ハゲ、指名手配されそう
前回までのあらすじ!
ハゲがなんかちょっとムカつく感じの黒騎士をパンパンスパ~ンってしたぞ!
「さて、と」
アイリアが細い腰に両手をあてて口を開き、躊躇いがちに声を発した。
「え~……この国のお姫様に対してどんな口の利き方をしたらいいかわかんないんだけど」
「ああ、気にしないでください。もう王族からは勘当されてますから」
シャーリーが無気力に転がったジラールを睨みながら吐き捨てる。
「りょ~かい。じゃ、ここからは手分けするわよ」
「む? なぜだ?」
甚五郎の疑問に、アイリアがぴしゃりと言い放つ。
「あとでまとめて話す。時間との勝負だから。キティ、財布を貸して。あたしはこれから旅に必要なアイテムを買い漁ってくるわ」
「あ、はい」
アイリアが差し出した手に、シャーリーが貨幣の入った革袋をのせた。
もちろん、旅の全額だ。
「……あら、あっさり……いいの? 騙してるかもしんないわよ?」
シャーリーが眉をひそめて呟く。
「まるっきり信じているというわけではありませんが、アイリアさんがそれを持ち逃げするということは、ジンサマの信頼を捨てて、わたくしたちの前から立ち去るということでしょう?」
「あー、なるほど。ライバル減らしの手切れ金?」
シャーリーが顎に人差し指をあて、困ったような表情をした。
「それもありますが、アイリアさんは一文無しですから……その、困るでしょう? 色々と……」
不満げに呟くシャーリーに、突然アイリアが抱きついた。
「ひゃあっ!」
「うふふ、かわいい! こいつめ、こいつめ! ――娼婦式愛玩術ぅーっ!」
頬をすり寄せて背中から臀部にかけて、わしゃわしゃと両手の指を動かす。貧相な身体をくねらせて、シャーリーが喚いた。
「ひいぃ! そ、そういうの、やめてくださいぃぃぃっ!」
甚五郎が左右の眉の高さを変えて呟く。
「アイリア。何かよくはわからんが、あまり時間がないのだろう。話を進めたほうがいいのではないか?」
もじもじするシャーリーからパッと両手を放し、アイリアが真顔に戻る。
「そうだった。あたしはこれからこのお金で道具やアイテム類を買いそろえるから、キティはジンさんを連れてギルドに行って。そこでジンさんの討伐報酬を全額引き出すの」
「え……、全額ですか? かなりの額になりますから、相当重いですよ?」
「いいから。ジンさんならたぶん持てるでしょ。持てる分だけでもいいから」
「ふむ。旅での持ち運びとなると、そうだな……。シャーリーとアイリアの体重を足した程度であれば、支障なく背負えるだろう」
シャーリーとアイリアが同時に苦笑いを浮かべた。
「あたし、そんなに軽くないんだけどなぁ」
「わ、わたくしも……」
ひとつ咳払いをして、アイリアが真剣な表情をする。
「とにかく、それが終わったら南門に集合。すぐにでもシャナウェルを発つわよ」
「え……」
戸惑うシャーリーに、アイリアは気絶しているジラールを指さす。
黒騎士ジラールは白目を剥いて転がったままだ。
「あたしたち、たぶんもうお尋ね者になる寸前よ。明日までシャナウェルに留まっていたら、間違いなく捕まるわ」
「あ~……」
甚五郎が深くうなずく。
「なるほど。こやつが目を覚ませばこの一件は否応なしに発覚する。かといって、今のうちに絞め殺すというわけにもいかんからなあ」
まるで事態が呑み込めていないかのような、実にのんきな言い方だ。
否。ただ単に、この男は動じないだけだ。そう、何が起ころうとも、この男は動じたりはしないのだ。
たとえば次の喧嘩相手が、国の王であろうとも。
「だが、それならば私だけが罪を背負えば良いだけのこと。ふたりには世話になったが、ここで解散するも致し方あるまい」
甚五郎が寂しげな表情でそう呟いたとたん、シャーリーが目を見開いて食ってかかった。
「バカなことを言わないでくださいっ! わたくしのために怒り、戦ってくださった方を見捨てることは、ジンサマのなかでは正義の行動なのですかッ!?」
「む、むう……正義を盾に言われると何も言い返せん……」
甚五郎がかろうじて髪の残る後頭部をぽりぽりと掻いた。
金狼リキドウザン先生に噛まれた箇所の包帯は未だ取れず、赤黒く変色している。
「あたしもー。どうせもう帰る場所なんてないし、今さらこんなところに放り出されたって困るわ」
身体でしなを作り、アイリアが甚五郎の腕に胸を押しつけた。
