ハゲ、まじで死んじゃう5秒前
前回までのあらすじ!
騎士団相手に無双するなか、ハゲの横髪が灼かれてち○毛化したぞ!
甚五郎がゆっくりと右手を持ち上げ、最後の黒騎士を指さす。
「……やってくれたな……貴様……。……この世界に来て……オーガには引き抜かれ……サンドワームには溶かされ……金狼には囓られ……私の長き友らは……苦しめられてきた……」
つぅと、漢の美しき涙が伝う。
「……それでも、けなげに生き残っていたやつらを灼き……まるで陰毛のようにッ……貴様……ッ!」
小柄な黒騎士が、両手に持った炎のロングソードを逆袈裟に振るった。
遙か遠く。黒騎士の間合いにはシャーリーも甚五郎もいない。だが、確かな熱を持つ赤の軌跡は、恐るべき灼熱の斬撃となって甚五郎へと飛来する。
「ジンサ――」
「しゃらくさいわァァッ!」
素手。豪腕。右腕を持ち上げ、襲い来る灼熱の斬撃を薙ぎ払った。
直後、凄まじい炎色の光が周囲で弾け、爆発音が耳をつんざく。
「きゃああああっ!」
片手で顔を覆ったシャーリーの長い銀髪が、熱風に煽られて激しく躍る。
「――我が哀しみの涙、この程度の炎で蒸発させることなどできぬと知れィィィ!」
だが、男は熱風などものともせずに吐き捨てると、両手を広げ、赤き刀身をかまえた黒騎士へと突進していた。
疾走の勢いに緩急をつけることで、横薙ぎに払われた赤の刀身の切っ先のみを掠らせてやり過ごし、振り切らせた隙を衝いて左の掌打を繰り出す。
「昇天張り手!」
だが、黒騎士は左の腰に隠し持っていたもう一振りの小刀を取り出し、迫り来る甚五郎の掌へと切っ先を向ける。
超反応。とても人間に可能なレベルの反応ではない。
「――ッ」
「~~ッ」
甚五郎の掌打と小刀の切っ先が接触する直前、だが、しかし。
「――なッ!?」
驚愕の声をあげたのは甚五郎ではなく、黒騎士だった。
接触はしない。甚五郎の掌打は、小刀の切っ先に皮一枚すら切らせることなく、空中にぴたりと制止していたのだ。
「――羽毛田式殺人術のひとつ、人骨粉砕ラリアット」
黒騎士のがら空きとなった左脇腹を、豪腕が薙ぎ払う。工夫も何もない、ただの豪腕が。
砕く。近衛騎士の誇りたる漆黒の鎧を。
「か……ッ」
一瞬の後、豪腕に薙ぎ払われた最後の黒騎士は、その鎧を砕かれながら石畳へと叩き付けられ、跳ね上がり、空中で回転しながらさらに背中から落ち、鎧の欠片を撒き散らしながら転がっていた。
「フェイントだ」
「く……」
だが、黒騎士は石畳に炎のロングソードを突き立て、膝を振るわせながら立ち上がる。
「――なッ!?」
驚愕は甚五郎のものだ。
だがそれは、必殺の一撃を受けてなお、黒騎士が立ち上がってきたことに対するものではなかった。
黒騎士の兜が割れ、甲高い音を立てて石畳に転がった。
そこから現れたのは、赤色の髪を持つ女性だった。砕けた漆黒の鎧のなかから覗く身体はうっすらと筋肉をまとい、引き締まっていながらも、女性のラインを崩していない。
「女だと……?」
「く、くそ」
女騎士が再び膝をつく。
人知れず、シャーリーが天を仰いで額に手をあてた。
ああ、またか、と。
女騎士が視線を上げて、甚五郎をキッと睨み上げる。
「くっ、殺せ! 貴様のような野蛮人に生きて辱めを受けるくらいなら――」
甚五郎は大きなため息をひとつつくと、あっさりと背中を向けて、跳ね橋を下ろすためのハンドルを両手で握り込む。
両腕の筋肉が膨張し、ゆっくりとハンドルを回してゆく。
「おい! 聞いているのか、そこの男!? わたしを人質にして陵辱したところで――」
「――ッ、やかましいッ!!」
突然の怒号が響き、黒騎士の女がびくりと震えた。
甚五郎がハンドルから両手を放す頃には、跳ね橋はすでに自重で下がり始めていた。
「胸くその悪いことをさせおって!」
「な、なんだと? どういう意味だ!?」
甚五郎が怒りを抑え切れぬ様子で吐き捨てる。
