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ハゲ、その頭皮敏感につき

前回までのあらすじ!


小娘に頭皮を散々もてあそばれたハゲ!

その悲しみの腹いせに、ストーカー軍団にトラウマを植え付けてやったぞ!

 苦い笑みを浮かべて、アイリアが両手を細い腰にあてた。


「覚悟はしていたけど……」


 砂の魚亭、砂底の間。

 従業員らがてんやわんやで食堂の片付けをしているなか、甚五郎は眠りに落ちたシャーリーを背負って、客室101の扉を開けたのだった。

 砂底の間は、シャーリーが己のためにと予約していた部屋だ。当然、女性の、しかも子供ひとりでの宿泊となれば、安いビジネスホテルのシングル程度の広さでしかない。


「少しばかり手狭だな。まああの騒動で店側に追い出されなかっただけ僥倖(ぎょうこう)と言えよう」

「……誰のせいだと思ってるの?」

「す、すまん」


 甚五郎がまるで酸っぱいものでも食べたかのように、顔をキュっと歪めた。


「つい、カッとなってしまったのだ」

「それは彼らがジンさんの頭部を罵ったから?」

「そうだが」


 アイリアが蠱惑的な笑みを浮かべて甚五郎を斜め下から見上げる。


「ほ~んとに~?」

「もちろんだ。人前で私の頭部をなじり、恥を掻かせるなどと、まったくもって卑劣な輩だった」


 左右に揺れるネクタイの奥、逞しい大胸筋を拳でノックして、アイリアは囁いた。


「…………ありがとね、ジンさん」

「む? 何がだ?」

「あのねえ、あたしにはとぼける必要はないわよ。キティみたく子供じゃないんだから」


 甚五郎が、やりにくそうに表情を歪める。

 やがてゆっくりとため息をつくと、低く静かな声で呟いた。


「…………まあ、あれだけやっておけば、私がともにある限り、貴女につきまとうことはないだろう。ケガもさせてはいないしな」

「や~っぱり全部計算尽くだったのね。もう。……ふふ、あたしを本気にさせる気?」


 その質問にはこたえず、甚五郎は肩をすくめると、シャーリーを背負ったまま部屋の入り口をくぐって、真っ先に奥の窓を開け放った。

 射し込む月の光を頼りに、木造のテーブルに置かれていたランプに火を入れる。

 ぼんやりとした暖かな明るさが、室内に広がった。

 ふと気づくと、部屋の隅に透明な楕円形の物体が置かれていた。ランプの光が灯るまでは気づかないほどに、透明なのだ。


「なんだこれは?」

「ああ、水魔法ベッドよ。ここの店主、魔法使いの素養があるらしいから」

「ほう、これがか」


 簡素な椅子を部屋の隅に置き、シャーリーの頭を壁にもたれさせるようにして椅子に下ろす。

 その後、甚五郎はまるで子供のような笑みを浮かべながら水魔法ベッドに手をあてた。

 水魔法ベッドはふよふよと形を変えて、筋肉の鎧に包まれた甚五郎の腕を包み込む。


「うむう。なんと面妖な」

「冷たくて気持ちいいでしょ。でもねえ」

「うむ。これで眠っては深夜に風邪を引くな」


 アイリアが眉をひそめて唇に指をあてた。


「たぶん、砂底の間は夜に旅をして昼に休む商隊に貸してた部屋じゃないかな。砂漠は昼間は暑いけど、深夜は気温が下がっちゃうから」


 そうして声をひそめ、躊躇いがちに呟く。


「ねえ、ジンさん。キティって何者なの?」

「さてな」


 甚五郎が椅子もカーペットもないフローリングに、どっかりと腰を下ろした。そのすぐ横で、シャーリーは静かな寝息を立てている。


「私のいた日本という国では、こうして地べたに座るのだ。もっとも、こことは違って入り口で履き物は脱ぐのだがな」

