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第四話 ここが地獄の一丁目!男たちよ、死を乗り越えて立ち上がれ!!

 キリイグ地方の中央に位置する場所にキリイグ砦と呼ばれている砦がある。これはかつてこの地方で戦争があったときに建設されたものでおおよそ2000ほどの人員が寝泊まりできる要塞だ。二ヶ月前まではここもジャカル共和国兵が駐屯していたのだが、軍撤収と共に放棄され、現在はオルト帝国軍が使用していた。

 そしてその日、バモラの街の生き残りが帰還したことで、この砦は騒然となっていた。


「具体的に述べよ。何がどうなっている?」

 司令官用の寝室でベッドに座っている男が不機嫌そうにしていた。いつものように昨晩も街から呼んだ商売女たちを抱き、酒を食らって今の今まで寝ていたのだ。突然たたき起こされたガルー将軍が不機嫌そうな顔を隠しもせずにそう尋ねるのも無理のないことだった。


「ハッ、バモラの街に向かった114名の団員のその多くが一人の鬼人族の戦士と戦闘となり、大半が殺害されました」


 だが、帰ってきた返事はそんな不機嫌な気分など吹き飛ぶほどの報告だった。

「なんだと?」

 そしてガルー将軍も目を見開いて叫んでしまった。あまりの険のある叫びに後ろのベッドにいる女たちがビクッと震えたがガルー将軍もそんなことに気をかけている余裕はなかった。報告している兵士もガルー将軍の剣幕には若干気後れしたが、だがこの報告の兵はバモラ帰りである。地獄をすでに見ている彼は、生き残った自身の義務として報告をそのまま続ける。

「現在帰還できたのは21名。ほかの団員の状況は不明です」

 目の前の兵の報告が確かならば、つまり現在この砦の総人口であった546名のうちの1/5の人員が殺されたことになる。

 元々オーガ退治に想像以上に死者を出した上に、現時点でも地方の住人を従わせられない状況だ。反乱を恐れて徴兵することは不可能だし、かと言ってオルト帝国にこれ以上この地に兵を送る体力があるかと言えば難しい。

 せめてオーガを討伐しきり、黒金というこの山脈にもあるかもしれない鉱物が採掘できると確認がとれればオルト帝国も追加で助けも寄越そうが、だが現時点では存在しているという根拠は発見できていない。

 この兵の前にいる上半身裸で唸っている獣人の男、ガルー将軍は現在では軍の撤収も視野にいれていた。すでにこの地にかけた人員と金銭は足が出ている状況なのだ。居残り続けることに益はほとんどなかった。

(鬼人族の戦士か。こう都合よく出てきたところを見るとジャカル共和国か冒険者ギルドかあるいは両方の手の者か)

 鬼人族は怪力自慢の角の生えた種族だ。戦闘力を買われ冒険者ギルドや傭兵ギルドなどに所属していることが多い。今現在オルト帝国は冒険者ギルドを排斥する動きがあるがそれ自体はあまり進んでいない。千年以上昔からある制度で、今も地域に根付いているし、他国との結びつきも強い。下手をすると一国だけ情報の分断を食らわされる恐れもある。そうしたことがまるで誰が国の権力者かわからなくなると現皇帝ロウサウスが冒険者ギルドを毛嫌いしている理由だが、こちらが叩けばあちらからも叩いてくる可能性は十分にあり、鬼人族の戦士はそうした行動の一環なのかもしれないとガルーは考えた。

(だが、面白そうだな)

 もっともそうした理由はこの際、どうでもよいかもしれない。ガルーはオルト帝国の軍人ではあるが、元々はウォーキスというこの周辺でも名の通った武人集団の四天王と呼ばれていた男だ。

 ウォーキスとは正確にはヌマの闘技場のランク付けから端を発している強者たちの寄り合いのような組織だ。ウォーキスのネームバリューは高く、ガルーはそこで名を上げオルト帝国に引き抜かれた傭兵だった。

(昨月のあのオーガの長との戦いは胸が躍った。やむなく中断となったが、だが話が事実ならばやつほどに楽しませてくれるやもしれぬな)

 どうせこのままオルトに戻っても失態の責任をとらされて何らかの処分をとらされるのは目に見えている。であればここで一花咲かせておきたいというのがガルーという武人の考え方だ。