「私に、女の身体を傷つけさせるなと言っているのだ!」
「……あ、ああ? 女……だと? ふざけるな! わたしは騎士だ! 王都シャナウェルを守る近衛騎士だぞ! 女など、とうの昔に捨てたわ!」
赤髪の女が、困惑したように気の強そうな形状の瞳を歪め、怒鳴り返した。だが、甚五郎は冷静さを取り戻し、静かな口調で語る。
「貴様個人の事情など知ったことではない。だがその身体は他者を傷つけ、他者に傷つけられるためにあるのではない。いつか誰かを愛し、誰かに愛され、尊き生命を体内に宿し、健やかに育むためにある」
甚五郎は跳ね橋が下りるまでの間にジャケットを勢いよく羽織り、金貨袋を肩に担ぎ上げた。
「それは男には決してできぬことだ。貴様にしか宿せぬ、愛しき生命もあろう」
シャーリーの背中を片手で押しながら歩く。
「私は長き友を奪った貴様を決してゆるさん。……だからもう、私の前には立つんじゃあないぞ?」
すれ違い様。
発せられた言葉とは裏腹に、男はすべてをゆるす微笑みを浮かべながら。
「……」
女騎士は、ただ呆然とした顔でその背中を見送る。
彼女の心中は定かではない。けれども、その表情は女のそれへと変化していた。
シャーリーは振り返りながら、苦々しく彼女を見つめる。
「……ジンサマ、だめですよ?」
「む? 何がだ?」
「う~……」
跳ね橋が下り切る。音と、砂煙を上げながら。
だがその瞬間、瞳に映った光景に、甚五郎とシャーリーは再び立ち止まっていた。
跳ね橋の向こう側。森に隣接している街道には、百を超える人数の王国騎士と、その中心には三十ほどの近衛騎士の姿があった。
甚五郎の額から、つぅと汗が流れる。
「フ、どうやらその話は後のようだな」
「……う、うそ……でしょう……?」
背後から、どかどかと石畳を蹴る音が響いている。
「いたぞ、少女を連れた大男、あいつらだ!」
視線を流すと、南門広場を囲むように、王国騎士らが次々と細い路地から駆けつけてきていた。
その数、およそ六十。
「展開しろ! やつらの退路を断て! シャナウェル内には逃げ込ませるな!」
路地はもちろんのこと、シャナウェル城へと続く石畳のメインストリートをも、王国騎士らは埋め尽くしてゆく。
甚五郎が静かに囁く。
「シャーリー」
「……お断りします。ひとりでは逃げませんから……」
「そうではない。私からあまり離れるなよ」
「え……?」
シャーリーが甚五郎を見上げた瞬間、甚五郎が長く息を吐いて視線を上げた。
「矢の防御は任せる。後ろは極力放置、正面突破だ。いいな?」
「は、はい……」
「征くぞ!」
「はい!」
百を超える軍勢に臆することなく走り出した男に、数の優位を得ていた王国騎士らのほうが一瞬戸惑った。
誰もが考える。相手はたったひとりだ。自分以外の誰かが、なんとかする、と。
だが。
正面。跳ね橋を一瞬で駆け抜けた甚五郎は、彼らに考える暇すら与えず、近衛騎士らが横列でかまえていた盾の壁へと、跳び蹴りを放っていた。
「――羽毛田式殺人術のひとつ、爆裂32文人間ロケット砲ッ!」
足をそろえた跳び蹴りに、盾の壁の一角だった数名の近衛騎士らが、まるで爆破でもされたかのように吹っ飛んだ。
周囲にいた王国騎士らがその惨状に目を見張った瞬間、甚五郎は緑の風に乗せて、金貨袋を振り回して暴風を巻き起こす。
「――羽毛田式截拳道寂しき瞳のドラゴン先生! ホワッタァ!」
甲高い叫びとともに全身を回転させ、前後左右の騎士らを重量級の金貨袋で吹っ飛ばす。
かいくぐった騎士を蹴り飛ばし、後続の騎士には金貨袋の一撃を下段から放つ。
「アァァァァーーーーータタタタタタタタタタタッ!! ホワッ、ホワッ、ホワタァ!」
甚五郎が金貨袋を振り回すたび、王国騎士の軍勢が次々と上空に吹っ飛ばされ、街道や街道横の草原へと投げ出されてゆく。
