第二話 1対100!ルール無用の残虐バトルがヤツラを襲う!!
女オーガ、アネモネの朝は早い。
まずは日の昇る前に起きたら、街の外に出て服を脱ぎストレッチ。身体がほぐれてきたら約5キロ程の全力疾走と休憩を繰り返す。必要なのは持久力ではなく瞬発力。戦闘に必要な動きを得られればよいと考え、長距離を考慮しない特訓を行っている。
続いては自分の身体の倍ほどはあろう岩を見つけてそれを持ち上げてのスクワット。その屈伸速度は速く、残像現象が起きるほどだ。周囲に凄まじい量の汗が飛び散り、終わる頃にはアネモネの周囲は湿った黒い円ができることとなる。
それが終われば近くの岩場で指一本だけで崖を上る訓練。全体重を一歩の指に乗せるだけでなく、上に上がるためには一旦指を離して落ちる前にさらに上の場所に指を突き立てねばならない。これを両手の親指から小指まで計10セット繰り返す。オーガは基本的に足の方が頑丈で、刃すら弾き人を一撃で殺すほどの威力を持っているがアネモネは敢えて蹴りを主軸とはせず、両腕を攻撃の主眼に置いている。これは足を軽視しているのではなく、寧ろ信頼しているための選択だ。
アネモネの戦いはやがてくる性交のためのもの。性交を行う母体である自身を護るためにもっとも信頼している部位を護りに回したのである。その結果、アネモネはオーガ50体を皆殺しにしてなおダメージを受けずに立っていられるだけの回避能力を手に入れていた。
他にも水面に映った自身の姿を見ながら、岩を抜き手で破壊し、自身の姿とほぼ同様の石像を作る訓練も行っている。これは「天使のような大胆さと、悪魔のような繊細さをその指に持つのよ」とオーガの男共を骨抜きにしていた母の言葉を取り入れたものだ。性交においてはただ力だけが強くともいけない。ソフトな指使いこそが最大の武器。そして、それをこなすための土台作りこそが重要だと常に言われていた。
アネモネは、その母の言葉に従い、このトレーニングを日課としていた。
「ふむ。今日は良く出来たな」
出来上がった像を見てアネモネは満足そうに頷いた。自らの肉体を模したその像は、ただ上手く作り上げるだけではない。アネモネの類い希なる観察眼による自身の完全なる模写。背後は水浴びなどの際に水と水との反射と反射により見えたわずかな光景を元に作成している。昔は難しかったが、今ではそのほとんどを鮮明に把握できるほどに動体視力も鍛え上げられていた。
そのアネモネが目の前の像を非常に満足そうに見ていた。ただ上手く作れただけではない。完全な写し身である像の肉体が己の理想とした状態に近いことに満足してのものである。
普段はこの像を破壊して訓練を終えるのだが、特別出来の良いものはそのまま残すこととしている。今日のものは残すことに決めたようだ。
それ以外にも蹴りや防御を重点とした特訓を行い、その後は特訓の途中で発見し仕留めたマウアルグリズリーを生で食し、未だ凍り付くような冷たさの川に飛び込んでその身を洗った。これも母からの言葉によるものだ。
「女は身だしなみに気を付けよか。ふ、母は常に私の良き師であるな」
そして川から上がり昨日に購入した服というものを身に着けるとアネモネは街に戻っていった。あの宿屋というものは泊まる場所の提供だけではなく朝食というものが出るらしいのだ。昨晩食べた焼いた肉は生よりもアネモネの嗜好にあっていた。
だがアネモネが戻ったバモラの街はどこか様子がおかしかった。
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アネモネは朝には衛兵がいたはずの街の入り口の、誰もいない正門を通って街の中に入った。そのまま、まっすぐに宿屋に戻り、一階にある食堂にいったのだがそこには誰もいなかった。
「確か朝の飯を用意するという話であったが」
金というものはすでに払ってある。約束を交わした以上は果たしてもらわねばならぬとアネモネは思ったが、どうも朝食というものを作るはずの親父がいない。それにどうやら外が騒がしいようだった。
「襲撃だろうか?」
先月の人間どもが攻めてきたときの空気に似ていた。戦闘ではないようだが、どことなく殺気を感じたアネモネはそちらに足を運んでいった。
そうしてアネモネが足を運んだ先はバモラの街の中央広場だった。その中央には100名ほどの兵たちが立ち並び、周辺をこの街の住人が囲んで見ている。
