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第十一話 さらば黄金の友よ!お前の痛みを俺は忘れない!!

 悲痛な叫びが響き渡った。


「すまねえ。すまねえ、アネさん。俺は……俺はぁああ……」


 泣きながら詫びるガルーの前で、アネモネが膝を付き、血を吐いて倒れている。全身が痙攣し、もはや生きているのか死んでいるのかも分からぬ有り様。それはガルーとトリスが初めて見るアネモネの姿だった。

「アネモネ陛下ッ!?」

 駆け寄って叫ぶトリスの声も虚しく、アネモネの瞼は閉じていく。意識が消えていく。


 ここはオルト帝国 帝都ルーイングリーム。その中央にある帝国城ヴァラハラムの一室で、魔王をも退けた者が血を吐き、崩れ落ちていた。


 泣き叫ぶガルーと青い顔をして見ているトリス。この事態が何故起きたのか。それを知るには少しばかり時を遡る必要があった。



  **********



 アネモネ王国がオルト帝国から正式に国として認め友好国として手を結ぼうと打診してきたのが約一ヶ月前のことだ。

 結論から言えばアネモネが良しとした以上、そう動くのがアネモネ王国であり、今回も最終決定は既になされていたので、臣下たちはそれに併せて準備を進めていくこととなった。


 またアネモネ王国の現状だが、極めて協力的に働く魔王ヴァンスの力もあって黒金の採掘も順調に進んでいた。ヴァンスもアネモネが積極的に魔王復活を望んでいることを理解しているため、自分の復活のためにも彼自身が精力的に働くことを良しとしていた。

 王都周辺の農作業も畜産も始まったばかりではあったが、このナーガラインの交差する魔力の集積地でもある王都の近辺の環境は非常に良い。今年には間に合わないが来年からでも期待が持てそうだという報告が上がっている。

 そしてアネモネ王国建国を知り、以前にキリイグ地方で兵をしていた者たちなども戻ってきたことで、兵力も徐々に整いつつあった。さらにガルーとジョセフィーナというかつてウォーキス四天王と呼ばれていたふたりの呼び掛けもあり戦闘集団ウォーキスもアネモネ王国に編入された。

 ゾンビからスカルに昇格したオーガスカルたちや、魔王の配下のデュラハンや鎧武者、そして黒き竜クロなども控えている。規模そのものは一国としては大きいとはいえないが、戦力としての質は非常に高いものが揃っていた。

 そんな中でアネモネのオルト帝国行きは進行していたが、誰もアネモネの心配をする者はいなかった。交渉はどうあれオルト帝国にアネモネをどうこうできる存在がいる考えた者は誰一人としていなかったのである。


「オルトの二天将って言われてるジルドとシェザーリアのふたりは軍の中でも別格で、どっちも俺よりも強いですがね。けどアネさんに勝てるかって言うとそれほどの連中ではありませんよ」

 道中、ガルーがアネモネの「オルトに強い者はいるか?」という質問にそう答えた。以前に聞かれたときはアネモネに対抗できる、つまり彼氏候補を聞かれたのでいないと答えていたが、今回は単純に強いものとだけ聞かれたのでガルーは違う解答をしていた。

「あとは黒神像という黒金で出来たゴーレムみたいのがいますね。帝都のナーガラインから魔力を無尽蔵に吸収してるんで異常に強いし疲れを知らねえってえことなんですが」

 アネモネがその言葉に期待の視線を向けるが、

「金属の像ですから子供はつくれませんぜ」

 ガルーの続いての言葉にアネモネはガックリときた。

「そういえばガルー将軍の子供さんもあちらにいるんでしたよね?」

 そう尋ねたのはトリス。現在のトリスの地位はアネモネ王国宰相、ガルーはアネモネ王国軍将軍である。そして彼らが引き連れているのはアネモネ親衛隊100名。この半年で鍛え上げた精鋭たちだ。実力だけで言えばウォーキスの連中の方が高くはあるが、アネモネへの忠誠度を考えれ同行するのは彼らであるのは当然だった。

 その部隊の一番前にオーガスカルを駆るアネモネがいて、その後ろをトリス、ガルーが並んで馬に乗っており、続けて親衛隊という順番での行軍だ。

「まあな。一応手紙は出してたんだが、今のところはよくやれてるようだ」

 ガルーの妻は既に亡くなっているため、今はひとりで屋敷に住んでいるとのことだった。「あいつには苦労かけっぱなしだな」とガルーは口にする。

「まあ将来的には冒険者になりてえとかぬかしやがってたからなあ。今のままオルトにいてももう出世コースに乗れるわけもねえだろうし、この機会にちゃんと連れて帰れりゃいいんだけどな」