「……ちゃんと最後まで責任を取ってくださいね、ジンさん?」
砂漠の民の使うローブの上からでも、彼女の胸部の高い丘陵や、細い腰部から流れる下半身へのラインは女を主張している。
瞳を潤ませ、頬をほのかに染めて、吐息は荒く。
「どーんっ!!」
シャーリーが謎のかけ声とともにアイリアに体当たりをかまし、甚五郎の前に立つ。
シャーリーとアイリアが視線を合わせ、同時に不敵な笑みを浮かべた。
だが、そのような空気などこの男は読まない。察しない。
「ではこうしよう。ふたりは私が人質として連行している、と」
「ジンサマッ! いい加減にしてください!」
「ジンさんッ! 時間がないの!」
同時に睨まれ、甚五郎がたじろぐ。
「むう。……致し方あるまい。私も腹を決めるべきか」
そうして男は、黒騎士ジラールが先ほど見せたものを真似て、右手を心臓にあてながらふたりの女性の前で片膝をついた。
「――ならばこの羽毛田甚五郎、シャルロット・リーンとアイリア・メイゼス、ふたりのためだけの騎士となろう」
きりっとした表情で、頭皮を陽光で美しく反射させながら堂々と言い放つ。
しかし言われた当の姫と娼婦は、ジトっとした視線を男へと向けていた。
「……ジンサマ。三人目、作らないでくださいね?」
「騎士かあ……。うーん、なんかちょ~っと違うんだけど、まあいっか」
甚五郎が立ち上がり、苦笑いを浮かべる。
「ならば急ごう。準備が終わったら南門へと向かえば良いのだな?」
「ええ。もし追っ手があった場合には、森に身をひそめてもう片方を待つこと。いざとなったらリキドウザン先生が王国騎士くらい追い払ってくれるでしょ。そのあとリキドウザン先生は手配魔獣にされちゃうかもだけど、あたしたちが一緒ならどうとでもなるから」
「そうですね。わかりました」
三人が同時にうなずき、視線を上げた。
「ではな、アイリア。気をつけるのだぞ」
「そっちもね。キティ、ジンさんのことよろしくね。力は強いけど、時々抜けてるから」
「はい!」
それだけを言い残すと、アイリアがローブを翻して走り出した。
その背中を見送って、甚五郎がぽつりと漏らす。
「フ……、時々抜けているなどと……なんと恐ろしいことを言うのか……」
「髪の話ではありませんよ、ジンサマ?」
「う、うむ。しかし、抜けるとか剥がれる切れるとか、そういう忌み言葉は私の心にダメージを与え、ひいてはストレスとなって頭皮にも――」
言葉を無視して、シャーリーが甚五郎を見上げる。
「行きましょう!」
「……うむ。あ、その前に」
甚五郎がジラールの黒い鎧をつかんで片手で持ち上げ、気絶したジラールごと植え込みのなかへと横たえる。
「隠しておこう。誰かに発見されると面倒だ」
「そうですね。もうしばらくは寝てくれているでしょうし。――では、参りましょう」
外衣をなびかせて軽い足取りで走り出したシャーリーのあとを、甚五郎がどすどすと足音を響かせて続く。
「シャーリー、ギルドはまだ遠いのか?」
「いえ、もうすぐそこです」
市の人混みを避けながら走るふたりに、まだ誰も視線を向けるものはいない。少々、風変わりな両者ではあるけれど、それでもせいぜい一瞥するくらいのものだ。
もっとも、翌朝には賞金がかけられているかもしれない。
甚五郎が走りながらシャーリーの隣に行き、小声で耳打ちをした。
「シャーリー、足は止めずにいくつか尋ねてもいいか?」
「はい」
銀髪の少女がうなずく。
「キミが王家であるのなら、どうして合同討伐隊の王国騎士たちはキミを守ろうとはしなかったのだ? いくら勘当され家出していたとしても、妙だろう」
シャーリーは少し躊躇った後、苦い笑みを浮かべた。そうして視線を外し、喉の奥から声を絞り出す。
「王から、妾の子は一族の恥だと教わりました。わたくしは十四年もの間、ずっといないものとされ、シャナウェル城の東塔に幽閉されていたのです。それだけならまだ我慢もできたのですが、とある人物に嫁がされかけまして、逃げてきちゃいました」
甚五郎が眉をしかめる。
「ふむ? いないものとされていた王女を政略結婚には使えないだろう」
「ええ。政略ではありません。その人には何ら権力はないのです。ただ、強いのです。ジンサマと同じく、魔人を狩ってしまうくらいに」
「……ほう」
マジンを……狩る? 金狼の牙すら通さなかったマジンを狩るだと?