「昨日、我々の愛すべきロイマー大尉とその部下たちが殺された。ソレを行ったのはこのニライ・アーマンと共謀していた冒険者ギルドの女だ」
兵士の演説が続いている。アネモネがその突き出された女を見たが、着ていた服はそのほとんどがビリビリに破かれ、身体のあちこちに青あざが出来、その視線は虚ろであった。顔も腫れ上がっていてひと目では昨日会った受付嬢とは認識できない姿だった。
「豚のような顔だな」
アネモネは勿論わからなかった。腫れ上がった顔がどこまで腫れたものなのかも分からない。あるいはオークの女なのかもしれないと考えていると隣で「ちくしょう。ミューが」と口にする青年がいた。
その青年の顔を見て、アネモネは「ニライ?」と声を上げた。
「おお、生きていたかニライ。首を跳ねられたので死んだのではないかと思ったぞ」
そう言うアネモネを驚いた顔で見たニライに似た青年は「兄を知ってるんですか?」と尋ねた。その返しにアネモネは、もしや兄弟かと推測した。まあ推測するまでもないことだが。
「ああ、ニライにはいろいろと教えてもらった。お前はニライの兄弟か?」
そう尋ねるアネモネにニライ似の男は「弟のカンダです」と返す。
「兄のことを聞いてこちらに来たのでしょうが、兄が生きていると思わせたようですね。すみません」
アネモネはカンダの言葉の意味を考える。何か誤解をしているようだとは分かったが、意味合い的にはそう違いはないようなので、そのまま頷いた。
「兄はあそこです」
そしてカンダは涙をにじませた顔で、中央広場を見た。兵たちの並んだ前に泥だらけのボールのようなものが転がっていた。
「連中、さっきまで兄の頭で玉遊びをしてやがったんですよ」
そう嗚咽混じりにカンダが言う。アネモネは(ああ、兄がよく持ってきて、蹴っていたな)と懐かしい気持ちでソレを見ていた。
その様子をカンダはアネモネも怒りを堪えているのだなと勘違いしたが、まあそれはそれである。
「ミューだってただ兄貴と話したってだけであの様だ。あいつ、あの歳だってのにまだ生娘だったんだぞ。だったら俺がとっとと奪っておけば良かったんだ」
「ふむ。状況が分からないな。結局どういうことだ?」
その言葉にカンダはポカンとした顔でアネモネを見たが、アネモネがこの街の住人ではないのは一目瞭然なので説明をする。
「ここら一帯は少し前まではジャカル共和国の土地だったんです。それは知っていますよね?」
そう口にするカンダにアネモネは首を横に振る。そんな人間の事情などアネモネには分からぬことだ。
「そうですか。まあ、共和国だったんですよ、ここは。ただ大量のオーガの群れが山から下りてきて、共和国は怯えて兵を引き揚げやがりましてね。事実上ここは一旦見捨てられたんです」
アネモネがなるほどと頷く。つまり原因は彼女たちである。が、そんなことは分からぬカンダはそのまま説明を続ける。
「そこに目を付けたのがオルト帝国です。先月オーガを追い払ってから土地を奪い返したってんでやりたい放題ですわ。そうなる直前に兄はオルト帝国の兵になったんですが、まあ残された家族は町の人には疎まれ白い目でも見られたもんです」
アネモネはそのカンダの言葉に目を細める。オーガを追い払ったのはどうも目の前の人間たちらしい。兄を追いつめたのがこんな貧弱な連中だという事実にアネモネは衝撃を覚えていた。
「でも結局、昨日街に逃げ帰って上司に斬り殺されたらしい。そんで冒険者ギルドも噛んでるってイチャモン付けてるんですよ」
「意味が分からんな」
「俺にだって分かりませんよ。ただ今のオルト帝国の王様は冒険者ギルドを疎ましがってるって噂だし、口実が欲しかったんじゃないですか。オーガの角を軍から盗んで売り払ったとかもさっき言っていましたし。兄貴はそんな大それたことの出来る馬鹿でもその後どうなるか分からないマヌケでもない」
そこまで言って途切れたカンダの言葉を反芻しながらアネモネは気になる部分を口にする。
「つまりあれはオーガを倒した連中なのだな?」
「ええ、こんなことなら勝ったのがオーガの方がまだマシだったかもしれませんがね」
「だが数が少ない」
「他の兵のことでしたらここより少し離れた砦にいると思いますけど」
つまりは群れの本体は別の場所にいるということか……とアネモネが唸る。
「なるほど」