 そう告げるガルーは複雑そうな顔をしていた。アネモネに惚れてはいるが、ガルーはこの子供のことも溺愛しているようだった。

 アネモネがガルーを自分の者と主張している以上、ガルーがオルトに戻るという選択肢はハナからないのだが、自分の恋を優先していることを後ろめたくも思っていた。

「子供さん、元気でいるといいですね」

「まあなあ」

 そのふたりの会話にアネモネは(……子供か)と心の中で呟いた。

 未だ膨れぬ自身の腹を見てアネモネは鬱々とした気持ちになる。半年も彼氏が来るのを待っていたが未だ現れぬ。そろそろ他の方法を探さねばならぬかとアネモネは考えていた。


 そしてオルト帝国の領土にアネモネたちは入る。

 オルト帝国は山脈に囲まれた国で、山の峰の一つはアネモネ王国の王都アネモネシティまで続いている。

 気候は冬は厳しく、夏もあまり暖かくはならない地域で、今の季節はもう秋も半ばだというのに遠く見える山は前冬の白い雪がまだ残っていた。

 そして駐留する街々で予想以上の歓待を受けながら、アネモネたちは帝都ルーイングリームまでたどり着いた。ちなみに魔王に逆らうと街ごと滅ぼされると噂が流れていたことと、その歓待に関係があるかは不明であった。


「ようこそ、おいでくださいました」

 そう言って帝国城の入り口前でアネモネたちを迎え入れたのはオルト帝国の宰相メイベルだった。もっとも満面の笑顔でと言う訳ではなかった。なぜならアネモネの乗っていたのはオーガスケルが四つん這いになっているものだったのだ。骨だけなのに唸り、近付けば食われそうな気配をただよわせていた。

 それに乗っているアネモネの格好もメイベルには信じられないものだった。確かに着ている服は特注品であろう豪勢な意匠のものだったが、動きやすさを前提にした作りで、袖はなくそこからは隆々とした筋肉の腕が突きだし、足に靴も履いていなかった。

 まるで蛮族が無理矢理高い服を着せられたような……という印象をメイベルは受けたが、それはまさしく正鵠を射た感想であろう。決して口には出さないが。

 そして一行は笑顔に迎え入れられて、城の中へと案内された。

 だが、その歓待も笑顔も帝国城ヴァラハラムの中に入るまでのことであった。



  **********



「して、例の蛮族の様子はどうだ?」

 オルト帝国 帝国城ヴァラハラムの王の間で皇帝ロウサウス・オーバル・グレイ・オルティアスが、宰相のメイベルにそう尋ねた。

 アネモネ女王を賓客室まで案内した後、メイベルはすぐさまその足で王の元へと馳せさんじたのである。

「想像以上というべきでしょうか。本当に蛮族でした」

 メイベルはそう告げた。まさしくあの姿は蛮族だった。驚くほどに蛮族そのものだったとメイベルは感じていた。

「お前の言うことはいまいち分からんが」

 対してのロウサウスはまだアネモネを見てもいない。蛮族という表現も揶揄で口にしているだけのことだ。曲がりなりにも王を名乗る者が本当に蛮族的な姿だったとは考えも付かない。形だけでも整えるのが普通だろうと。だからメイベルの感じたことを理解出来ていないのも無理のないことだった。

「まあ、外見はおいておきますが、ここに来るまでの旅路では特に問題はなかったそうです。その、女王以外はまともですので」

 メイベルの見る限り、トリスという男は市井の出の洗練されていない印象は有ったが、まあ普通の男であった。ガルーは元々この国の将軍だ。特に言うこともなく、親衛隊もガルーの訓練に耐えた者たちなので規律正しく纏まっていた。

「して、その女王とやらは強そうだったか?」

 その王の言葉に王の左右に立っている騎士ジルドとシェザーリアがピクリと動いた。

 アネモネの武勇はこのオルト帝国内にまで届いている。男を呼び込むという破廉恥極まりないお触れを出し、それに誘われた男たちを決闘にて殺し、或いは自分の配下に付けるという冗談のようなことをしていると。

