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ハゲ、愛なき夜に

前回までのあらすじ!


ハゲの奇妙な必殺技が、頑強なる魔人の心と角をポッキリへし折った!

そして角を失った魔人はハゲるのだった……。

 ここはどこだ……。


 木造の柱に、土を固めた壁。部屋の隅に置かれたランプの炎が小さく揺れている。

 風の吹く音がしている。


 掛けられていたキルトを横に除けて、甚五郎は上体を起こした。木造のベッドが小さく軋む。


「シャーリー? いないのか? く、私は気絶していたのか。あれからどうなった?」


 痛む箇所は全身にあるが、動くに支障を来すほどではない。いつもより、幾分か身が重いくらいのものか。


「あ、あんた、目が覚めたんだね。良かった。あんたの連れの子なら一階で眠ってるよ。だから安心して」


 女の声に振り返ると、部屋の入り口に見知らぬ女性が立っていた。思い出そうとして頭を押さえて唸る。


「む、う?」


 胸元の大きく開いた上衣から覗く、二つの丸い丘陵が扇情的だ。腹部から胸元までをカバーする編み上げ式のコルセットは、彼女の腰部の細さを強調している。

 それだけならまだしも、左右と臀部こそ布に覆われているけれど、肝心の前面だけが太ももの上部までしかないスカートを穿いているから、長い足がほとんど丸見えだ。

 髪は腰まで届くほどに長く、瞳はシャーリーの大きな目とは違って切れ長。口には薄紅が引かれ、頬にもうっすらとチークが施されている。


 シャーリーよりは年上だろう。

 シャーリーのような年若い娘であれば忠告を与えねばならない類の服装ではあるが、妙齢のこの女性にはとてもよく似合っている。

 だが、やはりこの女性に見覚えはないけれど。


「…………美しい……」

「あはっ、ありがとっ」


 女性は横髪に手を入れ、少し照れたように笑って簡素なテーブルの上に置かれていた陶器のポットからカップへと水を注いだ。

 そうしてベッド近くまで歩み寄り、腰ではなく膝を曲げて甚五郎へと差し出す。


「どうぞ?」

「すまない。いただかせてもらう」


 差し出されたカップを受け取って、甚五郎は一気に水を飲み干す。

 染みる。身体の隅々まで、血管から細胞まで、行き渡り。生き返ってゆく。

 空になったカップへと、女性がもう一度水を注ぐ。


「かたじけない」

「い~え。気にしないで。ここはそういう宿だから」

「……?」

「ましてや、あんたは特別だからね」


 飲む。もう一度、一気に、喉を鳴らして。

 ふぅと息を吐いて、甚五郎はカップを女性へと返した。


「馳走になった。ここは砂漠の街か?」

「ううん、それはまだ先よ。と言っても、ラクダも水もなくても一息で到着できる程度の距離にはあるけれど」


 女性が甚五郎のいるベッドに腰を掛ける。

 香の薫りだろうか、女からは、ふわりと花のような匂いがした。

 だが、動じない。この程度では、この男は動じないのだ。


「そうか。マジンとやらに襲われていた集落の燃え残りか」

「半分正解。場所はあっているけど、ここは集落なんかじゃないわよ。ここは砂漠の街の人たちや旅の商隊なんかが立ち寄る宿だから。と言っても、半分は灼けちゃったけど」


 女性が肩をすくめた。


「娼館か」

「正解。どうしてわかったの?」


 甚五郎は事も無げにこたえた。


「旅の商隊はともかく、すぐ近くにあると言った砂漠の街の民が利用するには、少々殺風景にすぎる宿だ。となると、相応のサービスがあるのだろう」

「……すごいね、あんた」


 ニヒルな笑みを浮かべて、甚五郎が口調を和らげた。


「ふはは、半分は当てずっぽうだ。実は貴女の服装から推測した。そのドレスは貴女によく似合っていて、とても女性的で魅力的だ」

