ハゲ、衝撃の再会
前回までのあらすじ!
ハゲが小娘の口撃によって精神崩壊寸前まで追い詰められている間に、金色のふさふさしたやつが良いとこ取りだ!
「さて、と」
少々疲れた表情で、甚五郎が立ち上がった。
金狼は最後のトロゥルを噛み殺すと同時に、その姿を森の闇へと溶け込むように姿をくらませた。おそらくは人々を無用に驚かせぬためだろう。
気配はするから近くにはいるのだろうけれど、本当に賢い狼だと、甚五郎は考える。
甚五郎が尻に付着した土を払い、ようやく幼い少年を解放したシャーリーのほうへと視線を向けた。
「アイリアたちの様子を見てくる。シャーリーは集落に残って宿の手配を頼めるか?」
「あ、はい。それはかまいませんが、今この集落にはこの子くらいしか……みなさん逃げてしまわれたので」
ああ、そうだったかと、甚五郎は後頭部の生存部隊に手を置いた。
ふわふわとした心地が伝わり、落ち着くのだ。彼らの存在は、いつも甚五郎を勇気づけてくれる。
「……なんだよ、おっさんたち。泊まるとこがねえなら、うちに泊まっていけよ。どうせ父ちゃんも母ちゃんもいねえから」
シャーリーの手から離れた幼い少年が、ぶすくれた表情で頬を膨らませながら吐き捨てた。
シャーリーが両膝に手を置いて、中腰となって首を傾げる。艶やかな長い銀髪が、音もなく傾いた。
「いいのですか?」
少年がわずかに頬を赤らめて、照れを誤魔化すように早口に呟く。
「ああ。おいらの家は集落の最奥だ。トロゥルたちには壊されなかった。狭えけど文句は言うなよ。一応、礼だ」
少年の、にこりともしない強気な視線が、甚五郎へと向けられた。
「おっさんのおかげだ。ありがとよ」
「キミの命を救ったのは私ではないぞ?」
少年は少しだけ笑う。欠けた歯をむき出しにして。
「そんなことじゃねえ。あんたが殺したあのトロゥルは、父ちゃんの仇だった。ただそれだけだ」
甚五郎は無言で少年に歩み寄ると、その頭に大きな掌を置いた。そうして髪をぐしゃぐしゃにしながら、少年の頭皮を刺激する。
「…………ならば、もう二度と己の命を投げ出すような戦い方はしなくて済むな」
「ヘッ、そうかもな」
生意気な少年の額を指先で軽く弾き、甚五郎は視線を上げる。
「シャーリー。この子の家で待っていろ。アイリアを助けたらすぐに戻――」
「――その必要はないわよ」
甚五郎の言葉を遮って、アイリアがぐったりと両肩を落としながら暗闇から戻ってきた。
汗で首筋や肩に張り付いた乱れ髪が艶っぽい。
「どうも、ただ~いまっ」
「おお、無事であったか」
「まーね。あたしが囮になって集落の外までおびき出して、先に行かせて森に潜ませておいた集落の自警団連中に至近距離から矢を掃射させたのよ。足を狙って転がしちゃえば鈍重なやつだし、あとはどうにでもなるから」
アイリアの来た方角からは、未だ戦いの声が響いている。けれど、彼女の言った通りの展開ならば問題はないだろう。
「はぁ~、しんど……」
アイリアはふらふらとした足取りで近づくと、背後からシャーリーの肩に両腕をかけてもたれかかった。
シャーリーの肉体が、驚きでびくっと跳ね上がる。
「ひゃっ!? な、なななんですか!?」
「ごぉめん、キティ。ちょっと肩貸して。もうほんっと限界。歩けない」
まるで愛しいペットにそうするように、美しき娼婦は少女の頬に自らの頬をすり寄せる。
「な、なんでわたくしが――」
アイリアがシャーリーの頬を指でつついて、瞳を半眼にした。そうして男には聞こえぬよう、少女の耳元に艶やかな唇をあてて静かに囁く。
「いーのー? ジンさんだったらお姫様だっこしてくれちゃいそうだから、あんたで我慢したんだけどぉ? あたしが抱き上げられたら、ま~たにゃんにゃん言っちゃうんじゃないのぉ?」
「う……。も、もう! わかりましたよ! 肩は貸しますから、せめて自分で歩いてくださいねっ!」
少年と甚五郎が目を見合わせて、破顔した。
そうして少年を先頭に、彼らは歩き出す。
ようやく少年の住処へと辿り着いた彼らは、一も二もなくその場に崩れ落ち、眠りにつくのだった。
ノノ
〆 ⌒ヽ∩ ブチ!ブチ!
