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第五話 天使再び!男たちが舞い戻るとき奇蹟は起きる!!

 ガルー率いるオルト帝国軍がバモラの街にたどり着いたのはすでに日の暮れた頃。もうそろそろすると街の扉も閉まる時間だ。それでも街に入ること自体はどうとでもなるが、面倒が少ない方がよいのもまた事実だ。

「連中はどうくるでしょうか」

 ガルーの横にいた副官がそうガルーに尋ねた。

「さてな」

 朝にオルト帝国軍を襲撃した鬼人族の戦士が実際に雇われた者だとすれば、こちらの動きに対して迎撃という形で対応する可能性が高いとガルーは考えている。或いはその戦士を捕まえて自分たちは助けてくれと街の住人が言ってくるかもしれないが、だがその戦士を捕まえられる者などあの街にはいまい。

「今、向かわせた偵察兵の結果次第だろうよ」

 答えはどのみちもうじき出るのだ。

 ならば待つのみ……とガルーは構えていたが、ふと何かが気にかかった。

「なんだ? 若干揺れてないか?」

「は、何がでしょう?」

 ガルーの質問に副官がそう尋ね返すが、だがガルーは正面を睨んで唸る。

「そして臭い、なんだこれは?」

 そのガルーの言葉に呼応するように、目の前を偵察兵が、馬を勢いよく走らせて駆けてくる。


「オーガゾンビだ!オーガゾンビの群れが来たーー!!」


「なんだとぉ」

 ガルーが伝令の言葉に牙をむき出しにして叫び、他の者も何事かと騒ぎ始めた。だが、答えは偵察兵の裏からやってきた。

 赤く目の光った角のないオーガたちが。四つん這いのオーガゾンビの上に普通(?)のオーガゾンビが乗って走ってきているのだ。その数、およそ二十組。そしてその先頭には鬼人族らしき女戦士が四つん這いのオーガゾンビに乗ってやってきた。聞くものを震え上がらせるような凶暴な叫び声を上げながら。

「なんだ、貴様はぁああああ!!」

 ガルーが叫ぶ。そして帝国兵たちは騒然となってそれを見た。それはまさしく地獄の軍団のようであった。



 なぜ、このような状況になったのか、それを知るには時間をわずかばかり巻き戻す必要があった。


 バモラの街にやってきたオーガゾンビたちの目的は、そのままズバリ食事であった。すでに死んでいるため体内活動を停止しているが、生前の欲求が、飢餓感が彼らの行動を決めていた。食べたところで満たされぬが食べずにはいられないという呪いのようなものがゾンビたちを支配していた。


 そしてアネモネはそんなかつての同族に挑みかかった。もっともかつてのオーガに比べれば動きは鈍い。若干硬くなっていたがアネモネの握力で破壊できぬほどではない。だが、彼らの目的はアネモネではなく、あくまで食事。食べづらい相手など無視して、他の人間に襲いかかる。これにはアネモネも苛立ちを覚えた。自分にかかってくるならばまだしも、逃げてアネモネの群れの人間を襲いかかるのでは対処がし辛い。しかも連中は妙にしぶといのだ。さきほども頭を引きちぎったが、まだ動いている。

「埒があかぬな」

 アネモネは一体の四肢を引きちぎり、動きをとれぬようにしてから頭部を破壊した。


『妹よ。苦戦しているな』


 そしてアネモネの背後に再び天使が舞い降りた。

「兄か。私は今忙しい」

『ふ、確かに今のお前にはこれらの対処はなかなかに困難であろう』

 含みのある兄の言葉にアネモネは何かしらの意図を感じ、尋ねる。

「何か対応の方法があるとでも?」

『忘れたか。今や貴様はオーガの長なのだ』

 そして兄が両腕と白き翼を広げるとその背後に50近い数の巨大な天使たちが舞い降りてきた。

「……お前たちは」

 アネモネには彼らの顔に覚えがあった。それはかつての仲間たち。アネモネに破れたオーガたち。彼らは翼をはためかせると、一斉にかつての肉体へと飛び、その身体へと入り込んだ。そして変化が訪れる。


「「「「グガァアアアアアアアア!!!!」」」」


 その場で暴れていたオーガゾンビたちが一斉に叫び出したのだ。

「なんです?」

 この街でも名うての魔術師でもあるトリスがその光景を見て驚愕する。

 トリスの目の前で、四つん這いで人間を襲っていたオーガゾンビたちが突然立ち上がり、そして再び人間を襲い始めたのだ。

『やはりオーガか』

 兄はそう言ってひとりまた飛び立った。

「ふむ」

 アネモネは特に落胆はしない。兄は時折そういうところがある。失敗しても知らぬ存ぜぬを通すのだ。それでよく仲間にしようとしたオーガの群れを壊滅していた。もっとも4歳で父親を殴り殺して長となった後、周囲には誰も逆らえる者などいなかったのだからそうした我が儘ぶりも仕方のないことではあるのだが。