 実際にウォーキス四天王も下されているのだ。ガルーの実力を知るふたりはそのアネモネという存在に強く興味を抱いていた。

「巨大な巌のような印象でした。無論二天将のお二人に匹敵するようなものではないと思いますが」

 そう口にするメイベルだったが、文官であるメイベルの言葉など当てにはならぬ。ジルドとシェザーリアはただの騙りではないように見えるのであればと、警戒の意識をさらに引き上げた。

「ですが、あのガルー将軍をえらく手懐けておりました。おそらくあの男を打ち破ったのは事実なのでしょうな」

「ふん。ガルーのヤツめ」

 ガルーの名前にロウサウスは忌々しそうに口にする。ウォーキス四天王であるガルーをオルト帝国の軍属に取り立てたのは皇帝自身ではなかったが、だが将軍という破格の地位まで用意することを了承したのは皇帝だ。実際ガルーは強かった。二天将には及ばないまでも、その次には強かった。それが蛮族に負けて、その者の臣下に下った。汚点である。外来の者を将軍にまで取り立てたことを失敗だとは口にしないためにも未だガルーはオルトでは将軍のままであり、アネモネ帝国の捕虜という立場である。

「取り立ててやったというのにそんな蛮族に下るとは恩知らずなヤツめ。例の件は仕込んであるのだな?」

 ロウサウスの言葉にメイベルは頭を下げて「おります」と答えた。だがメイベルはあまり乗り気ではなかった。

「しかし、本当にやるのですか。万が一にも暴れられては」

「心配は無用だ。そうであろうジルドよ。シェザーリアよ」

 皇帝の言葉に両騎士とも「はっ」と肯定の返答をする。戦士としてはアネモネとガルーの境遇に思うところあるが、ふたりは騎士である。主の言葉に否を言えるはずもなかった。



  **********



 そして、城の入り口で別れたガルーが戻ってきたのはアネモネたちが賓客室に入ってから30分は後のことだった。その顔色は晴れず俯いてその場にあった椅子に座ってうなだれたが今のトリスにそれを気にかけている余裕はなかった。

「城に入った途端に一国の王にこの出迎え、この待遇ですよ。これはおかしいですよ陛下。我々は嵌められたかもしれません」

 さきほどから部屋の中をウロウロとしながらトリスは同じ事を繰り返していた。

「まあ、こんな狭い場所では鍛錬もロクに行えないからな。せめてあの広い場所を代わりに使えればよいが」

 アネモネは窓の外を見ながらそう口にする。遠く離れた場所にオルト帝国兵の訓練場が見えた。

(いや、もう、王族とかそれ以前の問題ですから)

 トリスが疲れた顔で、そう心の中で呟いた。友好を結ぼうという他国の王に対して兵士の訓練場で寝泊まりをさせる国。シュールすぎる発想だ。

 だがアネモネが今回の件でそれを提案する可能性は十分にあった。トリスは今からその問題に対する対応を考えなければならないだろうかと思っていたが、だがいつもなら何かしらアネモネに肯定の言葉をかけるはずのガルーが声を出さなかったのを不審に思い、ガルーの方を見た。

「ガルー将軍。いかがなさいましたか?」

 そのトリスの言葉がきっかけだったのか、ガルーはおもむろに大瓶を取り出して、それをアネモネのテーブルの前に置いた。

「それは……なんです?」

 トリスの言葉にガルーが力無く呟いた。

「……毒だ」

 その言葉にトリスが目を見開く。

「アネさん」

「なんだ?」

 ガルーの真剣な問いにアネモネが尋ねた。

「俺を殺してくだせぇ」

 それは達観した男の声だった。「馬鹿なことを」というトリスを手で制したアネモネがガルーに問う。

「なぜだ?」

「息子が人質にとられてます」

 ガルーは目から涙を浮かべ、そう口にした。

「その毒を使ってアネさんを殺せと言いやがった」

「ふざけたことを!こんな量、バカでもバレるでしょう!!」

 トリスが憤るが、ガルーは力無く笑ってこう返した。

「それでいいんだ。連中はアネさんがここで暴れれば体よく処分する理由が出来る。アネさんがいなくなればアネモネ王国は瓦解する。進軍を強行して黒金鉱山を奪うつもりなんだ」

