八話 優しさ
更新が遅くなってしまい、申し訳ありません! 待っていて下さる方がいらっしゃって本当に嬉しいです……。
※文章力がないあまり今回は場面切り替えがとても多いです
ごつごつとした手が髪に触れる。優しい手。触れることを躊躇わない手。私を傷つけない手。目を閉じていても、この手だけなら分かる。彼の手だと。
「ああ。やっぱり白い花は___の黒髪にとても映えるね。綺麗だ」
笑うと目尻が下がって、人の良さそうな、少し情けない顔になる。それが好きだった。
幸せだった。
それを否定するつもりはない。偽りの上に立つものだったけれど、あの頃は確かに幸せだった。
記憶は黒く、黒く、塗りつぶされていく。幸福の日々が色を変えて私に牙をむく。
私は、黒が嫌いだ。
いつものごとく少年に雑用を言いつけて、バルドの元へ向かう。
老人であちこち身体にガタの来ているバルドは定期的に薬を必要とする。それを届けに行くのだ。
足下に風をまとい、ふわりと浮き上がる。
背丈の何倍も高く上がっても、まだ上のある木々。葉を茂らせ、光を遮る。葉の形一つをとっても、大きなもの、小さなもの、手の形に広がるもの、針のように尖ったもの、蕾のようなものと様々で目を楽しませてくれる。これが私の森。愛しい、愛しい森だ。
風を切って進むと新鮮な葉のにおいが胸に広がる。森の吐息が全身に行き渡るよう。
バルドの家が見えたので、急降下する。
あの老いぼれは、背後にいても気配で気がついているにも関わらず、私が視界の中に姿を現すか、呼びかけるまで自分から声をかけてこなかった。もっとも
「エル様ぁ! サリヴァン王子はご一緒ではないようですな! なぜですか!? サリヴァン王子はお元気すかな!?」
最近はこの調子だが。
背後の枝に足をつけた瞬間に鍬を放り投げて駆け寄ってくる。
その速度は普段、やれ腰がいたいだの、腕が痛いだの騒いでる老人とは到底思えないほどの早さだ。
「薬。切れてたわね」
「そんな、わざわざご足労いただかなくとも私が向かおうと思っていましたのに!」
「お前はアレに会いたいだけでしょう」
「勿論です。サリヴァン王子にお会いするのが一番の薬ですからな。ふぉっふぉっふぉ」
にへら、とだらしなく顔中の皺を寄せるバルドは確かに薬を飲んだときより元気そうだ。
「……捨てるわよ」
「はは。そんな意地悪を言わんで下され。エル様の薬にはいつも助けられてます」
「そう思っているなら行動にも表してくれるかしら」
ため息は風がさらう。
薬を戸棚に置くと、バルドが待ちきれないと言わんばかりに口を開く。
「して、サリヴァン王子は!? どうなさったのです!?」
「……お前が招くからわざわざここまで来てやったのよ。どれだけ貧相でも多少はもてなす努力すべきだと思うわ」
薬を落としそうだから早く仕舞うよう忠告したら「目を離した隙に帰るおつもりですな!?」と疑ってくるから入りたくもないボロ屋に招待されてやったのに。
「エル様ほどになりますと、逆に失礼に当たるのではないかと思いましてな。して、サリヴァン王子は私に会えなくて寂しがってはおりませんかな!? 今、どうしておりますか!?」
「アレは留守番よ。だいたいお前、二日前に会ったばかりでしょう」
「永久を生きるエル様にはご理解いただけないかもしれませんが、人間にとって二日はそれはそれは長いのですぞ?」
「……そう」
食えない老人であった時も話していると疲れたが、子煩悩の親の様に少年について語るバルドと話しているともっと疲れる。早急に戻るべく私は再び足に風をまとう。
「ああっ、エル様! お待ち下さい!」
「……会いたければ自分で歩いて来なさい」
「この老いぼれにあの距離を歩けとは非道な」
さっき、自分で向かおうと思っていた、と言った口でまったく別のことを言う。
「そうではなくて、そろそろ食料が切れているのでは? 買い足しに行きましょう」
「ああ」
もちろん、その後は屋敷にお連れ下さいますよね? と視線で訴えかけるバルドは無視して街へ下りる準備をした。
薬草の調合を暇つぶしにしている私の家にはたくさんの薬草がある。毒草から薬草まで。中には人間がスパイスと呼ぶものも入っているので調味料はあまるほどある。だからそろえるのは、肉や魚などの素材だけだ。
「変わってしまいましたな……」
バルドの呟きがしんみりと響く。
掲げられていた国旗は鷲をモチーフにした落ち着きのあるものから、獅子の描かれた派手な色合いのものに変わった。壁は少年の顔の乗った紙で埋め尽くされている。顔の上で踊る物騒な言葉と0の並ぶ数字。
街から活気は薄れ、店に並ぶ商品の量は明らかに減った。娼婦の姿は増え、子どもがふらふらとさまよう。道行く人の瞳に生気はなく顔に疲れがにじむ。
