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ハゲ、不毛の大地に降臨す

※この小説を頭髪に乏しい方が読まれた場合には、精神に深刻なダメージを負う可能性があります。※


格好いい(を目指した)バカ小説です。


 断続的に突き上げる激震。もうもうと舞い上がる砂煙。


 ここはどこだ。


 眼前に広がる超大作SFX映画のような光景に、砂漠の岩に腰を下ろしていたスーツ姿の男は冷め切った視線を向けた。

 さっぱり見覚えがない。

 目の前では焦げ茶色の怪物と灰色の化け物が、威嚇の咆吼をあげながら組み合っている。

 見覚えのない景色に、図鑑でさえ見たことのない獣。


「……たしか、昨夜は……」


 夢ではないことを確かめるかのように、声を出す。


「……ああ、飲んだな。飲んだとも」


 額に手を当ててうつむく。

 いや、そもそもどこまでが額でどこからが頭皮なのか、その境目はすでに曖昧だ。まるで現実と夢との境界線であるかのように、極めて曖昧なのだ。


 そう。この男の前頭部から頭頂部には髪がなかった。側頭部と後頭部には、かろうじて残っているのだけれど。


 汗ばんだ頭皮に強い陽光が反射し、(まばゆ)さでハレーションを起こす。

 男は昨夜のことを思い出そうとしていた。

 先月から立て続けに起こった人生を揺るがす嫌な出来事を忘れようとして、自暴自棄になって大して飲めもしない酒を飲んだのだ。それはもう、浴びるように。


「う~む……頭が痛い……」


 結果、途中からの記憶がない。

 飲み屋からの帰り道、自宅近くのポストに手を置いて側溝に吐いたところまでは、かろうじておぼえている。

 だが、そこから先の記憶がないのだ。

 これが夢なのだとしたら昨夜の出来事から、いや、先月からずっと夢のなかであればいい。そう願わずにいられないくらいには、人生の長い期間を無駄にした。


「フ……。実情のみならず、人生まで迷子か……。ふはは……」


 自嘲し、周囲を確かめるために再度顔を上げた。

 そもそも日本にこのような光景は存在しない。岩と砂の砂漠。それも見渡す限りだ。

 灼けた砂の臭いがやけにリアルで、肌を灼く直射日光が防御力ゼロの頭皮に容赦なく突き刺さる。


 そして何より、眼前では角を持つ巨大な焦げ茶色の熊のような獣と、翼の生えた蜥蜴のような灰色の爬虫類が取っ組み合いをしている。

 キシャーだのギャーだの、剣呑な叫び声を広大な砂漠に響かせながら。

 どこが主催しているプロレスイベントかは知らないが、迫力は満点。見慣れぬ景色と最前列であることも相まって、なかなかの見世物だ。


 ――ガアアアアァァァァァーーーーーーーーーーーーッ!!


 空間さえ揺るがす獣の咆吼に、二日酔いの男はチベットすなぎつねのような冷め切った瞳を向けた。

 角を持つ熊のような獣が丸太のような前脚を翼蜥蜴の首に叩き付けると、肉が弾けるすさまじい音がして空飛ぶ蜥蜴が大地に墜ち、砂を巻き上げながら激しく転がった。砂煙が一気に舞い上がり、剥がれた数枚の大きな鱗が砂の大地に突き刺さる。

 それは男の足下にも、鋭角に地面を抉りながら。


 だが、この男は眉一つ動かさない。動かさないのだ。


 蜥蜴モドキはすぐに身を起こすと、追撃にきていた熊モドキの首筋へと鋭い牙で喰らい付いた。牙は見るからに剛毛たる熊モドキの毛皮を貫いて鮮血を噴出させ、筋肉と骨を軋ませる。

 次の瞬間、蜥蜴モドキは己の長い首の力だけで強引に熊モドキの巨体を持ち上げ、中空へと投げ飛ばした。


 ――シャアアアァァァァァーーーーーーーーーーーーッ!!


 熊モドキが吹っ飛んで地面に叩き付けられて跳ね上がり、傷口から血の雨を降らせながらも立ち上がる。鮮血は男の頬にも付着して。

 それでも動じない。この男は、二体の怪物による殺し合いに一切動じないのだ。


「……このようなものをのんきに観ている暇が私にあるのか……」


 どうやらこの二体、どちらが男を捕食するかで揉めているらしい。当の本人は岩に腰を下ろしたまま逃げもせず、遠い瞳でぶつぶつ呟いたままなのだが。

 太陽が高い。気温も高く、オールシーズンのスーツでは暑いくらいだ。

 男は洒落たネクタイに指を入れ、わずかに緩めた。


「……今日も職安(ハローワーク)に行かねばならんというのに。落ち込むのもほどほどにして、いい加減そろそろ立ち直らねばな……」

「ちょ、ちょ、ちょっと、おじさん! 何をのんきに座って見ているんですか……!」

「ん?」


 気怠そうに振り返ると、眼前の空飛ぶ蜥蜴などよりもよっぽど蜥蜴らしく、地面に這うように身を屈めて男を見上げている少女がいた。

 陽光を受けて金色に輝く長い銀髪が背中に広がっているが、異様な格好をしているのがわかる。

 まるで中世の騎士のような胸当てを装着していて、腰には細剣(レイピア)が吊されているのだ。

 そのくせ腹部はヘソまで露わで、脚部も申し訳程度の長さのスカートを装着しているだけだ。おかげで白い足が太ももから足甲に覆われる膝上まで見えてしまっている。


「私に何か用かね?」

「何か用かね、じゃないでしょう! 早く逃げてください! あれは王国騎士を二十名近くも捕食した悪鬼(オーガ)と、冒険者や商隊を三十六名屠った凶暴な飛龍(ワイバーン)なんですよ!?」