そうアネモネは頷く。もっともいくら数がいようとアネモネの理想とする相手がいないのでは仕方がない。特に興味もないので、アネモネは宿屋の親父がいないかと周囲を見回していた。
だが、その動きがまずかったのだろう。2.5メートルはあるアネモネが周囲を探し始めたのは大層目立ち、当然兵たちの目にも留まった。
「なんだ、貴様?」
周囲を警戒していた兵たち、併せて5人がアネモネに駆け寄る。周りの住人は雲の子を散らすようにその場から離れた。そして兵たちは槍を突きだしながらアネモネの前に出る。
「私に何か用か」
アネモネがそう尋ねる。兵たちはその威圧感に言葉を発せずうめいた。だがその様子を見ていたミューが呆然と呟いた。
「あなたは昨日の……」
その言葉に兵たちのアネモネを見る視線が変わる。そしてミューは期待に満ちた目でアネモネを見ている。
ミューは昨日ギルドに持ち込まれたオーガの角が砦から盗まれたと言われたが、そんな筈はないと知っている。なぜならば、先月のオーガ討伐の素材鑑定にはミューも駆り出されていたからだ。だからミューは逃げたオーガたちを討伐したのが彼女であると信じていた。そしてそのアネモネが自分を助けに来たと勘違いしたようだった。
アネモネはそんなミューの期待に満ちた目に「?」という顔をしてから兵士に再度向き合う。
「なんだと聞いているのだが?」
アネモネとしてもここで戦うことへの興味はない。こんなひ弱そうな連中では自分の相手は務まらないだろうと考えていた。
「黙れ。貴様、我々がオルト帝国兵団だと分かって言っているのか?」
アネモネはただ何の用かを聞いただけであるのに、この返答である。意味が分からなかった。だがそうして首を傾げたアネモネが自分たちをバカにしたような仕草に見えた兵の1人がそういって槍を突きだし、アネモネの身体に近付けようとしてしまう。
そして「何をする?」とアネモネは声を出し、ついでにその槍を掴んで、兵士ごと持ち上げた。
「お、おお?」
兵士は驚きながら、その場で手を離し、尻餅を付いた。
「ぐあっ」
「キサマア」
兵たちが殺気立ち、アネモネにさらに槍を突き出して威嚇する。その様子を見てミューが叫んだ。
「アネモネさん、こいつらです。こいつらニライを殺して、それで」
「だまれぃっ」
「きゃあっ」
ミューが横にいた兵士に平手打ちを喰らい倒れる。
「???」
アネモネはますます首を傾げた。あの豚娘の言うことは訳が分からなかった。ニライを殺したのは中年の人間の兵士で、それはもうアネモネが殺している。よってこの人間たちはニライを殺した相手ではない。それぐらいはアネモネにも分かる。全く持って不可解な豚娘だとアネモネは思った。
「貴様もだ。おとなしくしろ。でなければこの場で貴様を殺すぞ」
兵の1人の声にアネモネは「ほお」と口にして笑った。兵士はこの時点でどうしようもない失敗を犯した。明確にアネモネへの『殺意』を言葉にしてしまった。アネモネを乗り気にさせてしまったのである。
「どうにも弱そうな相手ばかりなので『遠慮』していたのだが、無用の配慮であったらしいな」
アネモネはそう口にする。
(兄に説教を垂れながら自分はこの体たらく。いかんな、これは)
そう思い直し、アネモネは兵たちを見る。その瞳に暴力的な色が宿ったのに、その場にいた5人は気付いたが、だが彼らはすぐには動けなかった。動いたときが自分たちの死であると理解していたのである。もっとも行動を起こそうと起こすまいと生き延びられる時間には若干の違いしかなかったのだが。すでにスイッチは入ってしまったのだ。
「ガハァッ」
最初の一撃は蹴りだった。1人尻餅をついている兵士を除いた残り四人が、まるで赤子が癇癪を起こして弾き飛ばした積み木のように吹き飛んだ。
直接の蹴りを喰らった兵は腕を破壊され、内臓も爆発したように破裂し即死。そして残り三人も大なり小なりのダメージを負って地面に転げる。死んではいないが少なくとも戦える身体ではなかった。
アネモネはそれを見て予想外に飛ばなかったな……と考えたが、恐らくは着ている鎧が頑丈で重いのだろうなと結論付けた。そして吹き飛ばされた三人の元にまで寄ると一人一人の喉を踵でつぶして息の根を止めた。
「ふぅ」
アネモネは一息つく。そして他の兵たちを見ると
「なぜ、かかってこないのだ?」
と、呆れたように質問した。彼女の群れであれば、当の昔に彼女に向かってきているはずだ。それを警戒しながらとどめを刺していた自分が馬鹿のようだった。