「へえ、そうなんだ。じゃ、あたしも」


 アイリアが長いスカートを両手でつまみ、甚五郎の正面にふわりと腰を下ろした。

 長い、とは言っても、太ももの前面部のみ短く切り取られているため、際どいところまで見えてしまうのだが。


 だが、それでも。この羽毛田甚五郎という男は、顔色ひとつ変えないのだ。

 そして百戦錬磨の娼婦だったアイリアという女性もまた、それを気にしたりはしない。寝息を立てている少女ならばいざ知らず。


 甚五郎がビジネス用の革靴を脱ぐのを見て、アイリアが同じく自らのサンダルを脱ぎながら語った。


「旅慣れていないわよね、この子。砂漠の温度差さえ考慮に入れてなかったんだから」

「うむ。おそらくな。……アイリア、この世界では、十四で冒険者になるというのはよくあることなのか?」

「何言ってんの。珍しいに決まってるでしょ。肉体ができあがってもいないのに冒険だなんて。あたしが冒険者になったのは十七の頃よ。それでもまだ早いと言われたわ」

「やはりそうか」


 甚五郎がシャーリーを見やる。

 少女は静かに寝息を立てたまま、目を覚ます気配もない。先ほどまでの手の付けられ無さが、まるで嘘のように穏やかだ。


「丁寧すぎる言葉遣い。十四で冒険者。砂漠の気温などからわかる世間知らず……か」


 今になって思い起こせば、五十名からなる合同討伐隊のなかで唯一、危険を(かえり)みずにオーガやワイバーンから自分を救おうとしてくれたことも不思議だ。

 他の四十九名から察するに、性善説の成り立つ世界ではなさそうなのだが。

 アイリアがシャーリーに視線をやって呟く。


「どこかの貴族かもね」

「貴族?」

「ああ、もちろんあてずっぽうよ? 高貴な出自のお嬢様かもしれないって思っただけだから」


 甚五郎が発達した大胸筋の前で両腕を組んだ。


「まあ、おそらくそうだろうな。なにゆえ冒険者などに身をやつしたかはわからんが」

「尋ねる気はないんでしょ?」


 甚五郎がうなずく。


「興味がないと言えば嘘になるが、過去など他人がそうむやみに掘り起こすもんじゃあないだろう。私も、貴女もな」


 人々を苦しめてきた過去を持つ男と、娼婦だった過去を持つ女が、同時に苦笑する。


「優しくしてあげなよ」

「そうだな。シャーリーもアイリアも、私の命の恩人だ」


 アイリアがはにかむ。


「あら、あたしとキティを同列に並べてもいいの? キティったら怒るわよ~? にゃんにゃ~ん!」

「くく、ふはは」

「あはっ、あはは」


 ひとしきり笑ったあと、甚五郎は膝を叩いて立ち上がった。


「さて、私は毛布を借りてこよう」

「あ、あたしも行く」

「ここで待っていてくれ。シャーリーが目を覚まして混乱すると可哀想だ。椅子から落ちるかもしれんしな」

「何よう、やっぱりあたしは二番目なの?」


 甚五郎がばつの悪そうな顔をして、頭髪なき頭皮に片手を置いた。


「フ、そういじめないでくれ」


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                し \:::

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 翌朝、シャーリーが目を覚ますと、奇妙な物体が横にあった。

 上体を起こして毛布を下げる。


「……?」


 アイリアは部屋の隅で毛布にくるまって眠っているが、甚五郎はなんとも珍妙なことに、身体に毛布こそ掛けてはいるものの、その守るものなき頭部を水魔法ベッドのなかに埋めて眠っている。


