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第三話 亡き兄の声を聞け!悲しみに暮れた人々の前に今天使が舞い降りる!!

 すべてのことの始まりはオーガの群れのひとつが次々と周囲の群れを吸収し拡大しながらキリイグ地方に南下したことに端を発していた。

 オーガの群れの総数は200近くとみられ、対するキリイグ地方の兵力は数も練度もオーガたちに対抗できるほどのモノではなかった。なので、当然のようにこの地方を統治しているジャカル共和国の主戦力の出陣に期待の声が挙がったのだが、だが肝心の共和国は何も送ってこないどころか街に駐屯している兵たちを引き上げさせたのである。

 確かにここ数年の飢饉による国力低下に伴い、ジャカル共和国は各都市の兵力の維持に苦慮している状態にあった。他国からの防衛としてもそうだが、兵力の維持は魔物に抗するためには絶対必要なもの。それを引き上げた時点でジャカル共和国はバモラの街などを含むこのキリイグ地方を見捨てたも同然であり、それを受けてオルト帝国がその地を占領しようと動き出したとしても異を唱えられるはずもない。

 周辺国も、兵を引き上げ民衆をオーガの腹に収めることを決定したジャカル共和国に味方するところがあるはずもなく、自然とキリイグ地方はオルト帝国の領地へと変わる流れとなっていた。これは侵略と言うよりもどちらかといえば保護に近い動きだったともいえた。また補足的な話をすれば、オルト帝国領内にある黒金という鉱物の鉱山であるバルガ山脈と、このキリイグ地方のメルダ山脈は近しい環境にあり、この地域でもバルガ山脈と同じように黒金が採掘出来るのではないかというオルト帝国の期待もあったことも述べておこう。

 問題はオーガの群れだが、昨月にオルト帝国は千の軍勢を派兵し、全滅とはいかないまでもその半数をしとめることに成功していた。そして北の奥地にまで追いやったことでキリイグ地方の危機はひとまずは去ったはずだった。しかし、オーガを倒し民衆を救ったはずのオルト帝国兵たちを、キリイグの人々は英雄としてではなく侵略者として扱ったのである。

 元より今回の派兵はオルト帝国からすれば自分の領地として手に入れた土地の害獣を駆逐するためのモノである。先程も述べたように鉱物資源を狙っての派兵でもある。

 だがそれは派兵される兵たちには関係のないことだ。彼等がオーガと戦ったのはキリイグ地方の民衆を救うという大義、あるいは義憤によってのもの。無論、それだけで動いているわけではないのは当然だが、しかし少なくとも仲間の多くを殺されながらも、心折れずに最後まで戦えたのはそうした想いを心の支えにしていた部分があったことは否定できないだろう。だが、その彼等の正義は呆気なく裏切られた。

 凱旋と称して街に入った兵たちに投げつけられた腐った卵と小石、そして言葉の暴力。多くの友を失い、それでもなお心の支えとしていた民衆を護るという矜持は、当の民衆によってその場で踏みにじられたのだ。

 仲間の亡骸に糞尿を投げ掛けられ、せせら笑われた兵の心情は察してあまりあるものだが、それを見ていたガルー将軍の怒りは凄まじかった。この遠征の総大将であり、フィロン大陸北部でも最強と謡われる武人集団ウォーキスの四天王の一人でもある彼は部下たちを侮辱した民衆に対し怒りを露わにしてこう叫んだ。


「オーガに食われた方がマシだと抜かしたな。ならば文字通りそうしてやろう」


 そうして、その場にいた男も女もすべてを八つ裂きにして、切り刻んだ死骸を地面にバラまき、それを片付けさせることも許さなかった。故に現在でもその街の門の前では遺体が放置され続けている。


 その騒動がオルト帝国兵とキリイグ地方の民衆の溝を決定的なものとしたのは間違いない。間違いはないのだが、実のところ他の街でも状況は似たようなものだったのだ。オルト帝国兵を友好的に扱った街は一つもなかった。

 調査を進めていく内にジャカル共和国の隠密が民衆を誘導していたことにはオルト帝国の軍部も後に気付いたのだが、時はすでに遅かった。

 大衆心理に帝国憎しの思いが刻まれ、状況がコントロール出来ないことを悟ったオルト帝国はキリイグ地方を平和的に治めることを諦めざるを得なかった。つまりはガルー将軍の言葉通りに『そのように』扱うことにしたのである。