( ゜ω゜)ノ⌒ ミ
ヽ⊂彡(´・ω・`)
翌朝、鳥の声とともに少年カイルは目を覚ます。
客人はよほど疲れていたらしく、昨夜それぞれが倒れ込んだ場所で、太陽が昇った今も眠ったままだ。
カイルは集落共用の牛小屋へと向かうべく、サンダルを履く。
朝一番の絞りたてミルクは集落の名物にもなっていて、王都シャナウェルでも飛ぶように売れるのだ。村を救い父の仇を取ってくれた客人をもてなすには必須だ。
カイルは静かに横開きのドアを開け、一歩外へと踏み出してギョッと目を見開いた。
「うわっ! ……お、おまえ、昨夜のやつか!?」
トロゥルの喉を次々と喰い破った、神のごとく神々しき黄金の狼だ。そいつが住処の隣に、両脚をそろえてお行儀よく座っているのだ。
「……」
金狼とカイルの視線が交わる。
「お、おう。おまえの仲間なら、まだ眠ってるぜ」
――ウォウ。
金狼がカイルに視線を向けて、くぐもった声で静かに鳴いた。
これだけでも驚きだというのに、その金狼は、口から緑の物体――否、人間のものに近しい下半身をぶら下げているのだ。
食事中?
「え、ちょ、何喰っ――?」
金狼がもごもごと口を動かすたびに、緑の下半身がびくん、びくんと動いている。
「う、うわああっ!? お、お、お、おっさぁぁぁ~~~~~~~~~~~~ん!!」
カイルは大急ぎで屋内に駆け戻り、眠っていた甚五郎の両肩を勢いよく揺すった。
「おっさん! 起きろおっさん!」
「うぬ? ぬ? な、なんだ?」
甚五郎が首を左右に振りながら身を起こす。
「大変だ、おっさん! あんたんとこの狼が緑のヒト食ってるぞ!?」
「なぬぅ!?」
甚五郎の両の眼が限界まで見開かれた。飛び起きると同時にカイルの横を駆け抜け、大急ぎでドアから外へと飛び出す。
甚五郎が金狼に視線をやって、次の瞬間、額に縦皺を寄せた。
そのまま数秒考える素振りを見せた後、口を開く。
「……おい、貴様。マジンならば喰ってもかまわんが、筋張っていて硬いぞ」
――ウォウ。
そう、魔人である。金狼の口から生えている、あの緑色の下半身には見覚えがある。
もっとも、先日のようにご子息様をぷらぷらとはさせておらず、腰ミノのようなものを巻いてはいるが。
「ンだコラァ! その声はおめえかコラァ! ジンゴロコラァ! 魔人は喰ってもいいとかバカかてめえはよォォ? 生きてんだよォ? 魔人だってけなげに生きてんだよォ?」
金狼に上半身を喰われたまま、魔人が狼の口内で叫んだ。その様子に、甚五郎が口もとに手をやって突然噴き出した。
「ぶはっ、ぶふぉぉ~、ぷくぅ! そうしていると新種のキノコみたいで超ウケるぞ貴様。元気そうではないか」
「ああ? 元気だとォ? 見ての通り死ぬ直前だコラァ! 割と真剣に助けろてめえコラァ!」
金狼がもごもごと口を動かす。どうにか上下の歯で魔人を噛み砕こうとしているが、ごぎり、ごぎりと、珍妙な音が鳴り響くばかりだ。
どうやら金狼の牙をもってしても、魔人の鱗は硬いものらしい。
――ウォウ!
