ハゲ、髪はなくとも金はある
前回までのあらすじ!
新たなる頭皮と小娘を庇ったばかりに、お尋ね者にされそうなハゲ!
髪さえないのに市民権までも失いそうだぞ!
冒険者ギルドのなかは、雑然としていた。
まるで食堂のように並べられた木製の丸テーブルには酒瓶が置かれ、ごろつきのような男たちがグラスを傾けて騒いでいる。
シャーリーが、入り口で立ち止まった甚五郎に耳打ちをした。
「見てくれはあんなですが、みなさん、悪い方ではないです」
「ふむ」
やれワイバーンを討伐したとか、おれはワーウルフの群れを壊滅させたとか、伝説の宝を発見したとか、酒の肴は主にそういった自慢話と、テーブルの中央に置かれたナッツ類だ。
シャーリーが足音を鳴らして進むと、テーブルに足を投げ出して酒を煽っていた赤髪のごろつきが、酒瓶を持ち上げて声をかけてきた。
「よお。おかえりィ、シャーリー。オーガの討伐は残念だったな。ただでさえ分け前の少ねえ合同討伐なのに、どこぞの怪力男に持ってかれちまったんだって? スタインの野郎が頭を抱えてたぜ! 今度こそ女房に逃げられる~ってよ!」
中年男は、顔から肉体に至るまで古傷だらけだった。だが、その肩幅は驚くほどに広く、膨張した筋肉で覆われている。そして座る席の隣には、見たこともないほどに巨大な、古びた幅広の大剣が立てかけられていた。
シャーリーが立ち止まって笑顔を向ける。
「スタインさんはいつも飲み過ぎなんですよ。無駄遣いしすぎっ」
「ハハッ、違えねえ! けど、とんだ災難だったな。しょうがねえからスタインも誘ってやったんだが、今度おれの竜狩りについてくるか? 生きて帰れりゃ分け前はきっちり三等分でいいぜ?」
そうして悪戯な笑みを浮かべ、赤髪の中年男は慣れた仕草で片目を閉じた。
「おまえさん、今はまだ小便クセえガキンチョだが、将来にゃ期待してんだ。いい女になりゃあ、もらってやるぜ」
シャーリーが真っ白な歯を見せて満面の笑みで返す。
「あはは、唾付けですか。ありがとう。でも、ごめんなさい、ガラインさん」
「わたくし、もうパーティを組みましたから」
「あ~らら、フラレっちまったよ」
ガラインが大げさに大柄な肩を軽くすくめると、いつの間にか会話に注目していた冒険者たちやウェイトレスが一斉に笑った。
「ぎゃははっ! ざまあみろ、ガライン!」
「うっせー、バァカ! こちとらおめーと違って女にゃ困ってねえっつーの!」
ガラインが笑いながら叫び、酒を煽った。
それだけで、このガラインという男がこのギルドでどれだけ有名な人物であるか、そしてどのような人柄をしているかが想像できる。
いや、それ以前にシャーリーの笑顔でも。
「ちなみに、この人がそうで、例の怪力男さんです」
「へえ?」
ガラインが赤髪をわしわしと掻きながら立ち上がり、アルコールで赤らんだ鼻を甚五郎に近づける。
「ほお、……お?」
その口がぽかんと開いた。
ガラインは決して小柄な男ではない。それどころか、王国騎士ですらその体格をうらやむほどに恵まれている。なればこその竜狩りガラインなのだ。
だが。
「甚五郎というものだ」
低く、渋い声。
圧倒される。赤みがかった顔が、瞬時にして平常に戻った。
この甚五郎という男に視線を合わせようとすると、わずかに仰け反って見上げねばならなかった。
見たこともない形状の上着を羽織ってはいるものの、前は完全にはだけていて、中央から謎のふんどしのようなものが垂れ下がっている。
どこぞの民族衣装だろうか。
だが特筆すべきは、その隙間から覗き見る筋肉だ。
まるで各ブロックごとに塊肉を合わせたかのように切れていて、それでいてドラゴンに勝るとも劣らない生命力を放っている。
熱いのだ。近くにいるだけで。
たとえば今、隠し持った短刀で突然斬りかかったとしても、この甚五郎という男はなんの焦りもなく反応を示すだろう。それがわかる。
本能が警鐘を鳴らしている。敵にすべきではない、と。
だが、なのに。
「以後、よろしく頼む。ガライン殿」
地の底、奥深くから響くような低い声とともに右手が差し出された瞬間、ガラインはテーブルに立てかけていた大剣の柄を反射的につかんでいた。
その瞬間、誰もが声をひそめて息を呑む。
冒険者ギルド、王都シャナウェル本部に緊張が走る。
「……!?」
自らが反射的に取ってしまった行動に、ガライン自身ですら戸惑った。
なのに、この男は。
「どうかしたかね、ガライン殿?」
人懐っこいにこやかな笑顔で、握手を求めてさらに手を差し出してきたではないか。
見えているはずだ。柄を持つ手が。なのに、この男は。
ガラインの喉が大きく嚥下する。まるで竜のなかの竜と言われる、古竜と相対したときのように。
でかい。肉体のみならず、その器が。
ガラインは咳払いをした後に笑みを浮かべ、大剣の柄から手を放した。そうして差し出された大きな手を、右手でつかむ。
瞬間、広間にいた冒険者やウェイトレスたちが安堵の息を吐いた。
「ガラインだ。こちらこそよろしく頼む。甚五郎」
「うむ」
ガラインがテーブル席に戻り、甚五郎に酒を持ち上げた。
「あんたも飲むかい? 奢るぜ?」
「いや、やめておこう。今は少々急ぎでな」
