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ハゲ、哀愁の果てに

前回までのあらすじ!


この超絶かっこいいハゲは、小娘のおパンティーごときでは誘惑には乗らないのだ!

 しばらく瞳を閉じたあと、甚五郎は一つ大きなため息をついて、口を開けた。


「ふむ。先ほどの質問だがね、私には故郷で待っている人などいないのだ。所属していた会社という組織からは追い出されて職と頭髪を失い、頭髪を失ったことで将来を誓った恋人は離れていった。だから私にはもう何もない。ゆえに帰れなくても別にかまわん」


 恋人、という言葉に、シャーリーは胸がちくりと痛んだ気がした。


「フ、人生とはどこで生きるかではない。どのように生きるかだ」


 銀色の髪を振って、シャーリーは甚五郎に気づかれぬよう、小さく深呼吸をする。

 そうして居住まいを正し、再度口を開けた。


「えっと、どうしてカイシャ組織から追い出されたのか、お尋ねしても良いでしょうか。もしかしたらわたくし、ジンサマにぴったりなご職業を紹介して差し上げられるかもしれないのです。ですが、生命を救っていただいたとはいえ……その……わたくしはあなたのことを――」

「皆まで言わずともわかっているよ。初対面で何者かもわからず、どのような人間かも知らないような輩には紹介などできないだろう。私が犯罪者などであった場合は、責任問題にもなる。当然だ。顔を上げなさい」


 言いづらそうに口籠もった少女を安心させるかのように、甚五郎が微笑みを浮かべてそう呟くと、シャーリーは申し訳なさそうに小さくうなずいた。


「はい、ごめんなさい」

「かまわんよ」


 あなたのことを知りたいと願うのは、本当はそれだけではないのだけれど。

 その言葉が吐き出されることはない。

 甚五郎がひとつ大きなため息をついて、逞しく隆起した胸の筋肉で両腕を組み、瞳を静かに閉ざした。


「その組織のなかで私は十五年以上もの間、上役に言われたままに仕事をこなしてきた。それが正しいことか正しくないことかは考えないようにして、脇目も振らずに突き進んできた。会社のためにと強引な手法を採ったことも、一度や二度ではない」

「……」

「すべては順調だった。莫大な額の金を動かし、それなりの大金を手にして恋人を得て、人生とはこれほど簡単なものだったのかとさえ思っていた。だが、ある日ふと後ろを振り返ったのだ」


 一度口を閉ざし、甚五郎は喉から絞り出すような声を出した。


「私のしてきたこと、私の仕事のせいで、涙を流している人が沢山いた」


 少女が言葉もなくうなずくと、甚五郎は苦い表情で続けた。


「以来、眠れなくなった。悩みに悩んだ末に手にした大金をすべて寄付し、私は私に強引な仕事をさせてきた会社と上役のことを世間に内部告発したのだ。むろん、自分自身のしてきたことも包み隠さずにね。そして会社は莫大な利益を失い、それ以上の損失を被った」

「……正しいことをしたのですね」


 甚五郎は小さく呻いただけで、うなずかなかった。


「間違っていたことを正しただけで、正しいことをしたわけではない。結果として私は会社から追い出され、学生時代からすでに危険水域だった頭髪をストレスで七割近く失い、頭髪を失ったことで将来を誓い合った恋人にも逃げられたというわけだ」

「そう……だったのですか……。……七割……」


 笑ってはいけない。笑ってはいけないところだ。きっと。大丈夫、耐えられる。


「まさに髪の切れ目が縁の――いや、金の切れ目が縁の切れ目といったところか」

「ンぐっ、ぷ……ばふンっ」


 決して。決して今この瞬間だけは、頭部に視線を向けてはいけない。ましてや笑うなど以ての外だ。

 甚五郎が瞼を上げて、口許に寂しげな笑みを浮かべた。


「そうしてその夜は酒に溺れ、気づけばこの世界にいた。たぶん神が私にやり直す機会を与えてくださったのだろう。今度は正しいことをしろ、正しい人生を生きてみろ、顔を伏せることなく、お天道様をまっすぐに見上げてみろ、とな」


