ハゲ、舞う
前回までのあらすじ!
お尋ね者にされたハゲが近衛騎士を相手にアタタタタタタタ、ホアタァ!
おれの毛根はもう、死んでいる……。
だが、甚五郎は内心、焦っていた。
跳ね橋を上げ下げする装置は、黒騎士が四名がかりで動かしていたハンドルのような形状のものだ。
シャーリーの細腕ではまず動かない。己ならばひとりで動かすこともできるだろう。だがそれは、背中を斬りつけてくる黒騎士がひとりもいなくなってからのことだ。
なればこそ――。
まだ立っている黒騎士の数、残り二十九名。
間に合うか……?
「近づくな! 距離を取って槍で突き殺せ!」
「おお……っ!」
剣を持った黒騎士が下がり、槍を持った黒騎士が入れ替わり様に穂先を突き入れてきた。甚五郎は金貨袋の即席ヌンチャクを左肩で回転させて巻き付けると、左手で槍の穂先をつかんで引き寄せ、膝を打ち込む。
「アタァ!」
「か――っ」
黒騎士が身体をくの字に折った瞬間、金貨袋の一撃を黒の背中へと向けて右手で叩き下ろす。
ゴッと重い音がして、黒騎士の肉体が石畳へとめり込んだ。
「ホオオォォォォ……ッ」
「……くっ、化け物が! 弓だ!」
甚五郎が舌打ちをする。
放たれる前から射線を読めば、問題なく防げるだろう。二本までなら。だが、残り一本は回避しなければならない。ジラールの矢を跳ね返した距離とは違い、ほぼ至近といっていいほどの距離で。
じわり、と汗が滲んだ。
「放てぇ!」
風を切り、三本の矢が別方向から同時に飛来する。
「――お願い、シルフ!」
金貨袋を持ち上げるより早く、緑の上昇気流が甚五郎の全身を覆った。
スーツのジャケットやネクタイが跳ね上がり、少なく短い頭髪までもが激しくなびく。
「ぬぉ――ッ!?」
とっさに反応が遅れた。だが、飛来した矢は甚五郎の肉体を貫く直前で高く舞い上がり、斜め上空へと消えてゆく。
甚五郎の斜め後ろで、シャーリーが笑顔を引きつらせながらレイピアの切っ先を黒騎士の一団へと向けた。
「や、矢は通用しませんよ! わたくしがいる限り!」
「くそっ、王女が魔法使いだっただと!? 聞いていないぞ!」
シャーリーの足下には、緑の風が激しく渦巻いていた。
甚五郎がふうっと大きな息をつく。
「十分だ。シャーリー、矢を防ぐことに専念してもらえるか?」
「お任せください!」
「あと、これも頼む」
甚五郎が金貨袋をシャーリーの足下へと投げた。
どすん、と重い音が響いて、金貨袋が形状を変化させる。
「え……、ジ、ジンサマ?」
「フ、やはり武器はしっくりこん。力の調節がわからんのだ」
「……や、これ、武器ですらないんですけど……。じゃなくて! なくても大丈夫なんですかッ!?」
「さてな。武器を持つ輩と素手でやり合うのはこれが初めてだが、今は少々時間が惜しい。我々が南門に現れたと報告がいけば、他の門からも救援が来るだろうからな」
甚五郎が左右に視線を散らす。だが、その視線の先にはまだ誰もいない。
戸惑うシャーリーへと、甚五郎がジャケットを脱いで投げた。
「わっ」
「持っていてくれ」
激しく発達した大胸筋の前で、ネクタイが左右に揺れた。
「矢を防ぐための金貨袋も、金貨袋を破らぬようにと肉体を抑えておくために着ていたジャケットも、もはや必要なかろう」
瞳を閉じて大きく息を吸い、数秒止めた後に長く吐く。次に瞳を開けた瞬間、甚五郎の全身の筋肉が一気に肥大化した。
「ぬぅん!」
シャーリーが息を呑む。
ジャケットをまとっていたときとは、否、これまで戦いのなかで見てきた甚五郎という男の肉体が、一回り大きくなっている。
王都シャナウェル屈指の騎士らが、小さく見えるほどに。
甚五郎がゆっくりと右手を持ち上げ、残り二十八名の黒騎士を指さす。その足下では、彼を守るかのように緑の風が渦巻いている。
「覚悟はいいかね?」
「……ナ……メやがって……ッ! 武器を捨てて我ら近衛騎士を相手しようなどとッ!! この下民がァァァ!」
五名の黒騎士が同時に地を蹴った。
「フ、武器だと? 勘違いするなよ、小僧ども。金貨袋は武器ではない。――貧弱なる貴様らに対する、ただのハンデだ」
高速で迫り、袈裟懸けに振るわれた剣をかいくぐると同時に、具足に守られた両脚へとタックルをかまし、そのまま逆さにひっくり返す。
「のわッ!?」
次に横薙ぎに払われた剣を、逆さに持った黒騎士を盾にして防ぐ。
金属同士がぶつかる音がして、逆さづりにされた黒騎士が悲鳴を上げた。
「ひ……、や、やめろ、おまえら!」
「く!」
黒騎士たちが武器を振るうことを躊躇った瞬間、甚五郎の瞳が頭皮よりも妖しく輝く。
「好機! 喰らうがいいわ! ――羽毛田式殺人術のひとつ、ポイ捨て禁止ジャイアントスウィングゥゥゥ!」
緑の風の上昇気流を借りて、甚五郎は黒騎士の下半身を拘束したまま、一瞬で反時計回りに激しく高速回転をする。
