第八話 愛を求めるが故に! 少女はその道を歩き続ける!!
「しかし、なんだな。黒金が実際に採れたとしてよ。ここを通って持ち運ぶこと出来んのか?」
ガルーがそう口にする。ゴーレムを倒してから一日経ち、今はもう魔王城まで目と鼻の先となった頃合いだが、彼の顔は優れない。声をかけられたトリスの顔も憔悴している。
「異常といえば異常ですね。まあ、正直この状況を知っておいて良かったとは思いますよ。状況は最悪で、無事帰れるかも分かりませんが」
トリスがガルーにそう返す。
現在、アネモネ一行はアネモネ当人を除いてすでに満身創痍といった様子だった。同行していた親衛隊はあれから2人死に、11人が戦闘不能なほどの傷を負い、部下たちをかばったガルーも重傷ではないが傷を負っていた。傷口はトリスが魔術で防いだが、だが魔術とはそう便利なものでもない。応急処置的な面は否めず、再び戦いにでもなれば傷口が開くのは目に見えていた。そして彼らがそこまで追いつめられたその理由とは、
「来たっ!今度はタイラントオークの群れだぁああ!!」
兵の一人が悲鳴を挙げる。本来であればオークと呼ばれる、豚面の人型の魔物の群れのリーダー格のタイラントオークが集団で迫ってくる。兵たちは信じられない思いで、その光景を見ていた。
「さきほどはバンシーオーガの群れに、今度はタイラントオークの群れですか。変異種が集団で襲ってくるなど聞いたこともない」
トリスは苦々しくそれを見ている。通常、バンシーオーガも、今目の前にいるタイラントオークも魔物の群れのボス格が何かしらをキッカケにして変異するものである。群れを率いる、ボスとしての役回りの存在なのだから当然その種だけが群れる事などは通常あり得ない。
「ガルー、群れを守れよ」
「分かってます。頼んます、アネさん」
アネモネの言葉にガルーはうなずき、愛用のハルバードを構える。
「野郎ども、陣形を整えろ。アネさんひとりに任せるなんて考えてんじゃねえぞ。仲間を守れぇ!!」
ガルーの言葉に兵たちが「オオオー!」と言いながら傷ついた仲間たちの場所を囲んで、今防御の体勢をとる。
「任せた」
アネモネはそう言ってタイラントオークの群れに飛び込んでいく。
タイラントオークの数は24。確かにただのオークよりは強く一回り大きいし、膂力も並のオーガ族よりもある。そしてタイラントオークは仲間同士の連携力が突進一辺倒のオーガよりもよほど高い魔物だ。
(たかだか豚がッ)
だがアネモネはそれを驚異とは感じない。そして接触まで残り5メートルほどの距離でアネモネは跳躍し、そのまま正面のタイラントオークの一体の首に跳び蹴りを見舞う。
「ブモッ」
という、声が響くが、そこまで。音の発生器である頭部及び首自体が蹴りによって引きちぎられてはさすがの豚面も声を出すことは不可能だ。
(ほぉお?)
だが、頭部が千切れた筈のタイラントオークはその両腕を伸ばし、アネモネにつかみかかる。
「良い気合いだな」
すでに気合いとは言えぬ反応ではあるが、アネモネは嬉しそうに言いながら掴みかかられた腕を逆に掴んで一気に引きちぎって、地面に着いた。だがそこへ残りのタイラントオークが手持ちの棒や岩などをアネモネに対し振り下ろす。
(ふむ。群れとしては素晴らしい限りだ)
確かに仲間ひとりの犠牲を最大限に生かした連係攻撃だがしかしアネモネは目の前の首と両腕を引きちぎられたタイラントオークを掴んでそれを盾にする。そしてまだ生命自体は尽きていないタイラントオークの肉体は無数の攻撃により血液が大量に噴き出し、アネモネの身体を赤く染めあげた。
「ハハハ」
それをさもおかしそうにアネモネは笑うと、盾にしたタイラントオークの身体を思いっきり押し出して、群れの密集した箇所に投げ込んだ。固まっている豚面の集団が大きくよろめいた。そして、そのままアネモネが座して待っているはずもない。
(ふん。連中はどうやら集団で攻めることがお好きなようだな)
アネモネはまずは集団の左方に向かって走り出し、スライディングしながら一番左のタイラントオークの右足の関節部に蹴りをたたき込んだ。タイラントークの悲鳴が上がるが、だが仲間たちは気にせず、蹴りをかまして動きを止めたアネモネへの攻撃を開始する。それに対し、形としてしゃがみ込んでいるアネモネは右足を破壊され悲鳴をあげる豚面の足を掴んで、そのまま横に薙いだ。