 ともあれ、状況はなにひとつ変わらないどころか、悪化していくばかりだった。そしてついには住人が家の二階の窓からオーガゾンビに火矢を放ってしまう。そして炎にまみれたオーガはそのこと自体にはまるで気にも止めず撃ってきた相手の家にへばりつき、窓のレースや家の木造部分に炎が広がっていく。たまらず家から飛び出した弓使いはその場でオーガゾンビに囲まれ悲鳴を上げながら食われていった。

「燃えているのに元気な奴だな」

 その様子に、さすがのアネモネも自分が全身が炎に包まれてはああまで動き回るのは難しいだろうと思う。自分に出来ないことが出来ると言うことは尊敬に値するのだ。

 まあ、それはそれとしてだ。オーガゾンビの中身がオーガに代わった今ならばアネモネにも手の打ちようはあった。オーガとは実力主義の生き物だ。ならば拳で言うことを効かせればよい。


 そしてしばらくの激闘の後、アネモネは18体のオーガゾンビを従わせることに成功する。そして犬が憑いたままの21体ほどの四つん這いオーガゾンビも仲間らしきものが従ったので追従してアネモネに従っていた。


「ええと、まさか従えてしまったんですか?」

 とりあえずの状況の終了にトリスがその中心のアネモネに声をかける。

「弱き者は強き者に従う。オーガの基本だ」

「そうなんですか?」

 実は1対1で勝負し勝ったオーガを介抱すると場合によっては、勝者に従うこともある。テイマーと呼ばれる魔物使いでは常識に近いのだが、一般では浸透していない話だ。

「それじゃあ、私たちが襲われることも」

「私の目の届いているところでなら、大丈夫だろう」

「届いていないところでは?」

「食われるやもしれぬな」

「このまま倒しちゃった方が良くないですか?」

「こやつらも群れの仲間だ」

 そのアネモネの言葉にトリスが絶句したが、だがアネモネの視線は門の先にあった。

「誰だ。やつは?」

 アネモネの言葉にトリスがそちらを見る。魔術師でもある彼は遠見の術も行える。

「あれは帝国兵ですね。おそらくは偵察では?」

 慎重に応えるトリスの言葉にアネモネが獰猛な笑みを浮かべると、オーガゾンビどもを集め始めた。

「どうするんです?」

「無論、群れに襲いかかる輩であれば、倒すまで」

 そうアネモネは言うと四つん這いのオーガの一体に乗って出陣していった。


「行っちゃった」

 トリスはそうつぶやくと街の様子を見る。火の手が広がっているが、人数も集まっているしどうにか止めることは出来るだろう。そして周囲の惨状とアネモネの行動を吟味し、これを材料に住人の説得を行おうかと考える。

「まあアネモネさんが勝てれば……ですが」

 そう口にしたトリスは門の外を見る。アネモネたちの姿は既に遠くなっている。あれが負けるとは到底思えなかった。

「あれなら大丈夫でしょね」

 トリスはこちらはこちらでやるかと、やれやれと言ってまずは火を消すために魔術を唱え始めた。



 そして現在である。


 ガルーは突然のオーガゾンビの襲来に乱れに乱れる自軍の惨状に苦い顔をしていた。

「ええい。陣形を整えよ。なにをぼさっとしてるか。食われたいのか」

 そうガルーが叫ぶが、だが目の前の約40のオーガゾンビを前に彼らの戦意はほとんど消失しかかっていた。原因は一ヶ月前の、勝ったとはいえ、隊の半数を奪われた時の記憶と、先ほどから発せられるアネモネの叫び声だ。

 オーガの叫び声は人間の精神の根底にある恐怖に直接働きかける効果があると言われている。特に秀でた能力のオーガの声は戦場を駆ける兵士といえども恐れおののく。

 故に恐れに駆られるままに兵士たちは逃げまどい、そして食われ、引きちぎられ、蹴散らされていく。

「これは戦いなどではない。蹂躙ではないか」

 そう言いながらガルーのハルバードが目の前のオーガゾンビを切り裂く。そして戦うアネモネはその姿を見逃さなかった。

「ほお、いるじゃあないか。マシな雄が」

「貴様か。鬼人族の女戦士というのは」

 ガルーが吠える。アネモネはその男を舐め回すように見た。

(人間、いや獣人というヤツか。肉付きは悪くはない。今のオーガを切り裂いた手並みも鮮やかだった)

 或いはとアネモネは舌なめずりをする。さすがのアネモネも目の前に己の男となるやもしれぬ相手を前にしては興奮を隠せない。思わず身震いをして


 そして七歳の少女の猛りは雷鳴の如き叫びへと変わった。


 そのあまりの轟音に周囲の兵もオーガゾンビも、アネモネを見て固まった。

「凄まじい叫び声だな」

 まだビリビリと来る身体でガルーはそう口にする。ハルバードの構えはまったく解かれていない。

「少々、興奮していたようだ。すまぬ」

 アネモネはまだ顔が紅潮している。なぜならアネモネとて七歳の少女、己の心を御するには経験が足りない。もっとも少女の恋する心を御することなど誰にも出来ぬやもしれぬが。