 だが、その程度のことではこの男は動じない。

 少女の奇妙な格好はもちろんのこと、会話の内容ですら右から左へ聞き流していた。


「いかん。いかんな、お嬢さん。若い身空でなんというはしたない格好をしているのだ」

「……へ? い、今はそんなどうでもいいことを言ってる場合じゃないんです! もうすでに王国騎士団と冒険者ギルドの合同討伐隊が魔法や弓で攻撃しようと取り囲んでるのに、おじさんがここに座ったままだから掃射できないんですよ! だから――」


 怪物同士が眼前で大暴れしているなか、男はニヒルな微笑みを浮かべながら、悠々とスーツのジャケットを脱いで、少女の肩へとそっと優しく掛けた。


「ひゃっ。な、な、なな!? な――」


 あまりに頓珍漢な出来事に、少女が思わず立ち上がって尻餅をついた。

 その頬がわずかに朱色に染まる。


「私の頭皮のようになりたくなくば、羽織っておきなさい。日焼けは肌によくない」

「……な、なんて紳士……なの……?」


 少女はほんの少しばかり、偏愛主義(マニアック)だった。


「お嬢さん。私が邪魔になっているのであれば早々に立ち去るも(やぶさ)かではないのだが、あいにくと道に迷ってしまっていてね。どちらに向かえば良いのかわからんのだ。そもそも、ここはどこだね。東京のようには見えないのだが」


 少なくとも鳥取砂丘程度の砂場ではない。まさに砂漠と呼ばれても不思議ではないほどの絶景だ。海外である可能性は極めて高い。

 言葉が通じているのは僥倖(ぎようこう)か。


「あ……」

「ん?」


 少女が指さす方向に視線を戻すと、オーガと呼ばれた熊モドキとワイバーンと呼ばれていた蜥蜴モドキが、組み合いながらもこちらに視線を向けていた。

 どうやら少女が思わず立ち上がってしまったことでその存在に気づき、なおかつ獲物がふたりに増えたことで、殺し合う理由を失ったようだ。

 組み合っていた二体が、ゆっくりと離れた。

 熱砂の風が吹く。

 少女が腰のレイピアを抜いて飛び退いたと同時、彼女を呑み込む巨大な影が空から落ちる――!


「しまっ――!?」


 オーガと争っていたワイバーンが翼を広げて中空へと跳ね上がり、鋭いかぎ爪で少女へと襲いかかったのだ。


「きゃあっ!」


 少女は初撃をレイピアで防ぐも、細剣はその細腕から弾かれて宙を舞う。

 ワイバーンが少女の頭部を噛み砕かんとして、爬虫類の大口を開けた。


「~~ッ!」


 少女が両手で頭を覆って瞳を閉じる。

 だが、数秒待ってもその瞬間は訪れない。

 なぜならばその男、ハゲがワイバーンの背後から短い二本の前脚をつかみ、力任せに背中へと回して翼ごと固めてしまっているからだ。


「う、うそ!? あ、あり得な――」

「貴様、子供らを楽しませる着ぐるみを利用してうら若き乙女に近づき、暴行を働こうとするなどと――」


 ハゲの倍近くはあろうかというワイバーンの巨体が持ち上がってゆく。

 高く、高く。


「――たとえ天が許そうとも、この私、()()()(じん)()(ろう)が許さんッ!」


 前脚を拘束されたまま持ち上げられたワイバーンの肉体が、ハゲの頭の高さを超えた瞬間、急激に勢いを増して後頭部から地面へと急降下する。


「うおおぉぉぉぉーーーーーーーーーッ!!」


 重い地響きがして、ワイバーンの頭部が勢いよく砂の大地の奥深くへと沈み込む。

 騎士の鎧にも匹敵する頑丈な鱗も、オーガの一撃すら撓んで吸収した弾力ある肉も、鋼鉄を思わせる硬度の骨でさえも、何もかもを砕かれながら――沈む。

 数瞬遅れで、ハゲとワイバーンを取り囲むように砂の大地が大きく爆ぜた。


「きゃあっ」


 爆発した砂煙に長い銀髪と短いスカートを揺らされ、少女は両手で顔を覆う。

 そして。

 舞い上がった砂煙が熱砂の風で流されたあと、己の両腕をゆっくりと下ろした少女は、その信じがたい光景を目撃する。

 上弦の月(ブリッジ)のような体勢を取った甚五郎の腕のなかで、頭部を地中深くに埋め込まれたワイバーンの肉体が、わずかに痙攣しているのを。


「す……ごい……」


 少女はレイピアを拾うことも忘れて口許に両手を当て、甚五郎と名乗った男が砂漠で片膝を立てるのを見ていた。

 強い風が、ワイバーンに背を向けた頭髪の不自由な男のネクタイを激しく揺らす。


 だが直後、ワイバーンは歪に破壊されて血まみれとなった頭部を砂の大地から引き抜き、凄まじい量の砂を巻き上げながら立ち上がった。

 幾十もの人間たちを屠ってきた鋭い牙を剥き、甚五郎へと大きく口を開けながら――!


「おじさ――!」


 だが。

 だが、この男はその牙――その最期の足掻きすらも、片手のみで受け止めて。


「フ、無理をするな、着ぐるみよ。羽毛田式殺人術のひとつ、拘束バックドロップに受け身は不可能だ。カウントの必要はなかろう」


 言葉が終わると同時、ワイバーンの両脚が力を失ったように無残に曲がり、その巨体を砂の大地へと横たえた。

 そうして怪物は肉の塊となった。

 頭髪なき男は立ち上がる。威風堂々と、片手を高く天へと突き上げて。


なんかすごいハゲが現れたぞ!

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