 寝ぼけ眼で額に縦皺を刻み、シャーリーはもそもそと甚五郎の眠っている場所へと四つん這いで近寄っていった。


 よく眠っている。

 いかにもいびきをかきそうな図体にもかかわらず、行儀良く手足をそろえて静かな寝息を立てているあたり、どうにもかわいらしいと思えてしまう。

 シャーリーが指先で甚五郎の頬を少しつついた。


「ふふ」

「……」


 反応はない。規則正しい寝息にも変化はなかった。

 今度はアイリアが眠っていることを確認した上で、高鳴る胸をひた隠し、恐る恐る丸出しとなっている大胸筋に指先を近づける。


「……わ、わあ……」


 思ったより柔らかい……。

 堅そうに見えるのに、とてもしなやかな筋肉だ。抱きしめられたら、どうなってしまうのだろうと考えると、血液が一気に頭に上った。

 ああ、すごい。よだれが垂れちゃいそう。


「あ、あの、も、もう少しだけ触ってもいいですか……?」


 その囁きにも、甚五郎は何ら反応を示さなかった。

 もしかしたら起きているのかもしれないと思い、しばし待つ。


 うず、うず。


 結局数秒待っただけで、シャーリーはぺたぺたと甚五郎の身体を触り始めた。

 胸、腹、さすがに股間は勇気がなくて回避。頬。


「起きない……」


 シャーリーが喉をごくりと嚥下させた。

 水魔法ベッドに包まれた、毛髪のない美しき頭皮に視線をやって。

 大丈夫。これだけ触っても起きなかったのだから。今なら触れる。彼が己の肉体で最も大切にしている、あそこを。


 正確にはすでに昨夜、それを成し遂げていたのだが、残念ながらシャーリーにはその記憶はない。


 水魔法ベッドをそっと押す。細腕を呑み込んで、粘土のように水が形状を変化させた。

 ひんやりとしていて気持ちがいい。

 水魔法ベッドの形状を少しずつ変えながら、シャーリーは自らの手を甚五郎の頭皮へと近づけてゆく。


 心臓はもはや破裂しそうなくらいに高鳴っている。

 顔は熱く、自分が赤面しているのを感じられる。


「大丈夫……大丈夫……ッ、……よし……!」


 意を決して、水を掻き分け頭皮に手を動かした――だがその瞬間!


「うぬッ!?」

「ひゃっ!?」


 シャーリーの細腕を、筋肉の塊のような甚五郎の手ががっちりとつかんでいた。


 どうして、とパニックに陥った。

 先ほどまで、どこを触ってもまるで反応を示さなかったというのに、その頭皮だけは触る直前にもかかわらず気づくだなんて。


 くわっと甚五郎の瞳が見開かれる。

 その肉体が熱を発し、筋肉が目覚めるのがわかった。同時に、素人ですら感じ取れるほどのびりびりとした殺気が爆発する。


「ぬふぅ~っ! 寝込みを襲うとは卑劣な! 何やつだァ!?」

「あわ、あわわわわ……っ」

「む? なんだ、シャーリーか」


 チビるかと思った。ほんの一瞬だけ股間のパッキンが弛んでしまった。


「ごごごめごめごめんなさいっ」


 だめ、だめ、勝手に身体を触っていたなんて知られたら嫌われちゃう! 変態な娘だって思われちゃう! 違うのに! 絶対に違うのに!


「ち、違……ぅぅ……」

「ああ、私が頭を水魔法ベッドにつっこんで眠っていたから、心配してくれたのか」


 それだぁ~~!


「そ、そう! そうなんです! だ、大丈夫ですか? 息はできていましたか?」


 心臓が先ほどまでよりも、さらに激しく胸を叩く。

 甚五郎は少々ばつの悪そうな表情で、額軍の侵略からかろうじて防衛ラインを維持し続けている生存部隊の残る後頭部に手をあてた。


「ふはは、驚かせてすまなかった。ここのところ気温の高い地域を歩き続けてきたゆえ、冷やして毛穴を引き締めておきたかったのだ」


 セーフ! 神様信じてないけどありがとうございます!


 シャーリーは平たい胸をそっとなで下ろした。

 ゆっくりと身を起こした甚五郎が、シャーリーの手を静かに放す。


「毛穴の緩みは気の緩み。我が長き友(頭髪)らの住処は、いつでも住みよくしておかねばならん。家出などされては、たまったものではないからな。ふはははははは!」


 これって笑ってもいいところ?

 部屋の隅では、アイリアが静かに肩を震わせていた。


妄走特急小娘、後戻り不能で~す。


※たまに入るAAは、眠っている甚五郎が見た夢です。

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