 それは予想できていたこと。だがアネモネを殺すということ、魔王ヴァンスたちを倒すことなど不可能だとアネモネ王国では判断していた。

「無理でしょう。あの地にはヴァンス様やクロに不死の兵団もいるんですよ」

「そこを連中は理解してねえ。アネさんの力だって、どうにかなると思ってやがる」

 抑止力は抑止するほどの力を示してこその抑止力だ。オルトの情報網ではアネモネ王国の力のほどを計ることが出来ていなかったのだ。

「だが連中が勘違いしていようとしていまいと、このままなら俺の息子は死ぬ。どうあってもだ。だから俺はそれを止めなきゃならねえ」

「それで、何故殺せと?」

 ここまでの間、アネモネは沈黙を保っていた。そして彼女はただそれだけを知りたがっていた。

「アネさんに毒を盛るなんざ以ての外だ。だが息子はアネさんの次に俺にとっては大事なんでさ。だから、ここで死なせるわけにはいかねえ」

 そう言った後、ガルーはすがる目でのアネモネを見た。

「だから俺が毒を盛ることに失敗して殺されたとすりゃあ、連中だって無意味に息子まで殺さねえはずでさ」

「そんなこと分かるものですか!?」

 トリスの言葉にガルーは強く返した。

「だとしてもだ。俺は俺の最善を尽くすしかねえんだ」

 ガルーの言葉にアネモネは頷いて、そして少し考えたあと、目の前の瓶を見た。

「つまりこの水を飲めばお前の息子は助かるのだな?」

「アネさん? だ、ダメだッ」

 ガルーが止めようと動くが遅い。アネモネは立ち上がってその瓶を手に取ると手刀で瓶の口を斬りつけ、一気に中の液体を飲み干した。

「アネさんっ!?」

「陛下っ!!」

 ガルーとトリスの絶叫が響いた。

「くっ……ぐふっ」

 そしてアネモネの口から大量の血が吐き出された。

「そんなバカな。アネさん、止めてくれ。吐き出して。死んじまう!」

 そう言って叫ぶガルーだが、アネモネはニヤリと笑う。

「ふむ。大したことはないな」

 そう口にしながらも、膝をつき、苦しそうに呻くアネモネにガルーが涙を流しながら詫びを入れ続けた。


「すまねえ。すまねえ、アネさん。俺は……俺はぁああ……」


 泣きながら詫びるガルーの前で、アネモネが膝を付き、血を吐いて倒れている。毒が回ってきたのだろう。全身が痙攣し、もはや生きているのか死んでいるのかも分からぬ有り様。

 尋常ではない血が吐き出され、床を赤く染め上げていく。

「アネモネ陛下ッ!?」

 その言葉が耳に入ったのを最後にアネモネの意識は深い闇に沈んでいった。


『妹よ』


 そして声が響いた。


「ふむ。兄か」

 アネモネは何も見えぬ世界の中でその声の主に言葉を返す。

 バサァッと翼のはためく音がした。また翼が生えているようだった。

『久方ぶりであろうな』

「確かに。すでに半年以上は経っているだろうか」

『半年か。ふん、未だ子を産んでもいないどころか、随分と人の世に馴染んでいるようだな』

「返す言葉もないな」

 啖呵を切って皆殺しをしたにも関わらずこの体たらく。兄が皮肉るのも無理はないとアネモネは思う。

 実際、アネモネは以前に比べて襲撃を望まなくなったし、岩を拳で殴ることもさせなくなった。食事も毎日届き、狩る必要もない。敵は居らぬのだから殺す必要もない。欲しいものは言えば持ってくるのだから奪う必要もない。


『飼い殺された豚と変わらんな』


 その言葉にアネモネの瞳が見開かれる。確かにそうだ。今の自分は豚そのものだ。


『奪いたければ奪い、食らいたければ食らえ』


 それはいつか口にした自分の言葉。アネモネの脳裏にあの日の光景がよみがえる。


『それが我々であろう。たかだか多少人の世に浸かった程度でその本能を殺すというのか、オーガの長よ』


 ならば、こう返さねばならぬだろう。


「なるほど、それも道理ではあるな。だがそう抜かすからには覚悟は必要だ」


 アネモネが獰猛な笑みで兄を見た。それは決して肉親に向けるものではない、獲物を見る肉食獣の目だ。


『ふん。覚悟など当の昔に出来ていよう。我が命を食らって貴様はここにいる。それが何よりの覚悟だ』





 オルト帝国 帝都ルーイングリームの帝国城ヴァラハムの一室で、高笑いが響きわたった。

 驚きの目でガルーとトリスが見る中、ゆっくりとアネモネが立ち上がる。先ほどまでの体の異常が嘘のように今のアネモネは生命力あふれたいつもの、いやいつも以上の気配を放っていた。