「ブモォォオ!!?」
アネモネに武器といて扱われるタイラントオークの悲痛な叫びとともに何体かのタイラントオークがそれに当たってよろめく。だが背後にいるタイラントークがきっちりと支えるので思った以上に効果は出ない。そんな中でアネモネは再度跳躍し、よろめいた一体に跳び蹴りをかまし、足の親指を器用に動かして眼球を抉る。そして、目玉を抉ったタイラントオークの顔面を踏み台にして、距離をとるために外へと飛んだ。
(ふむ、やり辛い)
そうアネモネが思うのも無理はない。アネモネとて腕は2本、足も2本、頭を加えても5つしか受けられる部位はない。それを上回る攻撃を裁くのは難しいし、掴まれでもすればアネモネでも厳しい状況になるかもしれない。
一体一体はそれほどでもないが、集団で迫られると非常にやり辛い相手となる。タイラントオークとはそうした魔物だった。もっともそれは近接での戦闘のみに留まればの話だ。
アネモネは着地すると、地面に転げている石を拾い上げる。
「ふんぬぅうううう!!」
そして迫るタイラントークの集団に対し、己の筋肉を引き締め膨張させて一気に持っていた石を投げ放った。それはまるで砲弾のように飛び、密集していたタイラントオーク3体を貫通し、その背後にあった岩すらも破壊した。
そして貫かれた三体はそれぞれ胸、肩、顔面を欠損してた。アネモネから見れば、丸い穴が開いたように見えていただろう。そして鮮血が飛び散り、肩を抉られた個体以外はその場で崩れ落ちる。
それにはさすがのタイラントオークの群れも動きを止めた。今の攻撃をまともに受けては一気に殺されることは全員が理解した。そう判断した豚面たちはその場で散開してアネモネへと襲うことを決めた。が、それは悪手だ。
「グォォォオオオオオオオ!!!!!」
アネモネが叫び声を挙げて突進する。オーガの叫びは本能に直接訴えかけ、原初の恐怖を呼び起こす。対してタイラントオークは集団戦闘という強固な武器を手に入れていたが、あの投石によって全員がアネモネに対して恐怖を抱いてしまった。そして恐怖にすくんではその能力も鈍ってしまう。単純に言えばこの時点でアネモネとのガン突け合いにタイラントオークは負けたのだ。
故にアネモネはバラケたタイラントオークに舌なめずりをしながら、順にしとめていこうと考えた。
その後の戦いはといえば一方的に展開された。タイラントークはバラケているといっても三体程度は集まってはいる。一カ所に留まってはやはり囲まれてしまう。なので攻撃は迅速に、ダメージを与えられる箇所から狙う。眼球を抉り、睾丸を蹴り上げ、指を砕いて相手の気力をそぎ、隙を見せれば喉を噛み砕き、踵を落として頸椎を破壊し、腕や足を折って、余裕があれば引き千切った。
豚面どもから阿鼻叫喚の悲鳴が流れ、惨劇のオーケストラがその地一帯を木霊した後、数刻した後にその声もやがて途絶えた。
そのすべてが終わったのを見計らってガルーがアネモネの元へと向かったが、ソレはヒドい光景だった。
「うわぁ。相当にやりましたねえ、こりゃ」
見るに耐えないほどに、タイラントオークたちのバラケた死体がところかしこに散らばっていた。アネモネも一撃でしとめるのが困難だったため、ダメージを削って蓄積し続ける戦法を取っていたのである。そのため、タイラントークの損傷は拷問でも受けたかのような、想像以上に酷いものだった。そして当のアネモネの身体も真っ赤に染まって、ガルーに対して笑いかけていた。それを見たガルーは顔を赤らめて、下に俯いた。
(なんてぇ無垢な笑顔なんだ。まったくこっちが恥ずかしくなっちまう)
まるで与えられた玩具を堪能し尽くした子供のような純粋な笑い顔をガルーは愛らしいと感じてしまったのだ。愛する人だというのに、これではまるで父親の心境のようではないかとガルーは思った。
そして一行はまた先へと進む。途中にサンドリザードマンとゴブリンロードという魔物が出たがこちらもアネモネが撃退した。どちらも魔物の種としては上位種ではなく変異種。群れを率いるボス格の魔物が集団で襲ってきたのである。
