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ハゲ、そして光り輝く伝説へ ~第一部完~

前回までのあらすじ!


大人の色香むんむんで迫る娼婦アイリア!

そしてハゲは、まるで髪の毛のように彼女をそっと優しく包み込むのだった!

 だが、アイリアの予想を裏切って、甚五郎は彼女をベッドへ導こうとはしなかった。


「アイリア」

「な、何?」

「ありがとう。だが、よすのだ。どうかそのようなことをしないでくれ」

「……え? え? あ、あたしが失敗したから……?」


 甚五郎が優しげな笑みでゆっくりと首を左右に振った。


「やっぱり娼婦は嫌なの?」


 またしてもゆっくりと首が左右に振られる。


「あ。あの子、シャーリーがあんたの恋人? だったら黙っててあげるから」

「違う」

「なら、どうして? あんたならこれから先もずっと商売抜きでいいのよ? あ、あたしのことが好みじゃないなら、そう言ってくれても――」

「違うのだ。アイリア。そうではない」


 戸惑うアイリアと、優しげな微笑みの甚五郎が至近距離で見つめ合う。


「どうか私を、正義のままでいさせてくれないか」


 困惑のあまり、アイリアの眉根が寄せられた。


「……?」

「私はな、アイリア。礼がほしくて、いや、貴女を抱くために助けたのではない。どうかこの正義に誇りを持たせてくれないか」

「ジンさん……」

「これまでの私の人生は後悔ばかりだったのだ。ストレスで頭髪がこのような散々たる有様になってしまうほどに」


 そうして甚五郎は静かに語る。

 日本という国の会社組織にいたときにしてきたことから、この国へと迷い込んだときに誓った正義への思いを。

 すべてを聞き、アイリアは悲しげに瞳を伏せた。


「……その頭髪は、あんたの人生の後悔そのものだったのね……」

「……んぐっ!? がふっ! は、はぁ、はぁ……。そ、そうだ。ゆえに私はもう、決して間違うことはできないのだ。これ以上、私の髪たちを減らさぬためにも」


 そうして甚五郎は、先ほどと変わらぬ言葉を繰り返す。


「どうか頼む。私の正義に誇りを持たせてくれないか」

「そっか……、そう……なんだ……。…………うん、そうね。わかった」


 アイリアが吹っ切れたように微笑むと、甚五郎が小さく安堵の息を吐いた。


「フ、実は貴女のような美しい女性にこうしていられると、私自身、己の欲を抑え続けることは難しい。今にも気が変わりそうで、正直すでにぎりぎりなのでね」


 アイリアの両腕を放し、甚五郎は照れ笑いで後頭部を掻く。


「その言葉と表情だけで、今夜は満たされるわ。……優しいのね」

「ふははっ、そうでもない。己の身勝手を貫き、アイリアの心よりの礼をないがしろにしたのだからな」

「ううん、わかったわ。あたしもジンさんの想いを尊重したいから」

「ああ、すまない」


 少し乱れた服装を整えて、アイリアが切れ長の瞳を細める。


「…………でも、ね、ジンさん。この気持ちがお礼や商売ではなくなったときになら、このカラダを受け取ってくださる?」

「そうだな。そのときに互いを愛し愛されていれば、喜んで」

「あははっ、あんたらしい、まっすぐなこたえね。手強い男は好きよ」


 甚五郎が薄く笑って肩をすくめた。

 アイリアはベッドから立ち上がると、廊下へと続くドアの前で一度振り返って呟いた。


「明日、もう発つの?」

「そのつもりだ」

「朝食くらいは作らせてね? まさかそれまで断ったりはしないわよね?」


 甚五郎が鼻で笑って、会心の笑みを浮かべる。


「フ、あやかろう。そうだな、シャーリーとアイリアの分も合わせて三人分だ。食事はみなで採ったほうがうまい」

「いいわね、それ。家族みたい。なんだかそういうの、久しぶりだな。――じゃあね、ジンさん」

「ああ、ひとつ訊かせてもらえるか? あの魔人とやらは何が目的だったのだ? やつの大切な角を毟り取り、恥辱と哀しみを頭皮に刻みつけた手前、少々気になってな」


 アイリアが苦笑いで呟く。


「あははっ、女なら誰でもいいから嫁に来てくれ~って泣きながら足にすがりついてきてたのよ。魔人種はほとんどが男だから切実さはわからないでもないけどね。でも、魔人って傲慢なやつばかりだし、愛し愛されてもいないのに、そんなのや~よって断ったら、逆ギレで娼婦たちをさらおうとしてきて、結果この有様ってわけ」