甚五郎が自らの腕に視線を落とした。
この腕にできたことは、せいぜいが精神的なダメージを与えて追い返す程度のことだ。狩るだなどと、とんでもない。
「この世界には、人間の他にも支配者がいます」
「ふむ」
「それが魔人の王、魔人王なのです」
甚五郎が目を見開く。
マジンというのはあの緑色の変な鱗とかついてる薄汚い手を持つ得体の知れん女好きのスケベな生物の名前ではなかったのか……と。
「まさか、……王はシャーリーを、その魔人王とやらに嫁がせようとしているのか!?」
シャーリーが顔の前でパタパタと手を振った。
「いえいえいえいえ! まさかまさか! さすがにそれは意味がないです。わたくしを生け贄にしたところで、魔人の王が人間と同盟を結ぶことはないでしょうし。……わたくしの嫁ぎ先は、その魔人の王を狩ろうとしている人間なのです」
甚五郎の脳裏に、子供の頃に遊んだRPGの定番設定が浮かび上がる。
「マジンオー……? む? よくわからんが魔王を討つとなれば……勇者とかいうやつか?」
「まあ、英雄とか勇者とか聖騎士とか、呼び方は様々ですが、そんな感じです。その方を名目上でもリーン家に迎え入れてしまえば、シャナウェルは王国騎士も合わせてかなりの戦力を保有することになるのです。そうなれば大陸を制覇することも可能かもしれません」
しばらく無言で走る。
ハゲた頭のなかが整理できない。こんなときに髪さえ、髪さえあれば。
シャーリーが甚五郎をじろりと睨み上げる。そうして歯を剥いて、表情を歪めながら吐き捨てるように言い放った。
「そいつのところに行けだなんて言わないでくださいね、ジンサマ?」
「そのようなことはキミが決めればいい。というか、それほどまでに嫌なのか?」
「はい、そりゃあもう。生理的に受け付けません。……あの爽やかロン毛野郎……」
「ロ、ロン毛だとっ!! な、なんということだ!」
謎の過剰反応を示した甚五郎を尻目に、シャーリーは両手で自らの両腕を抱え、身体をぶるぶるっと震わせる。
「うぅ……、し、死んでもヤダ! ――あ……と、そこの木造建築が冒険者ギルドです」
「おお」
石畳の通りの向こう。丸太を組み合わせてできた三角ロッジのような建物には、まるで西部劇で使われる舞台のようにスイングドアが設けられている。
立ち止まり、シャーリーが早口で静かに囁いた。
「行きましょう。お尋ね者にされてからではギルド登録はできません。そうなってからでは討伐報酬を受け取ることもできなくなってしまいます」
「うむ。急ごう」
外衣をなびかせながら木造建築へと駆け込んだシャーリーに続き、甚五郎もスイングドアを開けてくぐるのだった。
ロン毛→×
ハゲ→◎




