ハゲ、騙される
前回までのあらすじ!
両手にラフレシア状態のハゲ!
ふたりの花を引き連れて、新たな旅立ちだ!
花は美しき花弁を持つが、己が身を置く環境を変化せしめることはできない。
獣は力強く大地を蹴るが、遙かなる大空を舞うことはできない。
鳥は大空舞う翼を誇るが、考えることを知らない。
それが種族としての絶対なる運命であるからだ。
だが、ここに――。
だがここに、自らが天より定められし過酷なる運命を、己が力ひとつで変えようとする愚者がいた。
この世界にありて魔法が使えぬはもちろんのこと、強大なる力をもたらす武器すら持たず、極限まで己が肉体を追い込み、ようやく身につけたその美しき筋肉のみで、男は戦い続けた。
男と対峙し、刃と拳を交えた王都シャナウェルを守護せし王国騎士たちは口をそろえて言う。
彼の者は“持たざるもの”であった、と。
そう、彼には何もなかった。
魔法も、武器も、……そして、頭髪でさえも。
男は刻一刻と失われつつある頭髪の、迫り来る恐怖と戦っていた。
いつかこの戦いに勝利し、砂漠に大いなる森を作らんとして。
これは、そんな男の物語である――。
陽光を汗ばんだ頭皮で乱反射させ、裸の上半身に吊したネクタイの歪みを直していた手を止め、羽毛田甚五郎は肩に羽織ったジャケットを風に揺らした。
愕然とした表情で、そのまま数秒。
短く少ない横髪と、巨大な円形脱毛のある後ろ髪が、彼の悲哀の表情を伴ってひどく哀愁を誘う。
「も、もう一度問うぞ? 貴様ら、本気で言っているのか? 私の聞き間違えではなかろうな?」
その頬を、つぅと汗が伝う。
甚五郎の右隣には、抜き身のレイピアを右手にかまえた銀髪の小さな女騎士が立っていた。
長い髪と外衣が風にさらわれ、まだ未発達な身体を守るべく装着されている白銀の胸当てが露わとなっている。
だが、それを気にした様子はない。
「だからわたくしが言ったじゃないですか、ジンサマ。こんな人たち、信用すべきではありませんって」
魔法騎士シャルロット・リーン。
王都シャナウェルの王女でありながら、王に反旗を翻し、羽毛田甚五郎に付き従うことを選んだ少女だ。
甚五郎が目頭を指先で押さえ、山間の大地に片膝を落とす。
「く……、すまない、シャーリー。だが、今は哀しみに浸らせてくれ……」
「何言ってんのよ、ジンさん。浸ってる暇なんてないわよ。ほんと、髪のことになると猪突猛進なんだから」
甚五郎の左隣で、長い黒髪をうなじのあたりで一本にまとめた褐色肌の美しい女がため息混じりに呟く。
そうして、腰に差してある二振り一対の短剣を左右の手で引き抜いた。
「く、すまない……、アイリア……」
だが言葉とは裏腹に、片膝をついた男はそのまま尻を土に置いて、その逞しき両腕で己の両膝を抱え込んでしまった。
三角座りだ。
気の抜けた表情で樹皮に横髪をあて、ぼそりと呟く。
「……だって、アジトにさえ来ればエリクサーがあるって言ったのだ……こいつら……。……くすん……」
「ちょ、ちょっと! こんなときにこんなところでスライム精神を披露しないでよ、ジンさん! 立って立って!」
そう、まさにピンチなのである。
彼らは取り囲まれていたのだ。五十名からなる薄汚れた山賊たちに。
「けっ、バァァァカ! こんなところにエリクサーなんざあるわけねえだろ!? 常識ねえのかよ! そんなもんがありゃあよぉ、おれたちゃあ山賊なんざぁと~~~っくに廃業して、とっととエリクサー売り払って毎晩酒飲みながら女抱いて暮らしてるぜ!」
「ぎゃはははは! 違えねえな、兄弟!」
手斧や曲剣、手製の槍に弓など、一貫性のない武器を持つ山賊たちが一斉にゲラゲラと笑い始めた。
むろん服装にも統一性はなく、見るからに寄せ集めの集団だ。