だが、飛来する矢を緑の風で上空へと跳ね除けたシャーリーが、騎士の剣を弾き損なって銀色の肩当てで受け、膝をつく。
「きゃっ!?」
「シャーリー!」
剣を持った王国騎士を前蹴りで吹っ飛ばした瞬間、甚五郎の脇腹に槍の穂先がずぶりと侵入した。
「……ぐ……っ」
激痛に顔をしかめる。
筋肉を締めて穂先の侵入を防いだ甚五郎が、金貨袋で王国騎士の横っ面を吹っ飛ばす。
「貴ッ様ァ、どかんかあ!」
「ジンサマ、血が……っ」
「かまわん! 立ち止まるな!」
剣の雨が降り注ぐ。金貨袋でそれを受け止めた甚五郎の脇腹から、さらに赤い血液が噴出する。
「ぐう……っ!」
膝を揺らした甚五郎の背中へと、剣が振り下ろされる。
「があっ!? ぐ、おのれ……!」
ジャケットの背部を切り裂いた剣を持った騎士が、ここぞとばかりに叫んだ。
「今だ! 殺れえ!」
「この――ッ」
シャーリーがレイピアをかまえ、甚五郎を狙った騎士の首をめがけて突き出す。
しかしその刃を掌でつかんだのは、他ならぬ甚五郎だった。
「よせ! ヒトは殺すんじゃあない!」
「そんなことを言っていられる状態じゃ――!?」
「ぬうううッ!」
立ち上がった甚五郎が金貨袋を手放し、騎士のひとりをつかんで、迫り来る騎士たちへと力任せに叩き付ける。
鎧が砕け散る音が街道に響いた。
そうしてこのハゲは、小娘に微笑むのだ。
「フ、まだまだそのようなことを言っていられる場合のようだぞ?」
甚五郎をめがけて突き出されたロングソードを白羽取りで受け止め、蹴り飛ばすと同時に金貨袋を拾い上げ、振り回す。
周囲の王国騎士らが吹っ飛ぶなか、長槍を持った王国騎士が甚五郎の胸部へと穂先を突き刺す。
「ぐ……ッ、小賢しいわッ!!」
「ひ……っ」
突き刺さった長槍ごと騎士を片手で持ち上げて振り回し、他の騎士を巻き込んで投げ捨てる。
その口から、大量の白き湯気が吐き出された。
「かはあぁぁぁ~~~ッ」
その恐るべき闘神とも言うべき姿は、王国騎士らにとって、悪夢だった。
傷つけても、傷つけても、立ち止まることなく次々と仲間を屠る怪物。魔物。悪魔。
だが、ただひとり、シャーリーだけは理解していた。
甚五郎はすでに技名を叫んでいない。そんな余裕などないのだ。
常識で考えれば、脇腹を抉られ、背中を切られ、胸を突かれ、動けているほうがよほどの奇跡なのだ。
レイピアで剣を弾き、矢を上昇気流で流し、空気をむさぼる。
「誰か……」
我知らず、か細い声が喉奥からあふれ出ていた。
甚五郎は新たな傷を豪腕に負い、だが鬼神のごとき表情で兜へと頭突きを繰り出す。
鋼鉄の兜に打撃は通らなくとも、兜や頭部を支える首にダメージを与えることはできる。
傷ついた腕を振るい、血液を撒き散らしながら甚五郎は吼える。
「誰か……助けて……」
その背中へと払われた剣や槍をレイピアで弾き、魔法で甚五郎の肉体を少しでも軽く動かせるよう、緑の風をその足下へと送り続ける。
二十、いや、三十は倒した。
けれど、前方にはその三倍の人数が立ちはだかり、後方からは倍の人数が追いかけてきている。
シャーリーの弾き損ねた投擲槍が、甚五郎の肩口へと背後から突き刺さった。
だが甚五郎は無造作にそれを引き抜くと、穂先ではなく石突で騎士の首を打つ。
「やめて……この人を殺さないで……」
シャーリーを狙うものはほとんどいない。彼女が甚五郎の背後でどれだけ武器を振るおうとも、王国騎士らは甚五郎のみを狙う。
王の命令だ。
近衛騎士とは違い、王国騎士らはシャーリーの正体を知らされることもなく、ただ捕らえて連行しようとしている。そんなことのために、王は、この国は、この人を殺そうとしている。
シャーリーの瞳から涙がこぼれ落ちた。
「殺さないで! もうやめて! 誰か、誰か助けてぇぇぇぇーーーーーーーーっ!!」
――オオオオォォォォォ……ッ!
こたえる声、ひとつ。
毛根、頭皮どころかこのままじゃ本体まで死んじゃうぅぅ!




