ハゲ、WANTED-HAGE!!
前回までのあらすじ!
ハゲの男気が爆発し、冒険者たちは大喜びだ!
甚五郎とシャーリーが背後を振り返りながら走る。
冒険者ギルドを出て、市の人混みに紛れてすぐのことだった。王国騎士が血相を変えて、冒険者ギルドに飛び込んでいったのは。
「間一髪でしたね、ジンサマ」
シャーリーが額の汗を飛ばして視線を前方に戻した。
「うむ。だが、思った以上に早い。アイリアが心配だ」
「はい」
わずかに身を屈めて市を歩く人々と同じ目線で走り続ける。
頭ひとつ分、あらゆる意味で抜けている甚五郎は、そうしなければ目立ってしまうのだ。長身の上、陽光を受けて輝くゆえに。
このような時に髪さえあればと、いつも思う。
「だが、アイリアよりもまずいのは我々だ」
「シャナウェルの位置関係上、アイリアさんのいた市は冒険者ギルドよりも南門に近いですからね。シャナウェルには門が東西南北にありますが、おそらく、もうまもなく王国騎士たちに押さえられるはずです」
「その前に脱出できればとは思うが……」
買い物客らを避けながら走る甚五郎に、いつもの速度はない。さすがに金貨袋をふたつも背負っていては、重量もさることながら通行人にぶつけぬよう、気を遣う必要もある。
「シャーリー、先に行ってもかまわんぞ。キミの魔法であれば、門を押さえられる前に脱出できるかもしれん」
「行きません」
半ば予想していた回答に、甚五郎が低く唸った。
だが、それ以上の言葉はない。無駄だからだ。それがありがたくもあり、むずがゆくもある。
もっさりとした毛の生えた看板のカツラ屋の前を通り過ぎる。
「く、このような事態でさえなければ、もう一度頭皮を入手できたというのに!」
隣を駆けるシャーリーが、真剣な表情で早口に呟く。
「……生やしましょう。いつか。こんな偽物の頭皮などではなく、本物の頭皮から……」
「………………そう……だな……。……エリクサーさえあれば……夢ではないか……」
少ない後ろ髪を引かれながら、未練を振り切るように甚五郎は走り続けた。
「ジンサマ、市を抜けますよ!」
「うむ!」
シャーリーが路地へと飛び込み、何度か角を曲がる。
次の角を曲がれば、もう南門へは一直線だ。
だが――。
角を曲がった瞬間、甚五郎は右手に持っていた金貨袋をシャーリーの頭上から振り下ろしていた。
「~~っ!?」
謎の行動にシャーリーが首をすくめた瞬間、甲高い音が響いて一本の矢が弾かれていた。
シャーリーの隣で、甚五郎が立ち止まる。
そのふたりの前方に、弾かれた矢が転がった。
視線の先。
「ジンサマ……」
「間に合わなかったか」
南門の跳ね橋が、四名の黒騎士たちによって巻き上げられてゆく。
他には南門の前に立っている騎士が、およそ三十名といったところか。槍や剣で武装してはいるものの、全員がジラールと同じく漆黒の鎧を身にまとっている。
否。約一名、鎧を失ったアッシュグレイの髪と瞳を持つ男だけは別だ。
大げさに全身に包帯を巻いて、こちらへと憎悪の視線を向けている。その手には弓が握られていた。
「ジラール……! わたくしを狙ったの!?」
「いいえ、まさかまさか! 手が滑ってしまっただけですよ」
シャーリーが歯を噛みしめて顔をしかめる。
だが、甚五郎は金貨の入った革袋を持ち上げて、それに視線を向けていた。
「ほう。矢を防いでも傷ひとつつかんか。ずいぶんと頑丈な革だな」
「ジンサマ、そんなのんきなことを……! 急いで東門か西門へと向かいましょう!」
だが、シャーリーの意見を黙殺して、甚五郎は一歩前へと踏み出した。
そうして右手にぶら下げていた二袋のうち、一袋を左手に移動させ、互いの紐を手早く結び合わせる。
「無駄だ。他の門にも黒騎士は配置されているだろう。ここで背中を見せて逃げても、追われて挟撃されるだけだ」
「だって、それじゃどうすれば……っ」
シャーリーが汗を飛ばして叫んだ。
だが甚五郎は、そぐわぬ笑みを浮かべていた。
膨張した筋肉に包まれた両手が、金貨袋をぐるりと回す。
「ふははっ。何を言っている、シャーリー。知れたことだ。当然、正面突破するのみであろう」
「そ、そそそ、そんなっ、無茶です! 近衛騎士は王国騎士のなかでも選りすぐりなんですよ! それにあんな数、いくらジンサマでも!」