「こりゃあ、益々おかしな事になってますねえ」
トリスが青い顔でそう言う。それにはガルーも同意する。
「仮にオーガの群れを壊滅できてもその先にこれが待ってたんじゃあオルトの進軍は最初から失敗だっただろうな」
そう言ってため息をはいた。特にタイラントオークの集団連携攻撃はガルーでも防げる自信はなかった。そんなのがゴロゴロしている状況というのは異常過ぎた。
(これはもう、黒金以前の問題ですね。魔王が復活してても……いや、そんなことはありませんか)
或いはこの時点でトリスは気付いていたのかもしれない。ただ、トリスはその可能性を頭から排斥した。人間、最悪のことからは目をそらそうとするものである。それを受け止めて前を見れるか否かで人間としての器も分かろうものだったが、残念ながらトリスの器はあまり大きくはないのである。
もっとも、魔王城についた時には、さすがにその最悪の展開から目を反らすわけにもいかなかった。
「こりゃあ、なんか動いてるな」
ガルーが目をパチクリとさせてソレを見ていた。
『炎の魔神』と恐れられた紅の魔王ヴァンス、彼の居城の上空は黒雲で満ち、紫の雷が周囲に落ちている。そしてそんな薄暗い居城を中心として明かりが灯っていた。明らかに放置されていたソレではない。完全に稼働している。
「トリスさんよ。どこぞの国が実はあの城を回収して使ってましたってオチはないよな?」
「あるわけないじゃないですか。あんなに魔物が出るところなんですよ。普通は近づくことだって出来ません!」
ガルーの苦笑い混じりの問いにトリスは血相を変えてまくし立てる。理不尽に叱られた形のガルーだが、しかし気持ちは分かる。
あれはもう普通に魔王復活がされているのだろう。ここ数十年はこの大陸内ではなかったことが起きようとしている。武名を挙げたい戦士としては歓迎すべき状況かもしれないが、それがこの地にあるという事はアネモネ王国は一転して砂の城と化したという事でもある。これから起きる驚異に対し各国が協力し合い、魔王との戦いになることは必定。そしてその玄関先にあるようなもののアネモネ王国は泡のごときシロモノ。即刻解体か、或いは窓口として使い潰されるか。
(アネさんの性格を考えれば、王国を解体なんてありえねえ。恐らく前線で使い潰されて終わる)
ガルーはそう考え、冷や汗が出る。目の前の愛おしき人が苦境に立たされる。だが、ガルーにはそれを止めるすべはない。
「よし、休んだな。それじゃあ行くぞ」
そんなお通夜の状態であったトリス、ガルーや親衛隊の面々のことなど素知らぬ風にアネモネがそう口にした。一同がアネモネを見て首を傾げた。
「ふむ。廃墟となった城など面白くも何ともないと思っていたが、存外に楽しめそうじゃあないか。誰がいるのかは知らんが、あれならば襲撃しがいがある」
まさに快活といった風なアネモネの表情についにトリスが切れた。
「何を言ってるんですかアネモネ陛下。あれは魔王城ですよ。あんな風に黒雲起こして城を動かしてるヤツなんて魔王しかいませんよ!」
そのトリスの言葉にアネモネは少し考えた後「魔王がいるのか?」と尋ねた。それにはトリスもしまったという顔をしたが、もう諦めて大きく頷いた。
無論それに対してアネモネは満面の笑顔である。アネモネの欲するもの、それは強い男である。目の前にいると聞かされては、それは抑えが効くはずもないということはトリスにも分かっていた。なのでため息をはいた。
「ならば、私も気合いを入れねばなるまい。お前たちはここで待て」
アネモネはそう言ってひとり立ち上がった。
「アネさん、俺もっ!」
ガルーも立ち上がるが、だがアネモネはトリスや親衛隊を見て、そしてガルーを見てから首を横に振る。
「ダメだな。これを捨て置くわけにもいかん」
そうトリスたちを指さしてアネモネは答えた。確かに負傷した兵たちを守るにはトリスや残りの親衛隊だけでは心許ない。そもそもこの周囲の魔物のレベルを考えればガルーがいても同じようなものではあるかもしれないが。
「……くっ」
ガルーはアネモネを見て、歯噛みしながらも頷いた。