「じ、陣形を取れぃ」
兵の中でも指揮官らしき男が大声で兵たちに声をかける。
「オーガ殲滅の陣だ。馬鹿力の鬼人族など距離を離せば恐れることはない」
(あれが指揮官か)
アネモネは狙いを定め、手にしていた槍を振りかぶる。
兵士たちは一列に並び、半々の割合で杖と槍を持っていた。
恐らくは魔術を一斉掃射した後、槍で突撃を行う予定なのだろうが
「魔術部隊、撃ち方」
指揮官らしき男が声を上げるが、だがそこまでだった。
「ふんぬっ!!」
アネモネが力いっぱいに槍を投げつけた。
「はじッひぃっブフォッ」
そしてアネモネの投げつけた槍が指揮官の口の中を貫通する。その様子に魔術を用意していた兵士が驚愕する。だがそこで生まれた一瞬がアネモネの感じた攻撃の隙。そのままアネモネは恐るべき脚力で兵たちに向かって走り出した。
「やばい、撃てぇええ」
副官らしき男がまくし立て、ようやく魔術兵はアネモネに対して魔術を放つ。
「う、ぎゃああああああ」
だが悲鳴が上がったのはさきほど尻餅をついた兵士のもの。アネモネは途中で倒れていたそれを拾い上げ、盾としていた。
人は誰しも魔術に対して耐性を持っている。そしてオルト帝国兵の標準装備の鎧はこの辺りの地域で採掘される黒金というものを使用していて魔術耐性が高い。死したるより生きた盾の方が有効なのだ。それをアネモネが知っていたはずもないが、だが本能はそれを理解していたのだろう。
続けて30のファイアの魔術を盾として喰らった兵士は絶命したが、だがアネモネにはなんらダメージはなかった。
「ぐはっ」
そしてアネモネは兵たちの中へと飛び込み、その拳を振るう。元より槍を以て離れた位置から突き殺す筈だった兵たちは突然の接近戦への対応が出来ていない。槍は折られ、喉は突かれ、腸を抉られて悶える兵が他の兵たちの集まりに投げつられ絶命し、圧倒的な握力で顔面自体をこそぎ取られたりもした。
阿鼻叫喚、たった1人による地獄絵図がそこに出来ていた。
その場から離れた位置にいた兵士はさすがに槍を捨て、剣を抜いて立ち向かうが、だがそこにある膂力が違う。アネモネにはその剣がまるで止まってるように見える。そして昨日のように降り注ぐ剣を親指と人差し指で掴み、軌道を変え、互いを同士討ちさせる。
そうして僅か数刻と経たずに死体の山は詰み上がり、兵の数が残り50を切ったところで「退却ッ、たいきゃーーく!!!」と副官が叫び、もはや恐怖しかない兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「的だな」
それを見たアネモネは落ちている槍を拾い上げて次々と投げつけ団子状に串刺していく。その際に副官もその場で上官と同じ運命を辿り、地面に転げて死んだ。
何人かは逃げられぬと悟りアネモネに立ち向かうが、だが力の差はあまりにも大きい。拳が振るわれる度に腕がちぎれ、頭が引きちぎられ、蹴りのひとつで内臓が破壊された。
そうこうしている隙に逃げ出す兵の姿がいくつか見えたが、これ以上の手間をとる必要はないと考え、アネモネは拳を下ろす。後に街の住人が後処理をした際に87名が死亡されているのが確認された。
そしてアネモネは周囲を見回す。周囲には死体しか残っていなかった。その状況には民衆も呆気にとられていたが、アネモネに賞賛の言葉を浴びせる者が出てきたことで、それは大合唱となった。目の前の凄惨な光景に怯えてはいたがそれ以上にオルト帝国憎しの気持ちが高まっていたのである。
アネモネにもそれが自分に対する賞賛の声であることは理解できたが、だからといって何かを思うこともない。彼らは彼女の群れの仲間ではないのだから。そう考えながらアネモネは声援の民衆の中から目的の人物を発見する。
その人物の元へ歩き出すアネモネ。賞賛の声を送っていた民衆もさすがに近付かれては黙ってしまったが、だがアネモネには関係のないことだ。ただ約束事は果たしてもらわなければならない。そう思い、アネモネはそこにいた『宿屋の親父』に声をかけた。
「朝のメシはまだか?」
親父が慌てて宿に戻り、朝食を作り始めたのは言うまでもなかった。
とりあえず二話までは掲載。
今回はアネさんのスペック確認回ですので緩めの内容です。
ストックもほとんどないので以降は基本週刊掲載予定です。