「ふん、ふん、ふん、ふんふんふんふんふんんんん!」
「く、くそ! なんだこの技は! ジラールがやられたというのはこれかッ!?」
「ふふふふふふふんふんふふふふふふーははははははっ!!」
振り回される黒騎士は、もはや白目を剥いている。
「ぐ、くそったれ! 助けようにも近づけんぞ!」
「ふはははっ、ならばこちらから近づいてくれるわッ!! ふふふふふふふふふんふん!」
「おわっ、よせ、来るな! 来るんじゃない!」
後ずさる黒騎士四名へと向けて、甚五郎が回転の手を止めぬまま跳躍した。
緑の上昇気流にのって、高速回転をしながら甚五郎がまるで竹とんぼのように、ふわりと美しく舞い上がる。
まるで美しき踊り子を思わせるがごとく――。
シャーリーは思った。
若干、ほんの少ぉぉ~~しだけ、気味の悪い光景である、と。
次の瞬間、着地と同時に四名の黒騎士を羽根の回転に巻き込み、四方へと吹っ飛ばす。
「ぎゃああああっ!」
「うがッ!?」
だが、止まらない。甚五郎は回転をやめず、さらに勢いを増してから、手にしていた黒騎士を背後に控えていた二十三名の集団へと向けて、おもいっきり投げ捨てた。
「そぉい!」
「ぬおあぁぁぁッ!?」
投げ出された男が仲間の黒騎士数名を巻き込んで石畳に転がる。
「く、貴様、卑怯だぞ! ポイ捨ては禁止だと自分で言うたではないか!」
一瞬で六名もの黒騎士を屠ったハゲが、ぺたりとハゲた頭に手を置いて、わざとらしく声を上げる。
「おおっとぉ~、これはいかぁん。うっかり手が滑ってしまい、すっぽ抜けてしまったあぁ~。嘘をつくつもりはなかったのだが、やあ、すまなかったねえ~」
抜群の演技力で視線を逸らすハゲへと、残る黒騎士たちが一斉に突撃する。
「ふざ……ッ」
「ぶっ殺……ッ!」
「このハゲ野郎が……!」
突き出された槍を身体を傾けて躱し、がら空きの脇腹へと掌打を繰り出す。
「昇天張り手!」
「ごぼ――ッ!」
そのまま真横へと黒騎士を薙ぎ払い、顔を仰け反らせて剣の横薙ぎを躱し、首へと突き出された槍の穂先を、両手を合わせて受け止める。
「――お手々の皺と皺を合わせて白羽取りィィ! 南ぁ~無ぅ~!」
「今だ! おれが抑えているうちに殺せ!」
槍をつかんだままの騎士が叫ぶ。
甚五郎は穂先を挟んでいた両手を太刀打ちへと持ち替え、黒騎士をぶら下げたまま身体を力任せに回転させた。
「小賢しいわッ!」
「ひ――ぎゃあ!」
近寄ってきた黒騎士を巻き込まれ、鎧と鎧が激しくぶつかって石畳に転がる。
「怯むな! 殺れぇぇ!」
「おお!」
左右から迫った刃の腹を掌で軽く跳ね上げる。
頭部すれすれでふたつの刃を通過させて両腕を広げ、左右にひとりずつ、黒騎士の顔面をつかみあげた。
「――羽毛田式殺人術、BLスペッシャァァール・ハァァァードゲイ!」
叫び、ふたつの顔を力任せに叩き付けるようにして、唇同士を合わせた。がつん、と骨の音がして、いくつもの血に塗れた歯が石畳に転がり落ちる。
そうして左右に持っていた黒騎士を、渾身の力を込めて他の騎士へと投げつける。
もはや一方的だったと言っても過言ではない。
つかみ、投げ、叫び、ちぎり、打ち、叩き付ける。
三十名を超えた人数が、それも国内有数と呼ばれる実力者揃いの近衛騎士たちが、次々と倒れてゆく。
近衛騎士から見れば、まるで悪夢のような光景だろう。
たったひとりの人間に、魔人ですらない中年男に、その上ツルッパゲに、これほどまでに甚大なる被害を被ったのだから。
命こそ奪われてはいないものの、死屍累々とも言うべき惨状に、ただひとり、最後尾に控えていた小柄な黒騎士が、すらりと剣を抜いた。
「おお……! 貴様で最後だ! 征くぞ!」
甚五郎が容赦なく、最後の黒騎士へと走り出す。
だが――。
逆袈裟に振るわれた剣を掌で弾こうとして躊躇った。その熱に。赤き刀身に。
「ぬ……ッ!?」
ゴォ……!
炎が甚五郎の頭部近くを通過する。
「うおっ!!」
直後、目にも止まらぬ速度で飛び出してきた緑の風をまとう騎士が、炎の騎士へと斬りかかった。
ギィンと、風をまとったレイピアと、炎をまとったロングソードが弾け合う。シャーリーは空中でふわりと後方回転して、両足を石畳に置いた。
「ジンサマ! 危険です、下がってください! この人、わたくしと同じで魔法騎士です!」
途切れ途切れに、甚五郎が喉の奥から絞り出すような声で呟く。
「…………魔法……騎士……? ……だから……どうした……?」
低く、いつもよりも低く、ヒトではない存在が地獄の底から上げる呻き声のように。
甚五郎に視線をやって、シャーリーは戦慄する。
灼け焦げ、ちり毛となった横髪に手をあて、甚五郎は血走った瞳を見開いていた。
ハゲの残り少ない髪が、横髪がまるで陰毛のように……!