 その頭では、さぞかし陽光も美しく反射することだろう。

 そう思ったが口には出さなかった。


「くす、ふふ。人生はどこで生きるかではなく、どのように生きるかという先ほどの言葉の意味が理解できました。ステキだと思います。ふふ」

「ふは、はははははっ」


 シャーリーが口許に手を当てて上品に笑うと、甚五郎が照れたように少しだけすくめた肩を揺らして笑った。

 シャーリーは考える。

 ああ、なんて気持ちの良い人なのだろう。あと、おもしろいし。頭のこととか。


「立ち入ったことまでお話しいただき、ありがとうございます」

「いや、私も誰かに聞いてもらいたかったのかもしれん。ちょうど良い機会だった。シャーリーのおかげで、少し心が軽くなった気分だ。礼を言う」

「いいえ、こちらこそ。では、先ほどの職業斡旋のお話に戻って、わたくしのほうからひとつ提案させていただきますね」

「かたじけない」

「いいえ。実はわたくし、ゆえあって冒険者をしているのです」


 甚五郎の眉根が寄せられる。


「キミのような若い娘さんがかね。失礼ながら年齢は?」

「もうすぐ十五歳になります。ジンサマが四十路前でしたら半分以下ですね」

「そ、そうだな。……く……、……オジサマ呼ばわりも必然であったか……」


 何やらまたダメージを受けているらしい。意外と精神は脆そうだ。だからそのような頭になってしまったのではないかと思う。

 でも、でも。裏を返せば、それは責任感が強すぎるということ。


 …………うん、やっぱりステキ……。


 古今東西を問わず、男性というものは若い娘が好きだと聞く。ならばこの機に乗じてアピールをしておきたい。そのために胸当てや手甲を外してきたのだから。

 なのにこの人ときたら、まるっきり胸や足に視線を向けてくる様子がない。この人から見れば、自分はまだまだ子供だからだろうか。

 緊張をほぐすため、胸一杯に空気を吸い込んでゆっくりと吐く。


「話を進めますね。先ほどのオーガやワイバーンとの戦い、お見事でした。並の騎士や冒険者では剣を持っていても、たとえ魔法使いであってさえ危険な相手だというのに、ジンサマは肉体ひとつで仕留めてしまわれたんですもの。驚きました」

「ふむ。やはりあれは着ぐるみの類ではなかったのか。あのような怪物や魔法使いなどというものが実在しているとは、なんとも珍妙な世界だ」


 シャーリーが目を見開いて瞬きをした。


「ニッポン国にモンスターはいないのですか?」

「いない。あのような生き物は初めて見た」


 そんな世界があるだなどと、とてもではないが信じられない。街を一歩出れば、世界はこんなにも危険と冒険に満ち溢れているというのに。


「モンスターがいないのに、どうしてそのように鍛えておられたのですか?」

「ああ、これは学生時代にレスリングをかじっていてね。人間と人間が組み合って技を掛け合い強さを競う、血のたぎる熱き競技だ。ゆくゆくはプロの世界に飛び込むつもりでいたのだが、ゆえあって泣く泣く自らその途を退いたのだ」


 れすりんぐ。

 どうやら徒手空拳で行われる格闘技の一種のようだ。剣奴王を決めるコロシアムの試合のようなものだろうか。

 だとしたら、この方はニッポン国の剣奴……拳奴王? 強いはずだ。


「あの、差し支えなければお辞めになられた理由をお尋ねしてもかまいませんか?」

「プロのレスリングともなれば、ダウンをした際に、敵に髪の毛をつかまれて無理矢理引き起こされる。その際に抜けてしまうのだ。……く、私の長き友(頭髪)らがッ」


 甚五郎は顔を顰めて苦しげに吐き捨てると、わずか残った両サイドの髪を愛おしそうに両手で撫でた。

 意外過ぎた理由に、思わず笑いがこみ上げる。


「ぷ、ンく!」


 こらえた。

 そんなシャーリーを尻目に、瞳を固く閉じて甚五郎は再び吐き捨てた。


「一時は覆面を被ることも考えた。だが、プロレスリングの試合は激しい。いくら通気性の良い覆面にしたところで、汗を掻いて頭皮を蒸らしてしまうことになる。…………く、できないッ! 私にはッ!」

「ンぐぅ!?」


 笑ってはいけない。この人を深く傷つけてしまうから。ほら、あんなにも悲しそうな顔で語っているのだから。

 でも。でも。


「ン、ぷぶ!」

「私はただ守りたかった……ッ! 彼らの平穏を……ッ!」

「ぷ、ぶふぉぉぉ~~~~っ!」


 だめだった。


「ん?」

「けほ、けほん! ん、んん、うんっ。す、すみません。先ほど、ちょっとだけ砂煙を吸い込んでしまいまして、()せてしまいました」


 とくん、とくん、見つめ合ったまま心臓が高鳴る。

 数秒間の緊張状態のあと、甚五郎が心配そうに呟いた。


「それはいかんな。気をつけなさい」

「……そ、そうですね」


 咳払いでどうにか誤魔化し、深呼吸で気持ちを落ち着けて、シャーリーは姿勢を正して甚五郎へと向き直った。


「お辞めになられた理由はさておき、魔法や剣に負けず劣らずすばらしい格闘技術だと思いました。あの技術があるのであれば、冒険者としても十分にやっていけると思うのです」


 髪を撫でる手をぴたりと止めて、甚五郎がこちらに視線を戻す。


「つまり、私にも冒険者になれと?」


 できうる限りにこやかに。乙女にできる最高の笑顔を心がけて。

 シャーリーは元気に返事をした。


「はいっ。わたくしと一緒に旅をしてみませんかっ」


おい……小娘ェ……。

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