「安心しろ。頑丈な夫をきっと連れてくる」
そのアネモネの言葉にガルーが再度意気消沈したのは言うまでもない。
アネモネはガルーたちを城より離れた森で待機するよう命じ、ひとり魔王城へと向かうこととなったのである。
そして、アネモネだが、勿論彼女はコソコソと隠れることなどしない。常に正面を進んでいく。心の真っ直ぐな少女故に他の道を知らないし、知る必要もない。我行く道こそが恋する乙女の道、つまりはオトメロードなのである。恋する少女はひとりひとりが心の中にオトメロードを持っているものなのだ。
そしてアネモネはオーガという魔物でもある。体内にはコアと呼ばれる魔力供給も行うよう進化した心臓のような臓器があり、さらにいえば彼女の種族は元々この城を守るように造られた存在だった。
故に仲間たちと離れ、ひとりとなったアネモネは城の周囲を展開している魔物の軍団にとっては仲間であり、襲いかかられるということはなかった。それに対してアネモネは不思議な顔をしていたが、だが邪魔をされないのであれば問題はない。そのまま直線に、廃墟となった街の中を通り過ぎる。
(ふむ。まるで人間の街のようだな。これが魔王の街か)
どう見ても人の住まう街にしか見えない。その中をオーガやアンデッド、スケルトンにトロル、オーク、ゴブリンなどの変異種が闊歩していた。アネモネは知らぬ事だが、この地は元々キリイグ王国という国があり、ここはその王都であったのだ。魔王ヴァンスが多くの魔物のともに侵攻し、暴虐の限りを尽くすまでは。
(トリスはいると言っていたが、確かにこれならば魔王とかいう長がいるのは必然だろうな)
アネモネが認識している魔王とは魔物たちを束ねる群れの長である。強いか否かで言えば「強いに決まってるでしょ」と見たことがないくらいに声を張り上げていたトリスを思い出し、アネモネはにやりと笑った。
ガルーと対峙した時以来の緊張感がアネモネの心中を浸透する。女として男に抱かれるために足を運ぶ。齢七歳の少女には刺激の強い発想である。だが悪くはない。そう考え、アネモネは自分の高揚感を抑えずに足を進めてゆく。
『待て』
途中、城の門の間近までたどり着いたところでアネモネは巨大な何かに声をかけられた。
「ふむ?」
アネモネが見上げると、それはドラゴンであることが分かった。全長は7メートルほど。まだ成竜と呼ばれる段階ではないようだが、言葉を話す以上は知性が高く、その竜が強力な存在であることが窺える。
「何か用か?」
『見ればオーガの雌か。珍しい……が、ここから先は我らが主の聖域。高位種でもない、ただのオーガが立ち入って良い場所ではない』
その言葉にアネモネの瞳が輝いた。
「主とは魔王のことか?」
『その通りだが、貴様はそのようなことも知らぬのか? まだここにきたばかりの新参か?』
ドラゴンの言葉にアネモネは頷く。
『であれば立ち去れ。今回限りは見逃そう。貴様は群れに戻り、仲間を生み育てていけばよい』
ドラゴンはそう答える。オーガの雌は数は少ないが、生む子供たちは例外なく強いオーガとなる。ドラゴンにとってアネモネという存在は生む道具に過ぎない。
「ふん。確かに私は我が子を生むために生きている。だが我が子を生むに足る者はこの先にいるようなのでな。お前の申し出は断ることにする」
ドラゴンはその言葉の意味を理解し、アネモネを睨みつける。
『たかだかオーガの分際で主の子種を欲するか。不敬な雌め』
「強き子こそを腹のウチから生み出したいと思うは雌の本能よ。いや、所詮卵でしか子を産めぬ輩に言うだけ無駄やもしれんがな」
挑発的なアネモネの言葉にドラゴンから怒気が放たれた。周辺で何事かと見ていた魔物たちが一斉に逃げ出す。
『我が主への無礼、そして我が竜族への無礼も働くとは。オーガの雌よ。貴様死んだぞ?』
ドラゴンが翼を広げ威嚇するとアネモネがニタァっと笑った。子はなせぬ相手だがこれから会うべき者までへの前菜として考えるなら十分すぎるほどの相手だと考えたからだ。
そしてアネモネは目の前にある障害を味わうために、一歩足を踏み出した。
卵を産む種族を差別するのは危険。レイシスト扱いされます。