「まあいい。強敵を前に興奮を隠せぬのは武人のサガよ。しかし、いいのかな。素手で?」

 ガルーの視線は腰に下げた鉈を見ていた。だがアネモネは首を縦に振る。元より己の拳と足以外に頼るつもりなどはない。

「ふん、拳闘士か。しかし完全な無手の相手は久しいな。それで果たして我が刃をかわせるのかな?」

 その言葉にアネモネはフンッと鼻で笑う。人間はやはり無駄な言葉が多いなと思いながら。だからこそこう返した。

「御託はいい。その力を見せてみよ」

 ガルーもその言葉に牙をむき出しにして笑った。

「承知ッ!」

 そして、その言葉とともにガルーが駆け出す。アネモネも迎撃するために走り出した。

 初手はガルーの突きだった。ガルーの持っているハルバードとは槍の先に斧と鉤爪を付けたもので、突き、切り、刺し、引っかけるの4通りの攻撃が可能な武器だ。重量が大きい分威力もデカいが当然取り回しは難しく力がいる。だが、ガルーはそれを軽々と振るうことが可能な腕力がある。故にアネモネがその突きをわずかに避けたと同時に、ガルーが力に任せて横に薙ぐように軌道を変える。

「ぬうっ」

 アネモネがそれを再びかわすが鉤爪が腕を掠め、血がパッと跳ねた。

「そういう武器か」

 アネモネは攻撃を受けたことよりも、その武器のことに興味を抱いた。

「よく避けた。だが、こっちはどうかな?」

 再び、振り上げたハルバードを一気に振り下ろす。斧の部分がアネモネを襲いかかる。だが「ふんっ」と言いながら、落ちるタイミングを見計らい、斧の平の部分を手の甲で弾いて逸らした。

「なっ」

 それにはガルーも仰天する。そして振り下ろしたハルバードの勢いは止まらず、そのまま地面に刺さった。それは完全な隙となった。ガルーの胴は無防備でアネモネがその場所に蹴りを放つ。

「ブウッフォ」

 そのままガルーはハルバードを持ったまま叫び声をあげて2メートルは吹き飛ぶ。だがアネモネは土煙で姿の見えぬガルーに対し油断なく拳を構える。


「くっ、油断くらいはして欲しいものだな」


 そして土煙のなかから声が響いた。

「無茶を言うな。私の足はそれが分からぬほど鈍くはない」

 アネモネの素足の感覚が今のガルーを蹴り飛ばした感触が余りにも軽いと言っていた。恐らくは自分の脚力で背後に下がり、威力を殺したのであろうことは容易に想像が付いた。

 土煙の中からガルーが歩いて出てくる。腹の部分の鎧は砕けている。やはり威力を殺しきれなかったのだろう。口から血を吐いてた。

「さあ、やろうか」

 そう言ってガルーは再びハルバードを構え、走り出す。

 しかしアネモネはガルーの受けたダメージが足にまで来ているのを視認して理解してしまった。

(これではな)

 すでに先の見えた戦いだとアネモネは感じた。だが、それは油断だ。戦いの結末など最後まで分からないものなのだ。

「うぉぉおおおお!!」

 それをアネモネは今知る。

「なに?」

 アネモネの目の前でガルーの身体が突然凄まじい速度で突進してくる。それはエンチャントされたガルーのマントの力。風の力で押し出されたガルーの身体が通常よりも早くハルバードの先を突き出させる。

 そしてアネモネの心の臓へと突き刺さる……はずだった。


「これは驚いた……が少し欲張りすぎたな」


 アネモネはそう言ってハルバードの先を左手で握って立っていた。若干握った手が刃によって切れて血で滲んでいるがそれだけだ。

 その先端より直線にアネモネの心臓となるコアがある。瞬間的にアネモネは頭部か心臓かどちらかの当たりを付けて両の手でそれぞれを防御するように構えたのだ。これが別の部位、例えば手足等だったならばアネモネにも突き刺さったろうが、しかし勝敗は決した。

「ふむ。確かにお前は強者だが我が半身となるには足りぬようだ」

 アネモネは眼を細めてそう口にした。

「くっ、なんてヤツだ」

 ガルーは最後の切り札を抑えられ、目の前の戦士の力量が完全に自分を越えていることを悟る。そして己の死を覚悟した。だがアネモネが放ったのは拳ではなく言葉だった。

「勝者は敗者のすべてを手に入れる。お前の群れでもそれは同じか?」

 その唐突に出た言葉にガルーは目を丸くしたが、だが武人として、力にこそすべてをかけた男はその言葉を無視できない。そう、例外なくすべての男にとって強さこそが唯一無二の絶対の価値観なのだ。そうでないという者はただの種無し、男になりきれなかったナメクジ野郎に等しい。故にガルーは頷く。己が信念のために。

「ではお前は今日から私のモノだ」

 そう言ってアネモネはその巌のような拳をガルーの顔面に叩き込んだ。

残念。どじっこの人は運命の人ではなかったみたいですね。

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