 だが、そうはいっても兵士の不満がそれで改善されたかと言えばそうではない。次第に溜まる鬱憤は民衆へと向かい、彼等との軋轢をさらに広げていったし、そうした状況は兵たちの精神を蝕み着実に精神を摩耗していった。

 そして昨日、兵隊長の一人が殺されたことで、オルト帝国軍は再度の見せしめを行い、その力を示すことを決定する。

 同日に冒険者ギルド内で謎のオーガの角の流通が確認できたところだ。中立などと口にする小賢しい組織もろとも槍玉に上げてしまえばいい。そう口にしたガルー将軍の指示の結果が今朝起きたバモラの街の中央広場の騒動の元であった。


 まあ、そんな事情はアネモネの知ったことではないのでどうでも良いことである。朝食は量が少ないが味は良い。肉も良いが魚も焼いて食べても美味い。

 その食事をよく味わいながら食べているアネモネの前に外からゾロゾロと外から人が入ってきた。中にはニライの弟のカンダと、まだ顔の腫れも引いていないミューもいた。

「ちょっと、なんだいアンタら」

 親父は驚いて入ってきた人物らに声をかけるが、その中の代表らしき男が「アランさん、いいから」と口にした。宿屋の親父はアランと言うらしいとアネモネは初めて知った。とはいえ、食事を休める理由もないのでそのまま食べ続ける。

 その動じないアネモネの様子に入ってきた人たちも驚くが取り合えずはアネモネが食べ終わるのを待った。

 一同の視線の中でアネモネはパンを千切って食べる。

(深みがある。これがコクというやつか)

 無論、アネモネの咬筋力ならば噛み切るのは造作もないが、この地方の小麦はグルテンが少なく硬い生地であることが多い。だが噛み続けることで味が深まっていく。アネモネは頷きながらゆっくりと噛みつつ味わって食べる。続けてさらにパンを引きちぎって口に運ぶ。どうやらこのモシャモシャとするパンがかなり気に入ったようだった。

 そしてサラダというモノも新鮮だった。普段は狩った獲物の内臓まで食しビタミンをとっているオーガが食べる植物といえばバイモネの実という極端に酸っぱい柑橘系の実ぐらいなモノであったので新触感であったのだ。

 そしてアネモネは宿屋の親父アランの料理を堪能し最期のスープの一滴を飲み干すと、

「何のようだろうか?」

 と尋ねた。アネモネにもさすがに目の前の人間たちが自分に用があるとは理解できていたようだった。

「は、はあ。私はトリス・ジンクと申すものです。今この街で一応のまとめ役を務めています」

「まとめ役?……つまりは長か?」

 アネモネは自らの記憶からまとめ役の意味を思い起こし、そう尋ねた。

「はい。そのようなものです」

 その言葉を聞き、アネモネはトリスを上から下まで眺める。その様子にトリスはビクッと仰け反った。

(ヒョロヒョロとしているだけでまるで闘えるとは思えぬ。なるほど、あのひ弱な人間どもに従っているわけだ)

 アネモネはトリスを見ながらそう考えた。一方のトリスはその獰猛そうな双眸に睨まれ喰われるのではないかと恐怖に駆られていた。

「それで、この群れの長が私に何か用か?」

「はい。それが、その、朝のお手並みは見事でした。あの帝国の兵士どもを千切っては投げつけるその手並みに我々も脱帽した次第でして」

「世辞はいい。用があるならば言え」

 人間の冗長気味な喋りようはアネモネにとっては不愉快なものだった。何故もっと的確に話せないのかアネモネは理解に苦しむ。オーガならば大抵のことはガーとウーで済むというのに。

「す、すみません。私どもといたしましては、今回の件を受けてオルト帝国兵の仲間が復讐しに来るのではないかと懸念しております」

「それは来るだろうな」

 あそこまでやり尽くしたのだ。自分たちの群れを半分以下にするまで追いつめた連中が、それもしないような種なしとは思いたくはない。

「はい。ですので私たちは貴方にこの街を護衛していただきたいのです」

「護衛だと?」

 アネモネは険しい顔をした。

 ここでアネモネは大きな誤解をしていた。群れを守るのは群れの長の役割であるという認識が、アネモネを護衛役として雇うつもりのトリスの言葉を、トリスの代わりに長をやれというものに変えられていた。