「あはっ、人によっては軽蔑されるんだけどね。あたしたちみたいなのはさ」


 苦笑で肩をすくめた女の言葉に、甚五郎はゆっくりと首を左右に振る。


「そのようなことは些事。それより他の娼婦たちはどうした? 無事なのか?」

「あたしが囮になって逃がしたから平気よ。砂漠の街の冒険者ギルドに報せに走ったわ」

「無茶をする。だが、よくやったな。……えらいぞ」


 娼婦の頭に無骨な手を置いて、甚五郎は髪を少し撫でた。


「ん……」


 娼婦の頬が少しだけ赤らむ。


「あんたって不思議……。お客にこんなことされたって、いつもならなんとも思わないのに……。今はこれだけで気持ちいい……」

「フ、光栄だな」


 視線を見合わせて、同時に少し笑う。


「ところで、なぜ私を助けてくれたのだ?」

「それはこっちの台詞。どうしてあたしを助けてくれたの? 武器も魔法もなしに、たったひとりで魔人に挑むだなんて正気とは思えない」


 ようやく気づく。この娼婦が、魔人に髪を引っ張られていた女だと。

 路地裏の薄闇に覆われていて、顔までは識別できていなかった。


「私はただ正しいことをしたかっただけに過ぎない。それは自身の内側から来る欲だ。貴女を助けることが目的だったわけではない。ゆえに、貴女が気にする必要はない」

「……」


 女がぽかんと口を開けて呆ける。

 数秒後、艶っぽい口もとに手を当てて静かに笑った。


「あははっ、いい男ねぇ」

「フ、悲しいことに髪は、ほんの少ぉぉぉ~~~~~…………しだけ、少ないがな」


 男の微笑みに寂しさが混ざる。


「あたしの経験上、髪の少ない男のほうが、あっちのほうはステキよ」

「ふははっ、あまり私をからかうんじゃあない」


 風の音が強くなった。

 女が熱にうなされたかのように、ベッドで身を寄せて静かに囁く。


「お化粧……したの。……夜だけど。……あんたがいつ目を覚ましても良いように……」

「身に余る光栄だ」

「あたしの持ち宿は全焼しちゃったから、今はできるお礼がこれしかないの。受け取ってくださる?」


 女は花のような薫りを漂わせながら甚五郎の腕に両手を絡ませ、柔らかな胸に抱え込んだ。瞳が潤み、その呼吸が荒く情熱的に変化してゆく。


「ふむ。気にする必要はないと言ったはずだが。やむを得んな。貴女の名は?」

「アイリアよ。アイリア・メイゼスと申します。どうか一晩の情けを」

「私は羽毛田甚五郎だ」

「ハゲタ……さん?」


 赤らむことすらなく、それまで超然と保っていた甚五郎の表情が大きく悲しげに歪んだ。


「うぐぁ!? がはっ、ぐぅ、く! ……ファ、ファーストネームは甚五郎だ……」

「あ、はい、ごめんなさい。ジンさん」

「う、うむ」


 アイリアが甚五郎のネクタイを解こうと手を伸ばす。


「あ、あら? これ、どうやって解けば――」

「んぐぅッ!」


 しゅるしゅるとネクタイが締まり、甚五郎の首を絞め上げた。


「あ、あああ! ご、ごめんなさい! ど、どうしよう!」


 アイリアが大慌てでネクタイを引っ張るが、逆効果だ。甚五郎の顔色はどんどんどす黒い紫色へと変色してゆく。


「ンギュゥ!?」

「わ、わああっ! 何よこれ、引っ張るほどに絞まるなんて!」


 甚五郎は自らネクタイの隙間に手を入れて、左右に揺らしながら弛める。


「ふう……」

「ご、ごめんなさい。あたし、こんな服装見たことがなくって。ま、まあ、ほとんど裸みたいなものだから、いっそそのままでも――」


 そう言って今度は下半身へと手を伸ばしたとき、甚五郎はアイリアの両腕を大きな手でそっと包み込むように押さえた。

 アイリアが濡れた視線を上げる。


おい……おいまさか、ハゲェェェ!

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