ハゲ、ますます輝く伝説へ ~第二部完~
前回までのあらすじ!
残り少ない横髪を、陵辱して欲しそうな女騎士の手によっておしゃれなアシンメトリーにされた上に、後ろ髪を金狼によってパンキッシュな円形脱毛にされたハゲ!
ハゲの切なさが爆発したぞ!
数分の後、甚五郎は意を決して娼館の扉を開けた。そこには朝食の準備ではなく、旅の準備を終えているふたりの女性がいた。
ひとりは銀髪の魔法騎士シャルロット・リーンと、もうひとりは元娼婦の冒険者アイリア・メイゼスだ。
おそらく、アイリアが右手に提げている布の包みが朝食なのだろう。
急いで旅支度を調えたらしく、アイリアは空いた手で黒髪に手櫛を入れていた。
「準備できてるわよ、ジンさん。ちゃんと王都でアイテム類を買いそろえられた分、この前の旅よりは快適だと思うわ」
「すぐに発つんですよね、ジンサマ?」
シャーリーが悪戯な視線で少々破廉恥とも言うべき鎧に、外衣をまとった。
甚五郎はわずかに呆けた後、こらえきれずに少し笑う。そうして力強くこたえた。
「うむ。もちろんだ。一刻も早く生やさねばならんからな」
シャーリーの鎧に関しては思うところはあれど、魔法使いが魔法を使う際には、自然現象から発生する魔力を素肌から吸収する必要があるので、仕方がない。
アイリアの下半身の前部のみ大きく空いた旅のスカートは、ただただ美しい。こちらはもはや妙齢の女性であることから、注意の必要もないだろう。
「すぐにでも旅立つぞ」
「はいっ!」
「準備は見てのとーりよ、ジンさん」
テーブルに置いてあったネクタイに手を伸ばし、素早く首に巻き付ける。漢のお乳首様の間で、細い布が左右に揺れた。
これから戦いに赴く漢の、覚悟の証だ。これを締めるだけで、すべての思考が前向きになれる。
次にパリっとしたスーツのジャケットを素肌にまとい、ほんの少しだけ重量の減ったふたつの金貨袋を背負う。
なかにはもちろん、愛用のビジネスバッグも入っている。
「でも、王都方面はだめよ、ジンさん。王国とは対立しちゃったから」
「せめてエリクサーの情報を調べてからにすればよかったですね。最初の砂漠越えでわたくしが足を引っ張らなければ、間に合っていましたのに……」
シャーリーがうつむくと、甚五郎が笑い飛ばした。
「ふははっ、バカを言え。そのおかげで私たちはアイリアと逢えた」
「そうそ。あたしだって魔人から救ってもらえたしね。あのままじゃ、魔人に連れ去られて毎晩ムリヤリされてたかもしれないもん。むしろ助かったくらいよ」
アイリアが甚五郎に視線を向けて、意味深な視線を向ける。
「ジンさんになら歓迎なんだけど?」
「ど~ん!」
シャーリーの謎のかけ声と体当たりに、よろけたアイリアがテーブルに両手をついた。
「やっぱり倒れるべきじゃありませんでしたっ! イーだッ!」
「やーだ、冗談よ?」
本気だけど、と心のなかで付け加えて、アイリアは甚五郎に目配せをする。
だが、いつものように甚五郎は大人の微笑みを浮かべ、頭皮のようにつるりと言葉を受け流す。
「ふははっ! 私もシャーリーも、アイリアには何度も救われている。結果的にこうなったのはシャーリーのおかげだ。礼を言うぞ。シャーリー、アイリア」
そう言われては、シャーリーもアイリアも口をつぐむしかない。それどころか、いつも困ったようにふたり顔を見合わせて笑い合うのだ。
甚五郎は、その光景がとても好きだった。
「おっと、リキドウザン先生のことも忘れてはならんな。そういえば、やつは今どこにいるのだ? 娼館街に来てから姿は見ていないが……」
シャーリーが口を開く。