「お前は私に群れの長になれと言うのか?」

 そして、その言葉に驚いたのはトリスといっしょに来た仲間たちである。

 アネモネの発言に、ざわめき、簒奪目的で戦ったのではないかとの暴言まで出てきたが、それらをトリスが制する。

「よせ。知っているだろう。私など所詮、領主が逃げ出したから仕方なくまとめ役に居座ってるに過ぎん。であれば、この方に頼ってみるのも私は良いと思う」

「トリスさん……」

 周囲の声が静まる。行きずりの傭兵たちが救った街の要職につくというのはままある話だ。多くの場合は、救った立場を盾にした強要ではあるが。

 ともあれ今のバモラの街にはアネモネなしでは立ち行かぬだろうとは周囲の人間も理解している。でなければオルト帝国からさらに理不尽な扱いを受けるであろうことも。彼らはそれらを天秤にかけ、結論として沈黙を選んだ。そしてトリスがそうした周囲の様子を窺った後、再びアネモネを見た。

「アネモネさん、お受けしていただけますか?」

「ふうむ」

 トリスは覚悟を決めて頭を下げて頼み込む。だが、アネモネは腕を組みながら呻いた。

(ただ聞いただけだったのだがな)

 対してアネモネはいきなり手渡されかかっている長の地位にまったく魅力を感じていなかった。確かに兄のような群れを従える長に憧憬を覚える年頃のアネモネだ。母からはこれからは女の時代だとも聞かされている。だが目の前のひ弱そうな人間たちを従えることへの興味があるかといえば別の問題だ。なので、とっとと断ろうとアネモネは口を開き掛かったのだが、その脳裏に突然覚えのある声が響きわたった。


『受けよ妹よ』


「兄か?」

 アネモネの突然の言葉に周囲の人間が驚いた顔でアネモネを見る。

 だがアネモネの視線は別のところに注がれている。いつのまにやらアネモネの前には生前とあまり変わらぬ兄の姿があったのだ。正確に説明するならば、筋肉が異常発達した3メートルを超える巨体のオーガが白い翼を生やし光る輪っかを頭の上に浮かべながら目の前に浮いていたのだ。

「兄よ、貴方は死んだはずでは?」

『気合いだ』

 的確な兄の言葉にアネモネは「なるほど」と頷き、そして「受けよとはどういうことか?」と尋ねた。

『我を倒したお前は今やオーガの長なり。だが長とは群れを率い、護るものよ』

 その兄の言葉にアネモネは頷くものの、しかし連中はひ弱だと返した。その言葉を兄は『愚かなり』と言う。

『群れがひ弱なれば貴様が守ればよい。そして群れを鍛えればよい。汝はそうして強くなったのであろうが』

 それにはアネモネも目を見開いて、兄を見た。

「確かに。私が兄を打ち倒せたのも日々の鍛錬の成果。ひ弱であった私はそれを克服するすべを最初から持っていたのか」

 アネモネは一気に目の前が明るくなったような感覚に捕らわれた。そして満足そうに頷く兄にアネモネは感謝を込めて頭を下げる。だが偉大なる兄はさらなる叡智を妹に授ける。

『オーガの種の強さは他を圧倒する。故にいかな種族の群れを率いようとお前が子をなせばやがてそれはオーガの群れとなろう。それに巨大な群れを築けば、自然と強者も寄ってこようぞ』

「なんとっ」

 それは盲点であったとアネモネは、兄の慧眼に再び感服する。

「ならば、受けねばならぬか」

 アネモネがそうウンウンと頷くのを見て、全身異常筋肉のオーガは満足げに微笑みながら、そして天へと顔を上げた。


『ではな。良き子をなせよ新なるオーガの長、我が愛しき妹よ』


 バサァッと翼を広げて筋肉の塊は天へと登っていく。白き羽が周囲を舞い、それは光の粒子となって散っていった。


 とまあ、そうしたやりとりがあったのだが、目の前の人間たちにはその様子は見えていなかった。高い意識レベルでのやりとりをただの人間の精神では見ることが叶わなかったのである。なので、突然1人ぶつぶつと呟き始め、頭を下げるアネモネの行動に一同は首を傾げたが、だが再び顔を上げたアネモネの決意に満ちた表情を見て、どうやら答えが決まったのだと理解した。


 そしてトリスたちが緊張した面もちで見ているとアネモネは一言こう告げたのである。


 「受けよう」……と。


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