「陛下、少しお休みになった方が」

「アネさん、俺は……」

 そのふたりの言葉にアネモネが微笑みかける。いつか見た、ここ最近は見ることのなかったその笑みにガルーもトリスも本能的な恐怖を感じた。

「ガルーよ。お前は私のものだ。勝手に死ぬことも、私に命令することも許さん」

「しかしアネさんッ」

 その凶悪な瞳にたじろぎながらもガルーは声をあげたが、そのガルーの前にアネモネが一歩踏みだし、おもむろにガルーの股間に右手を持って行くと、

「うわぁっ」

 トリスの悲鳴と共にイヤな音を立てて睾丸の片方を握りつぶした。


 声にならない声があがった。


「群れの掟では一度だけならばこれで許される。二度目で種なし、三度目で命がなくなると兄が言っていた」

 そして、


「ぐ、あぁ……あぁあ」


 ガルーはその痛みに声が出ず呻くばかり。そのまま、口から泡を吹いてうずくまった。

「なんてことをっ。ガルー、すぐに治療を」

 見ているだけで自分が痛くなってきて、やや女走りでトリスがガルーに近付く。だがガルーがそれを首を横に振って断った。

「いい、これは……この痛みはアネさんからもらったものだ。これはアネさんが俺にくれたもの。ふがいない俺にくれたご褒美だ。それをなくすなんざ勿体なさすぎらあ」

 そう言ってガルーは立ち上がる。凄まじい痛みだが、ガルーは無理矢理に気を奮い立たせた。その様子にアネモネは満足げに頷いた。

「それでいい」

 アネモネの目の光は衰えていない。そして口元からの吐血はいつの間にか止まっていた。

「では行くぞ。襲撃だ」

 さも平然とアネモネが告げた言葉に「襲撃?」とトリスの顔が青くなる。

「ああ、そうだ。久しく忘れていた。欲しければ奪えばよいのだ」

「アネさん?」

「ガルー、お前は子供と会ったのだな?」

「へっ、へぇ。多分今も下にいるはずでさッ……ブベッ!!」


 ガルーは突然アネモネに殴られて壁に叩きつけられる。あまりの音に外の兵士が中に入ってきた。だが兵士はその場で固まった。目の前に怒りの塊が存在していたのだ。


「お前の子供ということは我が群れの仲間であろう。それが捕らわれている? お前はそれを黙ってみていた?」


 そのあまりの怒気にトリスですらもその瞳から涙がにじみでていた。

「お前は私のものを見捨てて戻ってきたのだ。睾丸ひとつで済ますのはこれからお前が奪い返すからだ」

「アネさん、だが兵に手を挙げればそれこそいいようにされちまう!」

「なに、構うことはない」

 ガルーの言葉をアネモネは事も無げにそう言った。


「すべて殺せ!」


「陛下、それはっ!?」

 トリスが慌てるがアネモネは止まらない。


「すべて奪え!」


 ガルーが口元がギュッとつり上がる。


「殺し!奪い!蹂躙しろ!我々の手はただそのためだけのものだ!」


 力強く両腕の拳を握りしめ、天へと掲げた。


「勝者は敗者のすべてを手に入れる!それが掟だ!!オーガも人もない!!!それが我らの掟だ!!!!」


 怒号の如き叫びがアネモネから響き渡る。その言葉にガルーは口から垂れ落ちる血を拭いながら、覚悟を決めた目をした。トリスも諦めの顔だ。魔王ヴァンスから護身用にともらった火炎符を胸から取り出して数を数えている。親衛隊とも合流せねばならないとため息をはいた。

 そしてアネモネは獰猛な笑みを浮かべながら部屋に入ってきていた兵士を見た。


「さあ、群れの長の元へ案内しろ」


 すでに完全にアネモネに飲まれた兵士は涙目になりながら頷いた。

オーガ族に伝わる風習

1度めの失敗でひとつを潰す。

2度めの失敗でひとつを潰す。

3度めの失敗でいのちを潰す。


残り二話、最終話までは連日更新となります。

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