「リキドウザン先生でしたら砂漠にいますよ。わたくしたちが動くまでは、故郷の森に戻って水を飲んだり、砂漠でサンドワームを狩って食べたりしてるみたいです」
「そうなのか。まあ、あの図体では、あまり人に姿を見られるわけにもいかんか。魔獣と間違われてしまう」
「ロックシティ支部の情報板によると、すでに手配魔獣にされていますが、あまりにも神出鬼没な上に行動範囲がとてつもなく広いため、王都支部でさえ討伐隊は組めていないようです」
「そいつは僥倖、我々のせいで殺されてはあまりに気の毒だ」
アイリアが人差し指を立てて口を開く。
「あ、でも呼べばすぐに来るわよ。外に出て叫ぶだけで、どこからともなく走ってくるのよ。とてつもない速さで、ヘンなものを咥えて」
甚五郎は満足げにうなずく。
「それはともかくとして、今度はどこに向かうの?」
「わたくしたちはお尋ね者ですから、王都にある北には向かわないほうがいいですよ」
発達した大胸筋の前で両腕を組み、甚五郎が力強い口調で言った。
「もうひとつ、情報が集まりそうな場所がある」
甚五郎の言葉に、シャーリーとアイリアが視線を見合わせて同時に首を振る。
どうやら心当たりはないらしい。
「魔人の王とやらのいるところだ」
「え……、魔都……に……、ですか……?」
シャーリー問い返すと、甚五郎が深くうなずいた。
「この世界を支配しているのは人間と魔人の二種族なのであろう。ならば情報収集に関して魔都とやらは、王都に劣ることもあるまい」
女ふたり、ぽかんと口を開けて呆けるなか、甚五郎は旅立つべく歩き出す。
「ちょ、ちょっと、正気なの、ジンさん!?」
「さすがに殺されちゃいますよ!」
一度は背中を向けた甚五郎が、笑顔で振り返る。
「……黙って待っていても、私の長き友らは死んでゆく。ならば自ら死地に赴き、死中に活を見出すまでよ。私のいた日本には、こういう諺がある。毛穴に入らずんば、毛根を得ず」
平気な顔で嘘をつくと、娼館内に女性ふたりの唖然とした沈黙が訪れた。
だが次の瞬間、少女は甚五郎へと言い放っていた。
「い、行きます! わたくし、行きます!」
「何言ってんのかわかんないけど、……ちゃんと守ってくれるのよね?」
アイリアがあきらめたようにため息をつき、肩をすくめた。
「あたりまえだ。私はふたりの騎士であり、ふたりは私の大切な姫だからな。たとえ頭髪を失おうとも、ふたりは私が守る」
シャーリーとアイリアが同時に赤面し、向かい合って苦笑いを浮かべる。
「なら、ご一緒させていただくわ。またよろしくね、ジンさん」
「うむ。こちらこそよろしく頼む。アイリア、シャーリー。――では、いざ参ろう」
娼館を出るなり、甚五郎は叫ぶ。
「リキドウザン先せぇぇぇぇぇ~~~~~~~~~いッ!!」
アイリアが貸し屋となった娼館に鍵をかけている間に、風とともに金色の輝きを放つ巨大な金狼が、砂漠からものすごい速度で近づいてくるのが見える。その速度たるや、緑の風をまとったシャーリー以上だ。
やがて金狼は娼館街入り口で大きく跳躍すると、甚五郎の前に着地して頭を垂れた。
「うむ。良い子だ。私の頭に穴を空けた分、貴様にも存分に働いてもらうぞ」
甚五郎はふたつの金貨袋からビジネスバッグと少量の金貨だけを取り出すと、まるで首輪のようにリキドウザン先生の胴体にくくりつける。
超重量の袋とはいえ、甚五郎をも凌駕する力を持つこの金狼にとっては、何ほどのこともない。
「それを持ち、付かず離れず我々についてこい。いいか? なるべく他人に姿を見られるんじゃあないぞ?」
――ウォウ!