手にしたナッツを親指で弾き上げ、口で受け止めて噛み砕く。
「そうかい、そいつぁ残念だ」
残念だ。本当にそう思った。
ただ向かい合って立ち、握手を交わしただけだ。なのに、ガラインはこの男のことがひどく気に入っていた。
「ジンサマ」
「ああ。急ごう」
グラスを傾けながら、受付へと歩くシャーリーと甚五郎を何気なく視線で追う。
どうやら冒険者の新規登録を行っているらしい。
年若い黒髪の受付嬢といくらか会話をした後、簡単な書類を作成しただけで登録は済まされた。だが次の瞬間、受付嬢が口に手をあてて大声で問い返すのが聞こえた。
「え!? ぜ、全額ですか!?」
「できるかね?」
「え、ええ。まあ、可能ですが……。あの、では少々お待ちを」
受付嬢の視線がこちらに向けられる。
「ガラインさん、ちょっと荷物運びを手伝ってもらえますか?」
「あん? かまわんが……」
受付嬢の手招きで、ギルドの宝物保管庫へと入室する。
本来であれば登録された冒険者であろうと決して立ち入ることのできない領域ではあるが、長年在籍してギルド最大の実績まで上げているこの男だけは、特別扱いされていた。
ガラインは保管庫の棚に視線を散らす。
宝の山だ。なんどか頼まれて立ち入ったことはあったが、精霊の力を帯びた魔法剣に宝刀、貴族どもが垂涎する宝飾類、学者が目を見はる歴史彫刻から失われた、魔法使いたちが血眼になって探す魔導禁書まで。
「こっちです、ガラインさん」
「あいよ」
もっとも、そんなものに興味はない。
魔法剣には多少感じるものはあれども、いくら魔法の力を帯びたところで己の持つ大剣の重量と切れ味がなければ、魔人や竜を狩ることなどできはしないのだから。
受付嬢は貨幣棚の前で立ち止まると、一袋一千枚の金貨が入ったミノタウロス皮の大袋を指さした。
「これを三袋、羽毛田甚五郎さんに運んでくださいます?」
「………………うぇッ!?」
思わず変な声が出た。
一袋で己の大剣の重量はゆうに超えるだろう。それを三袋も。
額に驚いたのではない。最難関任務ではあるものの、竜を単身で狩れば、これのおよそ三倍は報酬が入る。
驚いたのは、その重さだ。
そいつをひとりで運ぶだなどと、バカげている。馬車でも用意しているというのであれば、わからないでもないが。
ため息をついて一袋を右肩に担ぎ、もう一袋を左肩に担ぐ。
「お、おお……」
もはや足を前に出すだけで精一杯だ。全身から汗が噴出する。
「よお、ククルちゃん」
「はい?」
黒髪の受付嬢が、ガラインにあどけない視線を向けた。
「あとでなんか奢って。肉でも酒でもカラダでもいいから」
「カラダ以外でしたら、どうぞどうぞ。わたしひとりでは何往復しなきゃわからない重さだし」
黒髪の受付嬢ククルが苦笑いを浮かべた。
とりあえず歩き、どうにか甚五郎の前へと二袋を置く。腕と背骨がどうにかなりそうだ。
「甚五郎、あんたこれ持てるのか?」
「さてな。そろった後にでも試すさ」
ため息をつき、もう一度保管庫に立ち入って残る一袋を抱え上げる。
三袋を運び終える頃には、ガラインは両手を両膝について中腰で荒い息を整えていた。
その横で受付嬢のククルが、甚五郎に受領書類のサインを求めている。
甚五郎の横に立っていたシャーリーが、こちらに笑顔を向けてぺこりと頭を下げてきた。
「お疲れ様です、ガラインさん。ありがとうございます」
「いやいや。……すっげえ重てえぞ、これ」
「ジンサマならたぶん平気だと思います」
悪夢のような冗談だ。ため息に混じって、思わず変な声が出てしまった。
やがてサインを終えた甚五郎が、金貨の入った革袋に手を伸ばした。片手であっさりつかみ上げ、重量を確かめるように上下させている。
おいおい……。
「ふむ。問題ないな」
もはや苦笑も出てこない。
もう一袋、同じ手に。少し首を傾げてから、もう一袋。やはり同じく右手に。
そうして弧を描くように振って、三袋をそろえて右肩にぶら下げた。
この男を怒らせなくて、本当に良かったと思う。
「さすがに少々重いな。……ガライン殿」
「んぁ~?」
ようやく息を整え終えたガラインの目に、空を舞う金貨の一袋が目に入った。
「おわーーーーーーーーーーーっ!?」
とっさに受け止めたせいで踏ん張りがきかず、思わず尻餅をついてしまった。
「礼だ。好きなだけ抜くといい。あとは先ほど話していたスタインとかいう輩にも分けてやってくれ。そうだな……酒はほどほどにしておけ、と伝えておいてくれ。残りは合同討伐隊に参加していた冒険者らの酒代にでもすればいい」
各丸テーブルについていた冒険者たちが、一斉に歓喜の声をあげた。
こいつはとんだ新人だ……。
「あ、ああ……わかった……」
「では、な」
それだけを言い捨てると、甚五郎という男は空いている左手を挙げ、そのまま背中を向けてスイングドアを出て行ってしまった。
「ハ、ハハ……」
まるで嵐……自然災害だ……。
そんなことを考えてため息をつき、立ち上がろうとした瞬間、王国騎士がひとりスイングドアを蹴破るようにして飛び込んできた。
「――今ここに少女を連れた大男が来なかったかッ!?」
バッカモ~ン、そいつがハゲだぁ! cvとっつぁん