山間に大きく空いた洞窟の前。金狼の棲む深き森と比べれば樹木はまばらで、葉が空を覆うことがないため、比較的陽光は明るい。
気候が良いのだ。この辺りは。山を下れば田畑が広がり、家畜を育てている農家も多い。
だが、だからこそだろう。その大きな洞窟に、山賊たちがアジトを作ったのは。
いくら山賊であろうとも、砂漠などにはどう足掻いたって人間は住めないのだから。
黒ずんだ顔の山賊が久々の獲物に、嬉しそうな顔で語った。
「まあよ、おっさん。今回は運が悪かったと思って、金と金目の物と女は置いていけや」
「お、おで、そっちの小さい銀髪がいい! ぐふ、かわいい、かわいがる! ずっと大事に飼う!」
いかにも野生といった面構えの山賊が呟くと、手斧をくるくると器用に回していた山賊が顔をしかめる。
「おンまえ、少女趣味かよ! マニアックだなぁ。じゃ、おれはあっちのボインボインの黒髪ねえちゃん一番のりな。なんかたまんねえわ、あのカラダ。吸い込まれちまいそうだ」
インテリっぽい山賊が、口もとにニヒルな笑みを浮かべる。
「女を先に取るやつは金の取り分が少ない約束だぞ」
「いーんだよ! 出稼ぎに来てる間くれぇしか、女房以外の女ぁ抱けねえんだからよ!」
「あっらぁ~ン。じゃ、アタシはそこのモリモリマッチョメンをホリホリしてもいいかしら?」
シャーリーとアイリアの肌に、ぞわりと鳥肌が立った。
むろん、待ち受ける己の境遇を想像してのことではない。そのようなことにはならないと確信している。
鳥肌の原因は、ひときわ大きな巨躯を誇る、なぜか濃い化粧をしている山賊男が、甚五郎へと向けてパチンパチンと片目を閉じてアッピ~ルをしているからだ。
「ア、アイリアさん。新たなライバル出現……というより、ジンサマの貞操危機ですよ、これ」
アイリアが視線を空に向けて少し考える素振りを見せた後、不思議そうに呟く。
「……ん~……あたしは別にジンさんが誰と何しようが気にしないけど?」
「アイリアさんは性に奔放過ぎるんですぅ!」
「そんなことないわよ。もう娼婦はやめたし、ジンさん以外の男性に抱かれるつもりもないもの」
「だめー! それもだめ!」
シャーリーがぶんぶんと首を左右に振りながら叫んだ。
「あはっ、うそうそ。さすがに掘られるのはかわいそうだしね。痛そうだし」
当の甚五郎はといえば、エリクサーを入手できなかったショックで白目を剥いて、三角座りをしたまま樹木にもたれている。
とても戦えそうな状況にはない。
シャーリーがため息をついて、アイリアに目線を送った。
「わたくしたちだけでやるしかなさそうです」
「ジンさんがあのザマじゃあね」
アイリアが困ったように眉をひそめて、甚五郎に視線を向けた。
「ま、ちょっと多いけど、王国騎士みたく鎧をつけてるわけでもなし。あたしも冒険者時代の勘を取り戻さなきゃだし、頑張ってみますか」
「はいっ! やりましょう! ……誰にも掘らせはしません! ジンサマを最初に掘るのは、わたくしですから!」
アイリアは思った。この子、意味わかってない、と。
シャーリーが静かに口内で呪文を詠唱すると、彼女の足下に緑の風が発生する。
「……ああ、キティ。殺しちゃだめよ?」
「わかってますっ」
呟き、シャーリーは大地を蹴った。
積もった枯れ葉を砕く音すらなく。少女は緑の疾風にのって、五十からなる山賊たちの包囲網へと突入する。
動きは稚拙。剣技もほとんどなく、速度のみに任せた直線的な攻撃。
だが――。
だが、誰が。いったい何人の山賊が、疾風のごとき彼女の姿を目で追うことができただろうか。
包囲網は背後の丘にある洞窟を取り囲むような半円。
シャーリーは山賊たちの懐に潜り込んですり抜け、すれ違い様にレイピアを三度突く。
「やあっ!」
ひとりめ、武器を持つ手。ふたりめ、大腿部。最後は上腕部。
離脱――!