返事をした瞬間、リキドウザン先生の口内から緑の物体がごろりと転がり落ちる。
「ん……?」
「あんた、またそれ囓って遊んでたの? やめときなさいって。お腹壊すわよ」
唾液塗れのその物体に、アイリアが心底嫌そうに表情を歪めた。
例の魔人だ。傷こそほとんどないものの散々囓られたらしく、白目を剥いて痙攣している。どうやら意識はぶっ飛んでしまっているらしい。
甚五郎がリキドウザン先生の首をわしゃわしゃと両手で撫でながら命じる。
「これはため池の臭いがして汚いから、どこかに捨ててきなさい」
――クゥ~ン……。
しょんぼりしたリキドウザン先生が魔人の頭を咥えて、下半身を砂の大地で引きずりながら再び砂漠へと走り出す。
「さて、と」
ハゲ騎士となった甚五郎が、ふたりの主に視線を向ける。
「アイリア、案内を頼めるか?」
「は~い」
アイリアが肩に背負った革製のナップザックから、この世界の地図を取り出す。
「ええっと。王都が北だから、魔人の国は南西ね。あ、そーだ。できれば魔人の領地に入るまでに、魔法剣を手に入れてもらえると嬉しいんだけど」
アイリアがシャーリーの腰に吊されたレイピアを指さした。
「キティは魔法騎士だから触媒剣に魔法をかけることができるけど、あたしはそもそも魔法使いじゃないし、ふつうの短剣じゃ無理だから。あいつらの皮膚、ほんっとに堅いのよね」
うんざりしたようにアイリアが肩をすくめる。
甚五郎が短くなった横髪を掌で撫でて吐き捨てた。
「魔法剣というのは、例の陵辱陵辱と小うるさい女近衛騎士が持っていたようなやつか。まったく、あやつめ。私の横髪を気軽に焼き払いおって」
「ぷっ、何その話? おもしろそう……! あたしにもあとで聞かせてよ?」
アイリアが口もとに手をやって笑った。
「まあまあ、ジンサマ。あれなら毛根が死んだわけではありませんから」
「私にかかるストレスで死ぬかもしれんのだっ」
ぷんすかぴーと怒る甚五郎を無視して、シャーリーが横から地図を覗き込む。
「魔法剣の入手でしたら、やや北寄りの陸路を通って、まずは港湾都市に向かったほうが良さそうですね。あそこは貿易の中心地ですし、大陸外からの魔法剣や宝刀もあるかもしれません」
そうしてため息混じりに付け加える。
「冒険者ギルドの王都本部に出入りさえできれば、登録された冒険者でしたら魔法剣くらいは保管庫から買い取れたんですけど……」
「ふははっ、そいつはさすがに無理だな」
「ですね。あのときも時間がありませんでしたし、やはり港湾都市で探しましょう。それでいいですか、アイリアさん?」
「うん。港湾都市も王都に負けず劣らず綺麗なところって噂だから、ちょっと楽しみ。いつか家を買って住むなら、王都か港湾都市って決めてたのよね。ま、あたしが貯めたお金はぜ~んぶ焼けちゃったけど。……あンのヘドロ魔人め。さっき尻に短剣を突き刺しとけばよかったわ」
甚五郎とシャーリーが同時に笑った。
おそらくそのチャンスはこの先いくらでもあるだろう、などと考えて。
「では、そろそろ出発するか」
「はいっ、行きましょう! 至高(の毛生え)薬エリクサーを手に入れるために!」
「あはっ! 今度はどんな旅になるのか、楽しみねえ」
そうして三人は砂の大地に足跡を残し、力強く歩き出す。
顔を見合わせ、楽しそうに笑い、語り合いながら。
――毛根死滅の割合まで、あと二割。……あと、二割……。
第二部完!
仕事の多忙な次期に入ってしまいました。
第三部は更新速度が結構な勢いで落ちてしまうと思います。
気長ぁ~に待っていただけると嬉しいです。
ご意見ご感想はいつでも歓迎です!
執筆を続けていく上でのハゲみになります!




