をのせて、銀色の髪をくしゃりと撫でた。
「よさないか、シャーリー。私との約束を忘れたのか?」
「……」
シャーリーが三白眼のままメルに顔を近づけ、至近距離で口もとだけにニタリと笑みを浮かべた。
「……うふふ~、冗談ですよぅ……。……そんなに脅えないでくださいよぉ……」
粘着質な声に、メルの喉が大きく動く。
シャーリーはレイピアの切っ先をメルの服にわざとらしく掠らせながら、静かに腰の鞘へと収めた。
いつの間に呼吸を止めていたのか、メルがぶはぁ~と大きく息を吐く。
その額からは、凄まじい量の汗が滴っていた。
「で、どうするの?」
アイリアが甚五郎に再び尋ねる。
「うむ~。……魔法剣だけ奪い取って放り出すか……」
「な――っ!?」
驚愕の声を上げたのは他でもない、メルだった。
「放り出すだと!? この近衛騎士団副長メル・ヤルハナに、蛮族ごときが情けをかけるというのか!? どこまでもバカにして――ッ!」
アイリアが真顔で呟く。
「言っとくけど、放置プレイって意味じゃないからね? 勘違いしちゃだめよ?」
「あ、あ、あたりまえだ! 馬鹿か貴様は! ……ちっ、そのような情けをかけられるくらいであれば、このまま監禁されて縄で縛られ、天井から吊されて、肌に痕が残るくらい叩かれて、色々なものを色々なところにつっこまれて、ボロ雑巾みたいにされたところを、再起不能になるくらいめちゃくちゃに陵辱されたほうがマシだッ!」
燃えるような赤髪の下、メルが己に酔ったような恍惚の表情を浮かべた。
「ああ、なんと哀れなわたしだろうか……。女だてらに騎士になった際に期待――あ、いや、覚悟していたとはいえ、このような屈辱を甘んじて受け入れねばならんとは――」
拳を握りしめ、ぶつぶつと不穏なことを呟くメルに背を向けて、甚五郎が口を開く。
「アイリア、その赤熱の剣とやらは扱えるのか?」
アイリアが鞘に収まった剣を持ち上げて肩をすくめる。
「う~ん。ちょっと重いなあ。あたし、非力だからロングソード的なのはだめかも。できれば短剣や短刀が二振り欲しいわ」
「そうか。ならば返してやろう。ついでにここから解放してやれ」
甚五郎は赤熱の剣をアイリアから受け取ると、無造作にメルへと投げる。
「わっ、きゃっ!」
メルはあわてたように両手を伸ばして剣を受け止め、眉根を寄せた。
「か、解放? 解放するだと!?」
メルに悲観的な表情が浮かぶ。実に残念そうだ。
「な、なんのつもりだ? そのようなことをしたところで、わたしは騎士の誇りに懸け、貴様を追うことをあきらめんぞ! わたしの穢れ無きカラダをむちゃくちゃにするなら、今が最後のチャンスなのだぞ!? いいのか? チャンスなのだぞ? 本当にいいの? いつやるかって言われたら、今でしょ?」
甚五郎がメルの言葉を切るように、爽やかな笑みを浮かべて高らかと宣言する。
「ならば追ってこい。だが、先だって言ったように私は女は殴らん主義だ。メル、貴様のそそり立つクソのようなくだらん騎士道精神とやらが、無抵抗な者を斬ることを由とするものであるならば、いくらでも剣を抜くがいい」
甚五郎が不敵に笑い、付け加える。
「だが、そのたびに私は、貴様にさらなる恥辱を味わわせることになるだろう」
「……それ無抵抗者の論理じゃないわよ、ジンさん」
「ぬっ!?」
その言葉に、アイリアが大きく口を開けて額に手をあてると同時、メルの表情がこれ以上ないほどにカ~っと真っ赤に染まった。
心音がこちらまで聞こえてきそうだと、アイリアは考える。
「あと、たぶん、今のはメルにとってはご褒美だから。ず~っとついてくるわよ、その子」
「な、なぬっ!?」
ほんの一瞬、甚五郎が目を離した隙に、メルは赤熱の剣を両腕で抱えたまま部屋の出口で背中を向けていた。
「待――」
「こ、こ、この恨み、決して忘れんぞ! 羽毛田甚五郎……様っ!」
シャーリーが血走った目を見開き、眉間に縦皺を刻む。
「様……?」
「わ、わたしは何度でも、貴さ――あ、あなたの前に立つんだからねっ!!」
女騎士メルは頬を赤髪よりもさらに濃い赤に染め、怒りというよりはまるで恥ずかしがる乙女のような表情で捨て台詞を残し、無垢な少女のごとく脇を締めて泣きながら走り去って行ってしまった。
呆然と立ち尽くした甚五郎とアイリアへと、ゴギギと首を向けたシャーリーが病んだ三白眼で静かに告げる。
「……うふふぅ、わたくし、追いかけてあの人の足の腱を斬ってきますねぇ……?」
さすがに止めた。
本物の変態登場に、シャーリーの新たなる一面が開花した!
咲き誇れ乙女!