「分かった。もうじき昼だ。飯を食わせ終わったらこの砦にいる全団員を集めろ。バモラの街に向かう」

「ハッ」

 そう返答する兵士だが、その顔はひきつっている。朝の惨劇がまだ頭にこびりついているのだろう。それを見てガルーが笑う。

「安心しろ。ヤツを倒すのは俺の役目だ」

「はっ了解いたしましたであります」

 兵士は自分の胸の内を見抜かれたのが恥ずかしかったのか、そのまま敬礼をして早足で部屋を出て行ってしまった。

 兵たちはガルー将軍の指示に従い昼食を取り、砦の待機を命じた者を抜かした総勢398名の兵団がキリイグ砦を出立した。


 そして、ガルーたちの隊がバモラの街までちょうど後半分と言うところまで差し掛かった頃合いだ。兵が妙なものを発見したと言ってきたのは。


「それがこの像か?」

 いったん足を休める頃合いでもあったのでガルーは進軍を中断し、その兵が見つけたという妙なものを見に行った。

「はっ、そうであります」

 それは岩を掘ってできた石像だった。全身を筋肉で纏ったような女性の裸体像だ。

「顔が壊れているな」

「申し訳ありません。先ほど一度倒してしまったもので」

「それは残念だ」

 その像はまさしく芸術品といってもおかしくはない完成されたものだったのだ。無駄のない、それでいて重量感ある筋肉とそれを惜しみなく表現された女性像にガルーは身震いした。

 周囲をみる限り、崩れた岩など先ほどまで彫っていたのであろう後が見える。

「顔が破壊されていなければ相当な芸術的価値もあったろうに」

 背後でビクッと震えた兵がいた。恐らくは誤って像を倒してしまった人物なのだろう。

「まあ仕方あるまい。こんなところに置いておく者も悪いのだ。しかしこれを造った者が見つかった場合に俺に伝えてくれ」

「いかがするおつもりで?」

 横の副官の問いにガルーはにたりと笑ってこう言った。

「俺の像でも彫ってもらうさ。都に連れていってもやっていけるだろうしな。こんな田舎にくすぶらせておくには惜しい腕だ」

 それからしばらくしてからオルト帝国軍はまた進軍を開始した。まさか像の制作者との会合がすぐそこにまで迫っているとはこの時点でのガルーには想像がつくはずもなかった。



  **********



 さて一方でバモラの街だが、アネモネを新たなる長として担ぐことに決めてはみたものの無論街の住人からは芳しくはない反応だった。まあ、突然行きずりの戦士に街を任せろと言ってきたのだ。当然の話ではあるが。

 そして困ったのはトリスである。住民の反対をなだめるのに難航し、そしてそれ以上に「群れの長として威厳を見せる必要があるのやもしれぬ」とアネモネがそろそろジレ始めていたのを抑えるのにも神経を使っていたのである。ちなみに威厳をどう見せるのかと聞いてみるともっとも反抗している相手を全員の前でなぶり殺すとの答えが返ってきた。兄がよくやっていたらしいのだ。

(どこの戦闘民族だ)

 と、トリスは顔を青くした。だが何度めかの住人とのやりとりで忍耐力が限界に近付きつつあるトリスはそのアネモネの案を意外に効果的ではあるかもしれないと若干惹かれ始めていた。

 ちなみに今いるのは逃げ出した領主の館である。アネモネには領主の使っていた部屋で待ってもらってトリス自身は待合室で待たせている住人への説得の言葉を考えつつ、廊下を行ったりきたりとしていた。

(今は非常時だ。この街が帝国に蹂躙されるか否かの瀬戸際なんだぞ。こうなればあの人の言うとおりにやるしかないのか)

 どうあれ、タイムリミットまでそれほど時間があるわけでもないだろう。最悪その手を使うしかないとトリスが本格的に考え始め、処刑対象を脳内でリストアップしかけた時、外から襲撃を知らせる鐘の音が響いた。

「遅かったか」

 トリスは舌打ちをする。だが、さらに驚きの言葉がトリスの耳を突き抜けた。


「襲撃だっ!オーガどもの襲撃が来たぞー!!」


「なんだと?」

 そのまったく不意打ちの報告にトリスが驚愕する。オーガの群れは今部屋の中にいるアネモネが殺したはずで、証拠の角もあるのだからそれは間違いないはずだ。

「いったいどういうことなんだッ」

 そう言って実際の状況を観に行こうとしたトリスの前で扉がバタンッと開いた。

「オーガだと?」

 アネモネが出てくる。

「アネモネさん、聞きましたか」

 トリスは困惑しながらアネモネを見た。その視線には「オーガはアナタが倒したのでは?」という意味も込められていたが、無論アネモネが察することはない。

 アネモネはアネモネで「どういうことだ?」という顔だった。すでにアネモネの群れは壊滅している。そしてここ近隣のオーガの群れはアネモネの兄が統合と壊滅を繰り返しているため、他には存在しない。他の群れがこの地にくるまでには時間があるはずだった。

 そう考えながらアネモネと、続いたトリスが街の門の前に向かうとその理由が明らかになった。


「……オーガゾンビ?」


 トリスの目の前には角が抜かれ、顔を砕かれ、首が折れ、腕を折られ、内臓を引きずり出され、足がちぎられたような世にもおぞましい姿の数十の巨人たちが四つん這いで人々に襲いかかっているという恐るべき光景が広がっていた。