ジラールが弓を番えて、再び放った。
「ぬ!? ――ハァァァ……ホアタァ!」
風を切って疾ぶ矢を、甚五郎が甲高い叫びとともに金貨袋で再びたたき落とす。金貨袋を振り回す速度が、徐々に上がってゆく。
右手の袋を左の肩口で背後から回して左手で受け取り、次の瞬間には左手に持っていたはずの袋を右の肩口を回して左手で受け取る。
ヌンチャクの取り回しだ。
誰もが戸惑うだろう。このような動きで扱う武器など、この世界には存在していなかったのだから。
「フ、イケそうだ」
「え、え、ちょ、ちょっとジンサマ!?」
「ホァ、ホァ、ホァ……」
甲高い謎のかけ声とともに、ふたつの袋を肩口を通してどんどん回転させてゆく。
金貨袋の巻き起こす風が、ハゲの周囲に徐々に流れ始めた。
「シャーリー、私から少し離れてついてくるのだ。近すぎると巻き込まれる」
「う、うそ、うそでしょう? ほ、本気……じゃなくて正気なのですか!?」
「フ……」
こたえる代わりに凄惨な笑みを浮かべ、甚五郎は剣や槍で武装した黒騎士の集団へと向けて石畳の大地を蹴った。
「よもや子供の頃に映画で観た憧れの格闘家の技を試すときが来るとはな……ッ」
三本目の矢を袋でたたき上げて、さらに速度を増して走る。その後を少し離れて、レイピアを抜いたシャーリーが泣きそうな顔で続いた。
「あぁぁもうぅぅ! なんでそんなに楽しそうなんですかぁぁぁぁ!」
四本目の矢を番えようとしていたジラールへと、甚五郎の鬼面が迫る。
「ひ、ひぃ……っ、く、来るな、蛮族が――ッ!」
「喰らうがいいわッ!! 我が心の師シリーズ第二弾! ――羽毛田式截拳道、寂しき瞳のドラゴン先生!」
放たれた矢が甚五郎の頬を掠めた直後、ジラールの肉体を薙ぎ払うように、竜狩りの大剣よりも遙かに重い金貨入りの革袋が叩き付けられる。
「ホアタァッ!!」
「――イッ!?」
一瞬の後、その場にいた全員がジラールの姿を見失う。
高く、遠く、大の男は空へと吹っ飛ばされ、王国騎士の詰め所へと叩き付けられ、ごろりと転がっていた。
「ホア、ホア、ホアァァ! ホワワワワ、ハワァ!」
甲高い声で左右の足でステップを切り、全身を揺らしながら二袋の金貨袋を肩口で回し続けるハゲに、さしもの近衛騎士団も戸惑う。
暴風を巻き起こしながら、ハゲが凄惨な笑みで騎士らを威圧する。
「どうした? 来ぬのであれば、こちらから征くぞ? ――ホアアァ!」
ハゲの振り回した金貨袋を巨大な盾で受け止めた騎士が吹っ飛び、嫌な音を響かせながら石畳を転がった瞬間、他の黒騎士らが一斉に剣や槍をかまえた。
「王女には傷を付けるな、男は殺せ……ッ! ――近衛騎士団、突撃ィッ!!」
雄々しく鬨の声をあげ、黒騎士たちが甚五郎へと己の武器を振るう。
「囲め! やつはひとりだ! 四方から同時に襲えば防ぐことはできんッ!」
「死ねぇぇぇ!」
迫る槍の穂先を金貨袋で弾き上げ、甚五郎が先頭を切っていた黒騎士の腹部へと、全力での前蹴りを繰り出す。
「――ホアタァ!」
「がぐッ!?」
むろん、鎧に包まれた肉体であれば死ぬことはないだろうと計算してのことだ。
背後へと吹っ飛ばされた先頭の黒騎士が、後続を巻き込んで背中から転がった。
蹴られた黒騎士は口から泡を吐いてうずくまり、巻き込まれた黒騎士は左脚が珍妙な方向に曲がって石畳で悶絶する。
だが、それを確かめる暇もなく、左右から振るわれた剣の刃をかいくぐり、甚五郎は肉体を回転させながらヌンチャクのように結んだ金貨袋を振るう。
「アタァ!」
手応えはない。騎士ふたりを薙ぎ払った金貨袋が、あまりの重量を持つために。だが、それゆえの威力。
ふたりの騎士が遙か遠くまで吹っ飛ばされて、無残に転がった。
慣性の法則に引きずられながら、甚五郎は数回転してその動きを止める。
そして顔を小刻みに左右に振って、近衛騎士らを睨み付けた。
「ホオオォォォォ……ッ」
まるで近衛騎士たちを挑発するかのように。
ハゲに死角はない。ヌンチャクという武器の存在を知らずとも、それだけは知らしめることができた。
前後左右、すべてに対応ができる。
「ホア、ホア、ホア、ホアッ!!」
これでそう簡単には襲ってくるまい。
ハゲゴン、怒りの鉄拳!