痛みに上がる悲鳴ですら、数秒遅れで。
視線すら向けられることなく、シャーリーは一瞬で包囲網を脱していた。大地に積もっていた渇いた枯れ葉が、今頃になって風に流れてゆく。
レイピアに貫かれた三名の山賊が悲鳴を上げるなか、山賊たち全員の視線が一斉にシャーリーへと向けられた。
だが、シャーリーは風の精霊の力を借りて、人智を超えた速度で視線すら振り切る。
そして木を蹴って方向転換をし、疾風となって空を舞い、レイピアを引きながら再び包囲網へと躍りかかりるのだ。
「ハ~イ! どこ見てんの? あんた、あたしを抱きたかったんでしょ?」
シャーリーの動きに戸惑い背中を向けた山賊へと声をかけ、アイリアは振り向かせ様にその顔面を、短剣のナックルガードで殴りつけた。
「~~あがッ!?」
鼻血と歯が空に散り、山賊が仰向けに倒れてゆく。
アイリアが得意げな表情で唇に人差し指を立て、うそぶいた。
「口説いておいて他の女に目線を向けるなんて、失礼よ」
ようやく山賊たちが動き出したのは、その後からだった。
「てめえらッ!!」
「このアマ!」
アイリアは左右から来る手斧を両手に持ったそれぞれの短剣で止め、身体を回転させることで斧の斬撃を受け流す。
長いスカートがふわりと舞い上がった直後、跳躍と同時に両脚を広げ、山賊ふたりの首を脚で引っかけるようにして蹴って吹っ飛ばした。
「はっ!」
着地と同時に踊り子のようにカラダを艶っぽくくねらせ、別の山賊の斬撃を紙一重で躱す。
かろうじて、ではない。軌道を見切り、最小限の動作で躱したのだ。
その技術は、並の冒険者を遙かに凌駕している。
山賊は曲剣を振り切る間もなく、そのこめかみを短剣の柄で打ち抜かれて山間の大地に転がった。
続いて襲い来た山賊の頭部を、背後からシャーリーが蹴って吹っ飛ばす。
渇いた枯れ葉を踏みしめたにもかかわらず、アイリアの背後に音もなく着地をしたシャーリーが、背中合わせで囁いた。
「この程度でしたら、ジンサマ抜きでもなんとかなりそうですね」
「魔法使いが仲間にいるのはありがたいわ」
「オーガや魔人と違って、刃が通りさえすればどうにかなります」
「そうね――っと!」
同時に背中を離した直後、ふたりの立っていた場所には巨大な棍棒が叩き付けられていた。枯れ葉と土が爆発し、暴風が巻き起こる。
シャーリーは巨大な樹木の幹に両足を付け、アイリアは空中でひねりを加えながら一回転して着地する。
ふたりの視線の先には、濃い化粧をした甚五郎並の巨躯と筋肉を誇る山賊が立っていた。
他の山賊たちとは、一回りも二回りも違っている。
生命力が肉体の端々から滲み出ているのだ。まるで野生の獣のように。
空間を伝い、凄まじい威圧がふたりの女性に襲いかかる。
「ンフ、アタシの恋路の邪魔はさせないわよぉ。あのつるつるしたかわいいペ●ス頭のオジサマは、アタシのものなの。もうね、今夜から掘りつ、掘られつ、楽しみまくるの。ムフフフ~ン!」
カクカクと腰を振りながら、ゲイの山賊がニタリと笑った。
「でも、あなたたちに用はないわぁ。他の子たちは文句を言うかもしんないけど、逃げたければ逃げたって別にいいのよ~? ただし、装備と有り金はいただくわよ? 話が理解できたら、すぐに武器をしまいなさいな」
シャーリーは木の幹から重力に引かれて静かに大地へ足を付けると、足下で渦巻いていた緑の風を瞬時に霧散させた。
そしてレイピアを腰の鞘へと戻す。
アイリアもまた、あきらめたように大きなため息をつくと、敵の只中であるにもかかわらず短剣を腰の鞘へとすっと戻した。
「あら~? 聞き分けのよい子は好きよ? 男だったら、だ・け・ど!」
化粧をした大柄な山賊が、シャーリーとアイリアに冷徹な笑みを向けた。そして男声に戻って他の山賊たちに命じる。
「今だ、捕らえろ」
誰も動かない。従うものはいない。
喋っているのは大柄なゲイの山賊だけだ。
だが、誰も彼を見てなどいなかった。山賊たちはもちろん、対峙するシャーリーとアイリアでさえもだ。
見ていたものは、その背後。
「かはぁぁぁ~……」
ゆらりと立ち上がり、口から白い湯気を吐き出した男だ。
その形相は、まさに悪鬼羅刹の類だった。
三角座りをしていたときとは比べようもないほどに筋肉は膨張し、血管は浮き上がっている。
山賊たちはひとり残らず思った。
あ、これ、あかんやつや、と。
だが、気づかない。オカマの山賊は未だ彼の存在に気づいていなかった。
「どうしたてめえら、さっさとこの薄汚え雌豚どもを捕ら――え?」
ゲイの山賊の頭に、羽毛田甚五郎の大きな掌がのせられる。
「……貴様、もう一度言ってみろ……。……誰の頭が……まだ未使用の……毛すら生えそろっていない皮被りのようだと……?」
「んぁ? え、えっ!?」
甚五郎の奥歯と、握りしめられた山賊の頭骨が、ギシリと鳴った。
「痛っ、ちょ、痛い、やン、イタタタタタタッ! やめ、あン! あっあっ!」
シャーリーとアイリアが同時に両手を合わせる。
これからゲイの山賊――否、山賊たち全員に起こりうるであろう不幸が、少しでも軽くなりますように、と。
ハゲ、無双――!
山間に男たちの悲鳴がこだまする。
この男、男女問わずにフラグを立てまくる。