「なんだ、あれは?」

 アネモネにはあのオーガの姿に覚えがある。日々をともに過ごした仲間たちの姿を忘れるわけもない。そして自分で破壊した肉体の特徴も覚えていた。

「多分、アネモネさんが倒したオーガどもに周囲の雑霊が乗り移ったものではないかと。動きが犬のようですし」

 この付近にはアネモネたちオーガ以外にもボルフドッグという寒冷地に生息する魔物たちが存在している。そうした魔物が殺されると霊となって漂い、死骸に取り憑くと言われていた。

「だが、まさかこのタイミングで」

 そう言っている間にも何人もの人間が食われていく。周囲からは泣き叫び射悲鳴を上げる人々の声が響き渡っている。

「許せぬな」

 それをアネモネは怒りを燃やしてみていた。この街の住人とは即ちアネモネの群れの仲間、いわばアネモネの所有物ということである。それを勝手に食われていることに怒りを感じたアネモネは拳を握るとそのままオーガゾンビの群れに走り出した。



  **********


 僅かばかりだが時間は巻き戻る。


 このバモラの街の住人にアンカル・メッシという男がいた。

 元々はジャカル共和国の兵であった彼は、二ヶ月前に共和国から引き上げの命が来たときに除隊しこの街に残った。アンカルにとってこの街は生まれ故郷であり、ここを捨てるなどという選択はなかったのだ。また、そうした思いの兵たちは予想以上に多く、みな残って街の自衛団を結成しオーガが攻めてきても戦う覚悟で待ち受けていた。

 そして今日の朝のことだ。いきなりオルト帝国の兵たちが押し寄せ、言いがかりを付けてきたときには飛び出して戦おうかとも考えたが、しかし相手は100人の屈強な兵隊たちだった。多勢に無勢すぎる。故に結局足は前へと進むことはなかった。そして自分に代わって彼らを追い払った鬼人族の戦士を見て、アンカルも歓声を上げていた一人であった。

 だがそのあとにその戦士が街を取り仕切るという話が出て来たときにはアンカルも反対した。当然だろう。ただ強いだけで急にリーダー面されても……と考えてしまうのも。

 再び帝国が、今度は武力で攻めてくるかもしれないとしてもそう簡単に首を縦に振れるものではない。いっそあの戦士を引き渡してしまってはどうかという話も上がったが『誰が引き渡す』というのだろうか。

 そんなことを話している内に突然の襲来の知らせが来た。そして街の正面門に駆けつけてみれば、そこにいたのは四つん這いで人を食っている死んだオーガたちだった。まだ死んで間もないらしく腐ってはいないようだが、しかしよほど激しい殺され方をしたのか肉体の損傷は激しい。そしてゾンビの代表的な特徴である眼の赤色発光現象が起きていた。

 もっともゾンビ化したオーガは自分たちの状態など気にも止めていないようだった。別の動物か魔物が憑依しているのか四本足で走り回りながら手当たり次第に人間を襲っている。その数は三十、いやまだ門の外からは行ってくるのを含めれば四十か五十はいるだろう。それはこの街を軽く壊滅出来る数だ。

 その光景を青い顔で見ながら、アンカルはガタガタと歯を震えわせながら槍を持って駆け出した。こんな事態を想定して街に残ったのだ。


「ここでやらなきゃ、なんで残ったのか分からねえだろううがあ!!」


 そう叫んで食事に夢中だったオーガゾンビのわき腹に槍を突き立てた。

「つっ、刺さらない?」

 アンカルは驚愕した。元々がオーガであるし死後硬直を起こしたゾンビ系は思いの外硬いのだ。兵士としても大した力量ではないアンカルの槍はほとんど突き去らずに止まっていた。

「ハッハッハッハッ」

 そして突き立てられたオーガゾンビが息を荒くしながら目の前の食事からアンカルに視線を代えた。

「ひっ!?」

 アンカルの位置からは見えなかったが左頭部が完全に破壊され脳味噌が出ていて、食事していたため、口元からはヌチャッと赤い液体が滴っていた。そして残された右頭部の赤く光る眼は笑っているように見えた。新しいおもちゃを見つけた子供のように。

「はぁ……はははっは」

 それを見たアンカルは涙を流し、失禁し、膝をついた。

(通じない。自分のひ弱な槍では、こんな化け物には……)

 現実を知ったアンカルは死を覚悟した……はずだったが


「邪魔だっ」


 その一言で後ろへ投げ飛ばされた。

「なっ」

 投げ飛ばされながらもアンカルは見た。巨大な戦士がオーガを殴りつけている姿を。そして頭部を握りつぶして引きちぎり、それを掲げながら、恐るべき声量で咆哮したのを。

 オーガゾンビもその場にいた人間も誰もが恐怖に駆られたその声を発したそれは獰猛な光をその眼に宿し、オーガゾンビの群れに挑みかかった。

今回は特にコメディシーンはありませんでした。

次回はいよいよ彼氏候補との初対面、恋の炎が燃え上がります。



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