「……なんと嘆かわしいやつよ」

「悔しかったらジンさんくらいイイ男になって来いって、次は言ってやるわ」

「フ、そう買い被らないでくれ。まあ、魔人に関しては、そのような理由だったのならばよかろう。ありがとう。おやすみ、アイリア」

「おやすみ、ジンさん」


 数秒、待つ。

 アイリアはドアを開けない。その理由には甚五郎もまた気づいていた。


「……もしも~し、そろそろ開けるわよ?」


 そう呟いて、アイリアが廊下に出るはずのドアをノックすると、大慌てで走り去ってゆく小さな足音が聞こえた。

 甚五郎とアイリアが顔を見合わせて、苦笑いを浮かべる。


「まったく。最近の仔猫ったらお行儀が悪いわね」

「砂漠にも猫がいるのか?」

「何言ってんのよ。どこかの誰かさんが連れてきた仔猫ちゃんでしょ」


 ああ、と気がつく。

 何者かが盗み聞きをしていたことにまでは気がついていたが、それがシャーリーであることにまでは気づいていなかった。


「あのねえ……ジンさん。言っとくけどあの子、あんたが気絶してる間、にゃあにゃあ鳴いててかわいらしいったらありゃしなかったわよ」


 あきれたように、アイリアが両手を腰に当てた。


「そうなのか?」

「そうそう。だから恋人かと思って勘違いしちゃったのよね」

「ふははっ、妙なことを言う。年が離れすぎているだろう」


 アイリアが大きなため息をつく。


「はぁ~……。お気の毒。じゃあね」


 ドアが完全に閉ざされてから甚五郎は再びベッドに身を倒し、腕を枕にして呟く。


「………………少しばかり惜しかったか……」


 よほど疲れていたのか、その日はすぐに眠りについた。


                 ノ

          彡 ノ

        ノ

     ノノ   ミ

   〆⌒ ヽ彡     

   (´・ω・) 


 翌朝、ぶすくれたシャーリーとアイリアとともに朝食を済ませ、旅支度を終えた三者は娼館のドアに南京錠を掛けた。


「じゃ、行きましょう、ジンさん」

「え、ちょ、ちょっと待ってくださいっ! どうしてアイリアさんまで一緒に来ることになっているんですかっ!」


 唖然とする甚五郎の前で、シャーリーがアイリアに食ってかかる。


「あら、昨日ちゃんと話したはずなんだけど、もう忘れちゃったの? あたしの娼館、全焼したから。ちなみにこの館は他の娼婦のものなのよね」

「む、いかんな。ならば砂漠の街まで送ろう。かまわんな、シャーリー?」

「そ、そういうことなら……仕方ない……ですけど……」


 甚五郎とアイリアの間に入って、シャーリーはアイリアを睨み上げる。


「むー……」


 アイリアは昨夜と同じ服装にマントとフードを被っているが、その腰には二本の短剣が吊されている。

 それも、柄を見る限りかなりの使い込みようだ。まるで手練れの冒険者のような。


「できれば冒険者ギルドまでお願いするわ。だってあたし、もう娼婦を辞めるんだから」

「そうなのか」

「え……、ちょっと、アイリアさ――ひゃ!」


 アイリアが豊かな胸を張って、背の低いシャーリーを腰で押しのける。


「これでも元冒険者だったのよ。昨夜は武器を手に取る暇もなかったから一方的にやられちゃったけどね。住処を失ったから、買い戻すためにまた最初からやり直しよ」


 そう言って二本の短剣を抜刀し、両手で大道芸のごとくくるくると取り回す。

 高く投げて踊るように回転しながら片手で受け止め、もう片方の短剣を背後へと振りながら両脚を宙に浮かせ、あたかもそこに敵が存在するかのように蹴りを放ってから身をひねり、スカートを翻して着地する。


「ジンさんの絶技に比べれば子供だましだし、魔人なんて絶対にひとりでは挑みたくないけど、少しは役に立つつもりよ」

「な、な、なぁ~~ッ!?」


 シャーリーがその場に両膝を突く。

 明らかに剣技ではアイリアが勝っている。もっとも、シャーリーが例の魔法とやらを発動すればそう劣ったものでもないだろうが。

 そんなことを考えて、甚五郎は瞳を細めた。


「え、え? ギ、ギルド登録後は、つ、ついてこないんですよ……ね?」

仔猫(キティ)にはね」

「猫扱いしないでくださいっ! 猫よりは役に立てます! シャーリーですっ!」


 砂混じりの強い風にスカートを揺らし、アイリアが不敵に笑った。


「あはっ、呼び方が気に入らないなら、あんたは返事しなくてもいいわよ。あたし、ジンさんに勝手についてくことにしたから。商売でもなく助けてもらったお礼でもない関係でしか一線を越えられないなら、これまでの自分を捨てるくらいのことは簡単だもの」

「むあぁぁ~~~~~ッ!! 一線を越えるってなんですかぁ!」


 奇声を上げて、シャーリーが銀色の髪に手を入れて頭を抱えた。


「あっら~? キティったら、あ~んなに熱心に聞き耳立ててたくせに、知らないだなんて言わせないわよ~?」


 甚五郎が苦笑すると同時に、シャーリーが銀髪をわしゃわしゃと掻き毟る。


「むいいぃぃぃ~~~~~ッ!?」

「こらこら、髪を毟るのはよさないか。八つ当たりは良くないぞ、シャーリー。私の頭部のように、哀しみを背負いたくはないだろう?」

「あ、はい……。絶対ヤです……」


 アイリアがあきれたように額を押さえてうつむく。


「……キティ、素直に返事しちゃジンさんが可哀想よ」

「はぅあ!? すすすみすみませんジンサマ!」

「ふははははっ、き、ききき気に気にしてなないぞ!」


 銀色の髪を持つ少女に背中を向けて目元を拭い、甚五郎は笑顔で空を見上げた。

 涙がこぼれないように。


「ジンサマ、ジンサマ、すみませんってば。泣かないで」

「なな何がかね? 私は泣いてなどいないぞ?」


 旅は道連れ世は情け。騒がしくなった。


 そんなことを考えながらも、羽毛田甚五郎は今日も異世界を征く。

 その頭皮で、朝日を美しく反射させながら。持ち前の筋肉だけを武器に。

 いつか最強の毛生え薬(エリクサー)を手にする、その日まで――。



第一部完!


書き溜め分が終わってしまいました。

続きの更新頻度は未定です。

つっこみとか感想とかつっこみは歓迎です。

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