人々の嘆きが、聞こえてくるようだった。
救いを、救いを! だれか、哀れなわたしたちをたすけて。
それを口にするものはきっと、自分の傲慢さに気付いていないのだろう。
バルドの足がパン屋の前で止まる。前は安く買えたパンが今は倍以上の金が必要となる。それだけ、物が少ない。
「エル様。十日分の蓄えを買いにきましたが……。三日分にしておきましょう」
「……」
無言は肯定と取ったのか、バルドは少しのパンをとると店主に差し出す。暗い顔の店主が笑みをはりつけた。
「すみませんね、こんな値段で……」
「仕方ありませんよ。あの愚王は民の生活など考えておりませんからね。それに、儂はこのパンがとても好きですからな、多少高い値段でも払えますぞ」
「ははっ、ありがとうございます。そりゃあ、嬉しい言葉だ」
皺の寄る目じりに涙が浮かんだ。バルドはそんな店主の手に己の手を重ねて優しく言う。
「今は耐えるときです。じっくり耐えて好機を見計らいなされ。頭を下げても膝を折る必要はありません。立ち上がる心だけは捨ててはなりませんぞ。救いは必ずあります」
「いつ、まで……」
涙をこらえるような声には自分への憐れみが詰まっていた。
「いつまで、耐えればいいんでしょうね。ああ。サリヴァン王子は生きているらしい。早くこんな生活から救いあげてほしいです」
「……はっ」
ああ、耳障りな。
手に力が籠もるのが分かった。
「馬鹿げたことを。お前、王子が何歳か忘れているの? 情けないわね。あんな子供に縋るなんて」
「なっ……!」
「大人がどうにも出来ないのに子どもが出来ると思うの? 愚かしくて笑いたくなるわね」
―――サリヴァン王子。生きていらっしゃるのでしょう。早くお姿を現し下さい。ビヒデールを倒して平和な街をまた……!
誰もが当然のように口にする。
どうして?
だって、まだ少年だ。成人も迎えてない。幼い少年なのに。齢十三の少年に大人が縋る。
あの細い肩になぜ背負わせる。王族という血で、どうして縛る。
両親も、仲間も、居場所も、兄弟も失ったばかりの少年になにを期待するのだ。
自覚もせずに少年に責任と重圧を背負わせ、その身を滅ぼしても倒せという。犠牲を、献身を、「王族だから」なんて一言ですませる。
身勝手だ。傲慢だ。自分本位の他力本願だ。
けれど、きっと彼なら伸ばされた手を取るのだろう。縋る数多の手がそのまま重みとなって彼を潰すのだと知っても、笑顔さえ浮かべて。
ならば、私は。
その志が。死が。無駄にならないように、手を貸そう。縋られてばかりの少年に掌を向けてあげよう。
―――だって私には彼が×××に見える。
「……エル様は本当にお優しい方ですなぁ」
怒りに身を震わせ、罵りを口にする店主の店から何も買わずに出て、路地を歩いているとバルドがしみじみと言う。
「皮肉のつもり?」
「皮肉なんて! エル様が怒るのも仕方ありません。あの言葉は儂も少し腹が立ちました。しかし、地獄にいれば人間どんな細い糸でも掴んでしまうものですからなぁ。それも、仕方ありませんよ」
その瞳はどこか達観したような光を放つ。
私がそれを醜いと言えば多分こいつは認めるのだろう。人間は醜いですよ、と諦めたように。
「で、皮肉ではないならなに」
「サリヴァン王子の為に怒ったのでしょう?」
「お前と一緒にしないで頂戴。単に身勝手なのが嫌いなだけよ」
肩からこぼれた髪を払う。色彩変化で変えた、金に輝く髪にはまだなれない。
「素直ではないですなぁ。だいたいエル様一人でもビヒデールなら倒せますでしょうに。サリヴァン王子にそれをさせるのはその方が民の力となるから。ジノヴァを再建できるから。その目標がサリヴァン王子の心のより所となるから。でしょう?」
「相も変わらず都合の良い解釈をするのね。もちろん私なら簡単に潰せるわ。でも流石に三日はかかる。私が離れれば森に張った結界が弱まるの。その間に森に被害があっては困るわ」
「まあ。そういうことにしておきますかな」
「……せいぜい喚いていれば」
少年の精神を貴いと思う。清いと、美しいと思う。
それでも、手を貸してやろう、なんていうのは優しさではない。強者が優越感に浸りながら抱く同情で憐れみだ。
もちろん、それだけでもない。私は私の目的で彼を利用するし、彼も私を利用すればいい。
利用、されてあげる。
どうせ飽きに満ちた長い生だ。たまにはちっぽけな人間に利用されてやってもいい。
気まぐれの暇つぶし。
それを優しさと評するのはやはり間違っている。
お読み下さりありがとうございます!次話はもう出来上がっているので明日か明後日くらいに投稿予定です。一週間以内には……。
※次話を上げる前に二話から四話あたりの内容を多少変えるつもりです。内容に変わりはほとんどありません。変更点は活動報告でお伝えします