まるで大きな骨を囓る犬のようだ。
「いぎゃぎゃぎゃぎゃ! おう! おうコラ! やめてくださいオイィ!」
がり、がりっ。
「おぎぃぃ~~~ッ!? 痛ででででッ!? ひぎぃぃぃ! 穴が空いちゃう! 俺様の肉体に穴が空いちゃうぅぅ!」
魔人はどうにか金狼から逃れようと、その口に両手をついて突っ張るも、金狼は何度も噛み砕こうと首を動かして喉奥に導き、口内で魔人の位置を変えては咀嚼を繰り返している。
そのたびに、金狼の口から垂れ下がった魔人の下半身がビクンビクンと痙攣しているのが見ていて哀れを誘う。
――ウォゥ~……。
やがてあきらめたのか、金狼がクイっと首を傾げると同時に、口内の魔人をポイっと吐き出した。
全身涎にまみれた魔人が、地面に顔面から落ちて転がる。
「生きているか?」
とたんに跳ね起きた角を失いしハゲ魔人が、甚五郎へと向けて中指を押っ立てた。
そうして、表情筋豊かに甚五郎を挑発する。
「ンだコラァ? てめぇジンゴロコラァ! 聞いてねえぞコラァ! なんだこのかわいいやつはコラァ! 死ぬかと思っただろうがよぉぉぉ? おお? 繋いどけや!? こういうかわいい凶暴なやつは繋いどけや、アァン!?」
やはり見覚えのあるやつだった。
緑色の変な鱗とか付いてるちょっと気持ち悪い感じの薄汚い手を持つ魔人。アイリアのいた娼館街を襲撃したやつだ。
へし折ってやった角は、まだ生えていないようだ。
「……貴様、まだ角が生えていなかったのか。なんと生命力無き哀れな頭皮よ……」
「毟り取った張本人のてめえが言うな!? 常識ねえのかよ!?」
甚五郎がしたり顔で魔人を指さす。
「なるほどな。さては貴様、その復讐に私を夜討ちしようとして、金狼に囓られたな?」
「アァン? てめえが卑怯にも俺様に内緒でよぉ、こんなかわいいやつを飼い出したからだろうがよォ。俺様はよォ、ちゃ~んと真正面から夜襲をかけてやるつもりだったのによォ! あんまりにもかわいいやつがいたからよォ、ちょっと触ろうとしたらこの様よ! この卑怯者がッ!! ぶっ殺してやんよ! おら、この前の続きをしようぜ――お……お……、おぎゃぎゃぎゃぃぃぃぃ!」
身構えた魔人の頭部を、金狼が再び無造作に囓った。
「いがががががッ!! ちょ、マジでやめて! 頭はやめて! 今、角が生えるか生えないか微妙な時期だからッ!」
金狼は何度も首を振り、どうにか牙で堅い魔人を噛み砕こうとするも、やはり、ごり、ごり、と珍妙なる音が鳴るばかりで、トロゥルのようにはいかないらしい。
「ちょ、痛い! あ、ちょ、放せコラァ! いぎぃ!?」
しかしやはり魔人の肉体性能は侮れない。金狼の咀嚼力をもってしても噛み砕けないとは。
「ぷ、ぶふぉぉぉ~~! 貴様超ウケるなッ!」
「なんだとコラァ! 殺すぞハゲェ!」
甚五郎が真顔に戻る。
「……そのまま死ね」
「ごめんなさい。今日のところはもうゆるして差し上げますんで、もう一度見逃してください」
金狼は良い玩具を見つけたとばかりに、緑色の変な鱗とか付いてるちょっと気持ち悪い感じの薄汚い手を持つ魔人をもてあそぶのだった。
ちなみにこの魔人は、ため池味。




